死神バイトは今日も元気にゲンコツを食らっている☆彡

加瀬優妃

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第6話 バカみたいにモヤモヤする

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 バイクで下界に降り、前に来た時のようにぐるりと辺りを見回す。
 夕方みてぇだな。太陽が西に沈みかけていて、空をオレンジ色に染めている。
 『敦見知佳』の現住所ってどこになってたっけ……と懐からリストを取り出そうとしたところで、

「あ――!」

という女の叫び声が下から聞こえてきた。
 声のした方角を見下ろすと、チカが宙にいる俺を見上げ、指差している。

「早く! 早く!」
と両手でおいでおいでをするので、仕方なく俺は地上までバイクで駆け下りた。
 チカは両手を腰にあて、ぷうっと頬を膨らませている。

「もう! 探したんだよ。あれから何日経ったと思う?」
「何日だ?」

 当然ながら、幽界にいる間は下界の時間経過はよくわからない。

「3日だよ! 今日は2月9日!」
「えっ……」

 じゃあ、明日じゃねぇか。
 ギョッとしてチカをまじまじと見る。前も見た、制服を着ている。

 元気だよな、普通に。
 きっと何かの間違いだよな。あのリストの『敦見知佳』は、お前じゃないよな。

 そう思いたかったけど……モヤモヤしたものが胸の中に広がる。
 何だろう、この違和感は。

 そのとき、俺たちがいるすぐ脇の道路を、二人の少女が歩いてきた。
 片方の子は赤いマフラーをして茶色いコートを着て黒いブーツを履いている。自分の隣にいる白いコートの子に楽しそうに話しかけていた。白いコートの子は暖かそうな手袋をした手を振り回し、笑い転げている。モコモコとしたベージュのブーツを履いていた。
 二人のコートの裾からはグレーのヒダスカートが見えていた。チカと同じ高校なのかもしれない。

 当然俺達には気づかず、そのまま通り過ぎて行った。チカにも一瞥もくれなかったが、ダチでもなかったらわざわざ声はかけねぇだろうし。
 それに、チカは俺のバイクに手をかけている。そのせいで下界の人間から一時的に見えなくなってんのかもしれねぇな。
 だけど……。

 チカを見ると、通り過ぎた女子高生二人を羨ましそうに見つめていた。身を乗り出し、ローファーを履いた靴で背伸びをして……。

「……っ……」

 重大なことに気づいて、俺は叫びだしそうになるのをグッと堪えた。

 俺はバカだ。何で気付かなかったんだろう。
 この真冬の冷え切った時期に、チカは何で、コートの一つも着てねぇんだ?
 この雪が残るアスファルトの上を、チカは何で、滑りやすいローファーなんか履いている?

 答えはチカの足元に隠されていた。
 よーく見ると、やけに細い、糸のような白い緒が出ている。それは道路を越え、塀を越え、遠く遠く……病院の方角へと続いている。

 ……生霊か。
 タナトさんが植物状態だって言っていた。きっと、チカの身体は病院にあって……魂だけが抜け出てきてんだろう。

 無意識のうちに肉体から魂が抜け出ることはある。だけど、ふつうは輪郭がもっとぼやけていたりするもんだ。身体とをつなぐ緒だって、もっと太いし。
 だけどチカは、俺が生きた人間と見間違うぐらい、やけにハッキリとした姿になっている。そして白い緒は、まるで糸のような細さ……すぐにでも切れてしまいそうな。

 全く動かせない身体。いつしかチカは、自由を求めて外に出た。好きに動き回り、見たかったものを見、知りたかったことを知り――着たかった制服を着て。
 実体と見間違えるほどになってるってことは……チカはしょっちゅう、こうやって魂だけ抜け出してるってことだ。

 生霊だから俺が見えたのか。触れたのか。
 あれ……だけど、これまでも生霊には会ったことがある。まだ生きている以上、死神バイトに気づくはずねぇんだが……。
 もう、死にかかってるってことか? もう身体には想いが残っていなくて……生きようとしてないってことか?

 ああ、何となく分かった。
 間違いなく、チカが『敦見知佳』だ。

「ねぇ、お話ししようよ」

 ニコニコと笑うチカ。
 俺が気づいたことを言うべきか、言わない方がいいのか。
 うおー、わかんねーよ。でもとにかく、チカは明日には死んじまうんだ。
 俺ができることって何だ? どうすりゃいいんだよ。

「ねぇ、カメちゃんってば」

 チカが俺のスカジャンの袖をツンツンと引っ張る。

「……カメちゃん?」
「自分のこと、カメって言ったじゃない」
「……」

 言ったけど……。なぜカメちゃん? せめてカメさんとかにしてくれ。
 いや、それも童謡みたいだな。何か間抜けだ。
 ……って、バカヤロー、何考えてんだ。今はそんなどうでもいいことを気にしてる場合じゃねぇんだよ。

 頭を抱えてうんうん唸っていると、チカがするりと俺の左腕に自分の両腕を絡ませてきた。

「カメちゃんって、あだ名? 名前、カメジロウとか?」
「…………っ!」

 その瞬間、ビィーンという、嫌な音が頭に響き渡る。
 俺の視界が、急にブラックアウトした。
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