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想の章【紅い蝶に恋をした】
聖夜の宴会 其の一
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ぶつり、と首に這わせたガラス片が肉を切る音が響く。
「今宵のお相手様は貴方でしょうか」 と言わんばかりの態度で艶めかしく誘ってやれば、こうも簡単に行くものなのだなと彼女―― 紅子は独り不愉快そうに息を吐く。
勿論、本日の夢の行方は彼女の勝利で幕を閉じていた。
ゲームをするにも解答はひとつだけ。
すなわち精神をすり減らしながらも彼女の首に埋まったガラス片を取り出し、差し出すこと。これに気づけば重畳。
ゲームを始めた頃に出会い、これをクリアした上で彼女に 「痛くはないのか」 などと問うてきた男は良い。自分をなにかに投影することもなく、比較するでもなく、紅子自身の状況を見て、それでも気遣ってきた本物のお人好しだ。
その心に偽りはなく、文句なしの合格者だった。
少々オカルトに傾倒し過ぎているきらいがあるので、こちら側に近づき過ぎないよう彼女なりに気を遣っていたのだが…… どうやら引き寄せる体質も持っているらしく、下手に遠ざけるより引き込んでしまったほうが早いと先日人間ながらに同盟メンバーとなったばかりの者だ。
引き寄せる体質を持つ者は案外そこかしこにいるもので、得てして彼らは好奇心が強い。生まれ持つ才なのだろうが、彼らが巻き込まれてしまわないようにと気を張っていなければならない身としてはいいのやらよくないのやら。
仕事が繁盛するのは良いことではあるのだけれど…… と紅子は思い巡らせる。
最近彼女が気にかけている目つきが残念な男は、怖気付いていることを〝 可哀想だから 〟と言い換えて誤魔化した最低な奴だと認識している。
紅子のことは恐るべき怪異であり、怪異慣れしているからこそさっさとゲームを終わらせようとしていたというのは構わない。
しかし、〝 嘘はつかない 〟と明言している彼女に対して上っ面だけだけの同情を寄越してきたのがいけなかった。
紅子の首の傷口に手を入れる。これは試練のようなものなので、これができても、できていなくても、そうすることを嫌悪されても彼女は構わない。
だが、〝 自分が嫌 〟だから嫌と言うのではなく、〝 君が痛そうだから嫌 〟と彼女自身の心を勝手に代弁しようとした。その小さな〝 嘘 〟がなにより気に食わなかったのだ。
だからこそ、紅子は彼…… 下土井令一を嫌いだと評する。
他人のためと言っておきながら、その実自分のために〝 善行 〟をする彼が、とにかく気に食わない。
それは〝 自分からなにかを奪われるのが嫌い 〟な彼女にとって、他人のチャンスや責任を奪い取るようなそんな行為が地雷であるからこそだ。
しかし、常日頃嫌いだ嫌いだと言ってはいるものの元来の性格故か、紅子には彼を見捨てるという選択肢はない。
からかい癖はあるものの根は真面目だからか、一度やると決めたことはやり通すことにしているのだ。
なんだかんだで行動を共にすることも多い。知らぬ存ぜぬよりも、身近で監視していたほうがまだ安心できるというものだ…… と彼女は結論付ける。
毎夜夢の中で行うゲームのせいで寝た気がしないと愚痴りつつ紅子は長い黒髪を櫛で梳き、頭の上の方でいつものようにポニーテールに…… と、ここまで来て彼女は少し考える。
「お兄さん、クリスマスはろくな思い出がないとか言ってた気がするなぁ……」
困ったことがあればたまに電話をする仲ではあるので、世間話に興じることもままある。彼のご主人様についての愚痴をうんうん聴いてやっているときに、一度言っていた気がするような? …… と、記憶を辿る。
「ああ、そうだった。確か魔道書をばら撒く羽目になったとか、なんとか…… 本の管理者だし、字乗さんが嫌がりそうなことだなぁって思ったんだったかな」
思い出したので満足した紅子は、止めた動きを再開する。
今日は頭の上のサイドで三つ編みでも編んでみようか、などと鏡を見ながら丁寧に髪を梳く。たまには髪を下ろしたままにしてみるのも面白いだろう。
驚くだろうか? と脳裏に浮かぶのは同じ怪異仲間や学校のクラスメイトなどではなく……
「ううん、なんでだろうねぇ……」
そんな考えを頭を振って払い除け、紅子は黙々と朝の準備を進めていった。
本日はクリスマス。お祭り好きな人外達が騒ぎに騒ぐ日である。
普段遠方に住んでいて、鏡界にある屋敷へはやって来ないような者も集まってくることとなる。
人外というものはどうにも長命故にか、刺激を求める生き物だ。あと酒好きが異様に多い。
紅子は実年齢で言うと、あと二ヶ月で20歳になるのでギリギリ酒を嗜んではいけない年齢だ。世間では20歳前にも手を出す人間がいるが、彼女は未だに手を出したことはない。まさか正気を失うまで飲むということはないだろうが、自分がどうなるか分からない以上醜態を晒したくないので飲もうという気にもならないのだ。
だが、人外達は人に勧めるのも大好きである。並みの人付き合いくらいしかしない紅子にはアルハラもいいところだ。
相手が神であったりするので、無下に断るというのも自ら人間の意識に寄せている紅子にとってはやりづらい。
良い情報交換の場にはなるのだが、いかんせんデメリットも多い。
「ああ、なら盾にでもなってもらおうかなぁ……」
先程まで誘ってやろうかと検討していた顔を思い浮かべる。
彼…… 下土井令一ならば年齢も22歳と自分とそう変わらないし、紅子に酒を勧めてくる輩を防ぐ盾くらいにはなるだろうと判断した。
彼が潰されたら潰されたで、後で盛大に面白がってやればいい。
うん、そうしよう。
結論を下して紅子は部屋を出る。
「今宵のお相手様は貴方でしょうか」 と言わんばかりの態度で艶めかしく誘ってやれば、こうも簡単に行くものなのだなと彼女―― 紅子は独り不愉快そうに息を吐く。
勿論、本日の夢の行方は彼女の勝利で幕を閉じていた。
ゲームをするにも解答はひとつだけ。
すなわち精神をすり減らしながらも彼女の首に埋まったガラス片を取り出し、差し出すこと。これに気づけば重畳。
ゲームを始めた頃に出会い、これをクリアした上で彼女に 「痛くはないのか」 などと問うてきた男は良い。自分をなにかに投影することもなく、比較するでもなく、紅子自身の状況を見て、それでも気遣ってきた本物のお人好しだ。
その心に偽りはなく、文句なしの合格者だった。
少々オカルトに傾倒し過ぎているきらいがあるので、こちら側に近づき過ぎないよう彼女なりに気を遣っていたのだが…… どうやら引き寄せる体質も持っているらしく、下手に遠ざけるより引き込んでしまったほうが早いと先日人間ながらに同盟メンバーとなったばかりの者だ。
引き寄せる体質を持つ者は案外そこかしこにいるもので、得てして彼らは好奇心が強い。生まれ持つ才なのだろうが、彼らが巻き込まれてしまわないようにと気を張っていなければならない身としてはいいのやらよくないのやら。
仕事が繁盛するのは良いことではあるのだけれど…… と紅子は思い巡らせる。
最近彼女が気にかけている目つきが残念な男は、怖気付いていることを〝 可哀想だから 〟と言い換えて誤魔化した最低な奴だと認識している。
紅子のことは恐るべき怪異であり、怪異慣れしているからこそさっさとゲームを終わらせようとしていたというのは構わない。
しかし、〝 嘘はつかない 〟と明言している彼女に対して上っ面だけだけの同情を寄越してきたのがいけなかった。
紅子の首の傷口に手を入れる。これは試練のようなものなので、これができても、できていなくても、そうすることを嫌悪されても彼女は構わない。
だが、〝 自分が嫌 〟だから嫌と言うのではなく、〝 君が痛そうだから嫌 〟と彼女自身の心を勝手に代弁しようとした。その小さな〝 嘘 〟がなにより気に食わなかったのだ。
だからこそ、紅子は彼…… 下土井令一を嫌いだと評する。
他人のためと言っておきながら、その実自分のために〝 善行 〟をする彼が、とにかく気に食わない。
それは〝 自分からなにかを奪われるのが嫌い 〟な彼女にとって、他人のチャンスや責任を奪い取るようなそんな行為が地雷であるからこそだ。
しかし、常日頃嫌いだ嫌いだと言ってはいるものの元来の性格故か、紅子には彼を見捨てるという選択肢はない。
からかい癖はあるものの根は真面目だからか、一度やると決めたことはやり通すことにしているのだ。
なんだかんだで行動を共にすることも多い。知らぬ存ぜぬよりも、身近で監視していたほうがまだ安心できるというものだ…… と彼女は結論付ける。
毎夜夢の中で行うゲームのせいで寝た気がしないと愚痴りつつ紅子は長い黒髪を櫛で梳き、頭の上の方でいつものようにポニーテールに…… と、ここまで来て彼女は少し考える。
「お兄さん、クリスマスはろくな思い出がないとか言ってた気がするなぁ……」
困ったことがあればたまに電話をする仲ではあるので、世間話に興じることもままある。彼のご主人様についての愚痴をうんうん聴いてやっているときに、一度言っていた気がするような? …… と、記憶を辿る。
「ああ、そうだった。確か魔道書をばら撒く羽目になったとか、なんとか…… 本の管理者だし、字乗さんが嫌がりそうなことだなぁって思ったんだったかな」
思い出したので満足した紅子は、止めた動きを再開する。
今日は頭の上のサイドで三つ編みでも編んでみようか、などと鏡を見ながら丁寧に髪を梳く。たまには髪を下ろしたままにしてみるのも面白いだろう。
驚くだろうか? と脳裏に浮かぶのは同じ怪異仲間や学校のクラスメイトなどではなく……
「ううん、なんでだろうねぇ……」
そんな考えを頭を振って払い除け、紅子は黙々と朝の準備を進めていった。
本日はクリスマス。お祭り好きな人外達が騒ぎに騒ぐ日である。
普段遠方に住んでいて、鏡界にある屋敷へはやって来ないような者も集まってくることとなる。
人外というものはどうにも長命故にか、刺激を求める生き物だ。あと酒好きが異様に多い。
紅子は実年齢で言うと、あと二ヶ月で20歳になるのでギリギリ酒を嗜んではいけない年齢だ。世間では20歳前にも手を出す人間がいるが、彼女は未だに手を出したことはない。まさか正気を失うまで飲むということはないだろうが、自分がどうなるか分からない以上醜態を晒したくないので飲もうという気にもならないのだ。
だが、人外達は人に勧めるのも大好きである。並みの人付き合いくらいしかしない紅子にはアルハラもいいところだ。
相手が神であったりするので、無下に断るというのも自ら人間の意識に寄せている紅子にとってはやりづらい。
良い情報交換の場にはなるのだが、いかんせんデメリットも多い。
「ああ、なら盾にでもなってもらおうかなぁ……」
先程まで誘ってやろうかと検討していた顔を思い浮かべる。
彼…… 下土井令一ならば年齢も22歳と自分とそう変わらないし、紅子に酒を勧めてくる輩を防ぐ盾くらいにはなるだろうと判断した。
彼が潰されたら潰されたで、後で盛大に面白がってやればいい。
うん、そうしよう。
結論を下して紅子は部屋を出る。
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