死神バイトは今日も元気にゲンコツを食らっている☆彡

加瀬優妃

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第10話 違ぇーんだよ、こんなのは

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『ひゃはー? 面白れぇのがあんなとこにいるぜぇ!』

 不意に離れたところからそんな気持ち悪い声が聞こえてきた。ハッとして顔を上げると、一人の死神が大鎌を構え、こちらを指差している。

 ヤバい、見つかった!
 奴らは死ぬまでなんて待ってくれねぇ。どさくさに紛れてチカの魂が狩られちまう。早くここからチカを逃がさねぇと。

「とにかく帰れ! 念じれば一瞬で身体に戻れるだろ!」
「やだ! 今戻ったら、もう死ぬまで出れない!」

 チカがぎゅうっと俺の身体にしがみつく。ズボッと両腕をスカジャンの中に突っ込んだ。

「何しやがる! 腕を離せ!」
「やだ!」

 正規の死神は機動力が高い。宙を飛んで真っすぐこちらに向かってくる。

「だから――足手まといだっての。……邪魔なんだよ!」

 チカの両腕を掴み、思いっきり振り払った。俺の背中から、チカの気配が遠ざかる。

 悪りぃ。もう俺から突き放すしかねぇんだ。
 生霊だから、このまま白い緒を辿って自分の身体に戻れるはずだ。

 だけど……最後だってのに、こんなセリフ吐きたくなかった……。

「……あ?」

 胸元からしゅるしゅるしゅる……と幽界ロープが伸びていく。
 その先を辿ると……チカの左手に。

「なっ……!」
『ひゃっはー、チャーンス!』

 やって来た死神が大鎌をふるう。狙いは、俺から伸びている幽界ロープと――チカの踵から伸びている細い白い緒。

「やめろー!」

 エンジンを急激にふかし、宙の死神の身体に前輪からツッコむ。ギリギリのところで大鎌は空を切り、死神は弾き飛ばされた。

『貴様! バイトごときが、歯向かってんじゃねーぞ!』

 死神はドスを効かせた声で怒鳴ると、凄まじいスピードで俺のところに突っ込んできた。
 ヤベ、目で追えな……。

『ふひゃひゃひゃっ、バーカ!』

 声は俺の背後から聞こえた。
 背筋がゾッと寒くなる。慌てて振り返る。

 死神の大鎌が、俺から伸びている幽界ロープを断ち切った。
 そして続けて、チカの白い緒へと――。

「カメちゃん……ごめんね!」


 その光景は、スローモーションのように見えた。

 チカは、右手にナイフをかざしていた。俺から奪った、幽界ナイフ。
 死神の大鎌が白い緒を断ち切るより一瞬早く――自らの足元を断った。
 チカの身体の輪郭が溶けるように無くなっていく。
 淡い、ピンク色を放つ――ぼんやりとした魂の珠へと変わっていった。


 ――幽界ナイフ? 何それ?
 ――死者の現世への未練を断ち切る道具。
 ――でも、断ち切っちゃってどこか遠くに行っちゃったら? 困らない?
 ――それはねぇ。断ち切る操作は特別なんだ。
 ――特別?
 ――断ち切る操作は、魂に名を刻むこと……だっけな、シャチョーによると。道具の主に、優先権がある。
 ――失くさないように持ち物に名前を書く、みたいな?
 ――お、そうそう。だけど、俺はバイトだから使ったことはないし、刻むのは俺の名前じゃなくて事務所の名前だけどな。


 マジで大バカだ、俺。
 何でペラペラ喋っちまったんだろ。浮かれてたのか。
 バカバカバカ。本当にバカだ。

 きっとチカにだって、彼女に一分一秒長く生きていてほしいと願う、家族がいたはずだ。
 なのに……こんなに早く死なせた。

「――確保だ、このやろぉ!」

 聞き覚えのある低い太い声が聞こえたと思ったら、目の前にシャチョーが現れた。
 俺のロープを切った死神の首根っこを引っ掴んでいる。

『はぐうぅぅぅ!』
「もう逃げられねぇからなあ!」
『うぅ……』

 辺りを見回すと、あちらこちらに幽界警察が飛び散っている。ある死神は逃げようとしてブン殴られ、またある死神はロープでグルグル巻きに縛り上げられて。

 そうだ……チカは? どうなったんだ!?

「……ここにいるよ」

 タナトさんがシャチョーの背後から現れた。タナトさんのじゃない、銀色に輝くひときわキレイな幽界籠。そっと俺の前に差し出す。

「俺のだ。ややこしい事態になっちまったからなあ!」

 警察に引き渡された死神を見送っていたシャチョーが、腕を組んだままジロリと俺を睨んだ。

「すんません……」

 もう、何に対して謝ったらいいのかよく分からなくなった。
 どうすればよかったんだろう。俺は、どこから間違えたんだ。

 項垂れる俺に、シャチョーの容赦ないゲンコツが飛ぶ。

「い、痛ってぇ……」

 熱くて硬くて――ひときわ重くて。

「おら、帰るぞ!」

 そのまま俺のバイクはシャチョーの車に上にくくりつけられ、俺は後部座席に放り込まれ――俺たち三人は、まだ喧騒が続く下界の夜空から飛ぶように消えた。



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