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ー if story ー ナザル薬師1

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「トレニア、僕のパートナーとして舞踏会へ出てくれないかな?王家主催の上位貴族のための舞踏会なんだ。強制参加ってところが辛いよね。」

ナザル薬師は微笑みながら机に腰掛けて戯けてみせる。

「私が参加しても良いのですか?私、平民ですが」

「それは大丈夫だよ。僕の恋人として参加するのは問題ない」

「分かりました。では侍女に話をして準備しますね」

「あぁ、頼むよ。ドレスの事は大丈夫だからね。僕が全て用意するから。後で君の侍女に知らせを出しておくよ」

ナザル薬師は上機嫌で仕事に戻っていった。今、恋人としてってサラッと言った気がしたのは気のせいかしら?まぁ、気にしても仕方がない。気持ちを切り替えて仕事に戻る。


 その日、仕事が終わってからローサに舞踏会の事を伝えるとローサは準備をしなければ!と張り切っていたわ。


 翌日、早めに薬師棟へ仕事に向かった。今日の薬師棟はいつもより騒がしいわ。

「おはようございます」

私はいつものように先輩方に挨拶をすると一斉に視線がこちらに向いてドキリとする。

「えっと、どうかしたのですか?」

「トレニア薬師おはよう。先程王宮の使者が来て薬を求めてきたんだが、薬草で在庫では足りないそうなんだ」

「何の薬草なのですか?」

私はファーム薬師に尋ねる。

「シュラサラサだ」

シュラサラサは確か腎臓疾患に用いる薬草だったわ。丁度今の時期だと南の森の湿地帯に自生しているはずよね。

「となると、南の湿地帯まで採取をしに行くのですか?」

「あぁ。採取とその場で処理する人物が必要なのだ。そこで誰が採取してくるか相談していたのだ」

「ファーム薬師、でしたら私が立候補します。薬草の育成担当ですし、初期処理も担当ですから」

「トレニア1人に行かせるのは不安だし、僕が付いて行くよ」

ナザル薬師が横から手を挙げた。一緒に行ってくれるなら心強いわ。

「ふむ。他の者は異存はないか?ではトレニアとナザル、今から用意して発つように」

「「分かりました」」

 薬師がわざわざ現地で採取は珍しい事である。今回の依頼はそれほど急ぎであるようだ。現地で採取依頼を出す事はたまにあるのだが、薬草は扱いが難しいため、乱雑に扱われると薬の成分を大きく落としてしまう。

だから普段はガーランドの領民にお願いしたりする事が多い。領民は薬草の扱いに慣れているためよく近隣の薬草採取願いも引き受けてくれるのだけれど、今回は領地から遠く、急ぎのため直接私達が行く事になったようだ。

「ナザル様、すぐに準備してきます」

「あぁ、僕も準備をする。馬車乗り場で待っているよ」

 私達はすぐに家に戻り準備をする。王都から出るのは久しぶりだわ。ちょっとワクワクしながらローサと準備をして馬車乗り場に向かう。もちろんローサも付いて来てくれるらしい。

「お待たせ致しました」

「じゃあ、早速出発!」

ナザル様に公爵家から護衛の騎士1名も付いてくれたみたい。私達は大型馬車に乗り込み出発した。どうやら湿地帯には水鳥を狙った大型の獣がたまに出るらしいのでナザル様は軍服姿に帯剣をしている。護衛の騎士も公爵家で1、2を争う剣の使い手なのだとか。私は採取ばかりで獣の事なんて考えていなかったわ。

「ナザル様、帯剣している姿をみると見慣れていないせいか違和感を感じます。でも、とっても格好いいです」

ナザル様はふっと微笑む。

「トレニア、湿地帯では獣が出るかもしれないけど君は僕に守られて居れば良いからね?」

「ナザル様は戦えるのですか?」

「うん。多分強いよ?これでも家では健康のために毎日鍛錬しているからね。貴族の男はみんなやっているでしょ?」

「そう、なのでしょうか…?あまりよく分からないですが」

「ナザル様は王宮騎士団長に推されるほどの実力者なので心配は無用かと思われます」

横から護衛の騎士が教えてくれた。

えぇ!?

そんなに強い人だったんだ。

「…天は二物も三物も与えすぎですね」

「あははっ。でもトレニア以外の令嬢は嫌いだし、守りたく無い。それに薬師棟に籠っている方が性に合ってる」

 私達はワイワイと4人で話をしながら丸1日半かけて森の手前にある小さな村に到着した。

 村は宿も無いため村長宅に泊まる事になった。村長に湿地帯までの案内をお願いすると快く受け入れてくれたわ。有難い。

 村長宅で出された野草や獣肉の煮込みはとても美味しかったわ。お貴族様のナザル様の口に合わないのかなと思いきや、目を見開いて美味しい、美味しいと食べていた。後で肉料理は無理としても野草料理のレシピは教えてもらうわ!

ローサも私を見て頷いている。以心伝心ね!


 翌日、朝露も乾かぬうちに村を出発。もちろんナザル様達は帯剣、私とローサは獣避けの香や粉状の唐辛子の袋を携帯している。しばらく山道を歩くと湿地帯に出た。

「ナザル様、沢山生えています。早速採りますね!」

私は薬草群に目を輝かせ、ローサと共に丁寧に薬草を摘んでいく。

「ナザル様、こんなにも採れました」

そういうと同時に私は足が滑り顔から泥に

… … …あれっ?

想像した冷たさは襲ってこな、い?  

代わりにふわりと優しい香りと温かな温もりが私を包んだ。

「もう、トレニア。油断は禁物だよ。間に合って良かった」

そっと目を開けると目に飛び込んできたのはナザル様の胸板。あわわっ。私はきっと今、真っ赤な顔をしているに違いない。慌てて離れようとしている私の様子を見たナザル様はふふっと微笑んだ。

「トレニア、僕を意識してくれているのかな?それは嬉しい。僕は君なら大歓迎だよ」

そう言ってナザル様は離れようとしている私をギュッと抱きしめ直し、額にキスを一つ落とした。

 私はそこからどうやって下山したのか記憶は曖昧なのよね。気がついたら村長宅に着いていたという感じ。ローサから見た私は顔を真っ赤にして半分魂が飛んだ状態だったみたい。1人でふらふらと歩くのは危ないとナザル様は寄り添って下山してきたらしい。彼はとても上機嫌だったとの事。

うぅっ。思い出しただけでも恥ずかしい。

 私は薬草を丁寧に水で洗い下処理を行っていく。

「トレニア、下処理は終わったかな?馬車で乾燥させながら帰ろう」

ナザル様はそう言って下処理が終わった薬草を馬車まで運んでくれた。ローサも帰る準備はばっちりですと馬車前で待機してくれている。私達は村長にお礼をして馬車に乗り込む。

今回は私の隣にナザル様が座る形となった。

「ナザル様、王宮に帰ったら忙しくなりそうですね」

「あぁ、そうだね。王宮にかえったらすぐに製薬に取り掛からないといけないし、王宮舞踏会も待っている。それにしても、トレニア。少しは僕を男として認識してくれると良いのだけど」 

そう言ってにっこりと微笑んでいるナザル様。

「まぁ、まず、手始めに手でも繋ぐね」

「ふぇっ!?手、ですか…?」

驚きのあまり変な声が出てしまったわ。

「大丈夫、エスコートの一部だと思えば。慣れる慣れる」

ローサも護衛騎士の方も特に何も指摘する事なく。私達は手を繋いだまま馬車の旅を続けたわ。

慣れって不思議なものね。

最初はえっ!って思っていたけれど、ずっと繋いでいるとあら不思議。当たり前のようになってしまうのね。



 1日半かかってようやく王宮に戻ったわ。私達は馬車で干していた薬草を取り込み薬師棟に運ぶとターナ薬師やレコルト薬師が首を長くして待っていたようですぐに薬にするらしい。

「トレニア薬師、お疲れ様。トレニアから薬草の香りがする。今日はゆっくり休んで明日から出勤だ」

レコルト薬師にクンクンと匂いを嗅がれる。

「えー、そんなに香りますか?臭いです?」

焦る私を他所にレコルト薬師は薬草をジッと検分している。

「今日は流石に疲れたので帰りますね。後は宜しくお願いします」

レコルト薬師の言葉で自分の匂いを嗅いでみるがよくわからない。まあ、シュラサラサの花はいい香りなのでいい香りを纏っていると考えておくわ。

これが家畜臭だったら泣けるわね。
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