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肆の怪【嗚呼、麗しき一途の華よ】
ストーカー誘き出し作戦
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カラン、カラン、と喫茶店のベルが鳴る。
俺達はそのまま喫茶店の中に入り、窓際の席へ二人ずつ座った。
俺の前には秘色いろはさん。そして紅子さんの前には桜子さんだ。
「それで…… あの人を誘い出したいって言っていましたけど、協力は構いません。ただ、経緯はちゃんと教えてくださいね」
「いろはは〝 同盟 〟の人間だから怪異のことを話すのに躊躇いはいらないよ。むしろ、詳しく聞かせてほしいくらいだね」
同盟の人間?
いや、同盟は人間と共に暮らしたい人外達の集まりじゃなかったのか。そこに人間が入っているというのはおかしいんじゃないか?
「わたしが同盟に入ってるんじゃなくて、わたしの保護者が同盟の関係者なんです」
なにか察したようにそう言った秘色さんに、俺は言葉を詰まらせた。
それって、つまり俺と同じ…… 人外と住む人間ってことなのか。
辛くは、ないのか。俺でさえこんなにも嫌で嫌で仕方ないのに。
「わたしは幸せですよ。わたしの、望んだことですから」
優しい目で言った彼女の言葉は、抑揚なんてないのに確かに嬉しそうだった。
「そっか、俺とは違うんだな」
女の人が無理矢理従属されていたりなんかしたら、それこそ事案というか…… そいつを叩き斬りに行きたくなる。
「それよりも、経緯をお願いします。同盟の仕事は〝 やりすぎた人外の捕縛や討伐 〟もあるので、力になりますよ」
それはつまり、実績もあると考えていいのだろうか。
青葉ちゃんが敦盛春樹さんを呼び寄せてなにをしたいのかは分からないが、良いことではないと思う。
これがただ仲直りしたいだけとか、愛の告白だとか、そういうのならまだなんとか説得の余地があるし、あるいは想いを伝えて満足するなんてこともあり得るが…… 彼女は俺が人外と関わりがあると分かって脅し混じりのお願い事をしてきたんだ。
拒否権なぞない。そんな威圧感を出しながらされた〝 お願い 〟が平穏無事に済むとはとても思えないのだ。
だから、俺は秘色さんに最初から経緯を話した。
最近流行りの冬に咲く桜。その精の青葉ちゃんのこと。
彼女から自分の世話をしていた庭師を探してくれと言われたこと。
その庭師が秘色さんのストーカーをしている人物であるということ。
図書館で発見した〝 花の神様と夫と呼ばれる管理者 〟のこと。
夫と呼ばれる花の神の管理者は、花が長い長い眠りにつく際に一緒に眠りにつく。花の神が寂しくならないように夫として。
それはきっと、花の神の恩恵をずっと受けていられるようにするためだったのだと思う。
そんな考察も混ぜ、自分の不安を打ち明ける。
もしかしたら、青葉ちゃんは眠りにつくために管理者を探しているのではないか?
それならば管理者の、庭師の敦盛さんはどうなってしまうのだろう。
彼は周りからすれば体のいい生贄とさほど変わらない立場なんじゃないか。
それを分かっていて、放っておくのもどうかと思うんだ。
「お兄さんは本当にまあ、お人好しだねぇ…… そういう無責任なところ嫌いだよ」
「うっ」
黙って喫茶店のワッフルをつついていた紅子さんが牽制する。
横目でこちらを見る真っ赤な瞳は責めているようでいて、呆れているようでもあった。
人間の俺に深入りさせないようにしているようでも、あった。
「ひとまず、桜の下に連れて行くのは決定なんですよね」
秘色さんが確認してくるようにこちらを見る。
俺がそれに頷くと彼女は 「そうですか……」 と呟いてからふと視線を移動させた。
「なら、もうここに用はありませんね」
「作戦実行しようか」
桜子さんも同意の返答をする。
「え、今からか?」
「気づいていなかったんですね、もう来てます」
秘色さんの言葉に俺はビビってカツン、とケーキの皿を強く突きすぎた。
「……」
秘色さんが窓を指差す。
俺も後ろを振り返ることなく視線を窓に移すと、二、三席離れた後方に敦盛春樹が新聞を読む振りをしながらこちらを睨んでいた。
「おっと、好きな子が知らない男といてお怒りのようで」
「紅子さん、茶化さないでくれよ」
「…… ということです」
なるほど、これならすぐに移動するだけでついて来そうだ。
俺たちは目配せをしてその場から立ち上がる。
秘色さんに先に行っていてもらっても良かったが、そうなると俺が絡まれる可能性が高くなる。そんなの勘弁だ。
それなら一緒に桜まで誘導していった方が良い。
俺が全員分の支払いをして出ると、秘色さんはさっそく駅の方へと向かっていく。俺も紅子さんと追い、ときおり彼女に確認すれば 「しっかりついてきてるよ」 と後方確認してくれる。
このまま普通に目的地へ向かってもついてきそうだ。
途中で桜に向かっていると気づかれそうだが、秘色さんに夢中になっているようだし、最近は青葉ちゃんからの追っ手も消えているらしいからそのまま来るだろう。
「準備はしておいた方が良さそうですね」
「ぼくに任せてくれよ、いろは」
「絵を描いている間だけね」
青葉ちゃんは元の花の神とは別物だが、ちゃんと神格を持っているはずだ。
そんな存在を相手に彼女がどこまでできるかは知らないが、本当になんとかなるのか…… ?
俺達はそのまま喫茶店の中に入り、窓際の席へ二人ずつ座った。
俺の前には秘色いろはさん。そして紅子さんの前には桜子さんだ。
「それで…… あの人を誘い出したいって言っていましたけど、協力は構いません。ただ、経緯はちゃんと教えてくださいね」
「いろはは〝 同盟 〟の人間だから怪異のことを話すのに躊躇いはいらないよ。むしろ、詳しく聞かせてほしいくらいだね」
同盟の人間?
いや、同盟は人間と共に暮らしたい人外達の集まりじゃなかったのか。そこに人間が入っているというのはおかしいんじゃないか?
「わたしが同盟に入ってるんじゃなくて、わたしの保護者が同盟の関係者なんです」
なにか察したようにそう言った秘色さんに、俺は言葉を詰まらせた。
それって、つまり俺と同じ…… 人外と住む人間ってことなのか。
辛くは、ないのか。俺でさえこんなにも嫌で嫌で仕方ないのに。
「わたしは幸せですよ。わたしの、望んだことですから」
優しい目で言った彼女の言葉は、抑揚なんてないのに確かに嬉しそうだった。
「そっか、俺とは違うんだな」
女の人が無理矢理従属されていたりなんかしたら、それこそ事案というか…… そいつを叩き斬りに行きたくなる。
「それよりも、経緯をお願いします。同盟の仕事は〝 やりすぎた人外の捕縛や討伐 〟もあるので、力になりますよ」
それはつまり、実績もあると考えていいのだろうか。
青葉ちゃんが敦盛春樹さんを呼び寄せてなにをしたいのかは分からないが、良いことではないと思う。
これがただ仲直りしたいだけとか、愛の告白だとか、そういうのならまだなんとか説得の余地があるし、あるいは想いを伝えて満足するなんてこともあり得るが…… 彼女は俺が人外と関わりがあると分かって脅し混じりのお願い事をしてきたんだ。
拒否権なぞない。そんな威圧感を出しながらされた〝 お願い 〟が平穏無事に済むとはとても思えないのだ。
だから、俺は秘色さんに最初から経緯を話した。
最近流行りの冬に咲く桜。その精の青葉ちゃんのこと。
彼女から自分の世話をしていた庭師を探してくれと言われたこと。
その庭師が秘色さんのストーカーをしている人物であるということ。
図書館で発見した〝 花の神様と夫と呼ばれる管理者 〟のこと。
夫と呼ばれる花の神の管理者は、花が長い長い眠りにつく際に一緒に眠りにつく。花の神が寂しくならないように夫として。
それはきっと、花の神の恩恵をずっと受けていられるようにするためだったのだと思う。
そんな考察も混ぜ、自分の不安を打ち明ける。
もしかしたら、青葉ちゃんは眠りにつくために管理者を探しているのではないか?
それならば管理者の、庭師の敦盛さんはどうなってしまうのだろう。
彼は周りからすれば体のいい生贄とさほど変わらない立場なんじゃないか。
それを分かっていて、放っておくのもどうかと思うんだ。
「お兄さんは本当にまあ、お人好しだねぇ…… そういう無責任なところ嫌いだよ」
「うっ」
黙って喫茶店のワッフルをつついていた紅子さんが牽制する。
横目でこちらを見る真っ赤な瞳は責めているようでいて、呆れているようでもあった。
人間の俺に深入りさせないようにしているようでも、あった。
「ひとまず、桜の下に連れて行くのは決定なんですよね」
秘色さんが確認してくるようにこちらを見る。
俺がそれに頷くと彼女は 「そうですか……」 と呟いてからふと視線を移動させた。
「なら、もうここに用はありませんね」
「作戦実行しようか」
桜子さんも同意の返答をする。
「え、今からか?」
「気づいていなかったんですね、もう来てます」
秘色さんの言葉に俺はビビってカツン、とケーキの皿を強く突きすぎた。
「……」
秘色さんが窓を指差す。
俺も後ろを振り返ることなく視線を窓に移すと、二、三席離れた後方に敦盛春樹が新聞を読む振りをしながらこちらを睨んでいた。
「おっと、好きな子が知らない男といてお怒りのようで」
「紅子さん、茶化さないでくれよ」
「…… ということです」
なるほど、これならすぐに移動するだけでついて来そうだ。
俺たちは目配せをしてその場から立ち上がる。
秘色さんに先に行っていてもらっても良かったが、そうなると俺が絡まれる可能性が高くなる。そんなの勘弁だ。
それなら一緒に桜まで誘導していった方が良い。
俺が全員分の支払いをして出ると、秘色さんはさっそく駅の方へと向かっていく。俺も紅子さんと追い、ときおり彼女に確認すれば 「しっかりついてきてるよ」 と後方確認してくれる。
このまま普通に目的地へ向かってもついてきそうだ。
途中で桜に向かっていると気づかれそうだが、秘色さんに夢中になっているようだし、最近は青葉ちゃんからの追っ手も消えているらしいからそのまま来るだろう。
「準備はしておいた方が良さそうですね」
「ぼくに任せてくれよ、いろは」
「絵を描いている間だけね」
青葉ちゃんは元の花の神とは別物だが、ちゃんと神格を持っているはずだ。
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