魔法使いの薬瓶

貴船きよの

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ビンドの収穫祭編

2,収穫祭-1

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 秋色の森に、落ち葉を踏みしめる乾いた音が響いていた。

 大人達を牽引して進むメルの髪には空色の新しい髪飾りが、モルの手首には魔除けの役割を果たすシルバーのブレスレットがきらりと光る。

「お父さまとお母さま、収穫祭に間に合うかな」

「早く帰って来られるといいね」

 心配そうに振り返るモルに、ルウは期待を込めて答える。

 ガルバナムは、最後尾を歩いていた。幼い日に通ったことのある道なのかもしれなかったが、ガルバナムの記憶にはとうになく、新鮮な気分であたりを見回している。

 木立の間から人々の賑わいが耳に届くようになると、広場はもうすぐそこだった。

 ルウ達が収穫祭の会場に到着すると、広々とした敷地には、すでに大勢の人が集まっていた。

「あっ! 見て!」

 メルの声に、一行はメルが指差す上空に視線をやった。

 明るい空には、なにかキラキラとしたものが霧散したところだった。

「私達も祈りを捧げましょう」

 ディアがそう言うと、一行は収穫祭を訪れた人々と共に、広場のシンボルである大銀杏へと向かった。

 樹齢千年近い大銀杏は、重たそうに幾重もの枝を垂れ、黄葉した無数の葉が青空に映えている。

 魔法使いであっても、食べ物を宙から生み出すことはできない。無事に繰り返される自然の営みと農家の人々へ感謝を捧げ、一年の稔りを祝う。

 人々が目を瞑り、自らの胸に手を当てて祈った思いは、胸から透明なダイヤ型の水晶となって現れた。それは、ゆっくりと天に昇ると、日光に溶けるようにして宙に消えていきながら、キラキラとした氷の粒のような余韻を残した。魔法使いではない街から来た参加者は、初めての祈りだったのか、自分の胸から現れ出でたものの光景をぽかんと見つめていた。

 祈りを終えると、ガルバナムは立派な銀杏の樹へと歩を進め、でこぼこの木肌に触れた。

「この銀杏の樹は、昔来たときにも見たな」

「憶えているんですか?」

 ルウは、ドキドキしながら訊ねた。

「ああ。夜でも目立っていた。以前は自分の出番に合わせて来たから、昼の様子は知らなかったんだ」

 見上げれば、黄葉の屋根が眩しい。

「皆、食事をいただきに行きましょうか」

「やったー!」

 ディアの一声に、モルとメルははしゃぎ、二人の姿を見たルウとガルバナムは微笑した。

 広場の端にずらりと並ぶ天幕の下では、様々な料理が提供されていた。食欲をそそる甘い香りと湯気が、来場者を迎える。

「わー! おいしそう~!」

 ルウとモルとメルは、翡翠の目を揃って輝かせた。

 移動式オーブンではひっきりなしにパンが焼かれ、ナッツをあしらったクッキーやドライフルーツ入りのパウンドケーキは子ども達に人気があった。

 ワインを注いでくれる天幕には、おかわりを求める、木製のカップを手にしたご機嫌な大人達が列を成す。

 無償で振る舞われる料理の数々は、皆で食事ができるほど豊作だったことの表れだった。

「モルとメルも、自分でトレーを持つのよ」

「はい」

 重ねられていたトレーをディアから受け取った二人は、それぞれ返事をして、パンを貰う列に並ぶ。

「師匠はなにを召し上がりますか? もっと先の天幕では、スープも配っていますよ」

「皆についていくよ」

 ルウからトレーを受け取って、ガルバナムは言った。

 それぞれのトレーには、全粒粉から作られたブラウンパンや蜂蜜の香りをまとったクッキー、カットされた洋梨、りんごのサラダ、きのことホワイトソースがたっぷり包まれたパイが載せられていった。

「ルウ、ガルバナムさん。あの空いているスペースで待っていますね」

「はい、おばあさま」

 ディアは二人の孫を連れて、一足先に、広場の中央に座って食事を楽しむ人々に紛れていった。設置されたステージを避けながらも、広場は人でいっぱいだった。

 ルウとガルバナムは、スープが入った器を受け取ってから、天幕を離れた。

「あれ? おばあさま達、どこかな」

 ルウは歩きながら、枯れ草に腰を下ろした人々の顔を探る。

 そのとき、ルウの隣で、ガルバナムはふと足を止めた。それに気づいたルウは、ガルバナムが視線を注いでいた先を見る。

 すると、広場の隅で、灰色のローブの上に深い緑色のマントを着用した一人の老人が、あぐらをかいて座っていた。長い白髪を一つに束ね、背筋はしゃんと伸びている。

「ルウ。彼はルイドだ」

「……え?」

 老人とは距離があるにも関わらず、ルウとガルバナムの視線に気づいたらしい彼は、二人に向けて微かに口元を緩めてみせた。

 目が合ったルウは、思わず頭を下げる。

「あんなに、普通にいらしているんですね」

 一人で祭りの様子を眺めている彼は、時折声を掛けられては気さくに会話に応じていた。

 しかし、表情を大きく崩すことはなく、彼のいる場だけ時の流れが違うかのように凛としていた。

「相棒も連れてきているな」

 ガルバナムが視線を上げると、森の木々の陰で、一羽の真っ白な鷹が枝に留まっていた。

「僕、物心がついてからルイドの方をお見かけしたのは初めてです」

「気づかないだけで、すれ違ったことくらいはあるかもしれないぞ。ああして普通の魔法使いと同じように生活している。……もう、俺と間違えるなよ」

 ルウは、幼い頃の思い出を突かれて狼狽えた。

「昔のことは、ちょっとした勘違いですよ!」

 ガルバナムは笑った。

 ルウは、ガルバナムが優秀な魔法使いであることは十分に知っている。けれど、ルイドは、穏やかでありながら畏怖を感じさせ、ほかの魔法使いとは一線を画すような雰囲気があるように思えた。

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