魔法使いの薬瓶

貴船きよの

文字の大きさ
上 下
11 / 57
水中花壇編

2,師弟-3

しおりを挟む

 仕事を終えたガルバナムは、夕方になって活気づくアーケードを歩いていた。
 メインストリートから折れ、寂れた細い道を行くと、突き当たりに明かりのないティールームがある。
 ガルバナムは、ティールームの扉には触れずに路地に入り、同じ建物に備え付けられた狭い階段を上がった。
 玄関に到着すると、軒下から夕焼けに染まる空が覗く。
 ガルバナムが扉をノックしようとしたときだった。先に扉が開いた。
「あら、ガルバナムさん」
 お洒落をして出てきたのは、初老の婦人だった。
「こんばんは。カヤさんの具合はどう?」
 ガルバナムは、親しげに訊ねる。
「だいぶらくにはなったみたいだけど、まだベッドにしがみついているわ。あなた、ガルバナムさんがいらしたわよ」
 急いでいなくとも常に早口で話す彼女は、家のなかに向かって呼び掛けた。
「どうぞ入って。ごめんなさいね、私、今から出掛けないと。お友達の演奏会を聴きに行くの」
「それはいいね。いってらっしゃい」
「またね」
 にこやかに見送るガルバナムにせかせかと手を振って、彼女は階段を下りていった。
 家に上がったガルバナムは、迷うことなく、扉が半開きになっている部屋へと進んだ。
 一応の礼儀でノックをすると、
「見てのとおり、開いているぞ」
 と、なかからは呑気な返事がある。
 夕陽に染まる部屋には、ベッドに俯せている老人がいた。
「医者に聞いていた話だと、そろそろ治ってもいい頃じゃないの?」
 ガルバナムは、ベッドの側にある椅子に腰掛けて言った。
 サイドテーブルには、先ほどの妻が用意していったと思われる食事がある。
「こうしていると、カミさんがいつもより世話を焼いてくれるんでな」
 そう言いながら、老人はゆっくりと体を転がして仰向けになった。
「困ったじいさんだな」
 呆れるガルバナムだったが、口元は笑っていた。
「キッチンに行けば、飲み物と小腹を満たすものくらいはあるぞ」
「いいよ。様子を見に来ただけだし、今日は早めに帰ると言ってあるんだ」
 あとは帰宅するだけのガルバナムが、妙に穏やかな面持ちに思えて、カヤは言った。
「おまえの弟子、ルウといったか」
「うん」
 カヤから出たルウの名に、半ば新鮮さを感じながら、ガルバナムは耳を傾ける。
「上手くやっているのか」
「まあ、面白いよ」
「おまえのことだから、課題を順序立てて用意するなんてことはできないだろうな」
「よくわかるね」
 ガルバナムは、当然のように答える。
「何年おまえを見てきたと思っているんだ」
 飄々としたガルバナムを、カヤは睨み付ける。
「でも、今俺がしていることは、俺の師匠がしてくれたことを真似しているだけだよ」
 ガルバナムは、懐かしそうにこぼした。
「決まった課題はない。頃合いを見て、知るべき魔法を教える」
「……シンプルだな。簡単なことではないが」
 ガルバナムは、大きく頷く。
「俺の師匠は物静かな人だったから、俺が好き勝手していても、敢えて口を挟まないのかと思っていた。それが、師匠と同じことをしているうちに、弟子のやりたいことをやらせてみるしかなかったんだと思うようになった」
 ガルバナムの透きとおった紫の目が、確信を表すように、赤を映す。
「当たり前だけど、俺とルウは、違うんだ。ルウの魔法を生かすには、そうするしかない」
 ガルバナムは、軽く息を吐いて言った。
「師匠になったといっても、結局、してやれることはサポートだけだね。……目指す所へ辿り着けるように、道を踏み外さないように」
 ガルバナムにしては珍しい饒舌に、カヤは変化と共に安堵を感じていた。
「おまえがそんなことを考えるようになったとは、驚いたよ」
「それは、自分でも驚いている」
 ガルバナムは言った。
「ルウといると、今までは感じなかったことを感じるんだ。些細なことで苛立つ、弱い自分も見つかる。あまり経験のないことだから、その後のフォローもできなくて参った」
 カヤには、その様子が手に取るように想像できて、声には出さずに笑った。
「おまえが感情を表に出すとは、よほどその子を信頼しているんだな」
「え?」
 カヤの何気ない言葉は、ガルバナムにとっては思いも寄らないものだった。
 ガルバナムの脳裏には、様々なルウの表情が思い出された。
 屈託ない笑顔を見せたかと思えば、泣きそうになるまで悩むこともある。また、温順かと思えば、怒りを表すこともできる。
 彼の素直さを前にして、自分を取り繕うことは意味を成さなくなっていた。
 ガルバナムはしばらく考え込むと、初めて気づいたような素振りで言った。
「ああ、そうだな」
 そして、
「そうかもしれない」
 と言って、微笑を浮かべた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

処理中です...