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18エサイアス2

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 驚いてガバリと布団から起き上がると、その場にいたロキアが気づいて慌てたように声を掛けてきた。

「エサイアス様!! 気が付かれましたか。急に起きてはなりません」

 その言葉と同時に俺の身体はグラリと傾いてまたベッドへ倒れ込んだ。

 ?? 

 一体どうなっているんだ? 

 ロキアは侍女と共に俺の体の向きをまた元の位置に戻して話し掛けてきた。

「エサイアス様、目を覚まされたようで良かったです。かれこれもう三日は目覚めなかったので心配しておりました」
「ロキア、俺は怪我をしていたんじゃなかったのか? 死んだとばかり思っていたが……」

「エサイアス様が助かったのはナーニョ様のおかげなのです」
「……ナーニョ? 誰だ?」
「実は、短期の空間が邸の中庭に開いたのです」
「何!? 短期の空間が……?」

 そう、俺達が短期の空間と呼んでいる異次元の空間がある。

 魔獣や魔物が出てくる異次元の空間と何も出てこない異次元の空間がある。

 大昔はそこから魔法を使う人間や獣人と呼ばれる種族が落ちてきたと記述が残っているのは知っていた。

 いつの頃からか異次元の空間が二、三日で閉じている事に気づいた我々。別の種族は異次元の空間を閉じる術があるのではないかと議論されたが、こちらでは確認のしようがない。

 見た目はどの空間も同じに見えるからだ。

 まさかその短期の空間から人が落ちて来ていたとは知らず驚いた。

「ナーニョ様は獣人で、妹のローニャ様とこの地に、当家の中庭に落ちてきたのです」

 獣人……。  

 まさか本当に獣人がいるとは。大昔の話なので獣人なんて作り話だろうと思っていたが、本当だったのか?

「そのナーニョという人物が俺を助けたのか……?」
「はい。血だらけで運ばれてきたエサイアス様の止血をしていた時、彼女は部屋に入ってきて魔法で傷を癒していたのです。
 ですが、失った血は戻らないので当分動かさないようにと仰っておりました」

「その人物は今、どこに?」
「客間で過ごしてもらっております」
「そうか、会ってお礼を言わないとな」
「エサイアス様、今は目覚めたばかり、少しお休みください」
「あぁ、分かった」

 ロキアが語った獣人の話。

 にわかには信じがたかった。

 だが、背中の傷も腰の傷もその他戦闘で出来た小さな傷が全て無くなっている。

 身体はすぐにでも討伐に行けるほど元気なのだが、ロキアが言っていたように血がないため起き上がるとすぐに貧血で立ち眩み動けない。

 もどかしい。

 そこから三日間はベッドで静養し、食事をいつもより多めに摂って過ごした。

 四日目にはようやく執務を出来るまでに回復する事ができた。俺がベッドの住人となっている間、王宮から体調の確認が来た。

 確認したい事がある、登城するようにと。

 きっとナーニョの事を聞きたいのだろう。

 俺を連れてきた部下が彼女の魔法を見ていたらしいからな。

 その後、医者にもみてもらったというからその辺から話が漏れたのかもしれない。



 そしてロキアにナーニョが今どうしているのか聞いてみた。

 彼女達は大人しく部屋で過ごしているようだ。

 千切れた本を何度も読み返して勉強していたり、こちらが用意した刺繍のセットを使い、刺繍していたのだとか。

 獣人は同じような生活水準なのだろうか? 

 容貌はというと、猫種の獣人の女の子で二人ともとても愛らしく、人間と違うのは耳や尻尾だけのようだ。

 王都に出れば一躍人気者になるだろうと言っていた。

 そんなに可愛いのか。

 俺は会う事を少し楽しみに回復するのを待っていた。

 そして動けるようになってから改めて助けてもらった彼女達は執務室に呼んだ。

 ロキアと共に入ってきたナーニョ。

 ……可愛い。

 俺は一瞬言葉を失った。

 邸で用意したと思われる質素なワンピースから尻尾が見える。

 確かに猫だ。

 くりっとした丸い目にふわふわの毛。ピコピコ動く尻尾。俺が過ごしてきた人生の中で初めてそう思った。

 こんなにも可愛い子が俺の怪我を治してくれたのか。

 天にも昇るような思いとはこの事だろうか。

 俺は怯える彼女達に警戒されないように努めて紳士的に振舞った。

 それはもう、今までにないほどだ。

 きっとロキアは笑いを堪えているに違いない。

 そして彼女達は魔法が使える事を言っていた。

 これが本当ならこの世界は彼女達をきっかけに平和な世の中になるのではないかと思った。

 そしてなんと彼女は十五歳。俺達の世界では十八歳が成人だ。まだ子供だ。

 彼女たちの持つ可能性に掛けてみたい。

 だが、可愛いナーニョを誰からも守りたいとも同時に思う。

 そして俺は無理なお願いをしてしまった。もう一度彼女の魔法が見てみたいと。

 彼女は不安そうにしている妹を宥めた後、俺に魔法を掛けてくれた。

 ……これは凄い。

 凄いとしか言いようがない。

 俺は十五歳で学院を出てからずっと戦いに明け暮れていたといっても過言ではない。

 騎士の勲章とも言えるほど沢山怪我もしてきた。しっかりと治療されずに傷跡が残る事が殆どだ。古傷が痛む事もある。

 その痛みで儚くなった仲間を思い出すくらいだ。だが、その傷跡が全て綺麗に無くなっている。

 奇跡だ!! 奇跡としか言いようがない。

 明日は彼女達と王宮へ向かうことになっている。

 絶対に俺は彼女をどんな物からも守ろうと心に誓った。
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