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いつかの放課後
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授業が終わり、私は今日も図書室に向かう。
「あっ、深和ちゃん」
廊下で沙也加先輩に会った。
「お久しぶりです」
私はペコリと頭を下げる。つられたように先輩も会釈した。
「そういえば深和ちゃん、部長引き受けてくれてありがとね」
「……はい」
「顧問の先生も小笹さんなら安心だって」
3年生の先輩が引退して1か月になる。もうすぐ冬休み。すっかり冷え込むようになった。
「ところで深和ちゃんは今帰り? 私も帰るところなんだけど」
「あっ、いえ……私はちょっと、図書室に」
そっかぁ、と言って沙也加先輩が笑う。
「じゃあね。最近急に冷えてきたけど、風邪ひかないようにね」
「先輩も、受験頑張ってください」
「あはは。そうだよねぇ。受験生に風邪は大敵。私も気をつけなくちゃ」
朗らかに笑い、沙也加先輩は私に手を振って昇降口の方へ歩いていった。
放課後の図書室通いは続いている。
図書室を出たら、あの日と同じように。
校門へ向かう。
校門の側に人が立っている。ジャージ姿の男の子。
彼は私を見ると、
「どーも」
と言った。
「こんにちは」
私も微笑んで返す。
「また、結貴くんが先だったね」
「まあね」
彼はなんだか得意げ。でもそのすぐあとに私の表情を見て首を傾げた。
「どうかした?」
「私が先に着くと……ちょっとだけ、不安になるの」
彼が私の顔をのぞきこんでくる。
「不安って?」
「……結貴くんが、私を嫌いになってないかって。いくら待ってても来ないんじゃないかって」
私は両手を丸めて口の近くに持ってきて、はあっと息をかけた。すでに手が赤くなりかけている。
その私の手を上から包み、
「みーわ」
彼はわざと伸ばして私の名前を呼んだ。
「それ、怒るべきなのか喜んでいいのかわかんない」
唇を尖らせて、彼は温かいその唇を私の手に当てた。チュッと小さな音。少しくすぐったい。
「俺のことが好きなの? それとも俺のことを信用してないの?」
ふっと私の目の前で顔を上げた彼の表情が可愛くて、思わず笑ってしまった。それから、あ、いけない、と思って顔を引き締める。
「あー、また深和、俺のこと子供だと思った?」
案の定、彼はすねたように横を向いてしまった。
「違うの。あのね」
「何?」
「哲学、なの」
「……哲学?」
「自分自身の根本的なもの……例えば、私の存在する意味、とか……考えても苦しいだけで、もう消えてしまいたくなる」
彼が視線を戻し、私を気遣うように見た。
「深和?」
「誰の記憶にも残らず、誰にも嫌われないままでいたい。ずっとそう思ってた……でも、でもね、今はもっと怖いの」
「……どうして?」
「結貴くんに、嫌われたくない。世界中から嫌われるより、もっと。結貴くんに嫌われる方が怖いの」
私がそう言うと。
彼は笑った。片手を口元に当てて、たくさん笑った。
「結貴くん……?」
「あのね、深和。そういうの疑心暗鬼っていうんだよ? ねえ……俺のこと、信じて」
お仕置き。
そう言って、彼は私の唇を奪った。通学路なのに。誰かが見てるかもしれないのに。
でも、私は目を閉じてそれに応えた。
彼は潤んだ瞳を私に向け、
「あーもう俺、信じられないぐらい、好き」
と私を抱き締めた。
「深和のこと」
ドキン、と心臓が跳ねた。
しばらく私の温もりを確かめるように抱いたあと、彼は私の手を取った。
「約束するから、聞いて」
そっとお互いの小指を絡める。
「深和は俺が守ります。何があっても、何度でも、必ず守る。……たとえ世界が君を忘れても」
その約束は“仮”じゃなくて。
私は小指で彼の温度を感じながら微笑んだ。
あなたの言葉、ちゃんと伝わったよ。
「あっ、深和ちゃん」
廊下で沙也加先輩に会った。
「お久しぶりです」
私はペコリと頭を下げる。つられたように先輩も会釈した。
「そういえば深和ちゃん、部長引き受けてくれてありがとね」
「……はい」
「顧問の先生も小笹さんなら安心だって」
3年生の先輩が引退して1か月になる。もうすぐ冬休み。すっかり冷え込むようになった。
「ところで深和ちゃんは今帰り? 私も帰るところなんだけど」
「あっ、いえ……私はちょっと、図書室に」
そっかぁ、と言って沙也加先輩が笑う。
「じゃあね。最近急に冷えてきたけど、風邪ひかないようにね」
「先輩も、受験頑張ってください」
「あはは。そうだよねぇ。受験生に風邪は大敵。私も気をつけなくちゃ」
朗らかに笑い、沙也加先輩は私に手を振って昇降口の方へ歩いていった。
放課後の図書室通いは続いている。
図書室を出たら、あの日と同じように。
校門へ向かう。
校門の側に人が立っている。ジャージ姿の男の子。
彼は私を見ると、
「どーも」
と言った。
「こんにちは」
私も微笑んで返す。
「また、結貴くんが先だったね」
「まあね」
彼はなんだか得意げ。でもそのすぐあとに私の表情を見て首を傾げた。
「どうかした?」
「私が先に着くと……ちょっとだけ、不安になるの」
彼が私の顔をのぞきこんでくる。
「不安って?」
「……結貴くんが、私を嫌いになってないかって。いくら待ってても来ないんじゃないかって」
私は両手を丸めて口の近くに持ってきて、はあっと息をかけた。すでに手が赤くなりかけている。
その私の手を上から包み、
「みーわ」
彼はわざと伸ばして私の名前を呼んだ。
「それ、怒るべきなのか喜んでいいのかわかんない」
唇を尖らせて、彼は温かいその唇を私の手に当てた。チュッと小さな音。少しくすぐったい。
「俺のことが好きなの? それとも俺のことを信用してないの?」
ふっと私の目の前で顔を上げた彼の表情が可愛くて、思わず笑ってしまった。それから、あ、いけない、と思って顔を引き締める。
「あー、また深和、俺のこと子供だと思った?」
案の定、彼はすねたように横を向いてしまった。
「違うの。あのね」
「何?」
「哲学、なの」
「……哲学?」
「自分自身の根本的なもの……例えば、私の存在する意味、とか……考えても苦しいだけで、もう消えてしまいたくなる」
彼が視線を戻し、私を気遣うように見た。
「深和?」
「誰の記憶にも残らず、誰にも嫌われないままでいたい。ずっとそう思ってた……でも、でもね、今はもっと怖いの」
「……どうして?」
「結貴くんに、嫌われたくない。世界中から嫌われるより、もっと。結貴くんに嫌われる方が怖いの」
私がそう言うと。
彼は笑った。片手を口元に当てて、たくさん笑った。
「結貴くん……?」
「あのね、深和。そういうの疑心暗鬼っていうんだよ? ねえ……俺のこと、信じて」
お仕置き。
そう言って、彼は私の唇を奪った。通学路なのに。誰かが見てるかもしれないのに。
でも、私は目を閉じてそれに応えた。
彼は潤んだ瞳を私に向け、
「あーもう俺、信じられないぐらい、好き」
と私を抱き締めた。
「深和のこと」
ドキン、と心臓が跳ねた。
しばらく私の温もりを確かめるように抱いたあと、彼は私の手を取った。
「約束するから、聞いて」
そっとお互いの小指を絡める。
「深和は俺が守ります。何があっても、何度でも、必ず守る。……たとえ世界が君を忘れても」
その約束は“仮”じゃなくて。
私は小指で彼の温度を感じながら微笑んだ。
あなたの言葉、ちゃんと伝わったよ。
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