昔は勇者で、今は婆

鎌霧

文字の大きさ
上 下
3 / 16

3話 人違い

しおりを挟む
 深夜になる前に街に戻り、取っておいた宿に。
 自分の家に行かないと風呂が入れないというのが非常に不愉快だからしょうがない。そもそも風呂と言う文化はこの国じゃ一般的ではないので、お湯で体を拭くか、我慢して水浴びするしかない。勿論この宿も後者の物なので、お湯と布を貰って体を拭いていく。
 魔法で湯を沸かす事は簡単だが、大量の水を沸かすとなるとそれなりに大変で、場所も必要で排水をどうするかって問題も更に出てくるのでしょうがない。
 いつもならゆっくり風呂に入って、湯上りに水を飲み、寝る前に紅茶を楽しんでから就寝するのだが、そう言うのは帰ってからの楽しみにしよう。
 ……それにしても良く寝る体になったものだ、ベッドに横になって目を瞑るとすぐに意識を手放すとは。


 翌朝、部屋の鍵を返してすぐに冒険者ギルドに向かい、受付に預けておいたバスケットから依頼書の控えを取り出した上で回収した魔石を提出する。

「畑に来たのははぐれ個体だろうね、巣穴は潰したけど被害が続くならもっと大体的にやるしかないよ」
「いつもありがとうございます……ええっと、個体はラビ、でしたか?」
「そうだね、死体はいつも通り焼いたよ」

 魔石の確認をされ、依頼書とその控えを照らし合わせ、確認が終わったら報酬金が差し出される。
 それにしても昔に比べて今はしっかり確認されるようになったものだ。よくトラブルになっていたのは一つの依頼に対して何人も受けて、そのうち誰かが達成した後、確認不足により二重支払いが起きたり、依頼終了済みだと言うのに、未達成扱いになって冒険者としてランクが落ちたり、名前が不当に悪くなったりしたのが原因になる。
 なので受ける物は1人1つにつき、依頼1つに対しても1グループのみ、原則的に依頼を受けてから1週間以内に報告しなければキャンセル扱い。長引くようならしっかり事前に申請しておかないといけなく、結構厳密化している。

「そういえば、お婆さんの名前って確か、えっと……リュミル・L・フォーゼですよね?」
「……そうだけど、藪から棒に何だい」
「会いたいって冒険者の方が見えていまして」

 そう言うと受付の少し横にいた冒険者に受付の子が声を掛けて呼びつける。
 その呼びつけられた冒険者が此方に来るわけだが、見た目は軽めの金属鎧、しっかり目のロングソードと盾、金髪の短い髪が特徴か。

「おお、貴女がリュミルさんですね……かつて勇者の一人として魔王を倒したと言われている伝説の……!」
「人違いだよ、大体魔王が倒されたのはもう50年も前だし、全員寿命で死んだよ」
「いいや、名前が一致してる上にその特徴……隻腕で老人と言うのも一致してるじゃないですか」

 こっちの片腕を指さして得意げな顔をするのをため息を吐き出しつつ否定する。そもそもその勇者を探して何をしたいんだという話になるので、そこを聞かないといけない。

「そもそも、何を持ってその勇者を探しているんだい……」
「はい、私に剣を教えて欲しいのです」
「私が勇者だとしても、教える物は無いよ」

 預けていたバスケットを持ち、貰った報酬金、今回はそこまで多い訳じゃないので銀貨3枚を懐にいれた上でさっさと無視し、冒険者ギルドを後にする。
 
「ああ、ちょっと待ってください!」

 まったく、どこからやってきて、話のを聞いたのやら。
 とりあえずこれで目的の紅茶を購入する事が出来るので、道具屋の裏手、住民向けの商店の方にやってくる。勿論後ろには金髪の奴が付いてきている。

「いらっしゃい、いつものかい?」
「あれしか置いてないだろう」
「まあ、輸入品だからね……銀貨2枚だよ」

 皮袋に入った茶葉を確認して口を閉じてから銀貨を手渡す。勿論その様子も後ろで見られるわけだが。

「茶葉なんて珍しい物置いてあるんですね」
「彼氏連れなんて婆さんもまだまだ若いね」
「うるさいよ」

 笑い声を聞きながら結果的に一緒になって商店を抜け、そのまま門も抜けて自宅に戻る道へと進んで行く。
 当たり前だが、諦める様子は何一つない訳で、ずっと少し後ろに付いて付いてくる。
 うん、こいつはこのまま私の家まで付いてくる。

「しょうがないね……あんた、名前は」
「はい、自分の名前はアニスと言います」
「あんたは年寄りに荷物を持たせるのかい」

 すいませんと、謝りながら私が持っていた野菜が満載のバスケットを代わりに持とうとする。そしてバスケットを受け渡した瞬間に、予想外の重さだったのかほんの少しだけよろける。最近の若い子は足腰がなっちゃいないな。
 それにしても荷物持ちが一人いるだけでかなり楽になるのはいい、結構野菜たんまり入れてるとバスケットも中々の重量になるからね。

「付いてこれるなら、まあ話くらいはきいてやってもいいね」
「はい、頑張ります」

 この調子でいくのなら昼すぎ、夕方前くらいには家に着けるだろう。その間休憩もせずにほぼ歩きっぱなしで先に進むわけだが、若いんだから付いてこれるかね。
 とりあえず街道に関しては特に問題も無く、夏間近の春の陽気を感じつつ、杖をこつこつと突きながら先に進んで行く。その間、会話もすることなく、ただただ私の後ろを野菜満載のバスケットを持って大人しく付いてくる根性はなかなかだ。

「まだ山道があんだよ、気張りな」
「ふう、ふう……はい、付いて行きます」

 いくら軽めの金属鎧だとしても剣と盾もあるし、ずた袋を持って旅をするとなるともっと軽量化するか、盾を持たない方に金属鎧を集中してある程度装甲を削る方法もある。
 いくらいい装備を揃えても長旅には不向きだったりするので、その装備をずっと使い続けるという気概がなければ無理だろう。逆を言えば街に腰を据えて活動するというのなら正解でもある。
 こうして山道を進んで行くとなると、体力の消耗は重量に比例するから死ぬほどきついだろう、だからといって歩幅を合わせて気を使って進むことはしない。
 ただ、1週間分の野菜を持っている訳で、はぐれてどっかに行かれるとそれはそれで問題なので、たまに後ろを確認する。

「若いのにだらしないねぇ……冒険者なんだろう?」
「厳密に言えば『まだ』です、父上から冒険者を習って来いと」
「それで、元勇者ってのを探した訳かい」
「ふう、ふう……それで、各地の冒険者ギルドで名前を聞いて回りました」
「父親に言われてそこまで出来るのは素直に凄いわ」

 冒険者ギルドで依頼をこなすには冒険者になり、ギルドに登録をするのだが、別に依頼をこなさずに旅をして、魔物を倒してその素材で生計を立てる物もいる。簡単に言えば公認されているか非公認かの違いだが。各地の冒険者ギルドを回っていたって事だから後者で生計を立てていたって事だろう。
 
「だから、ここで名前を聞いた時に、ようやくと思ったんです」
「期待に沿えるかはわからんと言っているだろう」

 大体勇者なんて大層な物を付いてるが、それは歴史的な事実の後に担ぎ上げるために付けたもので、その時の話なんて本人たちにしか分からない。そういう偉人としての扱いなんて、結局後からどうこうできるものだというのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

処理中です...