上 下
14 / 143

14

しおりを挟む
「あの、ここはどこなのか聞いてもいいですか?」

 私は恐る恐る男の人に聞いてみた。

「ここはウィンワーズ国の英雄エサイアス・ローズド・シルドア様の邸でございます。私、家令のロキアと言います。
 隣にいるのは侍女のマーサといいます。お嬢様方のお名前を窺っても?」

「私の名前はナーニョ・スロフ。こっちが妹のローニャ・スロフです。私達は猫種の獣人で異界の穴から落ちてしまったのです」

 するとロキアさんはなるほど、と理解したように頷いていた。

 どうやら大昔は獣人や他の種族が異界の穴から落ちてきていたようだが、ある時から異界の穴の一部はすぐに閉じてしまうようになったのだとか。

 空きっぱなしの穴からは魔獣や魔物が出てくる。

 すぐ閉じる穴には別の種族の世界があるのだろうという話だそうだ。

 確かにそうだ。

 私達の世界にも人間が落ちて来たのだから繋がっているのだろう。

 ただ、行き来をすることは出来ない。

 危険すぎるからだ。

 そしてこの世界以外の世界は異界の穴を閉じる術が確立されているためすぐに穴が閉じるのだろう。

 この世界はまだ閉じる術がないらしい。

 未だ魔物が穴から出てくるのだとか。

 そしてこの邸の主であるエサイアス様という人は英雄として称えられるほど魔物をこれまで狩ってきたのだとか。

 ロキアさん達は色々聞きたいと言っていたが、私が怪我をしているので明日改めて話をしましょうという事になった。

 今日一日、魔獣に追いかけられたり、異界に来た衝撃もあって私もローニャも疲れてすぐに眠ってしまった。




 翌日、朝食を終えてロキアさんとマーサさんにこの世界の事の話を聞こうとした時、部屋の外から騒がしい音がする。

 ドタドタ、ガタンッ。

 怒号のような声も聞こえてくる。

 ロキアさんは失礼しますと言って急いで声のする方へ行ってしまった。

「どうしたのですか?」
「お客様はどうかお部屋に」

 侍女のマーサがそう言って扉をしめようとしている。

「待って、私、見てくる!」

 ローニャは私が止めるのも聞かずに走って声のする方に行ってしまった。

「妹がすみません」

 と言いながらローニャが戻ってくるのを気まずい思いをしながら待っていると、ローニャは走って戻ってきた。

「お姉ちゃん! 男の人が大怪我しているみたい! 血がいっぱいで今にも死にそうなの! 私じゃ上手く出来ないっ。どうしよう」

 半ばパニックになりかけている妹を落ち着かせて話を聞くと、玄関で血まみれの男の人が数名の男の人に担がれて来たみたい。

 ローニャは回復魔法を掛けた方がいいと判断したようだが、怪我人が全身出血しているのと人間が大勢いたので怖くて戻ってきたようだ。

 魔法を使うには集中しなければいけない。

 今のローニャでは難しいと自分で判断したのだろう。

「分かったわ。私が代わりに行くわ。ローニャはここにいて隠れていなさい」

 私は丸テーブルに乗っていたハンカチより少し大きめの布を頭巾のように被り、大怪我を負った人の所に向かうため扉を開ける。

 部屋を出るとすぐに血の匂いが鼻を衝いた。

 この匂いを辿れば部屋に着くはず。

 私は急ぎ足で部屋に向かう。

 その部屋が近づくにつれ血の匂いが濃くなっていく。

 そして私はある部屋の前で立ち止まった。

 数名の男の人の声が聞こえてくる。

 ……きっとここだろう。

 私はヒエロスの指輪をつけて扉を開けた。

「!!! お客様、ここへ来てはなりません!!」

 ロキアさんが驚いたように声を挙げた。

 ベッドに居たのはローニャが言っていた人だろう。周りに三人ほどの男の人がいる。

 そのうちの一人が「隊長!気をしっかり!!」と気を失わせないように大声を上げ続けている。

 後の二人は止血のため布で傷口を押さえているようだった。

「離れて!!!」

 私は大股で歩きながら大声を上げる。

 声に驚いた男の人達が一瞬手を止めた隙にベッドで寝ている怪我人に手を当てて魔法を唱える。

「ヒエロス!」

 魔力はすぐに怪我人の身体を包み込んだ。

 十か所以上の切り傷。そのうちの三か所は深い。致命傷になりそうな深い傷から回復していく。

 回復魔法は柔らかな光を帯びて血まみれの男の人を包んでいる。

 ……とても傷が深いわ。

 失った血も相当量だろう。

 魔力の消費する代わりに傷はじわじわと消えていく。それと共に怪我人の荒かった息も穏やかになっていった。

「嘘だろ!? 傷が消えているぞ??」

 止血していた男の人が手を放し驚愕している。

「ロキアさん、怪我は治したけれど、失った血は戻らないわ。
 この人間の足の位置を高くしてしばらく休ませた方がいいと思います。では、妹が心配しているので」
「おい!!? ちょっと!?」

 誰かが後ろから声を掛けようとしていたけれど、私は無視して走って部屋に戻った。

 血まみれの怪我人を見てあの時の事を思い出してしまった。

 あの惨状。

 もう後悔したくない、なんとか助けなきゃ……。


 言い逃げのように走って部屋を出た自分。

 勝手に回復させてしまった。

 自分は出過ぎた真似をしてしまったのではないかと後悔しながら部屋に戻ってきた。

「お姉ちゃん大丈夫だった? 手が、汚れているよ。拭こう?」
「そ、そうね」

 未だドキドキと興奮している私を落ち着かせるようにローニャはピョコピョコと動きながらマーサさんが手渡したハンカチで私の手を拭いてくれている。

 まだ下の階ではバタバタと騒がしい様子だったけれど、私とローニャは気にしないように部屋で静かに過ごすことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

処理中です...