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肆の怪【嗚呼、麗しき一途の華よ】
「紅子さんに相談だ」
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「やあ」
桜の木から離れると、すっかり雨は上がっていた。
いや、もしかしたら雨はこの周辺にしか降らなかったのかもしれない。暫く離れた場所には道が濡れた跡さえなかったのだから。
「あんたはどこに行ってたんですか」
「最近のコンビニスイーツって素敵だよねぇ。エクレアなんていいと思うよ」
「作れってことですかね?」
「さあね」
結局屋敷ではエクレアを作るはめになった。
ついでに何個か余らせて取っておくつもりだ。どうせこの飼い主は首を突っ込まないし、ニヤニヤと外野で騒いでいるだけだ。
だけど俺だけではなにかあったときに対処しきれないだろうし、なにより不安に押し潰されそうになってくる。
だから、誰かに相談する際エクレアを渡すのだ。人外連中は俺の知る限り甘いもの好きが多いからな。アルフォードさんは別にして。
このまま突き進んで行ったら、いつもの感じだと確実に悪い方向に向かいそうだからな。
あの悲劇がいつものことだとか…… 慣れちゃいけないんだけどな。そうでも思わないとやってられねえよ。
だからなるべく最悪の事態にならないように色々してるんだけど。
「ってことで明日外出するんで、なにかあったら今のうちに言ってくれ」
「朝ご飯はフレンチトースト。コーンスープは自家製でサラダと熱々の目玉焼きもつけてね」
なんとまあ無駄に時間のかかる朝食をご希望で。
熱々の目玉焼きということは、つまりサンドイッチやおにぎりなんかと一緒に事前に作って置いていくことは許されないわけだ。
ていうか自家製のコーンスープとか作れるわけないだろ!
「ちゃんと作るから自家製コーンスープは勘弁してくれ」
「じゃあパンプキンパイ作ってよ。そういう季節だろう?」
「秋はとっくに過ぎてるでしょうが!」
奴の要求はキリがないのでこの辺で折れておくことにした。
この有様を見られたら紅子さんあたりに 「そんなんだから飼い主に嚙みつけないんだよ」 とでも言われそうだ。
まあ、あれだ…… 紅子さんに相談だ。
「で、アタシに電話してきたと?」
「ああ、そうなんだ」
電話越しに少し不機嫌そうな声が聞こえる。
自宅にいるのか、コツコツと指でなにか硬いものを叩くような音がするし、夜なので学校にいるということはないだろう。
「まあ、キミのことだ。どうせ厄介なことになるに決まっている。その青葉って桜の木も、元々彼女はただの人間に依頼する気だったんだろう? 嫌な予感がするのも仕方のないことだと思うよ」
はあ、と溜め息を吐いた紅子さんは電話に入らないようにか、話の区切りのためにか 「こほん」 とわざとらしく咳き込んで再び応答する。
「だから、まあ…… キミに協力するのもやぶさかではないよ。お花見デートと洒落込もうじゃないか」
「そうしてもらえると助かるな。エクレアやパンプキンパイも用意してあるから楽しもう」
「おやおや、女子高生とのデートなんてレアイベに必死なことだね…… エクレアだけに?」
「……」
この子は本当に女子高生なのだろうか?
俺ははなはだ疑問で仕方ない。
「わ、悪かったよ。可愛い冗談じゃないか、ねえ? あの、おにーさん? お兄さーん?」
今度はこちらが溜め息を吐いて 「ああ、うん」 なんて素っ気ない返事をする。ぶすくれたように言われた 「笑ってくれてもいいんだよ?」 なんて言葉はスルーして続けた。
「じゃあ、明日よろしく頼むよ」
「いいけれどね…… 学校は昼に早退してくるから、キミは先に桜の所に行って前払いを受け取ってきなよ。アタシはまた図書館に行ってるからさ」
まあ、図書館が一番分かりやすい待ち合わせ場所か。
この屋敷から遠いわけでもないし、丘からもそんなに時間がかからない。紅子さんが遅くなりそうなら先にネットや歴史で調べていればいいだろうしな。
先に着いたらメールすればいい。幸い、紅子さんの連絡先は電話番号は勿論、メールアドレスも知っている。
「ああ、それじゃあまた明日」
「またね、お兄さん」
電話を終えてケータイを置く。
さて、後は洗濯物か…… これに関してはさすがのニャルラトホテプも任せてこないし、俺は俺で洗濯することになっている。
あいつの洗濯物はいつの間にか新品のようになっているので、もしかしたら魔法のひとつでも使っているのかもしれないな。
一人で全部やってくれたら楽でいいんだが…… まあいい。奴は明日表向きの仕事があるからちょっかい出してくるようなことはないだろう。
他には…… 奴に食べられてしまわないようにエクレアとパイを切り分けて取って置くくらいか。
「なになに? 一人でシコシコなにを考えているのかなぁ?」
「っうわぁ!?」
座っていたソファから転げ落ちた。
どうやら奴は風呂上がりなようで、ただでさえ鬱陶しい髪が全て下ろされもっと鬱陶しいことになっている。毛量多すぎだろ。女みたいに三つ編みにせずばっさり切ってくればいいのにな。
「って、あんた…… その口は………… !?」
「ん? ああ、美味しくいただいたよ…… 君の、お・か・し」
うわぁぁ! だから先に取り置こうとしてたのに!
「夕食後に食べただろ!? 残してた分まで食ったんですか!?」
「勿論、だって〝 私のため 〟にあんなにたくさん作ってくれたんだろう? 下僕の好意はありがたくいただいておかないと、ね?」
くそっ、こいつ絶対にわざとだ!
なるべく奥の方に隠しておいた大量のデザートなんて普通完食しないだろ!? しかも風呂上がりに! わざわざっ、俺に食った痕跡を見せつけに来るなんて悪意以外のなにものでもないぞ!
「くふふふふ。それじゃおやすみ、れーいちくん」
「くっそ……」
完全にしてやられた。
紅子さんには約束してしまったし、エクレアとパイを今からなんとか作るしかない。約束を破るのは忍びないし、なにより俺が嫌なんだよ。
多分言えば 「あー、えっと…… それは、なんというか…… 仕方ないね」 なんて言い澱みつつも許されるだろうが、甘いもの楽しみにしてる女の子に 「ごめん、やっぱりないよ」 なんて言えないからな。
深夜に空いてるスーパーなんてないぞ?
残った材料で作れるか? いや、やるんだ。やってやるぞ!
このあとめちゃくちゃ料理した。
桜の木から離れると、すっかり雨は上がっていた。
いや、もしかしたら雨はこの周辺にしか降らなかったのかもしれない。暫く離れた場所には道が濡れた跡さえなかったのだから。
「あんたはどこに行ってたんですか」
「最近のコンビニスイーツって素敵だよねぇ。エクレアなんていいと思うよ」
「作れってことですかね?」
「さあね」
結局屋敷ではエクレアを作るはめになった。
ついでに何個か余らせて取っておくつもりだ。どうせこの飼い主は首を突っ込まないし、ニヤニヤと外野で騒いでいるだけだ。
だけど俺だけではなにかあったときに対処しきれないだろうし、なにより不安に押し潰されそうになってくる。
だから、誰かに相談する際エクレアを渡すのだ。人外連中は俺の知る限り甘いもの好きが多いからな。アルフォードさんは別にして。
このまま突き進んで行ったら、いつもの感じだと確実に悪い方向に向かいそうだからな。
あの悲劇がいつものことだとか…… 慣れちゃいけないんだけどな。そうでも思わないとやってられねえよ。
だからなるべく最悪の事態にならないように色々してるんだけど。
「ってことで明日外出するんで、なにかあったら今のうちに言ってくれ」
「朝ご飯はフレンチトースト。コーンスープは自家製でサラダと熱々の目玉焼きもつけてね」
なんとまあ無駄に時間のかかる朝食をご希望で。
熱々の目玉焼きということは、つまりサンドイッチやおにぎりなんかと一緒に事前に作って置いていくことは許されないわけだ。
ていうか自家製のコーンスープとか作れるわけないだろ!
「ちゃんと作るから自家製コーンスープは勘弁してくれ」
「じゃあパンプキンパイ作ってよ。そういう季節だろう?」
「秋はとっくに過ぎてるでしょうが!」
奴の要求はキリがないのでこの辺で折れておくことにした。
この有様を見られたら紅子さんあたりに 「そんなんだから飼い主に嚙みつけないんだよ」 とでも言われそうだ。
まあ、あれだ…… 紅子さんに相談だ。
「で、アタシに電話してきたと?」
「ああ、そうなんだ」
電話越しに少し不機嫌そうな声が聞こえる。
自宅にいるのか、コツコツと指でなにか硬いものを叩くような音がするし、夜なので学校にいるということはないだろう。
「まあ、キミのことだ。どうせ厄介なことになるに決まっている。その青葉って桜の木も、元々彼女はただの人間に依頼する気だったんだろう? 嫌な予感がするのも仕方のないことだと思うよ」
はあ、と溜め息を吐いた紅子さんは電話に入らないようにか、話の区切りのためにか 「こほん」 とわざとらしく咳き込んで再び応答する。
「だから、まあ…… キミに協力するのもやぶさかではないよ。お花見デートと洒落込もうじゃないか」
「そうしてもらえると助かるな。エクレアやパンプキンパイも用意してあるから楽しもう」
「おやおや、女子高生とのデートなんてレアイベに必死なことだね…… エクレアだけに?」
「……」
この子は本当に女子高生なのだろうか?
俺ははなはだ疑問で仕方ない。
「わ、悪かったよ。可愛い冗談じゃないか、ねえ? あの、おにーさん? お兄さーん?」
今度はこちらが溜め息を吐いて 「ああ、うん」 なんて素っ気ない返事をする。ぶすくれたように言われた 「笑ってくれてもいいんだよ?」 なんて言葉はスルーして続けた。
「じゃあ、明日よろしく頼むよ」
「いいけれどね…… 学校は昼に早退してくるから、キミは先に桜の所に行って前払いを受け取ってきなよ。アタシはまた図書館に行ってるからさ」
まあ、図書館が一番分かりやすい待ち合わせ場所か。
この屋敷から遠いわけでもないし、丘からもそんなに時間がかからない。紅子さんが遅くなりそうなら先にネットや歴史で調べていればいいだろうしな。
先に着いたらメールすればいい。幸い、紅子さんの連絡先は電話番号は勿論、メールアドレスも知っている。
「ああ、それじゃあまた明日」
「またね、お兄さん」
電話を終えてケータイを置く。
さて、後は洗濯物か…… これに関してはさすがのニャルラトホテプも任せてこないし、俺は俺で洗濯することになっている。
あいつの洗濯物はいつの間にか新品のようになっているので、もしかしたら魔法のひとつでも使っているのかもしれないな。
一人で全部やってくれたら楽でいいんだが…… まあいい。奴は明日表向きの仕事があるからちょっかい出してくるようなことはないだろう。
他には…… 奴に食べられてしまわないようにエクレアとパイを切り分けて取って置くくらいか。
「なになに? 一人でシコシコなにを考えているのかなぁ?」
「っうわぁ!?」
座っていたソファから転げ落ちた。
どうやら奴は風呂上がりなようで、ただでさえ鬱陶しい髪が全て下ろされもっと鬱陶しいことになっている。毛量多すぎだろ。女みたいに三つ編みにせずばっさり切ってくればいいのにな。
「って、あんた…… その口は………… !?」
「ん? ああ、美味しくいただいたよ…… 君の、お・か・し」
うわぁぁ! だから先に取り置こうとしてたのに!
「夕食後に食べただろ!? 残してた分まで食ったんですか!?」
「勿論、だって〝 私のため 〟にあんなにたくさん作ってくれたんだろう? 下僕の好意はありがたくいただいておかないと、ね?」
くそっ、こいつ絶対にわざとだ!
なるべく奥の方に隠しておいた大量のデザートなんて普通完食しないだろ!? しかも風呂上がりに! わざわざっ、俺に食った痕跡を見せつけに来るなんて悪意以外のなにものでもないぞ!
「くふふふふ。それじゃおやすみ、れーいちくん」
「くっそ……」
完全にしてやられた。
紅子さんには約束してしまったし、エクレアとパイを今からなんとか作るしかない。約束を破るのは忍びないし、なにより俺が嫌なんだよ。
多分言えば 「あー、えっと…… それは、なんというか…… 仕方ないね」 なんて言い澱みつつも許されるだろうが、甘いもの楽しみにしてる女の子に 「ごめん、やっぱりないよ」 なんて言えないからな。
深夜に空いてるスーパーなんてないぞ?
残った材料で作れるか? いや、やるんだ。やってやるぞ!
このあとめちゃくちゃ料理した。
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