聖夜の光りシリーズ

貴船きよの

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聖夜の光り

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 満月を迎えて膨らんだ月が、ビルの間から覗く頃。
 ある百貨店の通用口からは、従業員がまばらに帰っていくところだった。
 その白い息を吐く人々のなかに、日坂悠志ひさかゆうし谷浦郁人たにうらいくとの姿もあった。
「日坂さん、今日も彼氏と一緒なんですね」
「ああ、メンズファッションフロアの? 仲がいいのねぇ、うらやましい」
 悠志が勤める書店の同僚である女性二人が、悠志を見つけて背後から声をかけた。
 悠志は、歩きながら振り向いて、
「こんなのでよければ、差しあげますよ」
 と、凛とした顔で冷徹に言い放つ。
 悠志の隣にいた郁人は、恋人のいつもの照れ隠しの発言に、慌てて女性達に言った。
「ちょっ! あげられませんよ。俺は、この人のものなので!」
 整えられた紳士的な身だしなみとは裏腹に、わかりやすく崩れる郁人の表情に、女性二人は揃って笑った。
「わかってますよぉ」
「じゃ、日坂さん、彼氏さん、お疲れ様。また明日」
「お疲れ様でした」
 女性達は、足早に靴音を鳴らしながら駐車場へと向かっていった。
 郁人は、彼女達の好意的なリアクションを受け止めて言った。
「俺達が付き合っているって、すっかり有名になったんだねぇ」
「毎日、わざわざ待ち合わせて一緒に帰っていればな」
 悠志と郁人は、静かな大通りを駅へと歩いた。
 周囲のビル群も静まり返り、車の通りも少ない。
 二人が、イベントホールの掲示板の前を通りかかったときだった。
 悠志は、街灯に照らされたガラスのなかのポスターが視界に入って、思わず足を止めた。
 悠志が止まったことに気づき、郁人もそのポスターに気がつく。
 それは、郊外で毎年行われている、イルミネーションのイベントを告知するものだった。
「おまえと、こういうものを見に行ったことはなかったな」
「へえ、イルミネーション好きなの?」
「……変か?」
「ううん、俺も好きだよ」
 郁人の答えに微笑を返すと、悠志は言った。
「子どもの頃から、チープな明かりが好きなんだ。光る武器のおもちゃとか、クリスマスツリーの電飾が好きだった。今のイルミネーションは、もっと凝っているけどな」
 懐かしそうに話す悠志の横顔を見ながら、郁人は惜しむように言った。
「そうだったんだ。知っていたら、もっと早く行けたのに」
「そうだな。今年は、もう見に行っている暇はないな」
「だねぇ」
 悠志は再び歩き始めて、白い息を吐く。
「今年は、百貨店のクリスマスツリーで我慢するしかないかな」
「そうだね。この辺でもキラキラしているしねぇ」
 長い脚で悠志のあとを追う郁人の言うとおり、周辺の街路樹や店先にも、シンプルな電飾が施されていた。
 街は十二月に入る前から、クリスマスの準備を整えていた。
「あっ、そうだ。イブは、俺の家に来るよね?」
 悠志が答えないうちから、郁人は上機嫌に訊ねた。
 その調子のよさに、悠志はつい、ひねくれた返答をする。
「……行かないっていう選択肢もあるわけ?」
「あーん、なしなし。来て! ぜひとも来てください!」
「わかったよ、わかったからひっつくな!」
 急に甘えて腕を組む郁人に、悠志は苦笑しながら承諾した。


 クリスマス・イブ当日、悠志と郁人は、通常どおり夜遅くまで仕事だった。
 ディナーに行く時間があるはずもなく、近所のレストランで予約していたケーキとオードブルを取りに行き、百貨店の酒売場で購入しておいたハーフボトルのシャンパンを片手に、二人は郁人のマンションへと向かった。
「今年も、去年と同じだな」
 マンションのエレベーターで上りながら、悠志は、去年と同じ足取りを辿っていることに気づく。
「うん。……クリスマスと休みが重なったときには、どこかに出かけようね」
 去年と代わり映えしないイブであることに気を遣って言った郁人に、悠志は首を横に振った。
「……俺は、いい意味で言ったんだよ」
 ちらりと見上げた隣の郁人と目が合うと、悠志は照れくさそうに視線を逸らした。
 その様子の悠志に、郁人は、満たされた笑みを浮かべた。
 エレベーターを降り、郁人の部屋の前まで来ると、郁人は玄関のドアの鍵を開けるなり言った。
「そういえば、掃除してあったかな。先に見てくる」
 郁人は側にあった明かりのスイッチを押すと、荷物を置いてそそくさと廊下へ上がった。
「べつにいいよ。おまえ、そこそこきれいにしているだろう、いつも」
 靴を脱いだ悠志が、キッチンを横切って洋室へと歩いていくと、ドアの向こうから、「入ってきていいよ~」と、悠長な声が呼んだ。
 悠志はドアノブを下ろし、ゆっくりとドアを開いた。
 すると、そこには、予想もしない光景が広がっていた。
「わ……」
 悠志の目に飛び込んできたのは、真っ暗な部屋に点る、イルミネーションの明かりだった。
 カーテンレールからは黄金色に光る星型のライトが並んで吊り下げられ、ソファーとセミダブルベッドの上には、ボール型のライトが無造作に置かれて、赤や青、オレンジ、ピンクといった淡い色を滲ませている。
 壁には、波を描くようにカラフルな小粒の電球が点滅し、その光の海を、ガーランドとなったサンタクロースとトナカイの行列がプレゼントを運んでいくところだった。
 十畳ほどの部屋は、小規模ながらも、イルミネーション会場さながらだった。
「……どう? 遠くには見に行けないけど、ちょっとは気分出た?」
 唖然として部屋を見渡している悠志に、郁人は得意げに笑ってみせた。
「……ああ、すごいな。びっくりした」
 ローテーブルの上では、スノーマンとミニサイズのクリスマスツリーまでもが、あたたかみのある光を灯している。
 悠志は思わず笑みが漏れ、荷物を床に置いて、ラグの上に膝を着いた。
「よく、こんなこと……」
 笑顔のスノーマンを手にした悠志は、穏やかな表情になって、振り返らないまま郁人に訊ねた。
「俺に見せるために……、準備していたのか?」
「うん」
「これから、電気を点けて食事をするっていうのに」
「……うん」
 悠志を見つめる郁人は、彼の言わんとすることを察し、やさしく目を細めた。
「こんなにきれいに見られるのなんて、一瞬じゃないか」
 そう言って小さくため息をつく悠志に、郁人もしゃがんで言った。
「いいんだ。悠志が喜ぶ顔が見られたから」
「……ばかだな」
 郁人にそっとぶつけた言葉と共に、悠志は微笑していた。
「プレゼント交換は誕生日だけって決めていたし、なにかしたかったんだよ」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
 イルミネーションの明かりに照らされ、二人はいい雰囲気に包まれていた。
 ところが、そこで、郁人が唇を差し出すように、悠志へと顔を近づけた。
「んー……」
「……なんだよ?」
 郁人の様子に気づいた悠志は、眉をひそめる。
「お礼のキスは?」
 あからさまに求められた悠志は、片手で郁人の両方の頬を挟むと、たしなめるように言った。
「そういうのは、あとでな」
「……あとで?」
「あとで」
 その返答を聞くなり、郁人の目尻は下がり、悠志の手に挟まれている口元も緩んだ。
「……ニヤニヤするな」
「へへっ」
 二人は立ち上がると、名残惜しそうに、部屋の電気を点けた。



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