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陸の怪【サテツの国の女王】
妖紙魚、掃討戦
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妖紙魚達を片付けるのは、案外楽なことだった。
そりゃそうだ。体力は他の奴の3倍はあったのだろうが、所詮紙でできた魚。刃と炎には殊更に弱く攻撃が通りやすい…… まあ、当たればだけれど。
ひとつだけ厄介だった点はその素早さだけか。当てれば確実に大ダメージを与えることができるが、まず魚に当てることが難しかったのだ。
あちらからの攻撃は不可視になったとしても、直前で風切り音がするため避けることはできる。リンが視えているようなので、警告してくれるのも理由の一つだ。だが、まずこちらの攻撃が当たらない。
そこで俺達がとった行動はレイシーとチェシャ猫の目の前に陣取るというものだった。
アリスの攻撃も、魚の攻撃も俺達ではなく後ろにいるレイシー達を狙ってくる。アリスの攻撃はナイフで行われるが、こっちも狙いはチェシャ猫だから紅子さんがわざわざ接近して一人でいなしてくれていた。だからアリスの動きを加味する必要はない。
魚が体を透けさせようと、いくら回避能力が高かろうと、狙っている場所が一点しかないならばそこで待ち伏せすればいい。追いかけようとするから当てられないわけだしな。
だからか、決着は思っていたよりもずうっと早いものとなった。
風切り音が前方からした。
その瞬間、静かに構えていた赤竜刀を下から上に向かって振り上げる。
「っらぁぁぁぁぁぁ!」
ビリビリと紙を裂くような音がして、ふっとその感触が軽くなる。
頭上を鑑みると刀から抜け出たリンが赤くチラチラとした炎で魚を炙っているところだった。
「ってリン! それお前も燃えないか!?」
「きゅっ!?」
リンは 「しまった!」 とでも言いそうな顔で驚いたあと、ぐいぐいと魚を咥えて飛び立とうとする。
体の大きさ的に相手が紙でも難しいみたいで、まるでできてないが。
かと言ってごうごうと燃え盛っているので俺は手を出せない。一体どうすれば…… このままではリンが燃えて溶けてしまうんじゃ…… !?
「レーイチ、そいつ自体炎を操るドラゴンなんだから平気だって。本体は刀かもしれねーけどドラゴンの分霊だぞ? 炎に強くないわけないだろ。なんでリンまで驚いてんだよ……」
「え、そうなのか?」
「きゅあー……」
ペティさんの説明に困惑しながらリンを見ると、 「あっ」 って顔をしながらそっぽを向いた。俺にあてられて慌てたものの、そういえばそうだったねなんて思っていそうな顔だ。思い当たらなかった俺も俺だが、こいつめ…… 許すけどさ。
「リン、そうなら先に言ってくれよ」
「んきゅい」
そうだな、話せないもんな。ごめん。
ぷんすこ怒ったように俺の額にグリグリと鱗の張った額を押し付けてくるリンを、そっと手のひらで覆って引き剥がす。
手のひらの上が少し重いが、それでも翼で少しばかり浮遊して重さを軽減してくれていることを知っているのでなにも言わずに頭を指先で撫でる。
「ごめんって」
「きゅー」
仕方ないなあとばかりに首を回したリンが俺の肩に乗り…… そしてすぐさま紅子さんの肩に渡っていった。傷ついた。傷ついたぞリンなんて思いながら振り返るとレイシーを羽交い締めにして押さえているペティさんの姿が……
「私様も撫でるのじゃ! ええい離せ!」
「ダメだって言ってんだろ。空気読めよ女王サマ」
「ちょっと! レイシーになにするんだよ!」
「引っ掻くなこの馬鹿猫!」
「侮辱するな! このっ」
カオスだった。
多分リンは安全と思われる紅子さんのところに行ったんだろうな…… 俺の肩じゃ気付かれないうちに攫われそうと判断したか。そこらへんシビアだな。
「ええっと…… リンはいいけどねぇ。レイシー? あの、アリスのことはいいのかな?」
困ったように微笑みながら紅子さんは倒れているアリスを指差す。
待て、アリスは傷つけないんじゃなかったか!?
「ああ、あの子なら魚が消滅したときに倒れちゃったんだよ。取り憑いてたやつが剥がされた衝撃を受けたんだろうねぇ。そのうち目覚めるよ。で、どうするの? あの子」
紅子さんはまっすぐとレイシーを見つめている。
すると、それにレイシーが気がつく前にチェシャ猫が視線の間に立ち、威嚇するように吠えた。
「そいつに用なんてない! さっさとそいつを連れてけ!」
アリスは勿論物語通りに進んでなんかいないので、チェシャ猫が言っていた女王交代の条件も揃っていない。
彼の言ってることに間違いはない。けれど、どこかに潜む違和感。そして、先程知った真実を照らし合わせると…… そもそも女王交代の話自体がフェイクだろうことが分かっている。
レイシーにとっては知らぬが仏。知らずにいることで守られる心もあるのだ。
だけど、そう。そうだ、さっきあの子は、アリスはレイシーを見つめて 「お姉ちゃん」 と言っていたんだ。
あの記憶にもしっかりと妹さんの姿が見えていた。あの姿は紛れもなくアリスの姿そのもので……
死者と生きるか、それとも未来へ引っ張り出されるか…… その分岐点に今、レイシーは立っている。
そして、それにレイシー自身は気がついていない。
これを知ったのは、俺だけ。紅子さんだって知らない。ペティさんだって知らない。俺だけ…… どうする?
そりゃそうだ。体力は他の奴の3倍はあったのだろうが、所詮紙でできた魚。刃と炎には殊更に弱く攻撃が通りやすい…… まあ、当たればだけれど。
ひとつだけ厄介だった点はその素早さだけか。当てれば確実に大ダメージを与えることができるが、まず魚に当てることが難しかったのだ。
あちらからの攻撃は不可視になったとしても、直前で風切り音がするため避けることはできる。リンが視えているようなので、警告してくれるのも理由の一つだ。だが、まずこちらの攻撃が当たらない。
そこで俺達がとった行動はレイシーとチェシャ猫の目の前に陣取るというものだった。
アリスの攻撃も、魚の攻撃も俺達ではなく後ろにいるレイシー達を狙ってくる。アリスの攻撃はナイフで行われるが、こっちも狙いはチェシャ猫だから紅子さんがわざわざ接近して一人でいなしてくれていた。だからアリスの動きを加味する必要はない。
魚が体を透けさせようと、いくら回避能力が高かろうと、狙っている場所が一点しかないならばそこで待ち伏せすればいい。追いかけようとするから当てられないわけだしな。
だからか、決着は思っていたよりもずうっと早いものとなった。
風切り音が前方からした。
その瞬間、静かに構えていた赤竜刀を下から上に向かって振り上げる。
「っらぁぁぁぁぁぁ!」
ビリビリと紙を裂くような音がして、ふっとその感触が軽くなる。
頭上を鑑みると刀から抜け出たリンが赤くチラチラとした炎で魚を炙っているところだった。
「ってリン! それお前も燃えないか!?」
「きゅっ!?」
リンは 「しまった!」 とでも言いそうな顔で驚いたあと、ぐいぐいと魚を咥えて飛び立とうとする。
体の大きさ的に相手が紙でも難しいみたいで、まるでできてないが。
かと言ってごうごうと燃え盛っているので俺は手を出せない。一体どうすれば…… このままではリンが燃えて溶けてしまうんじゃ…… !?
「レーイチ、そいつ自体炎を操るドラゴンなんだから平気だって。本体は刀かもしれねーけどドラゴンの分霊だぞ? 炎に強くないわけないだろ。なんでリンまで驚いてんだよ……」
「え、そうなのか?」
「きゅあー……」
ペティさんの説明に困惑しながらリンを見ると、 「あっ」 って顔をしながらそっぽを向いた。俺にあてられて慌てたものの、そういえばそうだったねなんて思っていそうな顔だ。思い当たらなかった俺も俺だが、こいつめ…… 許すけどさ。
「リン、そうなら先に言ってくれよ」
「んきゅい」
そうだな、話せないもんな。ごめん。
ぷんすこ怒ったように俺の額にグリグリと鱗の張った額を押し付けてくるリンを、そっと手のひらで覆って引き剥がす。
手のひらの上が少し重いが、それでも翼で少しばかり浮遊して重さを軽減してくれていることを知っているのでなにも言わずに頭を指先で撫でる。
「ごめんって」
「きゅー」
仕方ないなあとばかりに首を回したリンが俺の肩に乗り…… そしてすぐさま紅子さんの肩に渡っていった。傷ついた。傷ついたぞリンなんて思いながら振り返るとレイシーを羽交い締めにして押さえているペティさんの姿が……
「私様も撫でるのじゃ! ええい離せ!」
「ダメだって言ってんだろ。空気読めよ女王サマ」
「ちょっと! レイシーになにするんだよ!」
「引っ掻くなこの馬鹿猫!」
「侮辱するな! このっ」
カオスだった。
多分リンは安全と思われる紅子さんのところに行ったんだろうな…… 俺の肩じゃ気付かれないうちに攫われそうと判断したか。そこらへんシビアだな。
「ええっと…… リンはいいけどねぇ。レイシー? あの、アリスのことはいいのかな?」
困ったように微笑みながら紅子さんは倒れているアリスを指差す。
待て、アリスは傷つけないんじゃなかったか!?
「ああ、あの子なら魚が消滅したときに倒れちゃったんだよ。取り憑いてたやつが剥がされた衝撃を受けたんだろうねぇ。そのうち目覚めるよ。で、どうするの? あの子」
紅子さんはまっすぐとレイシーを見つめている。
すると、それにレイシーが気がつく前にチェシャ猫が視線の間に立ち、威嚇するように吠えた。
「そいつに用なんてない! さっさとそいつを連れてけ!」
アリスは勿論物語通りに進んでなんかいないので、チェシャ猫が言っていた女王交代の条件も揃っていない。
彼の言ってることに間違いはない。けれど、どこかに潜む違和感。そして、先程知った真実を照らし合わせると…… そもそも女王交代の話自体がフェイクだろうことが分かっている。
レイシーにとっては知らぬが仏。知らずにいることで守られる心もあるのだ。
だけど、そう。そうだ、さっきあの子は、アリスはレイシーを見つめて 「お姉ちゃん」 と言っていたんだ。
あの記憶にもしっかりと妹さんの姿が見えていた。あの姿は紛れもなくアリスの姿そのもので……
死者と生きるか、それとも未来へ引っ張り出されるか…… その分岐点に今、レイシーは立っている。
そして、それにレイシー自身は気がついていない。
これを知ったのは、俺だけ。紅子さんだって知らない。ペティさんだって知らない。俺だけ…… どうする?
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