上 下
70 / 88
放課後 ~後日談~

初めてのバレンタイン(中編)

しおりを挟む
「んーと、誕生日っていつ?」
「5月5日」
「こどもの日なんだ。血液型は?」
「AB型」
「うわ、それっぽいね」
「莉子はB型でしょ」
「うん、そう。……やっぱり押さえてたか」
「ん? 何?」
「ううん、こっちの話。えーと、身長と体重は?」
「最後に測った時で187cmの73kgかな」
「へえ。じゃ、足の大きさは?」
「28.5cm。……ところで莉子、何を始めたの?」

 用意した質問リストに答えを書き込んでいると、新川透がたまりかねたように声を上げた。
 ダイニングテーブルに飲み干したコーヒーカップをトンと置き、かなり訝し気な様子の新川透と目が合う。
 私はひとまずペンを置き、飲みかけのコーヒーをごくりと一口飲んだ。

「基本情報調査」
「俺の?」
「うん」
「何でまた?」
「えーと……」

 小林梨花に、かっ……いやいや、相手の基本的なデータは知っておけ、とアドバイスされた。これは、その後ガラケーに送られてきた「知っておくべき項目」とやらを紙に書き出したもの。
 そして今日、木曜日。個別補習が終わったところで聞き込み調査を実施することにした。

 ……とまぁ、こういった経緯なんだけど、あんまり言いたくない。

「よく考えたら、し……と、透クンのこと何も知らないな、と思って」
「知りたくなったの?」
「うん、まぁ」

 小林梨花センセーに叱られたから、とは言わないでおこう。
 あ、呼び名ですが、あのフザけた愛称は懇願してどうにか変更してもらいました。で、一か月経って何とか赤面せずに言えるように……。
 ただやっぱり、まだまだ言い慣れないけれど。

 新川透は私の顔とテーブルの上の紙をまじまじと見比べた後、右手で顎をさすりながら「うーん」と唸り、首を捻った。

「言ってることは可愛いんだけど、何か作業が事務的だよね」
「え?」
「気持ちが入ってないというか」

 どういう意味だろう。
 だいたい、聞き取り調査に感情を込める必要があるのかな?

「だから、今日はここまでね」
「えーっ! 好きな色とか好きな食べ物とか、まだまだあるんだけど?」
「もうその辺は、普段の言動から適当に探って」
「えー……」
「そういうのはね、一問一答でやるもんじゃないの。ちゃんと観察してれば自然にわかるから」
「そうかなあ……」
「俺は莉子に聞いたことないでしょ」
「……まぁ」

 それはあなたが裏で何かイロイロとやっているからでは?
 ……と思ったけど、おとなしく引き下がることにした。

 うーん、いわゆる無粋ってやつなのかな。聞けばいいってもんじゃないのかも。
 そういえば小林さんも言ってたな。「興味を持ってもらえないのが可哀想」って。でも、興味はちゃんとあるつもりなんだけどな……。

 ただ確かに、情報は与えられるものではなく引き出すもの。聞き出すことに熱心になるんじゃなくて、調査対象にちゃんと関心を持つことが肝心だよね。
 気持ちを入れるというのは、きっとそういうことなんだろう。
 ようし、私もこれからは新川透をちゃんと観察して……。

 ……って、あら?

 顔を上げると、いつの間にか向かいの椅子から新川透の姿が消えていた。
 あれ? どこ行った?

 椅子から立ち上がって振り返ると、目の前にバサッと何かが差し出された。
 一瞬何かわからなくて、目をパチパチする。

 それは、赤とピンクのチューリップの花束だった。外側には白いカスミソウが散らされていて、チューリップの葉っぱの緑、チューリップの花の赤とピンクを引き立てている。
 花束の真ん中にきゅっと集まっているチューリップは、丸くてモコモコしていて、とっても可愛い。

「これ……」
「明日、バレンタインだから。俺から、莉子に」
「え……」

 差し出された花束を、おずおずと受け取る。チューリップの甘い花の香りが私の鼻腔をくすぐる。
 驚いて新川透の顔を見上げる。からかうような風ではなく、本当にただただ優しく穏やかに微笑んでいる。

「バレンタイン……えっ?」
「アメリカでは、男が恋人に送るものなんだよ」
「こいっ……」

 思わず『恋人』というワードに反応してしまい、言葉に詰まる。かあっと身体が熱くなるのを感じた。
 チューリップの花束で、思わず顔を隠してしまう。

 やだ、どんな顔をすればいいんだろう?
 男性が女性に花を贈る、まぁ世間的にはそういうこともあるとは知ってたけど……まさか、自分の身に起こるとは!
 それって嬉しいのかなー、と半信半疑だったけど……まさか、こんなにトキめくものだったとは! 

「あ……ありがとう……」

 花束の陰で俯いたまま、どうにかお礼を言う。
 すると、新川透は
「どうせなら目を見て言ってくれる?」
と言って私の手を両手で握り、花束を下ろさせてしまった。顔を見られたくなくて、思わずそっぽを向いてしまう。

「や、見ないでよ……」
「……莉子、真っ赤」
「だ、だって、驚いたし、嬉しかったし、あの、何か恥ずかしいというか……」
「そんな顔を見れるなら、やってよかった」

 ちらりと横目で盗み見ると、新川透はそう言ってさっきと同じ表情で微笑んでいた。
 だけど、いつもより口元が緩んでいるというか……珍しく照れ臭そうだ。 
 私だけじゃないんだ、と思ったら少し安心した。

「あの、ありがとう」
「どういたしまして。莉子が喜んでくれたなら、それが一番嬉しい」
「う、うん……素直に嬉しい。まさか自分が……」

 私はもう一度、自分の手元の花束を見た。

 すごく可愛い。そういえば、花言葉ってあるんだっけ。
 チューリップには色々な色があるけど、赤とピンクには何か特別な意味があるのかな。
 新川透のことだから、きっと意味はあるんだろう。でも聞いたらますます照れてしまう事態になるだろうから、後でこっそり調べようっと。

「2月にチューリップ、あるんだ……」
「チューリップは2月の誕生花だし、バレンタインに送る花としては定番。……とまぁ、これはアメリカの友人からの受け売りだけどね」
「友達、いるんだ……」
「いるよ、そりゃ。莉子、俺のこと何だと思ってたの?」

 伊知郎さんや玲香さんのお話から、基本的に他人を必要としない人間だと思ってました。
 ……とは、言わないでおこう。

「でも、どうしてアメリカ式? 友達のアドバイス?」
「それもあるけど……莉子は多分、バレンタインなんて気にも留めないだろうと思って」
「え?」
「下手したら忘れてるだろうな、と。それはちょっと寂しいからね」
「わ、忘れてないよ!」
「え?」

 私は花束をいったんダイニングテーブルの上に置くと、リビングに行ってペタンとカーペットの上に座った。自分の体を盾にして見られないように、そっと鞄からチョコレートの包みを取り出す。
 背後から新川透が
「何? 何?」
とやや上ずった声で追いかけてくる気配がした。

 しかし失礼だな、そこまで女子力が低いと思われていたとは。日本人女子にとっては一大イベントだというのに。
 だいたい、私がどんな思いでこれを買いに行ったと……。

 そこまで考えて、私はハタと我に返った。

 これは、小林梨花が一生懸命考えてもの。
 新川透が喜んでくれるだろうか――そう考えて

 それって、何か違う気がする。

 私の隣に座った新川透が、身を乗り出して覗こうとしている。見られちゃいかん、と私は慌てて包みを持った手を後ろに回し、背中に隠した。

「ごめん、やっぱりあげられない」
「え、何で!?」

 心底驚いたように声を上げる。その表情はと言うと、ガッカリを通り越して
「オーマイガー!」
と叫び出しそうな、悲痛な面持ちになっている。私の想像をはるかに超えるリアクションだ。

 慌てて
「えっと、気持ちが無いとかじゃなくてね!」
と早口に言ったけど、新川透の表情は変わらない。

 しまった、そこまでショックを受けさせるつもりはなかったんだけど。
 ヤバい、目が泳ぐ。この後ろめたさをどうすればいいんだろう。

 誤解されたくない。
 珍しく素直な気持ちでチューリップの花束をくれた新川透に、ちゃんと応えられてないと思っただけで。
 えーと……どうしよう?

 後ろ手でチョコの包みを弄びながら、どうやってこの場を切り抜けるかを考えるべく、頭の中をフル回転させた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...