38 / 144
肆の怪【嗚呼、麗しき一途の華よ】
似ているけれど違う人
しおりを挟む
その言葉を合図にしたように、その場で蠢くだけだった枝が一斉にこちらへ向かってきた。
その様子に少しだけ、〝 あのとき 〟の光景がフラッシュバックする。
ニャルラトホテプの触手に腹を貫かれる友人、真っ二つに裂ける親友。血飛沫、狂気の渦巻いた光景……
「桜子さん、右」
「はいはい」
だが、その悪夢も目の前で枝を切り裂くカッターナイフなんて見てしまったら霧散した。
「お兄さん、なにもできないなら下がってな!」
「いや、やるよ」
紅子さんは上から叩きつけられる枝を素早くガラス片で受け流す。
彼女を殺した凶器でもあるそれは、彼女の武器でもあるのだ。
人魂を纏わせるように紅く仄かに光るガラス片は耐久力なんて無視して切り裂き、枝をときおり炎上させている。
「きゅう!」
カバンから自主的に出てきた赤く小さなドラゴン…… 鱗のリンに 「頼む」 と言うと、手のひらの上に乗っていたリンがみるみるうちに赤い刀身の刀へ変貌していく。
振るえば、すっぱりと枝が切れた。
無謀断ちであり、無貌断ちになったらしいこの刀。格上が相手であればそれだけ力も強くなるだろう。
相手は外から来たニャルラトホテプとは違い、地球で産まれた比較的浅い神。
だが神は神。格上なことに変わりはない。
目的は討伐ではなくて敦盛さんを救出することだけだ。どうにか近づかないと。
けれど、結界があるのに秘色さんはどうやって逃げようというのだろうか。
「あっぶな!?」
俺のすぐ横の地面に枝が突き刺さる。
考え事をするのは後だ。今は目の前のことに集中しないと。
右、左と避け、正面から突き刺してやろうと迫って来る枝に合わせて刀を持ち、勝手に裂けていく道を走る。
今度は桜の花が視界を覆うように飛ばされて来る。横から来た枝を受け流す要領で舞う桜の梅雨払いに利用し、結界に利用されていた光の蝶を切り裂く。
次に来た巨大な桜の蕾を切り払えば、ぶわりとピンク色の煙が広がった。桜の香りを凝縮したような、春先に日向ぼっこしたときのような暖かさに一瞬思考が曇る。
「お兄さんはバカなのかな!?」
幻惑され、足を止めたところに下から突き上げられた桜の根を見上げる。
突き飛ばされた俺は、さっきまでいた場所へ代わりに残った紅子さんの行方を追った。
「紅子、さん…… ?」
上空には、桜の根に腹を直撃され串刺しとなった紅子さんがいた。
友人達が死んだときと、全く同じ光景に俺はその場で混乱した。
不思議と血が降ってこないのは彼女が幽霊だからか、とか、紅子さんが死ぬのかとか、頭の中を様々なことが巡って一時停止する。
ぎゃあ、と鳥の真似をして俺に殺された青凪さんと、紅子さんの姿が重なる。フラッシュバックする。
「う、そ、だ」
あのときとまったく同じ反射。
そして、棒立ちになり無防備になる。
これを好機とばかりに枝が、迫って来た。
「ぅあ……」
しかし、首元のネックレスがまるで意思があるかのように俺を締め上げ、次の瞬間には迫り来る枝を刀で受け流していた。
発狂寸前の身を無理矢理鎮静させられ戸惑うが、厄介なご主人様のおかげで正気に引き戻されたのは事実。今だけは感謝する。
「紅子さん!」
根が地中に戻っていくと、ピクリとも動かない紅子さんはそのまま地面に横たわった。
完全に腹はおろか心臓の位置まで風穴が空いている。普通なら助からないが、さっき秘色さんが回復手段があるとか言っていたか…… これをどうにかできるかは分からないが、彼女を連れて…… ?
「わっ、な、なんだ?」
紅子さんを姫抱きにして枝を右に左に避けていると、彼女の体が突然紅い煙となって霧散する。その光景に、俺は今度こそ愕然として立ち尽くした。
彼女を抱いていた手の中に擦り寄るような一匹の紅い蝶が溜まる。
紅い燐光を纏ったその蝶はまるで──
その蝶を見つめていると、突然結界の外から真っ黒い煙が流れ込んで俺の周りで渦巻き始めた。
あれは怪異だと感じとり、追い払おうとしても徐々にそれは近づき、紅い蝶々へと絡みつくように吸い込まれていく。
蝶を中心点に支えていた手が極端に冷え込んだようにかじかむが、まさか手を引くわけにはいかない。だって、そうしたら彼女がどこかへ行ってしまいそうで。
そして、数秒程ですぐに黒い煙は消えた。
「は!?」
俺の腕の中には、姫抱きにされた紅子さんが再び収まっていた。
「…… わ、お兄さんもう大丈夫だから降ろして!」
「べ、紅子、さん」
罪悪感が込み上げ、腕の中で暴れる彼女を思わず抱きしめていた。
「俺、のせいで……」
「ああそうだね。〝 お兄さんのせいで 〟痛い目に遭っちゃった。ミスなんてもうしないでよ?」
――「おにー、さん、のせい…… じゃ、ない…… よ」
ああ、そっか。そうだった。
〝 お兄さんのせいで 〟
彼女は…… 紅子さんは、青凪さんとは違う。
まったく別の子なんだ。違う人間なんだ。分かっていたのに。やっと、俺は〝 理解 〟できた。
「ああ、もうミスはしない。ごめん」
「アタシとしては謝られるより、感謝されたいんだけどねぇ」
「うん、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
「ちょっとそこの二人! 早く捌くの手伝ってよ!」
桜子さんが周りの枝を代わりに処理してくれている間に、俺は紅子さんを降ろす。紅子さんはほんの少しだけしおらしくして俺の服を掴んでたが、すぐに離れた。
「…… 不思議? アタシ達の体は噂でできてるから、心配しなくてもすぐ復活できるんだ。ほら、いつまでもここにいないでさっさと行った!」
「あ、ああ」
釈然としない気持ちと、すっきりした気持ちを持ちながら先へ進む。
…… 黒い煙が噂の塊だと言うのなら、あの赤い、紅い蝶々はもしかしてと思いを巡らせながら。
その様子に少しだけ、〝 あのとき 〟の光景がフラッシュバックする。
ニャルラトホテプの触手に腹を貫かれる友人、真っ二つに裂ける親友。血飛沫、狂気の渦巻いた光景……
「桜子さん、右」
「はいはい」
だが、その悪夢も目の前で枝を切り裂くカッターナイフなんて見てしまったら霧散した。
「お兄さん、なにもできないなら下がってな!」
「いや、やるよ」
紅子さんは上から叩きつけられる枝を素早くガラス片で受け流す。
彼女を殺した凶器でもあるそれは、彼女の武器でもあるのだ。
人魂を纏わせるように紅く仄かに光るガラス片は耐久力なんて無視して切り裂き、枝をときおり炎上させている。
「きゅう!」
カバンから自主的に出てきた赤く小さなドラゴン…… 鱗のリンに 「頼む」 と言うと、手のひらの上に乗っていたリンがみるみるうちに赤い刀身の刀へ変貌していく。
振るえば、すっぱりと枝が切れた。
無謀断ちであり、無貌断ちになったらしいこの刀。格上が相手であればそれだけ力も強くなるだろう。
相手は外から来たニャルラトホテプとは違い、地球で産まれた比較的浅い神。
だが神は神。格上なことに変わりはない。
目的は討伐ではなくて敦盛さんを救出することだけだ。どうにか近づかないと。
けれど、結界があるのに秘色さんはどうやって逃げようというのだろうか。
「あっぶな!?」
俺のすぐ横の地面に枝が突き刺さる。
考え事をするのは後だ。今は目の前のことに集中しないと。
右、左と避け、正面から突き刺してやろうと迫って来る枝に合わせて刀を持ち、勝手に裂けていく道を走る。
今度は桜の花が視界を覆うように飛ばされて来る。横から来た枝を受け流す要領で舞う桜の梅雨払いに利用し、結界に利用されていた光の蝶を切り裂く。
次に来た巨大な桜の蕾を切り払えば、ぶわりとピンク色の煙が広がった。桜の香りを凝縮したような、春先に日向ぼっこしたときのような暖かさに一瞬思考が曇る。
「お兄さんはバカなのかな!?」
幻惑され、足を止めたところに下から突き上げられた桜の根を見上げる。
突き飛ばされた俺は、さっきまでいた場所へ代わりに残った紅子さんの行方を追った。
「紅子、さん…… ?」
上空には、桜の根に腹を直撃され串刺しとなった紅子さんがいた。
友人達が死んだときと、全く同じ光景に俺はその場で混乱した。
不思議と血が降ってこないのは彼女が幽霊だからか、とか、紅子さんが死ぬのかとか、頭の中を様々なことが巡って一時停止する。
ぎゃあ、と鳥の真似をして俺に殺された青凪さんと、紅子さんの姿が重なる。フラッシュバックする。
「う、そ、だ」
あのときとまったく同じ反射。
そして、棒立ちになり無防備になる。
これを好機とばかりに枝が、迫って来た。
「ぅあ……」
しかし、首元のネックレスがまるで意思があるかのように俺を締め上げ、次の瞬間には迫り来る枝を刀で受け流していた。
発狂寸前の身を無理矢理鎮静させられ戸惑うが、厄介なご主人様のおかげで正気に引き戻されたのは事実。今だけは感謝する。
「紅子さん!」
根が地中に戻っていくと、ピクリとも動かない紅子さんはそのまま地面に横たわった。
完全に腹はおろか心臓の位置まで風穴が空いている。普通なら助からないが、さっき秘色さんが回復手段があるとか言っていたか…… これをどうにかできるかは分からないが、彼女を連れて…… ?
「わっ、な、なんだ?」
紅子さんを姫抱きにして枝を右に左に避けていると、彼女の体が突然紅い煙となって霧散する。その光景に、俺は今度こそ愕然として立ち尽くした。
彼女を抱いていた手の中に擦り寄るような一匹の紅い蝶が溜まる。
紅い燐光を纏ったその蝶はまるで──
その蝶を見つめていると、突然結界の外から真っ黒い煙が流れ込んで俺の周りで渦巻き始めた。
あれは怪異だと感じとり、追い払おうとしても徐々にそれは近づき、紅い蝶々へと絡みつくように吸い込まれていく。
蝶を中心点に支えていた手が極端に冷え込んだようにかじかむが、まさか手を引くわけにはいかない。だって、そうしたら彼女がどこかへ行ってしまいそうで。
そして、数秒程ですぐに黒い煙は消えた。
「は!?」
俺の腕の中には、姫抱きにされた紅子さんが再び収まっていた。
「…… わ、お兄さんもう大丈夫だから降ろして!」
「べ、紅子、さん」
罪悪感が込み上げ、腕の中で暴れる彼女を思わず抱きしめていた。
「俺、のせいで……」
「ああそうだね。〝 お兄さんのせいで 〟痛い目に遭っちゃった。ミスなんてもうしないでよ?」
――「おにー、さん、のせい…… じゃ、ない…… よ」
ああ、そっか。そうだった。
〝 お兄さんのせいで 〟
彼女は…… 紅子さんは、青凪さんとは違う。
まったく別の子なんだ。違う人間なんだ。分かっていたのに。やっと、俺は〝 理解 〟できた。
「ああ、もうミスはしない。ごめん」
「アタシとしては謝られるより、感謝されたいんだけどねぇ」
「うん、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
「ちょっとそこの二人! 早く捌くの手伝ってよ!」
桜子さんが周りの枝を代わりに処理してくれている間に、俺は紅子さんを降ろす。紅子さんはほんの少しだけしおらしくして俺の服を掴んでたが、すぐに離れた。
「…… 不思議? アタシ達の体は噂でできてるから、心配しなくてもすぐ復活できるんだ。ほら、いつまでもここにいないでさっさと行った!」
「あ、ああ」
釈然としない気持ちと、すっきりした気持ちを持ちながら先へ進む。
…… 黒い煙が噂の塊だと言うのなら、あの赤い、紅い蝶々はもしかしてと思いを巡らせながら。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる