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 突然やってきた私に騎士達はどこかの令嬢が騎士団の見学にでも来たのだろうという感じだ。

まぁ、普段私は姿を見せる事は無かったからかもしれない。騎士達は喋りながら基礎訓練を行っているように見えなくもない。

「き、騎士団長や副官は監督しないのかしらっ?」

私の質問に護衛騎士が答える。

「クレア陛下、普通は副官やリーダー格の者が一般騎士の指導に当たるはずですが……おりませんね」

護衛騎士も怪訝な顔をしている。どうしようかしらね?私は少し考えた後、雑談をしていた騎士の一人に声を掛ける。

「ここにはリーダーか副官はいないのかしら?」

「今リーダーは休憩中ですね。副官は執務をしていると思いますよ」

にこやかにそう答える。

「き、休憩はいつ頃終わるのかしらっ?」

「さぁ?私には分かりませんが、そのうち来るでしょう」

――これは酷いな。この状況で他国が攻めてくればすぐにこの国は終わるだろうな。    
 えぇ、この状況は見過ごせませんね。

――どれ、交代だ。

グラン様はそう言うと、護衛騎士に伝える。

「現在訓練場にいる団はどこの者達だ?」

「はっ、本日は第二師団、第四師団、第六師団と思われます」

三師団の訓練日のようだ。

「すぐに団長、副官、指導者をここに呼べ」

「はっ」

 護衛騎士は騎士団詰所へと走っていった。それを確認した後、騎士達に声を掛ける。

「貴様ら、三秒以内にここへ整列しろ」

 グラン様の言葉を無視する形で整列はおろか、その声に顔だけ向ける者やフッと馬鹿にしたように笑う者さえいた。

何という事なのっ。

グラン様に交代したとはいえ、私を無視する気なのね。

――クレア、まぁ見ておれ。
 はい。

「ほう、それほど処罰を望んでいるのか。面白い」

 グラン様が指を曲げると、先ほど笑っていた者がガクンと引きずられるように私の方に来たかと思うと、目の前で力が抜けてバタンと尻もちをついた。その様子を見ていた騎士達は驚き、目を見開いている。

グラン様が話し掛けた騎士の腰にあった剣を抜き、尻もちをついている騎士の首に剣を向ける。

「さぁ、お前達、この者の命はあと十秒だ。整列しろ、十秒以内だ。十、九、八」

グラン様はそう言うと騎士達は慌てて整列し始めた。

「三、二、一。……ほぅ。やれば出来るのだな」

 先ほどまでとは打って変わり、騎士達の表情は硬くなっている。ただ事ではないという事は理解したようだ。だが、剣を向けていた騎士は違ったらしい。

「お前!たかが令嬢の癖に俺に剣を向けるとは良い度胸だな!!殺してやる!」

騎士は立ち上がり顔を真っ赤にして剣を抜こうとしていたその時。

「おい!止めろっ!お前、何をやっている」

 護衛騎士に呼ばれた各団長、副官、リーダー格の者が必死の形相で走ってこちらへ向かってきた。魔法で呼ばれたのか筆頭護衛騎士であるアーロンも恐ろしい速さで走ってきた。

「ほう、お前達、ようやく来たのだな」

 団長達は一斉に私の前で整列し、最敬礼をしている。その様子に他の騎士達の顔は一気に青ざめている様子。

「クレア陛下、申し訳ありません!!」

第一騎士団団長のモランが大声で謝罪する。

「謝罪はよい。どういう事だ?この体たらく。国を守る気もないようだ。どうせお前達は弱い者の集まりなのだろう?見るからに半数は必要ないのではないか?」

その言葉に騎士団長達は青い顔をしているが、それとは反対に整列している騎士達はギロリと私を睨む。馬鹿にされたと不満が顔に出ていた。

「も、申し訳、ありません」

モランは更に謝罪を述べる。団長達はグラン様の魔力を乗せた覇気を体感しているので強さが分かるのだろう。

「モランよ、周りを見渡してみろ。不満な者が数多くいるようだぞ?面白いな?……良い事を思いついた。この中で強いと思う順に三人を挙げろ」

グラン様はニヤリと笑みを浮かべてモランに問う。

「はっ、この中で実力のある者は、第一騎士団副官バルトロ、第二騎士団長ガーランド、第三騎士団団長シーロ、です」

「やはり団長クラスが一番強いのだな?呼ばれた者、前へ出ろ」

三人は緊張した面持ちで前へ出る。

「今からこの三人に防衛戦をしてもらう。私が全力でこの男を倒す。お前達三人はこの男を守り抜け。それだけだ。簡単だろう?審判はモランで良いだろう」

 先ほどグラン様が剣を向けていた男を彼らが全力で守る。簡単なルールだが、騎士団長達の顔色は悪いままだ。他の騎士達はただただ状況を黙って見ている。

「そうだ、模造剣に変えねばな。お前達を殺しかねん。あぁ、お前たちは真剣で良いぞ?実に面白い。私が剣を持つのも久しい。ただのか弱い女がエリート騎士に剣を向けるこの状況、モラン、いい勝負が出来ると思うか?」

「……いいえ。魔法を使って陛下の辛勝かと思われます」

「そうか。私が負けたらその男の処分は免除してやろう。私が勝ったら連帯責任として騎士団に所属する全ての者に強化訓練を行ってもらう。私は優しいな。……では始めよう」

 グラン様がそう言うと、アーロンは心配そうに模造剣を渡してくれる。クレアである私がに魔法で挑めば男を殺す事は簡単である。

グラン様は魔法も剣術も全てが一級品なのだ。

 歴代の王の中で最も戦争に勝利し、国内を平定させた実力者。クレアの身体でもやすやすと男を殺せるに違いない。私は高みの見物をしている気分だわ。

 並んでいた騎士達は後ろへ下がり、私達の試合が観戦出来るように距離を取る。

 先ほどまで顔を真っ赤にしていた男は震えながらも剣を抜いて態勢に入る。バルトロ、ガーランド、シーロは三人で一言、二言話した後、守備に就いた。

「はじめっ!」

モラン団長の言葉で試合が始まる。

か弱そうなクレアと対峙する三人の騎士。その後ろに震える一人の男。どう見ても私の方が一瞬で負けるような絵面だ。

 グラン様はフッと気合を入れると、全身から威圧が漏れ出る。そして身体強化をして一歩、また一歩と騎士達に歩み寄る。グラン様の正面に立っていたバルトロが斬りかかったが、さっと左へ避けて反撃を行う。流石は実力者。反撃も剣で受け止める。

その横でガーランドが胴に向けて水平切りをしようとした時、グラン様は左手から小さく圧縮した空気を打つ。

 ガーランドは空気砲を避けきれず、後方へと吹き飛ばされた。その隙をみてシーロが反対側から斬りかかったが、グラン様は反撃していた剣を戻し、そのままシーロの剣を受け止め、足でバルトロを蹴り飛ばした。

騎士の扱う剣術に足技を使う事はないため、彼の不意を突いたのだと思う。

真ん中と左の二人が居なくなったため、シーロは一瞬怯んだが、攻撃を再開する。グラン様と何度か打ち合いをした後、グラン様は余裕の表情で剣を片手で受け止め、もう片方の手でシーロを殴りつけた。

騎士三人の防衛を突破し、震える男に勢いよく剣を振り、首元で寸止めして試合は終了となった。

「……さて、申し開きはあるか?」

「ございません」

倒された三人の団長達は苦悶の表情で答えた。


団長の予想を大きく外れ、グラン様の圧倒的な強さの前に他の騎士達も認めざるを得なかった。

「私が勝ったな。全ての騎士に訓練を行ってもらう。ガーランド、シーロ、バルトロの三人は免除してやろう。よく頑張ったな。ではモランよ、後で執務室に訓練メニューを取りにこい」

グラン様、凄かったです。

――久々に身体を動かしたから儂は疲れた。今日は早く休もう。
 そうですね。訓練メニューを書き上げたら休みましょう。昔の騎士達は皆強かったのですか?

――あぁ。戦争が幾度となくあったから意識も高かったのだろう。儂より強い者はゴロゴロおったぞ? 
 今の騎士達も私を守る程度には強くなってもらわねばなりませんね。 

――ああそうだな。次は魔導士も見てみないとな。どの程度使えるのかしっかりと把握しておかねばならん。
 そうですね。騎士や魔導士もグラン様がいた当時の強さ程でなくとも今日のようでは話しになりませんもの。
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