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第2章 王への道

二十六話 VSドグマ

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今回はドグマ戦です。 
楽しんでいただけると嬉しいです。

ーーー
   

   最初の試合が終わり、三十分後の間隔を開けたあと。俺は再び、ステージの上に立っていた。

   リージアさんとの試合の見栄えが良かったのか、観客席からはかなりの声援が届いている。ひとまず上手くいっているようだ。

   ただ、コートの袖をまくり、ブーツを脱いでズボンの裾を膝まで上げていることに不思議そうな声を出すものもいる。これは準備だ。

   見れば、本戦に出場した戦士たちも観客席にいた。もちろんその中には、リージアさんもいる。

   これはより一層頑張らなくては、そう思っていると対面の壁が開いて、第2試合で戦う相手が入場してきた。

   その瞬間、観客が大歓声をあげる。そんな中、悠然とした足取りでその男は俺の前へと歩いてきた。

そして……

「よぉ、リュウト!さっきのはいい試合だったな!」

   『突破林隊ツッパリーズ』が頭、ドグマ。相変わらず派手な装飾のついた特攻服を纏った鬼人は、ニヤリと笑った。

   そう、次の相手はドグマだ。本戦では圧倒というかギャグというか、とにかく怒涛の展開で勝利を手にしていた。油断ならない相手だ。

「約束通り、来たぜ。存分に戦おうじゃねえか」
「ああ、そのつもりだ。満足させるだけの戦いをしよう」
「くくっ、そうこなくっちゃな!」

   手のひらに拳をぶつけ、獰猛に笑うドグマ。その体からはすでに闘気が立ち上っており、やる気満々なのがうかがえた。

   それに答えるように、俺も準備を始める。リージアさんの経験を踏まえ、警戒を強めて8%ほどステータスを【解放】した。

   それだけにとどまらず、さらに尻尾…ちなみにこれも服をすり抜ける……と、【纒鱗鎧】を四肢に展開する。

   すると両手両足が荒々しい形の龍の鱗に包まれ、五指は鋭い鉤爪へと変わった。あの格好はこのためだ。

   それを見たドグマは少し目を見開いたあと、面白そうな笑みを浮かべると、両腕を悪魔のようなものに変化させる。

   そうして両者の準備が整うと、ドグマはファイティングポーズを。俺は腰を落とし、片手をステージに置いて足に力を込める。

   しばし、静寂が訪れた。観客たちも俺たちに見入っているのか、一つとして声は聞こえない。完全な、沈黙。 



『それでは……始めっ!』



それを破ったのは、大きな銅鑼の音だった。

「シッ!」

   溜めていた力を一気に解放し、ドグマに肉薄。一瞬で懐に潜ると、腹にストレートを入れようとする。

   だが、それは当たる寸前で割り込んだ、悪魔の手によって止められた。それどころか、拳を掴まれ、横からもう一方の拳が迫る。

   フック気味に迫り来る拳を、尻尾で打ってはたき落とす。続いて、残っていた左腕でアッパーをかました。

   しかし、仰け反ることによってドグマは回避。その隙に握られた拳を力任せに引き戻し、一旦バックステップで距離をとった。

『凄まじ勢いで飛び込んだ龍人選手だったが、あえなく失敗!さすが最強の傭兵、その名は伊達ではない!』

「危ねぇ危ねぇ。あと少し遅れてりゃ、一撃入ってたぜ」

   姿勢を戻し、首をゴキゴキと鳴らしながらそういうドグマ。それはお互い様だ、と俺は笑った。

「今度はこっちから行くぜぇ!」

   叫びながら、ドグマが爆進してくる。その右腕はまた一回り膨張し、本気の一撃が来ることがうかがえる。

   それに答えるように、俺も拳を固く握り、腰を落として待ち構えた。気分は一昔前の、河川敷で喧嘩する不良である。

「おぉりゃぁっ!!!」
「ハァッ!」

   裂帛の叫びとともに放たれた拳に、自分の拳をぶつける。互いの拳がぶつかった瞬間、接触面から激しい衝撃波が発生した。

   髪を揺らすその風に、思わずニヤリと笑う。見れば、ドグマも全く同じ表情で拳を押し込んできた。

   負けじと、俺も力を込めてドグマの力を押し返す。その力に激しくせめぎあっている拳から、ギャリギャリと火花が散った。

『なななんと、龍人選手、怒愚魔選手の拳と互角にせめぎあっている!最初の一撃は失敗に終わりましたが、これはすごい!』

「やるじゃねえか、龍人!」
「お前も、なっ!」

 使っているのとは反対の拳を、ドグマの顔に叩き込む。しかし、拳は当たれど全く揺るがなかった。

 むしろ、とても楽しそうに歯をむき出しにして笑うと、お返しとでも言うように俺の横っ面に一発入れてきた。

 完全に【解放】していなくても肉体の虚度はそのままなので、痛くはない。だが、自分の闘志に火がついたのがわかった。

「やってくれるじゃねえか!」
「っ!」

 完全に拳を押し切ると、ドグマは驚いたような顔をしてバランスを崩した。その隙を逃さず、すかさず攻勢に出る。

 まず、なんとかバランスを取り戻したところで、みぞおちに肘を突き刺した。さすがに効いたようで、ほんの少しよろめく。

 続けて、下から突き上げるようなアッパーカット。今度はちゃんと当たって、ドグマの顎を捉えた。

 だが、さらに攻撃を繋げようとしたところでドグマの体から爆発的なオーラが放出し、まずいと直感が告げたので一歩引いた。

 すると、鼻の先を悪魔の手がかすめた。あと一瞬体を引くのが遅かったら、間違いなく当たっていただろう。

 しかし、あの体勢からどうやって……と思ったところで、目を見開いた。いつのまにかドグマが体制を立て直していたのだ。

「根性おおおおお!!!」

 雄叫びをあげたドグマは深く沈み込み、まるで試合が始まった直後の俺のように腹に拳を入れてきた。

「くっ!?」

 とっさに姿勢を低くして、腕をクロスして防ぐ。しかし勢いまでは殺しきれず、ステージの表面を削りながら後退させられた。

 目算で3メートルほどで、ようやく止まる。ステージの上には、俺の足がつけた二本の荒々しい傷跡が残っていた。

 ビリビリと震える腕を解いてみると、【纒鱗鎧】に無数の亀裂が走っていた。少し指を動かすと、ポロポロと破片が零れ落ちる。

「…マジかよ」

 これを破壊できるのは、俺自身かエクセイザー、あるいはシリルラだけだ。つまり先ほどの一撃は、少なくとも亜神クラスだったことになる。

「ハハッ、ハハハハハハっ!おもしれえ、おもしれぇっ!」

 驚愕の表情でドグマを見れば、奴は笑いながら牙をむき出しにしていた。口の端からは血が流れ、より恐ろしげな姿になっている。

「苦し紛れとはいえ、まさか俺の根性パンチを受け止めて平気なんてな!リュウト、お前おもしれえぞ!」
「…あんまり無事じゃあないんだけどな」

 ようやく痺れが取れてきた手を握り、苦笑する。こちとらむしろ、これほどの力を持ってたことに脱帽する思いなんだが。

「いいぜいいぜ、やっぱ喧嘩はこうでなくっちゃなぁぁあああ!」

 全身からオーラを迸らせながら、突っ込んでくるドグマ。先ほどと同じように見えるが、そのスピードは比べ物にならない。

 すぐさま【纏鱗鎧】を展開し直すと、今度は俺自身もドグマに突進する。

「オルァアッ!」
「オラァッ!」

 そしてオーラをまとった拳に、【纏鱗鎧】の上から霊力をまとった拳をぶつけた。先ほどの何倍もの衝撃が、体に走る。

「オラオラオラオラオラアッ!!!!」
「ハァァァアアアアアっ!!!」

 しかしそれにかまわず、俺はラッシュしてくるドグマに応えるように拳を繰り出した。嵐のような拳打の応酬が、轟音とともに交わされる。

 それはまさに、某世紀末のような激しいやりとりだった。大地が揺れ、空気が震え、余波で破壊されたステージの破片が、宙を舞う。

 一撃受け止めたかと思えば、次の瞬間には必殺の拳が待ち構えている。いつまでも終わらない、男と男の真剣勝負。これほどまでにスリリングな戦いは久しぶりだ。

「ハハハハハハハハハハハハっっ!!!」
「はは、ははははっ!」

 だからだろうか、いつしか俺とドグマは、互いに拳を振るいながら、笑っていた。奴の目の中には、爛々と目を輝かせ、口の端を釣り上げる自分がいる。

 こんな気分、いつぶりだろう。〝あの時〟から、俺は陰陽師は厳粛であれと、そう自分を厳しく戒めてきた。喧嘩をして楽しいなんて、子供の時以来だ。

 昔はよく、あいつらと……シュウや雫と些細なことで喧嘩して、こうやって殴り合った。それで爺ちゃんにゲンコツを落とされたもんだ。

 あの時の自分が、今まさにここにいる感覚。トラウマにも、周囲の間にも囚われていなかった、純粋な清々しい気分。

 ドグマと戦っていると、そんな自分を思い出せる気がした。

「そらっ!」
「ぐはっ、やりやがったな!」

 飛び上がってぶん殴ってやると、ペッと血を吐き出したドグマも俺を殴る。それを無防備に受け止め、地面の上にひっくり返った。

 すぐに立ち上がって、さあ来いよと言わんばかりに腕を広げるドグマに膝蹴りを入れる。少しよろめいて、また獰猛に笑うドグマ。

 殴っては殴られ、蹴られては蹴り返す。どちらとも相手をステージの上に転がし、立ち上がってまた殴る。

 それがなんだかすごく面白くて、俺は実況の声も観客の声援も忘れて、ただただ笑いながらドグマに向かっていった。

「お返しだコラッ!」
「づっ!」

 ドグマの頭突きに、俺は顔をしかめる。神になっても身体的な構造は同じであるが故に、脳が揺れてしまったのだ。

 だが、そんなの関係ないと言わんばかりに歯を食いしばり、頭突き仕返してやる。ブシュッと言う音とともに、生暖かい感触がした。

 額を話して見れば、ドグマの額が切れて血が流れている。しかし、その眼光は未だに衰えを見せてはいない。

 ガッと俺の頭を掴み、頭突きを食らわしてくるドグマ。ならばと、俺もドグマの頭を掴んでもういっぺん頭突きをする。

 まるでバカの一つ覚えのように、俺たちはひたすら頭突きをした。どっちかが頭を振れば、どっちかの頭が吹っ飛ぶ、その繰り返し。

「ぐ……」
「くっ…」

 十回目の頭突きをしたところで、グワングワンに視界が揺れて手を離した。ドグマも同じだったのか、俺の側頭部から手を離す。

 よろよろとしながら、なんとか姿勢を保つ。視界は揺れ動き、ひどい耳鳴りがした。思わず頭を抑えると、額についたドグマの血が指に絡みつく。

 それはドグマも同じようで、視界の中で何重にも重なって見える奴は片膝をつきながら頭を抱えていた。

 しばし、強制的に殴り合いが止まる。だが混乱する思考回路でも、ドグマのギラギラとした視線が向いているのだけはわかった。

 数分して、ようやく平衡感覚が正常になってきたので、数回頭を振ってからしっかりと両足でズテージをふみしめる。

 少しすると視界も元に戻ったので、ドグマの方を見やった。するとちょうど、奴も立ち上がるところであった。

「くくっ、効いたぜリュウトォ……!」
「そっちこそ、大層な石頭だな!」

 軽口を叩き合う。それすらどこか無性に面白く、自然と口角が上がっていくのがわかった。

 それきり、無言で互いのことを睨みつける。まるでお互いしか世界にいないように、激しく視線をぶつけ合った。

 やがて、どちらからともなく距離をとる。そして次の……いや、最後の一撃・・・・・を繰り出すための準備を始めた。

 無言で、右腕にナックル型の【神樹の子セフィラ】を展開する。そしてそこに、今解放しているステーテスで込められる全力の霊力を込めた。

 対するドグマは、ミカエラさんの時のように、今度は全身を膨張させていった。服が破け、筋肉が盛り上がっていく。

 ほどなくして、ドグマは日本の昔話のようにふんどし一枚だけをはいた、巨大な鬼になった。全身に不思議な模様が浮かんでいる。

「…次が最後だ。覚悟決めろやコラ」
「それはこっちのセリフだな」
 
 くぐもった声で言うドグマに、俺は不敵な笑みを浮かべる。すると奴も、凶悪な顔を歪めて笑った。

 ゆっくりと、半身を引く。霊力を込めた拳を引きしぼり、その瞬間に備えた。対するドグマも、クラウチングスタートのような姿勢をとる。

   また、無音。互いにじっと相手が動き出すのを待ち、いつでも最高の攻撃を繰り出せるように構える。



ヒュウ……



   その時、どこからか入り込んだ風が、ステージの上に散らばった破片をコロコロといたずらに撫でた。

そして、その風がやんだ、その瞬間。

「オオォオオオオオオォオォォオオオオオオオオオオォォオオオッ!」

   目の前に、ドグマが現れた。そして無数の青筋が浮かんだ拳が迫る。

   



それに、俺はーー





「ーー皇流殺術奥義、〝骸無〟」





   ズンッ、と音を立てて、俺の拳がドグマの体に吸い込まれる。遅れて、頭の上をドグマの拳が通過していった。

   しばし、その体制のままで俺たちは停止する。まるで彫刻になったように、互いに拳を振り切ったままで。

   しかし、次の瞬間ドグマの巨躯がよろめく。一歩、二歩、後ろ向きに歩き、そして……



ドシン………!



   ドグマは、まるで地響きのような音とともに倒れた。ピクリとも動かず、立ち上がる気配はない。



『怒愚魔選手、気絶!よって、試合終了!』



バァーーン!

   次に聞こえたのは、そんな言葉だった。そこでようやく、俺は息を吐いて体勢を崩した。

「はぁ、はぁ……勝った」

   荒い息を整えながら、空を見上げてそう呟く。怪我をしているわけでもないのに、心臓はバクバクと高鳴っていた。

   そうしているうちに、結界の効果が発動して、元の特攻服姿になって、目覚めたドグマが目の前に現れた。

「……………」
「はぁ、はぁ、ふう……ドグマ?」

   ようやく息を整えて、ドグマに話しかける。しかし答えは帰ってこなかった。無言でうつむき、ぷるぷると震えている。

   やばい、もしかして負けたことに怒って…!?

「最っ高だ!」
「うわっ!」

   かと思えば、次の瞬間満面の笑顔で肩を掴んできた。びっくりした!

「最高の喧嘩だった!リュウト、俺はお前のライバルだ!」
「え、あ、お、おう?」

   なんだか勝手にライバル認定して、腰に手を当ててうんうんと頷くドグマ。それに目を白黒させてしまう俺。

「こんなに清々しい気持ちは久しぶりだぜ!またやろうな!」
「……ああ」

   だが、その言葉にはしっかりと答えた。そして差し出された拳に、自分の拳をコツンと当てる。

   それを見たドグマはまた満足そうに頷いて、くるりと踵を返した。そして嬉しそうな足取りで、出口の壁に向けて歩いていくのだった。



『ラストファイブvs龍神第2戦は、またしても皇龍人選手の勝利です!まさかあのドグマ選手すら倒すとは、私も驚きです!みなさま、拍手を!』



   なんだか久しぶりに聞いたような気がするセレアさんの声とともに、莫大な拍手が送られた。

   それにさっきと同じようにお辞儀をして、俺も一度入り口のほうに戻ろうとして……ぴたり、と足を止めた。

   それはなぜか。そう聞かれれば、理由はすでに空いている壁の中でそれはそれはニッコリと微笑んでる、一人の少女だと即答できる。





少  し  お  話  し  ま  し  ょ  う  か  ね  ?





   ……どうやら、まだ戦いは終わっていないようだ。

   俺は顔を引きつらせながら、彼女の元へと向かうのだった。



ーーー

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