上 下
77 / 144
陸の怪【サテツの国の女王】

おバカじゃないビル

しおりを挟む
「こっちだよ」

 俺達はしっかりとチェシャ猫について歩く。
 彼が本当にチェシャ猫かどうかなんて猫耳と尻尾を見れば一目瞭然だし、レイシーの名前を知っていたのだから信用はできるはずだ。
 こちらには紅子さんだっているし、俺も戦闘はある程度できる。万が一があっても十分対処できるだろう。
 そもそも、チェシャ猫は俺達の前を歩いているので奇襲できるのはこちらのほうだが。

「いやー、まさか女王様が助っ人を連れて来るとは思ってなかったなー」
「チェシャ猫が無事でなによりだよ。レイシーは心配しなくても大丈夫って思ってるみたいだったが」
「あー、ボク愛されてるねー! さっすがボクの大好きな女王様! えへへへ」

 チェシャ猫は横目にこちらを見ながら、その異形の左手で頭をかいた。こう見ると普通に人懐っこい猫のようだが、チェシャ猫のイメージとはどうしても逸れている気がする。もっと食えないやつとか、飄々としているやつだと思っていた。物語のイメージ的に。

「なあ、チェシャはアリスが暴走した理由は分かるか?」
「うーん…… 分かんない」

 今度はこちらに振り返ることもなくチェシャ猫は言う。
 そうか、まあこいつも物語の登場人物だし、外部要因で物語が狂っているならメタ要素の強いチェシャ猫でもさすがに感知できないだろう。

「訳も分からず襲われる…… か。嫌なものだねぇ」
「ボクとしては女王様が無事ならなんでもいいよ」

 あまりにもあっけらかんと言うものだから一瞬なにを言っているのか分からなかった。他の仲間達はいいのだろうか。
 チェシャ猫ってどちらかというとアリスとセットのイメージがあるか、こいつはレイシー…… 女王のほうを溺愛しているな。
 レイシーがアリスだった頃に仲良くなったとかか? 
 彼女はアリス時代の記憶がないみたいだし、友達が突然記憶を失くしたようなものだろうか。それでもそばにいるってことは、よほど仲が良かったんだな。なんか切ない話だ。

「おおう、チェシャ! 待っておったぞ!」
「はあい、女王様。ボクお使いできたよー」
「うむうむ、良い子じゃのう!」
「もしもーし、おーい、レイシー」

 森の開けた場所に出ると、切り株に座るレイシーとそのすぐそばでなにやら不審な動きをするペティさんと合流した。
 レイシーはチェシャ猫を見つけると勢いよく立ち上がって歓迎するし、そんな彼女にちょっかいをかけていたペティさんはがっくりと肩を落とす。

「無視かよー、酷いぜ」

 安定の嫌われようだな。
 少しのからかいでここまで腹を立てるとは…… ペティさんはどちらかというと字乗さんの巻き添えを食らったようなもののはずだが、笑うのもアウトだと少々判定が厳しいな。
 一緒になって笑ったりせずに良かった。心底そう思う。俺まで嫌われていたら非常に話が進めづらいからだ。

「ごめん、レイシー。ペティさんのことは最低限返事してくれないか? 最低限で構わないからさ。いつアリスが来るか分からないし、声をかけて返事をしてくれないと無事かどうか分からなくなるだろ?」
「最低限で良いのだな? 私様はチェシャが守ってくれるから心配無用だが、そうだな。そこの帽子が滅多刺しにされる可能性を考えておらんかったようだ」
「それは俺様が殺される前提の話か? 言っておくけど俺様は強いからな。こっちこそ心配ご無用だぜ。そこの猫ちゃんがちゃんとボディガードになるかどうかは知らないけどな」
「ペティさん……」
「ボクもこいつ気に入らない……」

 皮肉に皮肉で返すものだからいつまでたっても和解できない。
 ペティさんもだいぶ捻くれているようだ。一言余計とも言う。前半までの言葉だったらまだ良かったのに…… この人は連携する気があるのかないのか…… 先が思いやられるメンバーだな。

「もうアタシ達で話を進めるしかないねぇ…… 頭脳労働は疲れるんだ。帰ったらお兄さんの作るアップルパイでも食べたいね」
「ああ、精神的にも疲れそうだからな。いくらでも作ってやるよ」
「それはそれは楽しみだ。楽しみだから少し頑張ろう」

 微笑む紅子さんと約束して笑う。
 帰ったら云々はフラグになりやすいが、紅子さんは死ぬことがないみたいだから少しは安心しててもいい…… よな? 

 まだまだ言い争い続ける三人を放置してどうしようか? と思考する。
 城は遠くに見えるが、チェシャ猫かレイシーの案内はほしい。
 特にレイシーがいればこの国の住民に聞き込みしやすくなるだろう。
 外部から来たアリスが荒らしているのだから、俺達も彼女がいなければ警戒されるかもしれないのだ。もしかしたら攻撃だってされるかもしれない。そうなると解決するのに時間がかかってしまうから、疲れもするだろうし…… なにより朝までに戻らないと我がクソッタレご主人様になにされるか分からない。

―― 「私を差し置いて朝帰りとは、そんなに元気が余っているのなら、私の相手になってくれるかな? もう、れーいちくんの…… イ・ケ・ズ」

 想像が簡単につく。
 いつもの三倍くらい気持ち悪さが増すに違いない。殴りたいあの笑顔。
 ただしあの屋敷の中では俺の力じゃ敵わないので、なんとしてでも外に誘き出す必要があるのだが。そうしたらいくらでもぶった斬ることができるのに……

「にゃ? なにか来るよ」

 チェシャ猫の黒い耳がピクリと動く。
 反射的に彼が顔を向けた方を見ると、その木々の隙間から大きなトカゲが一匹。走り抜けてきたところだった。

「おやおやこれは女王! ご機嫌麗しゅう」
「うん? お主はもしかしてビルか? トカゲのビルなのか?」
「はい、ビルにございます!」
「はあ? キミが!?」

 喋り出したトカゲにレイシーとチェシャ猫が信じられないものを見るような目で声をあげた。
 トカゲのビル? なんだっけか……  アリスの物語っていうと白い兎と帽子屋とチェシャ猫とトランプの兵隊ってイメージしかなくてな…… うーん、分からない。そんなのいたか? 

「あの頭の弱いビルがどうしてこんなに紳士然としているのじゃ!? 意味が分からんぞ! 逆に恐ろしいわ!」
「ついさっきアリスから隠れたときはまだ馬鹿トカゲのままだったのに、いったいどうしちゃったんだキミ!」
「失礼な。わたくしは目を覚ましたのです。女王様に礼を尽くすのは当たり前のことですし、馬鹿なトカゲなんてもういません。皆だってそうですよ! アリスから逃れる恐怖のあまり、皆抑圧していた本来の可能性を引き出されている! ああなんて気分がいい! 最高だ! 頭がいいってサイコー!」
「あ、今のは前のビルっぽいね。その調子で元に戻ってよ。ボク猫はだが立っちゃう!」

 猫肌…… ? 
 いや、それにしてもチェシャ猫は結構辛辣な物言いをするな。
 なんだか性格も子供っぽいし、やっぱりどう考えてもニャルラトホテプである奴とは違うな。雰囲気が似ていただけ、なんだよな。きっと。

「前のわたくし…… ? 前の、前の、前の? 前の…… 馬鹿だったわたくし? 前、前、マエ、まえ…… わたくしは、どんな、性格で、どんなことを言って、ましたっけ…… ? わたくし、わたくし、ぼく、ぼ、く…… は…… ? なにをすれば、いいのでしたっけ…… ?」

 おっと、なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。
 トカゲのビルはチェシャ猫に指摘されるとすぐに取り乱し始めた。
 完全に様子がおかしいぞ。これは、アリスと会ってなにかあったのだろうか? 

「ビルがアリスから逃げ切ってる時点でおかしいとは思ってたけど…… なにこれ。ボク、こんなの知らない」
「臆病で愚図な奴じゃからな。アリスに会ったのならとっくに殺されておるはずじゃ」

 仲間にこれだけボロクソ言われるなんて、可哀想になってきたぞ。

「わたくし、ぼく、わたくし、ぼく、わたくし、ぼく、ぼく、わたくし…… ああ、あ、〝 トカゲのビル 〟に大切なものは……」

 ビルが頭を抱えてその場にうずくまる。
 レイシーは心配したのか、それに近づこうとして即チェシャ猫に止められていた。

「まさかと思ったが…… こいつのおかげでアリスが狂った原因が分かったぜ」

 ビルの周りに、不可視のなにかがいる…… 透明ななにかが。
 ビルを中心にとぐろを巻くように大きな体をグルリと囲んだそれは、シルエットだけなら魚のように見えた。
 俺は重要なことを呟いているペティさんを横目で捉え、そしてまたビルへと視線を戻す。
 紅子さんは既に戦闘するき気になっているのか、周りに浮かんだ人魂から自身を殺した凶器であるガラス片を取り出し、油断なく彼を見つめている。

「ペティさん、これっていったい…… ?」
「まだ推測だぜ。この件を片付けたら教えてやるよ。先に言うことは、トカゲは傷つけるなってことだけだな」

 彼女はそう言ってニヒルな笑みを浮かべると、トカゲのビルの背後を指差す。

「さあ、お馬鹿なビルを〝 返して 〟もらうぜ」

 そしてペティさんがそう言った途端、ベリベリとなにかが剥がれるような、そんな不快な音が響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

このたび、小さな龍神様のお世話係になりました

一花みえる
キャラ文芸
旧題:泣き虫龍神様 片田舎の古本屋、室生書房には一人の青年と、不思議な尻尾の生えた少年がいる。店主である室生涼太と、好奇心旺盛だが泣き虫な「おみ」の平和でちょっと変わった日常のお話。 ☆ 泣き虫で食いしん坊な「おみ」は、千年生きる龍神様。だけどまだまだ子供だから、びっくりするとすぐに泣いちゃうのです。 みぇみぇ泣いていると、空には雲が広がって、涙のように雨が降ってきます。 でも大丈夫、すぐにりょーたが来てくれますよ。 大好きなりょーたに抱っこされたら、あっという間に泣き止んで、空も綺麗に晴れていきました! 真っ白龍のぬいぐるみ「しらたき」や、たまに遊びに来る地域猫の「ちびすけ」、近所のおじさん「さかぐち」や、仕立て屋のお姉さん(?)「おださん」など、不思議で優しい人達と楽しい日々を過ごしています。 そんなのんびりほのぼのな日々を、あなたも覗いてみませんか? ☆ 本作品はエブリスタにも公開しております。 ☆第6回 キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました! 本当にありがとうございます!

その溺愛は伝わりづらい

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

後宮妃は木犀の下で眠りたい

佐倉海斗
キャラ文芸
玄香月は異母姉、玄翠蘭の死をきっかけに後宮に入ることになった。それは、玄翠蘭の死の真相を探る為ではなく、何者かに狙われている皇帝を守る為の護衛任務だった。ーーそのはずだったのだが、玄香月はなぜか皇帝に溺愛され、愛とはなにかを知ることになる。 誰が玄翠蘭を殺したのか。 なぜ、玄翠蘭は死を選んだのか。 死の真相を暴かれた時、玄香月はなにを選ぶのか。 謎に満ちた後宮は毒の花のように美しく、苛烈な場所だった。そこで玄香月は自分がするべきことを見つけていく。

浮気夫、タイムリープで地獄行き

おてんば松尾
恋愛
夫は浮気している。 私は夫に浮気され、離婚され子供を取り上げられた。 病んで狂って、そして私は自ら命を絶った。 それが一度目の人生。 私は巻き戻った。 新しい人生は、夫に従い、従順な妻を演じることにした。 彼に捨てられないように、子どもたちを取り上げられないようにと頑張った。 けれど、最後は夫と子供をあの女に奪われた。 三度目の人生。 私はもう絶対に間違わない。 ※他サイトにも投稿中

悪魔と委員長

GreenWings
キャラ文芸
毎朝教会に通う信心深い少女の前に現れた悪魔。 魂の輝きに目を付けられ契約を迫られる少女の身に事件は起こってしまう。 信仰と人情の間で葛藤の末、少女の決断は何を呼ぶのか。 前半でばら撒かれた疑問や伏線は後半に行くにしたがって回収されます。 二転三転するクライマックスにもご注目下さい。 この作品はフィクションです。実在する宗教、団体、書物とは一切関係ありません。また特定の宗教を非難したり攻撃したり曲解させる為のものでもありません。登場人物が宗教に対して意見を述べるシーンもありますがあくまで登場人物の意見です。

華ノ道標-華罪捜査官-

山茶花
ファンタジー
この世界では人間の体の一部に【華墨】<かぼく>という花の形の印が生まれつき入っている。 一人につき華墨は2種まで入ることがあり、華墨の位置は人により異なる。 その花が示すものとは、その人間の属性、性格、特徴であるが、それが全てでは無い。 一般的には、血縁関係による遺伝・環境・大きな病気や怪我 によって花の種類が決まり、歳をとる過程で種類が変化することもある。 ただし変化しても体に元々あった最初の華墨が消える訳ではなく、そのまま薄く残り新しい華墨が同じ場所に表れる。 日本では華墨として体に表れる花は約100種類あり、その組み合わせも多種多様である。 例として、親の華墨が梅と桜であれば子も生まれつきは同じ色の梅か桜、又は両方になる。 このような生まれつきの華墨を【源華】<げんか>と呼ぶ。 故に、同じ源華が入っている者のルーツを辿ればどこかで交わっている可能性がある。 特殊遺伝では親子で花の色が異なったり、全く関連のしない花が入ることもある。 特殊遺伝の原因については明らかになっていない。 19XX年3月3日の日本。 生まれた梅乃の首には梅の華墨があった。 その4歳の誕生日に両親が姿を消した。 同じ年、世界中で特定の華墨が入った人間が消える事件が相次いだ。 そのような事件を【華罪】<かざい>という。 それから10年、14歳になる梅乃は両親の捜すため、新たな華罪を防ぐため、華罪専門の警察官である【華罪捜査官】になり、悪と闘う。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

処理中です...