昔は勇者で、今は婆

鎌霧

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1話 隠居生活

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 とある山の中、子気味良い音をさせて薪を割る音を響かせる。
 カコン、カコンとリズムよく薪が割れ、気が付けば割れた薪の束が出来上がる。そして、その薪の束が出来上がったのを見て汗を拭って一息いれて、少しずつ薪置き場へと移していく。
 望んだ生活とは言え、やはり歳のせいもあってか、動き続けると少しだけ息が荒くなり吐き出す息も少しばかり熱くなっているのを感じる。

「やっぱり、歳かねえ……」

 毎日少量の薪を割り、常に一定量をためて置かないといけないってのは中々に疲れる。とは言え何もせずにゆったりとした生活と言うのも体を壊す原因にもなる。とりあえず今日の分は終ったので、乾燥の終わった薪を抜き出し、家の中に持ち運ぶ。
 レンガ造りのカマドに薪を入れ、軽く詠唱をし終わると指先に火が灯るので薪に着火。パチパチと爆ぜる音を聞きつつ、水の魔石を使いケトルに入れて火をかける。
 その間にゆったりとロッキングチェアに座って揺れながら湯が沸くのを暫く待つ。

「ん……うとうとしていた……」

 昼前に運動をして疲れたのか、揺れている間に眠っていたみたいだ。ケトルから湯の沸いた音で起き上がり、沸いた湯を使って紅茶を入れていく。
 少し沸かし過ぎたせいで濃い味になった紅茶を啜りつつ、茶葉も買いに行かないといけないのを思い出す。暫く村にも行っていないし、食べ物含めて買い物にそろそろ行くべきか。
 そんな事を考えながらロッキングチェアで小さく揺れ、濃い味の紅茶を飲みながらゆったりした時間を満喫……と、気が付けば太陽も真上にやってきている。
 このままだらだらと過ごしていてもしょうがない。重い腰を上げ、空になったティーカップを付け置きの水の張った桶の中に入れてから外に。

 気が付けばもう夏も近く、日差しが強くなって気がする。
 街に行くまでは結構時間が掛かるので、壁にかかっていた麦わら帽子を手に取り、杖とバスケットを持って山を下りる。




 まあまあな山の中なので、やはり少なからず危険もある。
 凶暴な動物……所謂魔物が生息しているというのが一つ。後は単純にそれなりに険しい所があるので歳をとった自分には疲れやすいという点だろう。
 魔物と言ってもテリトリーに深く侵入したり、森の深い所に行かなければあまり襲ってはこない。たまに群れからはぐれたのが街や村を襲うパターンや、大量発生で駆除しなきゃいけない時はあるが、基本的に手を出さなければ手を出してこない。とは言え、襲われないと言う訳ではないので必要最低限の武装は必要になる。
 
「そろそろ夏ねえ……」

 虫の鳴き声や、鳥の鳴き声、たまに魔物の鳴き声も聞きつつ山を下っていく。
 険しい箇所はある事はあるが、流石に通り慣れている道なのでバスケットを揺らしながらずんずん進む。そうして1時間ほど山を下れば街へと続く街道へとたどり着く。

 そこから街道をまた暫く進んで、丘を一つ越えると、それなりな大きさの街が見えてくる。
 ぐるりと塀が街全体を覆い、街道に沿って前後に門が備えてある。これも魔物の襲撃対策なので仕方がない。猪の魔物が突っ込んで行って家を何個か吹っ飛ばして偉い騒ぎになる場合もあるので備えはしっかりしておくに越したことはない。
 その塀の外にはさらに畑が広がっていてぽつぽつと見回りがいたり農民がいたりと、しっかりと区域が分かれている。そろそろ麦も収穫の時期になるか。
 そんな事を考えつつ、門の前に、相変わらず門番が2人、ハルバードを構えてしっかり立っている。

「止まれ、何者……って婆さんか」
「何年門番やってるんだい……いい加減人の顔を覚えな」
「深く麦わら帽子被ってるからだよ」
「それは悪かったね」

 構えられたハルバードが戻され、さっさと中に入りなとジェスチャーをしてくるので遠慮なく街中に。

 この街も結構大きく、国境近くと言うのもあって人は多い。
 メインの大きい道に沿うように商店が並び、その商店の裏から外周に居住区が立ち並ぶのが特徴になっている。ついでに言えば自警団や見回りの冒険者も多く、治安も良好。魔物の襲撃もしっかり防いでくれるので外側の家でも安心。もしも破壊されてもすぐに建て直しますってサポート付きで至れり尽くせり。
 ……ま、便利だが、私には合わん街だね。

「今年は不作かい」
「おお、いらっしゃい……そうなんだよ、魔物の出没件数が増えてて畑に被害が出ているんだってよ」
「討伐依頼は出してるのかね」
「農業組合で出してるらしいけど、不作で金が回んないのに金を回さなきゃいかんってよ」
「金がいるのは分かるけど、最近の冒険者は薄情だね」
「違いねえ……いつもの野菜は取っておいてるぞ」

 バスケットを渡して取り置きされていた野菜を詰め込まれる。ジャガイモ、ニンジン、カボチャ……日持ちしやすい物が多くて助かる。さて、と言いながら懐から財布を取り出して中を検めて見れば手持ちが少ない。

「そろそろ私も稼ぎ時かねえ……はいよ」
「銀貨1枚、確かに」
「ありがとさん」
「おう、無茶すんじゃねえぞ!」

 分かってると言う様に手を振ってその場を後にする。
 そこそこ重いこのバスケットを持ってまた山上りせにゃならんのは少々ネックだが仕方がない。とりあえず目的だった紅茶の茶葉を買いに行こう。と、思ったのだが、お気に入りの茶葉は中々に高価で手持ちの金じゃ足りない。これは一日街で過ごしてから家に戻る方が良さそうだ。





「老体にいつまで鞭を打てばいいのかねぇ……」

 そんな事を言いながらやってくるのは冒険者ギルド。
 街道沿いの丁度真ん中あたり、商業施設よりも大きくそして目立つ位置と大きさの建物がそれになる。
 扉を開け、中に入れば十人十色の冒険者がおり、机に座っている連中には落ち着いた服装の給仕が注文を受けて飯を出す。食堂兼ギルドというものだな。味は御察しと言うか簡単な物しかないので本格的に何かを食べる時は他の店に行く。何度か此処の食事を試したが、年寄りの口には合わん。サクッと食べれて腹持ちの良い物が多いのも原因だろう。

 そんなギルドの中を通り抜け、受付に。

「あ、お婆さん……こんにちは、どうされました?」
「畑に出てるって言う依頼、受けるから寄越しな」
「え、あ、はい、えっと、これですね」

 ぺらっと出される用紙を確認し、一番下に自分の名前を記載し用紙を返す。この依頼を受けましたと言う契約書の様な物で、仕事の内容や報酬額もろもろが書いてある。そうして返した用紙を受付が確認し、サインした名前の中心に印をつけて、名前を半分にするように用紙を切り、小さい方を渡してくる。こういう手間な部分をもうちょっと良くしてくれりゃいいんだが、仕方がない。

「おい、婆さん、引退はどうしたんだ」
「黙りな、ごく潰し共」
「おー、こわ……無茶して腰壊すんじゃねえぞ、歳なんだからよ!」

 そんな悪態を付かれながらもバスケットの中に控えを仕舞い、そのまま受付に野菜の入ったバスケットとを預けて、畑の方へと早速向かう。依頼内容自体は畑を荒らす兎を狩るだけのもので、そこまで難易度は高くないが多少なりと森の方へと入らないといけないのがネックだが、個体自体がそれなりに大きい兎なので見つけるのは容易い。

 まだまだ日も高く、暑くも寒くもない過ごしやすい気候を感じつつ街の雑踏を抜け、杖を突きながら塀の外側に、門番にもう出るのかと声を掛けられ仕事だと返事をし、早速と言う様に被害のあった畑の方へ向かい話を聞きに行く。




「あの婆さん、何者なんだ?」
「ん、ああ、お前は最近ここに来たから知らねえのか。街の北側にある山に住んでる婆さんだよ、週1くらいのペースで街に来てああやって食い物を買いに来るんだ」
「でもここに来てるって事は現役だろ?依頼は簡単なのを受けてるが」
「かなりの古株って位しかわからんが……一つ言えるのは、敵には回さん方が良いって事さ」

 飲みかけのエールを一気に煽り一息ついて、給仕におかわりを注文する。

「強そうには見えなかったけどなあ」

 入口、さらにその外へと視線を向けるようにしながらふうむと納得したようなしないようなものをぽつりと零す。
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