ニャル様のいうとおり

時雨オオカミ

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想の章【紅い蝶に恋をした】

足売り婆の対処法

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「ここは……」
「繋げてくれるのは嬉しいけど、放り出すのはどうかしてるわよ……」

 俺とアリシアはどこかの道路に立っていた。

「あれ、下土井さん?」

 けれどそこはドンピシャだったようで、背後から聞き覚えのある抑揚のない声がかけられる。

「秘色さん」
「あの人が秘色…… いろはさん?」

 空色のようで、そうでない秘色ひそくの髪の色。翡翠の瞳。赤と黄色のヘアバンドに黄金の羽飾り…… 紛うことなく秘色いろはさんだ。

「あんな明るい茶髪の人っているんですね。いや、大学生なら染めてるんでしょうか」
「え?」

 アリシアの言った言葉に耳を疑った。
 思わず聞き返してしまったが、アリシアもこちらを見上げて 「あたし、なにかおかしいこと言いました?」 と尋ねてくる。

「えっと、彼女の髪色って茶色?」
「ええ、鳶色と言うのでしょうか。あまりにも綺麗なので地毛なのかなあ、と」
「……」

 おかしい。俺には明るい水色系の髪に見えているのに。何故だ? 
 普通に考えれば彼女の髪色ってかなり異端なのは分かるんだが、俺とアリシアの見え方が違うことに意味はあるのか。

「…… ああ、わたしの髪のこと」

 秘色さんは俺達の間を二、三度視線を往復させると納得したように言って首を傾げた。

「先生が言ってた…… んですけど、わたしの髪は名前と同じ、秘色。でも、それは霊力が髪に宿っているから、そうなっているんだそうです。だから、霊的なものが分からない人は、わたしの髪が茶色に見える…… みたいです」
「へえ」
「ということは、あたしには霊的な力がない…… !? そ、そんな! それならお姉ちゃんを守れないのに!」

 悲観したように叫ぶアリシアを 「まあまあ」 と宥めて本題に入る。

「そのために見学に来たんだから、な?」
「見学…… ?」
「そう。この子アリシアちゃんって言うんだけど、お姉さんがあちらの住人になっちゃって…… 唯一記憶があるんだよ。だからお姉さんを守るために強くなりたいんだって。そこで字乗さんから提案があったんだよ。先輩の秘色さん達の見学に行ってみたらどうかって。勿論、秘色さんが嫌なら無理にとは言わないよ」
「そう…… 今回の仕事は下調べだけ大変だったけど、解決は簡単。見ていきたいなら、好きにすればいいです」
「ありがとう」

 許可を得たので安心する。
 福岡県だろ? 秘色さんの許可が得られなかったらどうやって帰るんだよと。

「それと、アリシアちゃん」
「は、はい? なんですか」
「わたしの髪が茶色に見えてても、霊的な力が一切ないってことにはならない…… あなたは、お姉さんのことも見えるし、あちらに行くこともできてる。関わる力はちゃんとある。安心して。でも、対処する力は今のところなさそうだから、気をつけて」
「は、はい! ありがとう秘色さん!」
「名前で呼んでもいい。敬語もいい。呼びづらい?」
「んんっ、分かったわ。いろはお姉さんって呼んでいい?」
「もちろん」

 秘色さんは子供の扱いが上手だな。
 俺はあんな風にできない。

「いろは! …… と、後輩ちゃんとよく一緒にいる男と、誰?」
「ああ、おかえり桜子さん」

 秘色さんが首を巡らせ、やって来た桜色のセーラー服の少女を迎える。冬なのにセーラー服と同じ色のマフラーを巻いているだけでコートなどは一切着ていない。寒くはないのだろうか。

「下土井令一だよ。令一。こっちは……」
「アリシアです」
「ふうん、そっちの子は初めてだから自己紹介しようか。ぼくは彩色町、七彩高等学校の元七不思議。家庭科室の桜子さん、だよ。今はいろはに取り憑いている…… 悪霊さ」
「悪霊……?」
「名前ばかりの悪霊」
「いろは!」
「ふふ、だってそうでしょう」

 格好つけたようにポーズを取る桜子さんに秘色さんがからかうように声をかけた。
 へえ、秘色さんってからかったりするんだなあ。自分のストーカーさえ害がないからって放っておくような人だし、声も平坦だし、表情も怪異と対峙してるときは平静だし、あちら側の住民と近い性質があるんだと思っていたな。
 もしかしたら、紅子さんよりもよほど幽霊っぽいとか失礼なことを考えていたのだが、案外そうでもないのか? 

「桜子さん、調査どうだった?」
「うん、上手くいってるみたいだよ。いろはの流した対処法の噂がちゃんと広まってる」
「でもいいの? 桜子さんが大変」
「ぼくを誰だと思ってるの? きみに取り憑いた悪霊。きみがやっとのことで封印した悪霊。きみが血で絵を描いたのに浄化されなかった悪霊。家庭科室で両手両足を包丁で磔にされ、衰弱して死んでいった悪霊。このぼくが、本体でもない噂の塊に負けるわけないだろう?」

 さっぱり話が見えないのだが、桜子さんがだいぶやばい悪霊であることはなんとなく分かった。
 他の皆から聴いてる限り秘色さんはかなりの霊能力者で、霊の絵を描くことで浄霊ができるらしい。それも結構強い霊能力に分類されるようだから、そんな彼女が血を使って絵を描いても浄化できなかったというのはものすごいことなんじゃないか? 

「ぼくが怖い? アリシアちゃん」
「…… 悪霊なんでしょ」
「ざーんねんながら、ぼくはいろはとの契約で人を殺せないんだ。いろはからの一方的な契約だったから随分縛られてしまってさあ…… 窮屈でたまんない。でも、元々いろはの体を乗っ取って復讐しに行く予定だったから問題はないけれど」

 おい、それ問題発言じゃないのか? 秘色さんはこの人を封印してるとはいえ放置してて本当にいいのか? 

「そんなこと言って、そんな気はもうない癖にね」
「うっさいぞ、いろは」

 …… いや、すごく仲が良さそうだ。これなら問題なさそう。二人は友達と言っていい関係に見えるぞ。

「さて、きみたちはなにしに来たんだい? 偶然会うにしては遠いところだけれど」
「見学させてほしいって」
「へえ、まあ構わないけれど。決めるのはいろはだからね」

 そこで桜子さんが 「じゃあ」 と続ける。

「経緯と、ぼくたちがやった対処をきみらにも話す必要があるようだね」

 もちろん、見学するのにそれは必要だろう。じゃないと今後の参考にもなりやしない。
 桜子さんは歩きながらにしようと秘色さんの背を押しながら進み始める。
 ここで、経緯がやっと分かった。

 ここらで蔓延している足売り婆さんの噂のことからだ。
 放課後、とある少年が帰り道を歩いていると前方から大きな風呂敷を背負った婆さんが歩いてくる。そして少年に 「ぼうや、足はいらんかね?」 と尋ねるのだそうだ。
 少年は疑問に思いながら、風呂敷を見て驚愕する。風呂敷の中から人間の足が覗いていたからだ。
 そこで少年が 「いらない」 と叫びながら逃げ出すと婆さんはありえない速さで少年に近づき、足を引き抜いて風呂敷に加えてどこかに去ったという。
 足を「いる」と答えた場合は三本目の足を無理矢理くっつけられるらしい。
 こいつの通常の対処法は、 「自分は分からないが誰々が足をほしがっているらしい」 と自分以外の誰かに押し付ける必要があるのだ。
 これを秘色さん達は利用することにしたらしい。

「成果は…… まあ聴いてみれば分かるさ。あとはぼくが頑張るだけなのも、ね」

 意味深に笑った桜子さんと、秘色さんが喫茶店に入る。
 その喫茶店は中学生など、学生の集まる場所だったらしい。耳を澄ませてみれば…… いや、澄ませなくともその言葉はあっさりと俺達の耳にも届いた。



 ―― ねえ、家庭科室の桜子さんって知ってる? 
 ―― なあに、それ
 ―― とある学校に、いじめっ子のお嬢様がいたの。その子はいろんな子をいじめていたんですって。でもあるとき、あまりに大人数をいじめていたものだから、その全員に復讐されてしまったんですって
 ―― いじめっ子なら別にいいじゃない。いい気味よ
 ―― それが、その桜子さんは家庭科室の床に、両手両足を包丁で刺されて磔にされてしまったの。その時期はね、冬休みだったのよ。教職員も鍵の確認をするだけで、中までは見ないの。桜子さんはそのまま血を流して、苦しんで、そして衰弱して死んでいった…… ね、いくらなんでもやりすぎでしょう? 今でも桜子さんは自分に復讐した子達を探しているんですって。そして、似た子を見つけたのなら、その両手両足を自分と同じように滅多刺しにしてしまうんですって

 ―― 両手両足を? 
 ―― 両手両足をよ。それでね、使えなくなった両手両足を治すために人のものを取ろうとするんだって
 ―― 両手両足…… それって、足売り婆さんとなにか関係あったりする? 
 ―― 足売り婆さんって誰かをイケニエにしないと逃げられないでしょう? そこでね…… 誰かが言ったの。 「私はいらないけれど……」


『〝 家庭科室の桜子さん 〟が欲しいと言ってました』


 ―― そう、答えればいいって



「それって……」
「わたしたちの作戦、分かってくれました?」

 秘色さんが向かいの席で、なんでもないように微笑んだ。
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