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杪夏の風編
1,杪夏の風-5
しおりを挟むガルバナムは、ルウとフェンネルを二人きりで残すことに懸念を抱きながらも、次の仕事に向かった。
ルウはガルバナムを見送り、その足でフェンネルを離れの店に案内した。
「これほど風変わりな魔法薬は、あまり見たことがないね」
魔法薬の薬瓶が並ぶ棚の前で、フェンネルは薬瓶に貼られたラベルを読んでいた。
「“早歩きがもっと早くなる魔法薬”を買いに来た人はいるのかい?」
「いらっしゃいますよ。走りたくはない、けれど急いでいるというときに便利なんです」
ルウは、喜んで説明する。
「ふうん。ガルバナムと暮らしながらこんなに魔法薬を作れるなら、たいしたものだね。僕はあいつの冷たい視線を浴びると落ち着かないよ」
フェンネルは屈めていた背を伸ばし、ルウと向かい合った。
「しばらく来ない間に、離れの様子は変わっているし、ガルバナムはすっかりきみとの生活に馴染んでいるようだ。きみは、ガルバナムにいい影響を与えたのかな」
フェンネルは、ルウを追いつめるようにして壁に手をつくと、見上げてくる翡翠の目を見つめた。
「まさか、こんなに可愛い弟子が来ていたとは知らなかった。……僕の診療所に遊びに来ない?」
「健康なので、診療所には用がありません」
「つれないなぁ」
ルウは真っ当な返事をして、フェンネルの腕をくぐり抜ける。
「ガルバナムとは、師弟以上の関係なのかな」
「あ……」
ルウが頬を赤らめて頷くと、フェンネルは、不服そうに訊ねる。
「きみは、ガルバナムと一緒にいて楽しいのかい?」
「はい。とても」
ルウは、朝からガルバナムと奏での森まで出掛けたことを思い出す。
「あのガルバナムが、きみをデートに誘ったり、プレゼントをくれたりするの?」
ルウはフェンネルの質問の意図が読み取れず、少し考えてから言った。
「時々は一緒に出掛けますし、僕は、必要なものや大切な教えを、師匠に与えていただいてばかりです」
ルウは正直に答えたが、フェンネルは表情を曇らせると、
「……ああ、そんなことだろうと思ったよ」
と言って、首を横に振った。
「僕なら、ガルバナムがしないようなことをいっぱいしてあげられるよ。おいしいレストランも美しい景色が見られる場所も知っている。きみのためになんでもしてあげるよ! 好きな子にはそうしてあげたくなるものだろう? そんな小説や演劇を見たことはないかい?」
ルウは、フェンネルの勢いに困惑しながら答える。
「そういうものなんですか?」
「そうとも!」
納得していないルウを見て、フェンネルは急に深刻ぶってため息をついた。
「……あいつが誰かを愛することなんて、本当にあるのかな。恋人はころころ変わって長続きした話は聞いたことがないし、弟子の面倒を見るのは師の仕事なのだから、して当たり前だ。師弟以上の感情が、あいつにあるだろうか」
「え……?」
「きみも、あいつには多くを期待しないほうがいいんじゃないか。遊びたくなったら、いつでも僕の所においで」
ルウは、考えたこともなかったことを指摘され、フェンネルに上手く返答することができなかった。
フェンネルが帰ると、ルウは母屋に戻り、屋根裏部屋へと梯子を上った。
ルウがこの家に来たばかりの頃に寝泊まりしていた屋根裏部屋には、ルウが持ち込んだトランクや、元々あった古い魔法道具などが保管されている。
一ヶ所の窓から入る外の明るさを頼りに、ルウは本棚代わりにしている口を横に向けた木箱から、一冊の本を取り出した。
それは、読み始めたばかりの恋愛小説だった。
「……フェンネルさんに言われたことを、気にしているわけじゃないんだから。フェンネルさんの言ったことは、フェンネルさんの意見であって、皆が皆そういうわけじゃないはずだし……」
ルウは、ぶつぶつと独り言を自分自身に言い聞かせ、栞を挟んでいたページをひらく。
ところが、ルウがたまたま読んだその本には、フェンネルが話して聞かせたような、恋人を喜ばせようとする男性が描写されていた。
「恋人のことをハニーと呼んだり、夜景を見たデートの帰りには、大きな花束をプレゼント……? フェンネルさんがしそうなことをしている……」
ルウ自身は好きな相手に対してそうした振る舞いをしたことはなく、ガルバナムも本のなかの登場人物とはあまりにも接点がないことから、ルウの胸には不安が渦巻き始めた。
「これが、普通、……なのかな」
魔法学校に缶詰めだった間、友人と恋愛話をすることはほとんどなく、身近に自分達以外の恋人達を知らないルウは、なにが普通の恋愛なのかもわからない。
そして、ガルバナムとの関わり方に、急速に自信を失いかけた。
「僕と師匠は、普通の恋人同士じゃないのかな。……師匠は、僕が弟子だから、相手にしてくれているだけ……なのかな」
外では、強風が森の木々を揺らし、窓をガタガタと揺らして去っていった。
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