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引っ越し
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ついに、横浜にお引越しです。\( ̄▽ ̄*)
――――――――――――――――――――
「ほら、ここだよ」
新川透がそう言って指差したのは、カフェオレ色のモダンな雰囲気を漂わせる3階建てのマンション。
全部で12室の駐車場付き。何でも築10年の52平米、1LDKだそうな。
「……」
私は無言でくるりと後ろを振り返った。
道を挟んで向こう側、ここから100mほど左手に進んだところに、茶色い八階建てのマンションがある。一階にはお洒落なカフェレストランとロビー、二階はリラクゼーションフロアになっていて……。
そう、小坂さんと玲香さんが用意してくれた、私の住処です。
「よく見つけたね、こんなとこ……」
ここは横浜駅にも近く便利なだけに、そう都合よくは空いてないんじゃないだろうか。
それにお家賃だって、結構いくと思うんだけど。まぁ、隣に建ってる十階建てセキュリティがっつりマンションよりはお手頃だったのかもしれないけど。
そのあまりの用意周到さに眩暈を感じていると、新川透は得意気に「まぁね」と言い、両手を腰に当てて「えっへん」とでもいうように胸を張った。
いや、褒めてない。褒めてないよー。
とことんストーカー体質だってことを改めて認識しただけです。
「玲香さんからあのマンションの話を聞いた時点で押さえた。俺としては莉子と暮らす用に押さえてた2LDKのマンションの方が気に入ってたんだけど」
「勝手にどっ、同居するつもりになってる方がおかしいよ!」
同棲なんて言葉は使いませんよ。何か恥ずかしいじゃん!
私の言い回しに気づいたのか、新川透はニヤッと笑い、
「同棲した方が一日中莉子を可愛がれていいのに」
なーんてほざきやがった。
「冗談じゃない!」
「いや、俺も冗談じゃないけど」
「はっ!? お、恐ろしいから冗談って言って!」
「我儘だね」
「どっちがだ!」
新川透との会話は、相変わらずよく分からない方向に転がる。
なぜだ……。
どういう返しが正解なのか、誰か教えてください。
とにかくこんなところで立ち話をしていても仕方がないので
「早く部屋に案内してよ」
と催促すると、新川透は満面の笑みで「こっちだよ」と入口を指差した。
コンクリートの階段を上がり、三階へ。黒い扉が四つ並んでおり、その一番奥の角部屋だった。
中に入ると、アイボリーの壁にオレンジっぽい明るい茶色の廊下が目に入る。左手には、同じ材質の木材でできていると思われる下駄箱がある。
玄関から入ってすぐ右手に1つ扉があり、6畳の寝室だった。角部屋だからか、正面と右手の2方向に窓があり、左手はクローゼット。
右手の窓を覗くと、私が住んでいるマンションの上の方が見える。
つまり、最上階である私の部屋の窓が見えるのよね。カーテンもあるし中が見える訳ではないけど、明かりがついてるかどうかぐらいは判別できそう。
いや、さすがにどうなのかな、これは……。
何回かタブパソを置いて勝手に動き回ったことがあったからなあ。
別にそのことで怒られたことはないのよね。先手を打たれて驚かされたことはあっても。
新川透は、私を否定したことはない。
それは確かなんだけど……やっぱり、私の勝手な行動を警戒はしてるのかな。
いやでも、ちょっと待ってよ。
居場所をつねに正しく報告する義務、ある?
別に嘘をついてもいいとは言わないけどさ、その辺ってもうちょっと大らかでもいいんじゃないの?
「あ、見つけた?」
窓から見える自分のマンションを凝視しながら考え込んでいると、それに気づいた新川透が窓の向こうを指差した。
「見えると、便利だよね」
「便利ぃ?」
「夜に明かりが消えてれば寝てるってわかるし。電話で起こしてしまったりせずに済むから、莉子の妨げにならないだろ?」
物は言いようだな、おい!
結局は私の行動を監視したいってことじゃん!
私がむう、と口を尖らせながら睨みつけると、新川透は「まあまあ」と両掌を下に向け、小さく動かした。
何じゃ、その余裕ある大人ですー、的な態度は。
気にしている私がとっても小さい、まるで子供とでも言わんばかりじゃないか!
「そこまで考えてこの物件を押さえた訳じゃないけどね」
「本当に?」
「まぁ、間取りと方角から可能じゃないかな、とは思ってた」
「……」
思わず溜息が漏れる。
ひょっとして浮気とか疑われてるんだろうか……。
「――そんなに、私って信用ならない?」
思い切って聞いてみる。
予想外の質問だったらしく、新川透は
「えっ」
と小さく声を上げると腕を組み、「うーん」と考え込んでしまった。
あのね! ここは「そんなことないよ」って即答するトコだと思う!
私達って、本当にフツーの『恋人同士』なんだろうか!?
いい加減にしろ!……とツッコミそうになったところで、新川透はふと顔を上げ、私を心配そうに見つめた。
何だその、可哀想な子を見る目は。
「莉子って厄介事を持ち込みがちなんだよね」
「へ?」
「それに、自覚がない言動が多いし」
「はぁ?」
「バーッと動いて、後で『こんなはずじゃなかったのに!』みたいなことになりがち、というか」
「……それは主に、あなたがとんでもないことを言ったりしたりするからだと思うんだけど?」
人を猪突猛進のアホの子みたいに言わないでください。
そこまで無鉄砲じゃないし、ちゃんと考えて行動してます。
それを新川透が全部ひっくり返しちゃうから、『こんなはずじゃなかったのに!』ってなるんでしょうが!
だいたい、最初に厄介事を持ち込んだのはお前だろうが!
……という叫びをグウッと堪え、こめかみがヒクヒクするのを感じながら言い返すと、何を思い出したのか新川透は妙にニヤけた顔で自分の顎を右手で撫でた。
「莉子の不意を突かれたときの顔が大好きなんだよね。恥ずかしがってる顔の次ぐらいに」
困った嗜好だな!
「普通は、笑った顔とか言わない?」
「えー、それも当然、好きだよ。結局のところ、全部好き」
「……っ……」
あま――――い!
……と、誰か隣で叫んでくれませんか? 赤面して言葉に詰まってしまった私の代わりに。
こうして新川透の術中にはまり、一番の大好物「恥ずかしがる顔」を全開で披露してしまい……。
危うく抱き寄せられそうになったところで、玄関のチャイムが鳴った。どうやら引っ越し業者が到着したようだ。
ふう、助かった……。
* * *
その後は引っ越し業者のお兄さん二人と新川透が次々と荷物を運びこむ中、私は流し台の前であくせく働いていた。
廊下の突き当たりが12畳のLDKになっていて、右側手前が3畳ほどの対面キッチンになっている。1LDKにしては流し台は広いし、コンロも三口あって魚焼きグリルもついている。
冷蔵庫と食器棚が運ばれてきたので、それらの扉や内側、棚板を丁寧に拭く。真新しい食器棚シートやシンク下シートを引き、トレイやプラスチックケースを配置。鍋やフライパンの他、油などの調味料をどこに置くかを新川透に聞きながら、だいたいの配置を考える。
料理をしないからどこにあると便利、とかがよく分からないんだよね。ただ食器洗いだけはよくしてたから、元のマンションでの配置を再現すればいいかな。
そして準備を終えると、食器が入っている段ボールを開け、片っ端から洗っていった。
新聞紙に包んで緩衝材を敷き詰めていたから、何となく一度洗わないと気持ちが悪い。
そうやって黙々と私が台所環境を整えている間に、引っ越しの作業は終わったようだ。
テレビやチェスト、本棚やソファなど大きいものはすでに配置され、リビングに関係ある段ボールが何箱も積みあがっていた。
こうして見ると、新しく買ったものって全然無いな。全部、元のマンションにあった物ばかりだ。
白いレクサスも、結局そのままこっちに乗ってきてた。何でも大学に入学した際、伊知郎さんから譲ってもらったものらしい。
そういえば、恵が見つけたマリなんちゃらの傘も6年ぐらい使ってるって言ってたっけ。
新川透の、こういう『一つの物を大事に使い続ける』ところは、わりと好きだったりする。
……本人には、言わないけどね。
「……これであらかた運び終わったの?」
引っ越し業者のお兄さんの「ありがとうございましたー!」という声と共に、バタンと玄関の扉が閉じられる。
二人を見送ってリビングに戻ってきた新川透に声を掛けると
「いや、あと1つ」
という答えが返ってきた。
「あと1つ?」
「……実は莉子に、アッパーカットを食らったことがあって」
「は!?」
どういうこと? それが『あと1つ』にどう関係するの?
……っていうか、いつ殴ったの、私!?
「頭突きならしたけど……」
「それじゃなくて、初めてウチに泊ったとき」
「……ひょっとして、寝てるとき?」
「そう」
「あー……」
それなら心当たりあります……。
実は私、寝相がとても悪い。布団の上をかなり転がるし、バンザイして寝る癖があるし。
多分、その過程で殴ってしまったのだろう。
「それは、本当にごめん。私の寝相が悪いからだよね」
「自覚はあるんだ」
「ある。お母さんがいたときね、お布団二つ並べて寝てたんだ。よく転がってって、翌朝お母さんに文句言われたりした」
「ははは」
お母さんが夜の定食屋の仕事から帰ってくる前に、奥の和室に布団を二つ並べて敷いておく、というのが、私の日課だった。
でも、お母さんがいなくなって――布団を一つしか敷く必要がなくなった。
だけど間違えて二つ目を敷きそうになって、ハッと我に返って。泣きそうになって、慌てて堪えて。
……そんな毎日に耐えられなくなって、パイプベットを買った。
もう布団を敷かなくていい。ただ毎日、疲れた身体を投げ出して……何も思い出さなくて済むように、と。
じわっとしたものが胸に込み上げてきたとき、“ピンポーン”というチャイムの音が鳴った。
「あ、来たかな」
「えっ!」
頭のすぐ上で声が聞こえ、驚いて顔を上げる。
新川透がいつの間にかキッチンに入ってきて私のすぐ傍に立っていた。
どうやら昔を思い出してしんみりしていた私を、慰めようとしていたようだ。
「び、びっくりした! 急に至近距離に立たないでよ!」
「だって莉子が……」
そのとき再度“ピンポーン”とチャイムの音が鳴り、新川透は名残惜しそうにしながらも「はいはい」と言いながら廊下に出て行った。
なぜ足音をさせずに近づくんだ……。あの人、忍者スキルまであるのかな?
その後、玄関から何か大きなものを運んでくる音が聞こえた。どうやら行き先は寝室のようだ。
中で作業をしているのか、バタッ、バタバタ、みたいな音が聞こえてくる。
すべての食器を洗い終え、キッチンがだいたい整ったところで、またもや
「ありがとうございましたー!」
という声が玄関から聞こえた。
廊下に顔を出すと、ちょうど新川透が業者の人を見送ったところだった。
「キッチンは終わったよ」
「ありがとう。莉子、こっちこっち」
「ん? 何を運んだの?」
手招きをされたのでトコトコと歩く。
寝室の扉を開けて――絶句した。
そこには、やたら大きなベッドがどーんと6畳間の大半を占めていた。他の家具は一切なし。
クローゼットの前に段ボールが積みあがっているから、洋服はすべてこの備え付けのクローゼットに収めるつもりなんだろう。
「べ……ベッド買ったの!?」
「うん」
「大きすぎない!? これ、ダブル……」
「いや、キングサイズ」
「きっ……」
は、初めて見た! こんな大きいのか!
魔王がキングサイズベッド! ある意味らしいよね! ちょっと笑える!
……とか、冗談言ってる場合じゃなくて。
確か、元のマンションでは普通にシングルだったよね? 何でこんな無駄にでかいベッドを?
「えーと、理由を聞いてもいい?」
「莉子がやたら動くから、広い方がいいかと」
「んがっ……」
やっぱり私基準かーい!!
「いや、あのね、私は……」
「地元では玲香さんの手前どうとかこうとか言って、絶対泊ってくれなかったし」
「そりゃそうだよ」
「こっちなら何の障害もないだろ」
「障害って言うな! 何で私基準で決めるのよ、相談もなく!」
「言ったら反対されそうだったから」
「そりゃするよ! だから、反対されそうだからって秘密裏に事を運ぶのやめて!」
「うーん」
「だいたい私、次の日休みのときしか泊まらないからね!」
「何で?」
「なっ、何でって……」
聞き返されると困るなー。
泊りとなると翌日まったく動けなくなりそうで怖いから、なんだけども。
それを言うと「期待してるの?」とか返されても困るし。
あー、うー、どう説明したものか……。
「……とにかく、本当にこんな寝室でいいの? あなたの家なんだよ?」
「いい。どうせ俺、3時間程度しか寝ないからこだわり無いし。俺と並んでも、莉子が委縮しないで気兼ねなくちゃんと眠れる方がいい」
「それはありがとう、なんだけど……」
新川透の判断基準はぶっ飛びすぎてて、未だによく分からないけど。
とりあえず私のため、なんだよね……。
いやはや、私の寝相の悪さがこんなところに影響を及ぼすとは。
「直そうかな、寝相……」
「どうやって?」
「とりあえず両腕を縛ってみるとか……」
そこまで言ったところで、嫌な予感がして顔を上げる。
新川透がとっても嬉しそうに笑って――いや、よからぬことを考えているときの魔王スマイルになっているのを見て、やはり嫌な予感は当たってた、と気づく。
「縛る? 縛ってみる? 何か楽しそう」
「い、いや、やめとく。やるなら一人で寝るときに……」
「かえって危なくない? 手伝うよ?」
「結構です!」
何の抵抗もできない状態でこの人の前に身を投げ出すとか、バカでしょ!
絶対やらないから!
「大丈夫、縛るだけ。変なことはしないから」
「ソレ言う人、絶対ヤる人だから!」
「ひどいな。俺の事、信用できない?」
「できません!」
「えー……」
「えー、じゃない。自分の胸に手を当ててよく考えて!」
「……うん、大丈夫」
「ジャッジが早いうえに甘い!」
* * *
……とまぁ、またもや話がおかしな方向に転がっていったんだけど。
今日一日で解ったこと。
私たちはお互い、相手を全く信用していないらしい。
そんな恋人同士って、ある!? 甚だ疑問だ!
でも、信頼はしてるよ? 信頼されてる、とも思う。
た、多分ね……。
――――――――――――――――――――――――――
新川透の新居紹介のはずが、何やらおかしなことに……。
これも深夜テンションのなせる業(笑)。
お粗末さまでした。m(_ _)m
――――――――――――――――――――
「ほら、ここだよ」
新川透がそう言って指差したのは、カフェオレ色のモダンな雰囲気を漂わせる3階建てのマンション。
全部で12室の駐車場付き。何でも築10年の52平米、1LDKだそうな。
「……」
私は無言でくるりと後ろを振り返った。
道を挟んで向こう側、ここから100mほど左手に進んだところに、茶色い八階建てのマンションがある。一階にはお洒落なカフェレストランとロビー、二階はリラクゼーションフロアになっていて……。
そう、小坂さんと玲香さんが用意してくれた、私の住処です。
「よく見つけたね、こんなとこ……」
ここは横浜駅にも近く便利なだけに、そう都合よくは空いてないんじゃないだろうか。
それにお家賃だって、結構いくと思うんだけど。まぁ、隣に建ってる十階建てセキュリティがっつりマンションよりはお手頃だったのかもしれないけど。
そのあまりの用意周到さに眩暈を感じていると、新川透は得意気に「まぁね」と言い、両手を腰に当てて「えっへん」とでもいうように胸を張った。
いや、褒めてない。褒めてないよー。
とことんストーカー体質だってことを改めて認識しただけです。
「玲香さんからあのマンションの話を聞いた時点で押さえた。俺としては莉子と暮らす用に押さえてた2LDKのマンションの方が気に入ってたんだけど」
「勝手にどっ、同居するつもりになってる方がおかしいよ!」
同棲なんて言葉は使いませんよ。何か恥ずかしいじゃん!
私の言い回しに気づいたのか、新川透はニヤッと笑い、
「同棲した方が一日中莉子を可愛がれていいのに」
なーんてほざきやがった。
「冗談じゃない!」
「いや、俺も冗談じゃないけど」
「はっ!? お、恐ろしいから冗談って言って!」
「我儘だね」
「どっちがだ!」
新川透との会話は、相変わらずよく分からない方向に転がる。
なぜだ……。
どういう返しが正解なのか、誰か教えてください。
とにかくこんなところで立ち話をしていても仕方がないので
「早く部屋に案内してよ」
と催促すると、新川透は満面の笑みで「こっちだよ」と入口を指差した。
コンクリートの階段を上がり、三階へ。黒い扉が四つ並んでおり、その一番奥の角部屋だった。
中に入ると、アイボリーの壁にオレンジっぽい明るい茶色の廊下が目に入る。左手には、同じ材質の木材でできていると思われる下駄箱がある。
玄関から入ってすぐ右手に1つ扉があり、6畳の寝室だった。角部屋だからか、正面と右手の2方向に窓があり、左手はクローゼット。
右手の窓を覗くと、私が住んでいるマンションの上の方が見える。
つまり、最上階である私の部屋の窓が見えるのよね。カーテンもあるし中が見える訳ではないけど、明かりがついてるかどうかぐらいは判別できそう。
いや、さすがにどうなのかな、これは……。
何回かタブパソを置いて勝手に動き回ったことがあったからなあ。
別にそのことで怒られたことはないのよね。先手を打たれて驚かされたことはあっても。
新川透は、私を否定したことはない。
それは確かなんだけど……やっぱり、私の勝手な行動を警戒はしてるのかな。
いやでも、ちょっと待ってよ。
居場所をつねに正しく報告する義務、ある?
別に嘘をついてもいいとは言わないけどさ、その辺ってもうちょっと大らかでもいいんじゃないの?
「あ、見つけた?」
窓から見える自分のマンションを凝視しながら考え込んでいると、それに気づいた新川透が窓の向こうを指差した。
「見えると、便利だよね」
「便利ぃ?」
「夜に明かりが消えてれば寝てるってわかるし。電話で起こしてしまったりせずに済むから、莉子の妨げにならないだろ?」
物は言いようだな、おい!
結局は私の行動を監視したいってことじゃん!
私がむう、と口を尖らせながら睨みつけると、新川透は「まあまあ」と両掌を下に向け、小さく動かした。
何じゃ、その余裕ある大人ですー、的な態度は。
気にしている私がとっても小さい、まるで子供とでも言わんばかりじゃないか!
「そこまで考えてこの物件を押さえた訳じゃないけどね」
「本当に?」
「まぁ、間取りと方角から可能じゃないかな、とは思ってた」
「……」
思わず溜息が漏れる。
ひょっとして浮気とか疑われてるんだろうか……。
「――そんなに、私って信用ならない?」
思い切って聞いてみる。
予想外の質問だったらしく、新川透は
「えっ」
と小さく声を上げると腕を組み、「うーん」と考え込んでしまった。
あのね! ここは「そんなことないよ」って即答するトコだと思う!
私達って、本当にフツーの『恋人同士』なんだろうか!?
いい加減にしろ!……とツッコミそうになったところで、新川透はふと顔を上げ、私を心配そうに見つめた。
何だその、可哀想な子を見る目は。
「莉子って厄介事を持ち込みがちなんだよね」
「へ?」
「それに、自覚がない言動が多いし」
「はぁ?」
「バーッと動いて、後で『こんなはずじゃなかったのに!』みたいなことになりがち、というか」
「……それは主に、あなたがとんでもないことを言ったりしたりするからだと思うんだけど?」
人を猪突猛進のアホの子みたいに言わないでください。
そこまで無鉄砲じゃないし、ちゃんと考えて行動してます。
それを新川透が全部ひっくり返しちゃうから、『こんなはずじゃなかったのに!』ってなるんでしょうが!
だいたい、最初に厄介事を持ち込んだのはお前だろうが!
……という叫びをグウッと堪え、こめかみがヒクヒクするのを感じながら言い返すと、何を思い出したのか新川透は妙にニヤけた顔で自分の顎を右手で撫でた。
「莉子の不意を突かれたときの顔が大好きなんだよね。恥ずかしがってる顔の次ぐらいに」
困った嗜好だな!
「普通は、笑った顔とか言わない?」
「えー、それも当然、好きだよ。結局のところ、全部好き」
「……っ……」
あま――――い!
……と、誰か隣で叫んでくれませんか? 赤面して言葉に詰まってしまった私の代わりに。
こうして新川透の術中にはまり、一番の大好物「恥ずかしがる顔」を全開で披露してしまい……。
危うく抱き寄せられそうになったところで、玄関のチャイムが鳴った。どうやら引っ越し業者が到着したようだ。
ふう、助かった……。
* * *
その後は引っ越し業者のお兄さん二人と新川透が次々と荷物を運びこむ中、私は流し台の前であくせく働いていた。
廊下の突き当たりが12畳のLDKになっていて、右側手前が3畳ほどの対面キッチンになっている。1LDKにしては流し台は広いし、コンロも三口あって魚焼きグリルもついている。
冷蔵庫と食器棚が運ばれてきたので、それらの扉や内側、棚板を丁寧に拭く。真新しい食器棚シートやシンク下シートを引き、トレイやプラスチックケースを配置。鍋やフライパンの他、油などの調味料をどこに置くかを新川透に聞きながら、だいたいの配置を考える。
料理をしないからどこにあると便利、とかがよく分からないんだよね。ただ食器洗いだけはよくしてたから、元のマンションでの配置を再現すればいいかな。
そして準備を終えると、食器が入っている段ボールを開け、片っ端から洗っていった。
新聞紙に包んで緩衝材を敷き詰めていたから、何となく一度洗わないと気持ちが悪い。
そうやって黙々と私が台所環境を整えている間に、引っ越しの作業は終わったようだ。
テレビやチェスト、本棚やソファなど大きいものはすでに配置され、リビングに関係ある段ボールが何箱も積みあがっていた。
こうして見ると、新しく買ったものって全然無いな。全部、元のマンションにあった物ばかりだ。
白いレクサスも、結局そのままこっちに乗ってきてた。何でも大学に入学した際、伊知郎さんから譲ってもらったものらしい。
そういえば、恵が見つけたマリなんちゃらの傘も6年ぐらい使ってるって言ってたっけ。
新川透の、こういう『一つの物を大事に使い続ける』ところは、わりと好きだったりする。
……本人には、言わないけどね。
「……これであらかた運び終わったの?」
引っ越し業者のお兄さんの「ありがとうございましたー!」という声と共に、バタンと玄関の扉が閉じられる。
二人を見送ってリビングに戻ってきた新川透に声を掛けると
「いや、あと1つ」
という答えが返ってきた。
「あと1つ?」
「……実は莉子に、アッパーカットを食らったことがあって」
「は!?」
どういうこと? それが『あと1つ』にどう関係するの?
……っていうか、いつ殴ったの、私!?
「頭突きならしたけど……」
「それじゃなくて、初めてウチに泊ったとき」
「……ひょっとして、寝てるとき?」
「そう」
「あー……」
それなら心当たりあります……。
実は私、寝相がとても悪い。布団の上をかなり転がるし、バンザイして寝る癖があるし。
多分、その過程で殴ってしまったのだろう。
「それは、本当にごめん。私の寝相が悪いからだよね」
「自覚はあるんだ」
「ある。お母さんがいたときね、お布団二つ並べて寝てたんだ。よく転がってって、翌朝お母さんに文句言われたりした」
「ははは」
お母さんが夜の定食屋の仕事から帰ってくる前に、奥の和室に布団を二つ並べて敷いておく、というのが、私の日課だった。
でも、お母さんがいなくなって――布団を一つしか敷く必要がなくなった。
だけど間違えて二つ目を敷きそうになって、ハッと我に返って。泣きそうになって、慌てて堪えて。
……そんな毎日に耐えられなくなって、パイプベットを買った。
もう布団を敷かなくていい。ただ毎日、疲れた身体を投げ出して……何も思い出さなくて済むように、と。
じわっとしたものが胸に込み上げてきたとき、“ピンポーン”というチャイムの音が鳴った。
「あ、来たかな」
「えっ!」
頭のすぐ上で声が聞こえ、驚いて顔を上げる。
新川透がいつの間にかキッチンに入ってきて私のすぐ傍に立っていた。
どうやら昔を思い出してしんみりしていた私を、慰めようとしていたようだ。
「び、びっくりした! 急に至近距離に立たないでよ!」
「だって莉子が……」
そのとき再度“ピンポーン”とチャイムの音が鳴り、新川透は名残惜しそうにしながらも「はいはい」と言いながら廊下に出て行った。
なぜ足音をさせずに近づくんだ……。あの人、忍者スキルまであるのかな?
その後、玄関から何か大きなものを運んでくる音が聞こえた。どうやら行き先は寝室のようだ。
中で作業をしているのか、バタッ、バタバタ、みたいな音が聞こえてくる。
すべての食器を洗い終え、キッチンがだいたい整ったところで、またもや
「ありがとうございましたー!」
という声が玄関から聞こえた。
廊下に顔を出すと、ちょうど新川透が業者の人を見送ったところだった。
「キッチンは終わったよ」
「ありがとう。莉子、こっちこっち」
「ん? 何を運んだの?」
手招きをされたのでトコトコと歩く。
寝室の扉を開けて――絶句した。
そこには、やたら大きなベッドがどーんと6畳間の大半を占めていた。他の家具は一切なし。
クローゼットの前に段ボールが積みあがっているから、洋服はすべてこの備え付けのクローゼットに収めるつもりなんだろう。
「べ……ベッド買ったの!?」
「うん」
「大きすぎない!? これ、ダブル……」
「いや、キングサイズ」
「きっ……」
は、初めて見た! こんな大きいのか!
魔王がキングサイズベッド! ある意味らしいよね! ちょっと笑える!
……とか、冗談言ってる場合じゃなくて。
確か、元のマンションでは普通にシングルだったよね? 何でこんな無駄にでかいベッドを?
「えーと、理由を聞いてもいい?」
「莉子がやたら動くから、広い方がいいかと」
「んがっ……」
やっぱり私基準かーい!!
「いや、あのね、私は……」
「地元では玲香さんの手前どうとかこうとか言って、絶対泊ってくれなかったし」
「そりゃそうだよ」
「こっちなら何の障害もないだろ」
「障害って言うな! 何で私基準で決めるのよ、相談もなく!」
「言ったら反対されそうだったから」
「そりゃするよ! だから、反対されそうだからって秘密裏に事を運ぶのやめて!」
「うーん」
「だいたい私、次の日休みのときしか泊まらないからね!」
「何で?」
「なっ、何でって……」
聞き返されると困るなー。
泊りとなると翌日まったく動けなくなりそうで怖いから、なんだけども。
それを言うと「期待してるの?」とか返されても困るし。
あー、うー、どう説明したものか……。
「……とにかく、本当にこんな寝室でいいの? あなたの家なんだよ?」
「いい。どうせ俺、3時間程度しか寝ないからこだわり無いし。俺と並んでも、莉子が委縮しないで気兼ねなくちゃんと眠れる方がいい」
「それはありがとう、なんだけど……」
新川透の判断基準はぶっ飛びすぎてて、未だによく分からないけど。
とりあえず私のため、なんだよね……。
いやはや、私の寝相の悪さがこんなところに影響を及ぼすとは。
「直そうかな、寝相……」
「どうやって?」
「とりあえず両腕を縛ってみるとか……」
そこまで言ったところで、嫌な予感がして顔を上げる。
新川透がとっても嬉しそうに笑って――いや、よからぬことを考えているときの魔王スマイルになっているのを見て、やはり嫌な予感は当たってた、と気づく。
「縛る? 縛ってみる? 何か楽しそう」
「い、いや、やめとく。やるなら一人で寝るときに……」
「かえって危なくない? 手伝うよ?」
「結構です!」
何の抵抗もできない状態でこの人の前に身を投げ出すとか、バカでしょ!
絶対やらないから!
「大丈夫、縛るだけ。変なことはしないから」
「ソレ言う人、絶対ヤる人だから!」
「ひどいな。俺の事、信用できない?」
「できません!」
「えー……」
「えー、じゃない。自分の胸に手を当ててよく考えて!」
「……うん、大丈夫」
「ジャッジが早いうえに甘い!」
* * *
……とまぁ、またもや話がおかしな方向に転がっていったんだけど。
今日一日で解ったこと。
私たちはお互い、相手を全く信用していないらしい。
そんな恋人同士って、ある!? 甚だ疑問だ!
でも、信頼はしてるよ? 信頼されてる、とも思う。
た、多分ね……。
――――――――――――――――――――――――――
新川透の新居紹介のはずが、何やらおかしなことに……。
これも深夜テンションのなせる業(笑)。
お粗末さまでした。m(_ _)m
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※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
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