魔法使いの薬瓶

貴船きよの

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杪夏の風編

おまけの小瓶(R18)‐1

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「奏での森の状況は、どうでしたか?」
 ルウは、ガルバナムと共に寝室のクローゼットスペースに入ると、ガルバナムが外したマントを預かった。
「完全に回復していた。もう心配はいらない」
「そうですか。よかったぁ」
 ルウは安堵すると、ガルバナムのマントにブラシをかけ始める。
 喜ぶルウを見て、ガルバナムは言った。
「……そうだ。明後日、樹木の根を手当てする仕事が入ったんだが、ルウも来るか?」
 ガルバナムの仕事が見られるとあって、ルウは即答した。
「はい! また同行してもいいんですか?」
「ただし、遠くて、どうしても泊まりがけになるんだ。俺はその日も仕事があるから、アオソの森の近くで宿を取ろうと思う。ルウとも、そこで合流できないか?」
 ルウはブラッシングの手を休め、一瞬、考え込んでから言った。
「アオソの森のほうまで行くとなると、早めにお店を閉めないといけませんね」
「ティータイムの頃にはここを出発しないと、着くのが遅くなるぞ」
「わかりました」
 ルウは、笑顔で了解した。
 アーケードに軒を連ねる店とは違い、森のなかで構えられた店は、店の休日や、開店、閉店の時刻が定まっていないことも珍しくなかった。
 複数の仕事を一人でこなす魔法使いや、ルウのような弟子の立場の魔法使いもいるため、ほとんどの魔法使いが休憩をとるティータイム以外でも、店が開いていないことがある。
 当日、ルウはいつもより早めに店を閉め、ガルバナムに告げられた宿へと向かった。
 迷子になってはいけないと思い、念のために方向音痴を治す魔法薬も服用した。
 ルウは空間移動路を通ると、コンパスの針が示す方角へと、かぼちゃ畑を抜ける道を延々と歩いた。
 大人が二人がかりでも持てないような赤みを帯びた大きなかぼちゃが、ごろごろ転がっていた。
 ルウは再び森に入ったかと思うと、すぐに抜けて、まばらに人影がある広い通りに出た。
 森を切り拓いてできた通りの両端には、緑を背にした木造の建物が一定の間隔を空けて並んでいて、街さながらだった。
 人家と看板を掲げる店とが混在し、一部の店の出入口には、店が開いていないことを表す白翡翠が置かれている。
 ルウが宿の看板を探しながら歩いていくと、道端に人だかりができていた。
「葡萄畑からやって来た、マスカット兄弟の葡萄ジュースとワインだよ~!」
 黄緑色のベレー帽を頭に載せた、顔のそっくりな二人の若い男が、ベルを鳴らしながら声を揃えて客を呼び込む。
 台の上には、澄んだ黄緑色や赤紫色の中身が鮮やかな瓶が何種類も置かれ、客は並んで順番に商品を購入していた。
「……ジュース?」
 興味を惹かれたルウは立ち止まり、人だかりに紛れて様子を眺めていると、品物は次々と売れていった。
 ところが、そうしているうちにいつしか購入する列に並んでしまい、「どれに致しましょう?」と、マスカット兄弟に訊ねられたときには、引き返せなくなっていた。

 日が暮れ始めた通りで、ルウは、明かりの灯った白鷺亭と呼ばれる宿を見つけた。表には、白鷺のシルエットが描かれた看板が吊り下げられている。
 ルウの腕には、赤紫色の液体で満たされた細い瓶が抱えられていた。
 受付のカウンターには物静かな老夫が立っていて、ロビーの半分を二階へと続く階段が占めていた。
 ルウはツインの部屋を取ると、料金を支払い、あとからガルバナムという名の同行者が来ることを伝えた。
 鍵を渡されたのは、二階に上がってすぐの、201というプレートが貼られた部屋だった。
 部屋に入り、ペンダントを被っていた丸い光水晶に触れると、薄暗かった部屋に橙色の明かりが広がった。
「師匠、まだかな」
 ルウは、瓶をテーブルに載せ、鞄をベッドの一つに置いて、窓を開けた。肌を冷やすそよ風が、部屋に入り込む。
 そこからは通りが一望できたが、ルウの知る人影がある様子はなかった。
 ガルバナムの到着を待つ間、廊下からは女性達の朗らかな話し声が聞こえてきた。窓の外を見下ろせば、ルウと同世代と思われる若者達が賑やかに通り過ぎていく。今頃になって明かりを灯した店は、飲食店のようだった。
 ガルバナムがいつ来るのかわからない状況では、部屋に鍵を掛けて出かけるわけにもいかない。
 ルウは、退屈をおぼえ始めていた。
「師匠、遅いな……。仕事が長引いているのかな」
 ルウは、喉の渇きを感じた。
 辺りを見回し、背の低い棚を開けて目当てのものを見つけると、口を伏せた台付グラスが二客とコルク抜きが載ったトレーを、テーブルに運んだ。
 部屋に洗面所とシャワーはあり水は飲めそうだったが、ルウの視線は、テーブルの上で存在感を放つ葡萄ジュースの瓶に向けられている。
「一口だけ……」
 ルウはそう言って、コルク栓を抜いた。
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