魔法使いの薬瓶

貴船きよの

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ビンドの収穫祭編

3,夜明け-2

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 ルウがそう言うと、

「平和な秘密基地だな」

 と、ガルバナムは辺りを見て言った。

「秘密基地で育てた薬草がおばあさまの魔法にかかると、ブルーや、グリーンや、オレンジや、きれいな色の魔法薬になるのが楽しくて。薬草のお世話をすると魔法薬に使う魔法が習えたので、薬草を育てるのも子どもなりに一生懸命でした」

 ガルバナムは、葉を摘むルウの横顔に訊ねた。

「子どもの頃から、魔法薬をつくるのが好きだった?」

 ルウは予想外の質問に、思わずガルバナムを見た。それから、少し考えて苦笑する。

「最初は、両親がいない寂しさを紛らわすために魔法薬を習っていたんだと思います。小さい頃から、両親は研究のために家にいないことが多かったので」

 しかし、ルウは口元を綻ばせた。

「でも、そのおかげといっていいのか……、魔法薬作りが好きになりました。いつからか夢中になって、おばあさまに習う魔法薬以外の魔法薬もつくりたいと思うようになったんです」

 ルウは、温室にある鉢をぐるりと見渡す。

「新しい魔法薬を試作していると、自分が土のなかで生きている薬草の種みたいだと思うことがあります」

 摘んだ葉を片手に、ルウはまだ芽を出したばかりの鉢の側でしゃがみ込む。

「種を蒔いてもすぐに芽は出ない。すべてが発芽するわけでもない。だけど、どうなっているのか目に見えなくても、根付いているし成長している。芽が出るまでの時間、花が咲くまでのつぼみの時間、そういうものはあるべくしてあるのだと、薬草を育てながら学びました」

 ガルバナムは、現在のルウもその過程にいるのだと思い、やさしい眼差しを向ける。

「僕達の両親は、アシュリング・アフロンを観察する仕事をしているんです」

 変わった響きの名称に、ガルバナムは聞き覚えがあった。

「花を咲かせるまでに、十年はかかると言われている植物だな」

「はい。発芽までも一年以上かかるのに、それを信じて管理し続けなければなりません。研究者は少ないのが実情ですが、高度な魔法にも耐えられる植物とあって、研究対象になっているんです」

 ルウは、夢を見るような笑顔になって言った。

「この前、そのアシュリング・アフロンの花が、切手の絵になっていたんです。皆に知られるまでの花になったのは、両親達が研究してきた成果だと思います。それを見て、とても誇らしく感じました。……今は、両親が仕事を手放さなかった理由が理解できます。僕にとっての魔法薬と同じです。僕達のために、辞めてしまわれなくてよかった」

 ガルバナムはルウに歩み寄ると、か細い肩を抱き寄せた。ルウは、ガルバナムを見上げてはにかむ。

「両親が観察する期間は、あと少しで終わるそうです。モルとメルも、もう少しの辛抱で……」

 それまで流暢に話していたルウだったが、メルの名を出した途端、声を萎ませ、ガルバナムから視線を逸らした。

「……ルウ?」

 ガルバナムの呼び掛けにも、まっとうな返事がない。

 ルウは、ぽつりと独り言のように呟いた。

「……メルが師匠を王子様にしたいだなんて、止めればよかったです」

 気分がそのまま表れた声色だった。

「ゆうべのことを気にしているのか」

「メルとモルが師匠に懐いて、二人が楽しそうなのは嬉しいのに、……僕、心のどこかで、師匠は僕のものなのにと思っていたんです。……僕だけの師匠でいてほしい、と」

 視線を落としていたルウが、目の前が陰ったと思ったときには、ガルバナムの顔が正面に来ていた。

「え……っ」

 ガルバナムは、そっとキスをした。そして、ゆっくりと離れた。

「そう思ってくれて構わないが? 俺だって、ルウは俺のものだと思っている。そうであってほしいと」

「師匠……」

 ルウは、ガルバナムを離さないよう、しっかりと抱きついた。

「我慢してメルに合わせていたのか?」

「僕は兄ですし、メルを悲しませたくはなかったんです。でも……」

「“お兄ちゃん”をやるのも大変だな」

「大変ではないんですよ? メルのこともモルのことも大好きで……」

「ふふっ。わかっているよ」

 顔を上げて弁解する生真面目なルウの頭を、ガルバナムはぽんぽんと撫でた。

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