上 下
32 / 144
肆の怪【嗚呼、麗しき一途の華よ】

「偏屈庭師のホームページ」

しおりを挟む


「おおそれはそれは…… お兄さんも頑張ったんだねぇ。最近キミに付き合ってまったくゲームできないのも許してあげるよ」

 図書館で合流した彼女にお土産を渡すと、それはそれは哀れそうな声色でやれやれと言った。
 ゲームというのは例の、夢の中で行う凶器探しのことだろうか。
 彼女のゲームは失敗しても死なない親切設計だが、あんな悪夢拡散させるのもどうかと思うぞ。
 俺がそう言うと不満を込めて紅子さんが溜め息を吐く。

「アタシほどアフターケアに優れた怪異はいないと断言できるね。夢で出会った人間が心底怯えていたならアタシとしても満足だし、場合によっては記憶も消してあげるのにさ」

 でも精神的ダメージはなかったことになんてできないだろう。

「それがアタシ達怪異なんだから仕方ないだろう? こっちだって怖がってくれなくちゃ生きてけないんだから」
「…… そっか、そうだよな」

 彼女達はあまりにも人間に近いから、忘れていた。
 怪異が生きるためには〝 噂 〟や〝 伝承 〟が必要不可欠。それがなくなれば、人間が忘れてしまえば彼女達は消えてしまうのだ。

「ところで、その…… 前払い報酬とやらはちゃんと受け取れたの?」

 紅子さんが話を変え、今朝方桜の木まで行っていた俺を見る。
 相変わらず、いや昨日以上に美しく咲き誇っていた桜の花の下で青葉は待っていた。だから、勿論受け取っている。
 なんと、報酬は精霊が持っているのには違和感があるブランド物のアクセサリーだったのだ。
 生憎と俺はピアスなんてつけないし、お高いブランド物の指輪だって恐れ多くてつけられたものじゃない。精々売り払うくらいしか使い道なんてないが、正直人外に貰った代物なのでそんなことできるはずがない。
 そう愚痴りながら俺が指輪とピアスを見せると、紅子さんは一瞬だけ眉を跳ね上げてそれが乗った手の平を見つめた。
 そして、そのまま俺を見上げて怪異らしく胡散臭げに微笑んだ。

「お兄さん、アタシにこの指輪とピアスくれない?」
「別にいいけど…… 紅子さんでもブランド物を欲しがったりするもんなんだな」
「まあね、アタシだって女の子だから? 貢ぎ物の一つや二つ欲しくもなるんだよ。いいだろう? 元手はタダなんだから」

 煙に巻くように言葉を選んではいるが、やはり彼女も女の子だ。アクセサリーに興味があるのだろう。
 この二つのアクセサリーは男向けの少々無骨なものだが、それでも学生の身には眩しく映るのかもしれない。

「うん、お兄さんにはもう特別な首輪がついてるからね。新しいの貰ったって知られたらどうなるか分からないよ? キミも少しは自分の身を案じた方がいい」
「あー……」

 そういえばそうか。
 他人からのアクセサリーなんてつけていたらニャルラトホテプクソヤローになに言われるか分かったもんじゃない。
 紅子さんに言われなかったら一晩拷問コースだった可能性すらある。
 彼女は命の恩人だ。

「ありがとう、紅子さん」
「ふふ、どういたしまして。遊んでくれる人がいなくなるとアタシも寂しいからねぇ」

 やれやれ、と微笑みながら首を振る彼女に感謝する。
 俺だって、一人じゃここまでやってこれなかったかもしれないからだ。心を折られるつもりもないが、やはり身近に相談できる相手がいるのといないのとじゃ随分違うからな。

「さて、先に調べておこうか」
「ああ、この図書館はネットサーフィンもできるからそっちでもよろしく頼む」
「…… えっと、ごめんお兄さん。アタシあんまり機械得意じゃなくて…… 代わりに地元の話とか桜のこと調べてみるから、庭師さんのことについてはそっちに任せていいかな?」
「そうなのか、分かった。じゃあ資料の方はよろしくな」
「…… うん、任されたよ」

 機械音痴について突っ込まれなかったことに安心したのか、紅子さんは俺から指輪とピアスを受け取ると、ゆっくり図書館内を歩き始めた。

「ええと、確か〝 敦盛 〟…… はるき? 晴樹か? とにかく調べてみるしかないか」

 簡単に検索をかけ、ついでに庭師というキーワードも入力する。
 すると出て来たのは〝 敦盛春樹 〟という庭師の名前と、そのホームページらしきもの。
 しかし、ホームページを覗いてみたはいいが日付が結構古い。凡そ10年以上は前の日付が最終更新日となっているようだ。これでは良い情報とは言えない。だけれども、ここが公式ホームページであろう以上無視することはできないだろう。
 そう思って一通り見て回った。本人の写真は20代の若々しいものであり、背後には〝 あの桜の木 〟が美しいままにある光景だ。
 この頃はまだ手入れをしていたということだろうか。日付からしても相当前のことだ。
 事務所の住所も勿論書いてあるし、電話番号も載っているのでメモを取る。本人の誕生日を確認したところ、20代の写真は相当前のもので間違いない。なんせ今や40代だ。
 それからホームページを後にし、通常検索でもう一度彼について調べた。

 どうやら現在でも庭師として仕事をしているようだが、評判を見ると大分偏屈で厄介な性格の人物らしいことが分かる。
 クズだとかクソジジイだとか最悪な奴だとか、先程のホームページから今は40代のはずだが随分な評価だ。
 桜と共に写っていた好青年は偏屈ジジイになってしまったということだろうか。
 しかし、ネットの評判は誇張されていたりするものだ。会ってみないことにはなんとも言えないだろう。
 通常検索した結果でも住所は変わっていないようなので、直接事務所に行ってみるのもいいかもしれない。
 電話番号も控えているから、あとでアポをとってみればいいや。

「…… このぐらいか」

 パソコンから顔を上げ、電源を落とす。
 俺が収穫を手に図書館をうろつき始めれば、すぐに目立つ大きなリボンが視界に入った。
 菫色の大きなリボンでポニーテールを作っている紅子さんは、真剣に資料を見比べながら唸っている。
 テーブルの上には、先程譲ったアクセサリー類も並べられていた。
 おいおい、それ一応ブランドなんだからもう少し気を遣った方がいいぞと思いつつも、様子を見る。

「…… ?」

 やがて、背後に立つ俺に気がついたのか紅子さんがこちらを振り向く。

「っちょ、お兄さん!?」

 椅子から転げ落ちた。
 突然のことでびっくりしたんだろう。怪異もこんなことで吃驚するもんなんだな、と別のところで俺は感心してしまった。

「あ、あのね…… 人間が怪異を驚かせたってなにも良いことはないだろ? そういうのはやめてよね……」
「良いこと? うーんと、紅子さんの可愛い反応が見られたとか?」
「キミ、ふざけてるの?」

 おっと、いつも揶揄われているからその逆襲のつもりだったんだが怒らせてしまった。

「あーもう、キミには驚かされてばかりだ…… アタシ驚かす方なのに………… 存在意義が問われるよ」
「紅子さんは紅子さんだろ? 俺にとっては〝 赤いちゃんちゃんこ 〟ってイメージよりも、もう〝 トイレの紅子さん 〟ってイメージが強いよ」
「それ、ちっとも嬉しくないよ。アタシは赤いちゃんちゃんこだ。忘れないでよ…… ? お願いだからさ」
「分かったよ。分かってる。忘れないよ、絶対に」
「それならいいんだよ…… ねえ? お兄さん」

 暫しの問答を終え、彼女の見ていた資料を覗き込む。
 恥ずかしそうに髪をいじる彼女はそっとしておき、ひらがなでルビの振られた一冊の本を手に取った。絵本、だろうか? こんなもの見たこともなかったが、どうやらこの街特有の手作り絵本らしい。
 装丁も古く、少し紙が傷んでいるように思える。

ながばな

 流れ星を想起するその言葉。
 桜と、人間を包み込む程の大きな花が表紙に描かれている。
 空を流れる花の伝説。それにそこはかとなくニャルラトホテプクソヤローと同じ気配を感じ、俺の肩は強張ってしまった。
 本能レベルで嫌な予感が支配する。

「読みたくないなら、アタシが概要だけでも説明するよ?」
「いや、いい。大丈夫だよ」
「…… そっか、ならキミの好きにすればいい」

 きっと内容は大したことがない。
 けれど、あいつと同じ予感がするということは、ただの妖怪や精霊などが関わる問題ではないはずだ。

 俺は、逃げない。
 いつまでも逃げていたら、いつかは袋小路に追い詰められてしまうだろう。そうしたら、壊れた玩具としてポイ捨てされるか…… 最悪、奴の〝 シナリオ 〟で踊らされる捨て駒にされるかだ。

「昔々……」

 そんなありきたりな出だしの絵本を、俺はゆっくりと読み始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

処理中です...