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 昨日と同じ場所に設置されたテーブル。カイン様はお茶を飲みながら待っていたようだ。

「ま、待ったかしら?」

カイン様は立ち上がり、礼をしている。

「いえ、私が時間より早かっただけです。今日も麗しいお姿をお見せいただき、幸せに感じています」

「ふふっ。有難う。う、嬉しいわっ」

 私は席に座ると、従者がお茶を淹れる。結界が壊れるまで毒を入れられる事はないだろうと思うがお茶に手を付ける勇気はまだない。カイン様もそれを察しているのか特に何も言う事はないらしい。

「クレア陛下、我が領は隣国と交易をしておりますが、珍しい物が手に入ったのでお持ちしました」

そう言うとカイン様はポケットからそっとリボンが施された小さな小箱を私の前に差し出した。

「か、可愛いわっ。開けても良いかしら?」

「美しいクレア陛下には敵いませんが、陛下をより引き立ててくれると思います」

 リボンをそっと解き、箱を開けてみるとオパールのような乳白色の色をした魔鉱石のブローチ。小さな石だけれど、見たことのない色だわ。

魔力を帯びているので魔石なのは分かるけれど、とても興味深いわ。

「す、素敵ね。こんな宝石見たことが無いわっ」

「それは良かった。これは精霊の涙と呼ばれる宝石であまり市場には出回らない代物なんですよ?たまたま伝手から入手できたのです。私は運が良かった。普段使いで邪魔にならないようなデザインにしたのです」

――ふむ。この魔石は儂も知っておるぞ?これは取引禁止の魔石だろう? 
 グラン様、取引禁止、ですか?

――あぁ。当時、隣国で採れる希少な魔石でイグニスの涙と呼ばれておったな。あれは隣国でも年に数個しか採掘されない鉱物で希少なものでな。国が管理していて他国には出回る事がないはずなのだがな。数百年経っても希少価値は高いままではないか?
 入手ルートが気になりますわね。後で調べさせますか。

――あぁ、それが良かろう。 

カイン様はブローチを小箱から取り出し、私の胸元に付けようとしたその時。手元が震えたのかコロリとブローチが足元へ落ちた。

慌ててカイン様は拾い上げる。

「……少し裏側に傷がいってしまったようです。これは、取替が効かないですから観賞用として持って置いた方が良さそうです」

「ふふっ。私は全く気にしていないけれど。とても嬉しいわっ。大切にする」

カイン様は箱にブローチを仕舞おうとしていたけれど、私はカイン様の気持ちが嬉しくてブローチを胸元に付けてもらったわ。


そこからカイン様の仕事の話を聞いたり、領地の話をしたりしている間に執務の時間となった。

「か、カイン様、今日は有難う」

 カイン様は微笑みながら私をエスコートし、執務室まで送ってくれるようだ。彼の行動になんら不審な点は見当たらないのでそのままエスコートをされ、執務室前で別れた。



―パタン―

扉が閉まった時にアーロンが口を開く。

「陛下、そのブローチは魔力を帯びております。気をつけて下さい」

――ほぉ。しっかり注意するあたり忠誠の高さが窺えるな。
 そうですね。信用出来る護衛がいることに安心します。

「アーロン、よく気づいてくれたわっ。これはすぐ箱に閉まっておくわね」

 私はブローチをすぐに取り外し、ブローチを確認した後、小箱に仕舞うと上から魔法で封をする。魔力の低い者にはただの宝石だとしか見えないだろう。

 ブローチの裏側には小さく細工された魔法陣があった。けれど、カイン様が落としたせいで傷がいき、魔法陣は上手く作用していないようだった。

――あれはクレアの居場所を特定するような魔法陣だな。
 えぇ、そうですね。カイン様は動揺していたようですし、気になりますね。

――あぁ、そうだな。だが今はまだ様子を見るしかないな。




 暫く執務をしていると、宰相が書類と共に明日の予定を伝えにきた。

「クレア陛下、明後日はアーサー・テーラー様との面会です。アーサー様と面会は午後で宜しいでしょうか?」

「執務はまだまだ山積みだから、明後日も今日と同じ午後から中庭でお願いするわっ」

私はそう言いながら宰相からの書類を受け取り、目を通す。これはこの間、私が却下した書類ね。

「宰相っ、修正が早かったわねっ。ちゃんと子爵に了承を取ったのかしら?」

宰相は少し青い顔で口を開く。

「えぇ。子爵の提案でしたが、他の貴族へ回すと話すとすぐに書類を提出してきました。予め準備していたようですが」

「……そう。分かったわっ。とりあえずはこれで進めていいわ。子爵が気になる動きをしていたらすぐに知らせて頂戴っ」

「畏まりました」

――小物狸め。クレアが無能なら傀儡にする予定でも算段していたかもな。
 ふふっ。グラン様の威圧で怯えてしまったようですね。

――まぁ、あの様子では当分は宰相から何もしてはこないだろうが気を付けるに越した事はないな。 
 そうですね。



 そうして私は深夜まで執務を行った。翌日も早朝から深夜まで執務に追われる。

そうだわっ。良いことを思いついた。

魔法で身体強化をすればいいわ!

素早さを極限まで強化すればかなり違うのではないかしら。

――クレア、そうすれば体力も極限まで削られるが?  
 グラン様、その分早く休む事が出来ます。今は少しでも睡眠時間を確保したいと思っています。

――そうだな。睡眠不足は判断を鈍らせるからな。やってみるか。 
 私達は会話しながらベッドに潜り込んだ。

「クレア陛下、おはようございます。起床の時間でございます」

まだ暗い中マヤが起こしにきた。

「マヤ、ありがとう。着替えたら執務室に向かうわ。朝食を執務室へ届けて頂戴」

「承知致しました」




 そうして朝の準備をした後すぐに執務室へと入り執務を行う。

「さて、昨日考えた方法で少しやってみるかなっ」

 私は身体強化を唱える。サクサクと書類が片付いていく。あぁ、最初からこの方法をしておけば良かったわ。体感として魔力消費は素早さだけなのでそれほど消費せず使い続ける事は出来るかな。

けれど、マヤが朝食を届けてくれた時に解除をすると疲労感が一気に押し寄せてきた。

――クレア。酷い疲れだ。少し休憩だな。 
 グラン様、素早さだけでは体力が持ちませんね。でも体力も強化してこまめに休憩すればこの方法でいけそうですね。


 魔力消費は倍程かかってしまうが。軽く食事を済ませた後、また身体強化で執務に取り組んでみる。

……うん。いいわ。全然疲れていない。そこからの私は無敵だったわ!

ひたすらに集中して執務をこなしていった。

「クレア陛下、お昼は食堂で食べられますか?」

従者の声にハッと気づいた。

――クレア、今日の分の執務は終わっておる。後はゆっくりしよう。儂も疲れた。魔力も半分程度だ。  
 そうですね。時間を有効に使えるのは良いですね。

「き、今日は食堂でいただくわっ」

「畏まりました」

 従者は一瞬驚いた様子だったがすぐに元に戻った。私が食堂でご飯を食べるなんていつ振りだからかしら?久々に食堂で食事を取った。それにゆっくり食事を取るのも覚えていないわね。

「料理長に美味しかったと伝えておいてっ」

「畏まりました」

 何気ないやりとりだけれど、感謝を口にするのは大事だわ。そうして日も高い間に部屋へと戻った。たまにはゆっくりと部屋で本を読むのもいいわね。

――クレア、これから余暇の時間が出来るのだ。今日はゆっくり休むがいい。だが、次回からは城内を見回るぞ。
 ……人心把握に務めるという事でしょうか。 

――そうだ。お前はまだ若い。今から味方を増やす事をしていくのがいいだろう。お前は思っていた未来を無理やり変えられた。辛い経験をしただろう。だが、それは王家に信頼を寄せていた者達も同じだ。お前を支えてくれる貴族を探し、増やしていくのだ。  
 はい。

グラン様に返事をしつつも私は周りが敵だらけの中で漠然とした不安に苛まれる。

――大丈夫だ。失敗してもいい、儂がついておる。
 ……グラン様。 

 その一言で私の気持ちは救われるのが分かった。
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