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第2の事件

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 厨房に赤い花が咲いていた。
 血液がコンクリートの床に丸い血溜まりを作り、ポツポツと血液が落ちたのであろう赤い円形の染みが続く。
 血液は床だけでは飽き足らず壁にまで飛び散っていた。
 白基調の壁や作業台と赤色のコントラストが鮮やかだ。 
 ガラストップのショーケースにもべっとりと血液が付着しさながら万華鏡のようだ。
 シンク内に溜まった水も赤色に染まり水道の蛇口から水が流れ続けていた。
 厨房と食堂を隔てる内開きのスイングドアにもたれ掛かる……。
 京極遥香だった。
 京極は苦悶の表情を浮かべて俯いている。 
 左手首には幾すじもの創傷があった。
 首には輪になったビニール紐が掛かり紐とスイングドアの柱とが繋がっていた。 
 身体は膝を曲げた状態で座り込み、横座りのように見えた。

    図4 厨房 立面図及び平面図

      

 

        ◇   


    40分ほど前に遡る。
 榎田は朝食当番のため午前6時に起床すると、周りを起こさないように身支度をした。 
 寝間着代わりの指定ジャージから、紺色のTシャツとトラックジャージに着替える。
 あまり変わらないが榎田のこだわりだ。
 集合時間の5分前に集合場所に行くと既に3人が集まっていた。
 軽く「おはよう」とあいさつして残り1名の到着を待つ。
 6時30分……。6時35分……。
 集合時間を5分過ぎても残り1名が現れない。
「遅いな、来てないのは何グループの奴だ?榎田はグループEだよな」
 グループAの早田が口を開く。
 朝食当番が男子であれば榎田にも何グループかは分かるが道草東高校の生徒は顔を見ても何グループかは分からない。
「私がグループBの仁瓶、こっちがグループDの星野だから来てないのはグループCだね。星野がさっきトイレに行った時も誰もいなかったって」
 と仁瓶が話す。
「ならグループCの様子を見て全員がいたら寝坊だから仕方ない、誰か起して当番を聞こう。寝ている人数が7人以下なら先に食堂に行ったのかもしれないから食堂に行こう。」
 と早田。
 4人はグループCのエリア付近まで進むと寝ている人影を数える、7人だ。
「もう食堂に行ったみたいだな行こうか」
「トイレかもしれないから一応置き手紙残しとくね」 
 早田の言葉に仁瓶は糊付きの付箋に、メモを残す。 
「そもそも朝飯、何作るか誰か聞いてないか?」
「そう言えば何も聞いてないな」
「最悪トーストとベーコンエッグとかでいいんじゃない?」
「何で先生達来ないのかな、アレルギーの人とかいるかもよ」  
 等と話しながら渡り廊下を通り、食堂のある宿舎に到着した。
「やっぱり先に来てるね電気ついてる」
 星野が安心する。
「準備急がないとね。スタートが遅れたし」
 と仁瓶。
 食堂のドアを開け中に進む。 
 食堂の照明は煌々と灯されている。
「いないな?どこにいるんだ?」
 榎田が食堂内を見渡すが人影が無い。
 厨房の照明は消えていた。
 冷蔵庫だろうか赤や緑のボタンのみが光っている。 
「仕方がない。先に朝食の準備をしよう。遅れたやつには説教だ」
 早田が厨房に向かい、スイングドアに手をかけ押す。
「なんだ?開かねえぞ」
 早田は手を伸ばし内鍵のスライドボルトを外す。
「なんだまだ引っかかって!!」
 爪先立ちになりスイングドアの上から中を見下ろした早田の視界に。
 人の頭部と首から伸びるビニール紐が飛び込んできた。
「人だ、死んでる。先生を呼んできてくれ」


         ◇


 榎田と仁瓶が教師の二人を連れて食堂に戻ってきた。 
「まず降ろすしかないか。榎田手伝え」
到着するなり佐々木が指示を出す。
「警察に見せるために状況を撮影しておいたほうが良いと思います。あとコンクリの床に寝かせるのは抵抗があるので下に敷く物を持ってきましょう」
 榎田が証拠保全を唱える。
「そうだな俺の荷物からカメラと体育館からシーツとマットを持ってこよう。早田頼めるか、手が足りないなら寝てる奴起こしても構わん」
 佐々木が新たな指示を出す。
 佐々木は早田が戻ってくる間、警察への1 10番通報をするが、最寄りの警察署から漁船をチャーターしているが風が強く出航出来ないとの回答であった。
 早田が生徒二人と共にマットとテントのフライシートを持って戻ってきた。
 スイングドアを乗り越えると京極を踏みつけ、傷つけてしまう。
 食堂側から佐々木がキッチンバサミでロープを切る。
「くそっしつこい」
 佐々木が愚痴る。
 だが何度も握った佐々木の握力とハサミの鋭さに負け、遂にビニール紐が切断された。
 京極の遺体が床に滑り落ちる。
「これでも中に入れんかドアを壊すぞ」
 佐々木と榎田はスイングドアを力まかせに食堂側に引っ張る。
 メキメキとスイングドアが蝶番から外れる。 
 京極の状態が明らかになる。 
「手首と後頭部以外に傷はないですね。これも写真に残します」
「後頭部は苦しんで柱に打ち付けたのか」
 早田が京極の遺体から目をそらした。
 榎田ら厨房の電灯をつけて、カメラのシャッターを押す。
「手首を切ったが死にきれずに。首を吊ったか」
 佐々木がつぶやく。
 食堂に来た皆でフライシートに京極を包みマットに寝かせる。 
 厨房に金属音が響く。
 京極の着衣から何かがコンクリート床に転がった音だ。
「これは?」
 仁瓶が拾い上げた。
 何かの鍵のようだ。
「食堂の鍵だな」
 佐々木がタグをみて答える。
 仁瓶は佐々木に鍵を渡す。
「二人目よ。なんでこんなに」
 羽田が壁に手をつき嘆く。
 元々小柄だがより小さく見える。
「手首の傷はこれでか」
 佐々木がシンクの上の包丁を見る。
 刃にはべっとりと血が付着している。
 佐々木が遺体の方を向き、手を合わせた。
「羽田先生つらいでしょう休んでください。ウチの生徒で元気がある奴は手伝ってくれ食材を体育館に運び出す、倉庫の中にも食材がある。そしてここは封鎖するぞ」
 榎田の眼下に切り刻まれたロープが見える。
 榎田は自分の対応が間違っていたのか、何もしないと押し潰されそうな心から逃げるように食材を台車に乗せて運び出す作業に没頭した。 


 
    
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