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「お姉ちゃん、あそこ、淀んでいるわ! 浄化しないと」
「そうね。浄化しなきゃいけないわね」
「淀んでいる? 浄化? 何のことだい?」

 彼は不思議そうに聞いてきた。

「エサイアス様、あれ見て? 見えるかな? ちょっと雲のようにぼんやりと濁っているでしょう?」

 ローニャがそう言って指差したのは道端の花壇少し上にゆらゆらとモヤのようになっている部分だ。

 このモヤのようになっている所を放置しておくとそこから異界の穴が出来るのだ。

 私達は予防にも力を入れているためこのようなモヤが出た時は誰かしらが浄化魔法のヒーストールを唱えるのだ。

 それでも異界の穴はどこかで出来てしまうのだが、こればかりは仕方がない。

「モヤ?あの花壇の上かな?そう言われてみえれば見えなくもない」
「あれを放置しているとそこに力が集まるみたいで異界の穴、こちらの世界でいう異次元の空間が出来てしまうのです。
 私達獣人は見つけた人がその場で浄化魔法を唱えて穴が出来ないように予防しているのです」

「そうなのか。ではあれを放置していればそこから魔獣が湧き出すかもしれないと。すまないが浄化してもらえるだろうか?」
「構いません」

 私はそう返事をすると、エサイアス様は馬車を止める様に御者に指示をした。

「おねえちゃん、私がやってもいい?」
「ローニャが? いいわよ。でも気を付けてね」
「うん! エサイアス様見ていてね!」

 ローニャはそう言うと、馬車から降りて花壇の方へと駆けて行った。

「ヒーストール!」

 モヤに手を翳して魔法を唱えるとモヤは淡い光と共に霧散するように消えていった。

「モヤが消えたでしょう?」

 意気揚々と馬車に戻ってきて話すローニャ。

「そうだね。凄いね、ローニャ嬢、有難う」

 馬車はローニャを乗せた後、またカラカラと走り出した。そこから三人で雑談をとなった。

 エサイアスにとっては異界の話は興味深いようで二人の話に耳を傾けている間に大きなお城の前に馬車は到着した。



「エサイアス様! 謁見の間へどうぞ」
「分かった」

 王宮の従者に案内されて謁見の間に向かうナーニョ達。私達は初めての王宮。

 しかもここは異世界。

 全てが新鮮に写り、驚きで興奮するのは仕方がないわよね。

 ナーニョもローニャもエサイアスの後ろを付いて歩きながらキョロキョロと辺りを見回す。

 尻尾はワンピースの中に隠してあるし、耳も帽子を深く被っているので今は人間と変わらないはずだ。

「エサイアス・ローズルード・シルドア様が登城致しました」

 従者の声と共に開かれた扉。

 その先にはホールのような空間が広がっていて赤い敷物が敷かれている。

 ナーニョの緊張は一気に高まり、妹と手を繋ぎながらエサイアスの後を付いていく。

 そして国王と思われる人物の前まで来ると、彼は跪き口上を述べている。

 私達にはよくわからないので後ろでただ立っていることしかできない。
 国王の横には宰相らしき人間がいる。

「エサイアス、楽にせよ。今回の魔物の討伐も大儀であった」

「有難き幸せ」
「聞いた所によると、お主は魔物により瀕死の怪我を負ったと聞いたのだが、今は怪我をしたこともうそのように元気だ。噂は本当なのか?」

 国王は長いひげを撫でながら優しい声でエサイアスに聞いている。

「ハッ。その事についてなのですが、この場では発言を控えます。ただ、彼女達に救われたとだけ、です」

 彼の言葉に陛下は頷き、宰相と思われる人物と共に謁見の間ではない部屋に移動する事になった。




「話が聞きたくてわざわざ時間を空けたのだ。ゆっくり聞こうか」

 陛下はにこにこと話す。

 移動したのは小さな部屋。といっても私達が今暮らしている客間くらいの広さはある。

 後で聞いた話だが、舞踏会の時に貴族が談話室として使う部屋なのだとか。

 部屋には陛下と宰相、エサイアス様と私とローニャだけ。

 この場には護衛騎士も従者達もいない。

 陛下の左隣に宰相が座り、向かいに私達が座った。



「はい、先日の事なのですが、私が討伐へ出掛けている時に我が邸の庭に短期の空間が現れたそうです。そこの空間から落ちてきたのがナーニョ嬢とローニャ嬢なのです」

「異次元の空間から……だと? にわかに信じられん話だな。大昔の話には落ち人はいたようだが、ここ二百年、いやもっと前から落ち人はいないはずだ」

 異界の穴を渡ってくる人の事を落ち人と呼んでいる国王。宰相も眉を顰め胡散臭いと思っているのかもしれない。

「私も信じられなかったのですが、彼女の魔法により怪我が綺麗に治ったのは間違いありません」
「瀕死の重症を負ったと言っていたが元気な様子を見て信用するには説得力にかける。短期の穴から落ちてきたのは本当なのか?」

 エサイアス様は私達に視線を向けて合図をする。

 獣人である証明をみせる必要があるのだろう。

 私とローニャは帽子を取り、ワンピースを少し上げて尻尾が動く様子を見せた。

 私達の姿を見た陛下と宰相は驚いた様子で目を見開いていた。

「彼女達は猫種の獣人だそうです」
「初めまして、私、ナーニョ・スロフと言います。こっちが妹のローニャ・スロフです」

「驚いたな。獣人が本当に存在するのか。文献に出てくる獣人はもっと獣だったが、なんというか、君達は、人間に近いのだな」

「はい。私達の世界では大昔人間が迷い込んでくる事が偶にあったようです。その人達が交わり、今の私達の姿になっているのだと思います」
「信じられんが、目の前で見ると信じるしかないだろうな。その耳と尻尾は本物なのか?」
「尻尾は好きではありませんが耳を少し触る程度なら触っても問題ありません」

 ローニャは何を思ったのか立ち上がり、陛下の前にちょこんと移動して頭を差し出した。

「どれ、おぉ! 本物だな。ふわふわで柔らかい。髪の毛もふわふわで可愛いのぉ。ローニャ、儂の孫にならんかのぉ。膝にくるか? お菓子はどうかな?」

 国王はローニャの魅力に魅入られたようだ。もちろん魅了という魔法はないのだが。

 十一歳のローニャはまだ成長していないから小さい。

 これも後で知った事なのだが、人間は徐々に身長や体重が増えていくらしい。

 獣人は子供の期間が長くて一、二年かけて一気に大きくなる。

 ただ、国王は猫かわいがりしたいのかもしれない。
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