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3時間目 身元調査・前編 ~問題漏洩と浮気疑惑~
第6話 女子会ってやつだね
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アパートに戻って軽く掃除をし、お菓子を器に盛りつけていると恵がやってきた。
ほどなく車の音が聞こえ、玲香さんもやってきた。今日はオフだったらしく、トレーナーにジーンズとかなりカジュアルな格好だ。親しみやすいお姉さん、という感じ。
恵と玲香さんは今日が初対面だったけど、お互いサバサバしていて話しやすかったらしく、あっという間に打ち解けていた。
「で、何? 何? 新川透くんとどこで知り合ったの?」
私が三人分のコーヒーを淹れ終え、器に盛ったクッキーやチョコを差し出すと、玲香さんがキラキラした目で身を乗り出した。
『新川透くん』という言い方が、妙に馴染みっぽいというか、親しい感じがする。
とは言っても玲香さんが新川透を好きだった、狙っていた、という感じではないようだ。
「知り合ったのは、光野予備校です。だって、職場が同じだし」
「そうだけどー! ほら、その前にどこかで助けてもらってかーらーの運命の再会、とかじゃないの!?」
「違います」
そいつはさすがに乙女チック過ぎやしませんか。とてつもないストーリーを期待されてるようで困るなあ。
何しろ、私たちの出会いにはそういう偶然性は全くなく、新川透によってしっかりとコントロールされたものだったんですけど。
掃除婦の中に混じっていた若い女の子を見つけてちょいと拾い上げてみた、と。そんなところではないだろうか。
「何でそんなスゴい裏があるとか考えたんですか?」
「だって! あの新川透くんが一人の女の子を追い回してるとか! 超、笑えるもん!」
「へ?」
「いやー、あり得ない、あり得ないわよー!」
そう言うと、玲香さんはテーブルをバンバン叩きながらギャハハハーと豪快に笑った。それをやや面白そうに見ていた恵が、不意に口を挟んだ。
「あの、高校時代の新川センセーってどんな感じだったんですか? 確か、中学までは公立で高校から華厳学園に入ったんですよね?」
「あ、そうそう」
ようやく笑いが治まってきた玲香さんは、私が出したインスタントコーヒーをゴクリと喉が鳴るぐらい、豪快に飲み込んだ。
そして「まずね」と前置きをしてニコッと笑う。
「ウチの高校部って外部から入ってくるのはすごく珍しいんだよね。しかも、あれだけの逸材でしょ? 新入生として入ってきたときから異常に目立ってたよ、本当に。私の友達とかもさ、『すんごいカッコ可愛い子が入ってきたー!』って大騒ぎでね」
「玲香さんは違うんですか?」
「うん」
「でも、何か親しそう……」
思わず呟くと、玲香さんがまたもや「あははっ」と笑い、私の肩をパシパシ叩いた。
い、痛いっす、玲香さん……。
「やだー、ヤキモチ?」
「違います!」
「あら、残念。私はね、お兄さんの方と知り合いだったのよ。塾が一緒でね。だから弟がソッチに行くから、とは聞いてたの」
そうだ、医者のお兄さんがいるんだった。恵情報によれば新川透の三つ上だから、玲香さんから見ると二つ上ってことになるのか。
「だから『おう、来た来た』って感じだったわね」
「へぇ」
「あっちとしてはちょっと聞き齧った程度で訳知り顔をしている私は、ウザかったかもしれないけど。でもあの子、女子の媚びた言動に相当辟易していたみたいだから、それから考えると本気で嫌われてた訳ではないと思うけどね」
あら、あの子呼ばわりだ。玲香さんの前じゃ、新川透も形無しだったのかなあ。
でも確かに、玲香さんが言うように本気で嫌ってた訳ではなさそう。私だって人にガンガン来られるのが苦手な筈なのに、全然嫌な感じがしない。玲香さんって裏表がなさそうだし。
新川透って、女子同士の駆け引きとかそういうのをあっという間に見抜きそうだし、毛嫌いしそう。私に構うのは、私にはそういうところがあんまり無いからじゃないかな、とも思うし(無頓着とも言うが……)。
あ、いや、今は私の事はどうでもいいか。
それから玲香さんは、新川兄(伊知郎さんというらしい)から仕入れたという新川透情報を教えてくれた。
ただ、そのスタートから突拍子もなかった。
小学6年の夏休みにアメリカに行った際、ホームステイ先のお父さんに妙に気に入られたらしい。何でも、そのお父さんと新川透の共通の趣味がチェスだったからだそうだ。
ホームステイって、普通はその家の子供と親しくなるもんじゃない……? まぁ、駄目とは言わないけどさ。
一か月の滞在でお父さんとチェス仲間にすっかり気に入られた新川透は、その後長期休みの度に渡米、大会に参加しては賞金を稼いだりしていたそうだ。
とは言ってもそんなに凄い金額ではないけれど渡航費には何の問題もなかった。そうして大人たちと接するうちに色々な知識も得て、徐々に国外に出ることへの憧れが出てきたらしい。
「中2ぐらいにはもうあっちで独自の交流関係を築いてたみたいね。着々と自分で旅の手配をして勝手に行っちゃったこともあるみたい」
「はぁ……」
「まぁ、それがきっかけで漠然とアメリカで暮らすことを目標にしたようね。中学を卒業したらすぐにでもあっちの学校に行きたいと言い出して、新川家の人々が全力で引き留めたって話」
「うわ、自由だ……」
「そうね。新川家でも次男の奔放過ぎる行動にはほとほと手を焼いていたようね」
「へぇ……。でも、中学生の頃はいつもニコニコ、聖人君子で人当たりもよかった、と聞きましたけど?」
「まぁ、世間体というやつでしょうね。小さい街だし、それが窮屈だったのかも。それに、そうすることが世渡りのコツ、とでも思ってたんじゃないの?」
そうして高校は外部受験をし、玲香さんのいる華厳学園高校部の特別選抜コースに入学した。
華厳学園は交換留学制度もあり、アメリカのハイスクールと単位互換もあるそうだ。毎年何名かはコロンビア大など海外の名門大学への進学を果たしている。
それ狙いだったんじゃないかな、と玲香さんはお菓子をつまみながら言った。
じゃあ、新川透はそもそもアメリカの大学に行く気だったのかな……。
「テニスの方が忙しくて、結局留学はしなかったけどね。でも、高校で別にガラッとキャラを変えたわけじゃないのよ? 表面上はニコニコしてた。だけど、アプローチをかけてくる女子には容赦なかったわよね。『全く興味が持てない』『幻想を押し付けられても困る』とそれはもうバッサリと……」
そう言うと、玲香さんは私をまじまじと見つめた。
「それがねぇ、興味を持つ女の子ができた訳だからねぇ」
「単に掃除婦の中に若い女の子がいて、物珍しかったからじゃないですか?」
「ううん、違うんじゃないかな。新川透くんが莉子ちゃんを見つけたのは、きっともっと前だと思うわよ」
「えっ……」
予想外のことを言われて、私は手にしていたクッキーを思わず落としてしまった。テーブルで跳ねて、砕け散る。
あわあわしながら散ってしまった欠片を拾い集めたり布巾でテーブルの上を拭いたりしていると、玲香さんが妙に自信満々な様子で
「少なくとも、光野予備校に就職したのは莉子ちゃんがいたからじゃないかな」
と言ってニヤリと笑った。
「ええっ!?」
そんな馬鹿な。それこそ『あり得ない』よ、そんなこと。
「だからどこで会ったの?って聞いたのに」
「会ってないですよ、全く!」
自分の記憶を振り返ってみる。掃除婦になる前、高校時代もずーっと遡ってみたけど、全く記憶にない。
確かに私は、あまり男の子に興味はなかった。自分のことで精一杯だったし。人の顔を覚えるの苦手だし。
だけど……仮に、仮にだよ? 新川透が、私がいるから光野予備校に来たんだとして。
どれほど行動力が凄まじいからって、単にすれ違ったぐらいの女を一点買いするかなあ? 言っちゃあなんだけど、一目惚れされるような容姿はしていない。少なくとも、言葉ぐらいは交わしてるよね?
いくら私でも、あんな超絶イケメンとそれなりに言葉を交わしていたら覚えてると思うけど……。
覚えてなくても、恵には話ぐらいしてるんじゃないかな?
「私、会ってないよねえ?」
困ってしまって恵の方に話を振ると、恵は
「何で私に聞くのよ」
と呆れたような声を出した。
「恵に話したことあるかなあ、と思ってさ……」
「莉子から男子の話なんてロクに聞いたことないもの。眼中になかったんじゃない?」
そうかなあ……。だから全く覚えてないのかなあ……。
でも待てよ。もし玲香さんの説を採用するならば、新川透は本気も本気、超本気ってことになるじゃない。虎視眈々と、ひたすら……。
いや、それはおかしいだろ! どう考えても、私のパラメータを超えてるよ、その設定は!
「やっぱり、玲香さんの思い違いですよ」
「何が?」
「就職の、くだりとか……」
もしそれが事実だとすると、何か荷が重いです。就職って、そんな理由で決めていいものなんでしょうか。
げんなりする私とは裏腹に、玲香さんは妙に生き生きとしている。
「えー、そうかなあ? 確か高校時代に自分のお金を運用してさらに稼いだって話だから、ある程度お金は持ってるし」
「はい!?」
「本気になったら道なき道を開拓しちゃう感じだし」
「強引です!」
「行動力があって頼りがいがあるじゃない」
「怖いですよ!」
「何で? 私の予想は外れてないわよ、きっと!」
「外れててほしいです、マジで!」
「えー?」
「――それよりさ、莉子」
私が困っているのが分かったのか、恵が若干浮かれ気味の玲香さんの言葉をピシャリと遮った。
「ちょっと気になることがあるんだよね」
「何?」
「新川センセーに口止めされてたから莉子には言わなかったんだけど、やっぱりおかしいな、と思って」
「だから、何よ?」
妙にまわりくどいな。恵って、あまり躊躇せずにビシビシ言うのに。
若干イラっとして急かすと、恵は私の顔をちらっと見てうっすらと眉間に皺を寄せた。そして、不満そうに吐息を漏らす。
「莉子、ウチの高校の小林梨花って知ってる?」
「知ってる訳ないじゃん。何で?」
「新川センセーに聞かれたの。『恵ちゃんの高校の小林梨花ってどんな子?』って」
「えっ……」
「てっきり莉子がらみだと思ってたんだけど……やっぱり違うんだ」
そう呟く恵の表情は、「マズいことを言ったかなあ」という感じだった。
私の中で何か黒ーいモノが広がっていく。
私の知らない、女の子の名前。
何それ、コバヤシリカ? 新川透とのこれまでの会話にも、出てきたことは一切ない。
いったい、何者よ?
ほどなく車の音が聞こえ、玲香さんもやってきた。今日はオフだったらしく、トレーナーにジーンズとかなりカジュアルな格好だ。親しみやすいお姉さん、という感じ。
恵と玲香さんは今日が初対面だったけど、お互いサバサバしていて話しやすかったらしく、あっという間に打ち解けていた。
「で、何? 何? 新川透くんとどこで知り合ったの?」
私が三人分のコーヒーを淹れ終え、器に盛ったクッキーやチョコを差し出すと、玲香さんがキラキラした目で身を乗り出した。
『新川透くん』という言い方が、妙に馴染みっぽいというか、親しい感じがする。
とは言っても玲香さんが新川透を好きだった、狙っていた、という感じではないようだ。
「知り合ったのは、光野予備校です。だって、職場が同じだし」
「そうだけどー! ほら、その前にどこかで助けてもらってかーらーの運命の再会、とかじゃないの!?」
「違います」
そいつはさすがに乙女チック過ぎやしませんか。とてつもないストーリーを期待されてるようで困るなあ。
何しろ、私たちの出会いにはそういう偶然性は全くなく、新川透によってしっかりとコントロールされたものだったんですけど。
掃除婦の中に混じっていた若い女の子を見つけてちょいと拾い上げてみた、と。そんなところではないだろうか。
「何でそんなスゴい裏があるとか考えたんですか?」
「だって! あの新川透くんが一人の女の子を追い回してるとか! 超、笑えるもん!」
「へ?」
「いやー、あり得ない、あり得ないわよー!」
そう言うと、玲香さんはテーブルをバンバン叩きながらギャハハハーと豪快に笑った。それをやや面白そうに見ていた恵が、不意に口を挟んだ。
「あの、高校時代の新川センセーってどんな感じだったんですか? 確か、中学までは公立で高校から華厳学園に入ったんですよね?」
「あ、そうそう」
ようやく笑いが治まってきた玲香さんは、私が出したインスタントコーヒーをゴクリと喉が鳴るぐらい、豪快に飲み込んだ。
そして「まずね」と前置きをしてニコッと笑う。
「ウチの高校部って外部から入ってくるのはすごく珍しいんだよね。しかも、あれだけの逸材でしょ? 新入生として入ってきたときから異常に目立ってたよ、本当に。私の友達とかもさ、『すんごいカッコ可愛い子が入ってきたー!』って大騒ぎでね」
「玲香さんは違うんですか?」
「うん」
「でも、何か親しそう……」
思わず呟くと、玲香さんがまたもや「あははっ」と笑い、私の肩をパシパシ叩いた。
い、痛いっす、玲香さん……。
「やだー、ヤキモチ?」
「違います!」
「あら、残念。私はね、お兄さんの方と知り合いだったのよ。塾が一緒でね。だから弟がソッチに行くから、とは聞いてたの」
そうだ、医者のお兄さんがいるんだった。恵情報によれば新川透の三つ上だから、玲香さんから見ると二つ上ってことになるのか。
「だから『おう、来た来た』って感じだったわね」
「へぇ」
「あっちとしてはちょっと聞き齧った程度で訳知り顔をしている私は、ウザかったかもしれないけど。でもあの子、女子の媚びた言動に相当辟易していたみたいだから、それから考えると本気で嫌われてた訳ではないと思うけどね」
あら、あの子呼ばわりだ。玲香さんの前じゃ、新川透も形無しだったのかなあ。
でも確かに、玲香さんが言うように本気で嫌ってた訳ではなさそう。私だって人にガンガン来られるのが苦手な筈なのに、全然嫌な感じがしない。玲香さんって裏表がなさそうだし。
新川透って、女子同士の駆け引きとかそういうのをあっという間に見抜きそうだし、毛嫌いしそう。私に構うのは、私にはそういうところがあんまり無いからじゃないかな、とも思うし(無頓着とも言うが……)。
あ、いや、今は私の事はどうでもいいか。
それから玲香さんは、新川兄(伊知郎さんというらしい)から仕入れたという新川透情報を教えてくれた。
ただ、そのスタートから突拍子もなかった。
小学6年の夏休みにアメリカに行った際、ホームステイ先のお父さんに妙に気に入られたらしい。何でも、そのお父さんと新川透の共通の趣味がチェスだったからだそうだ。
ホームステイって、普通はその家の子供と親しくなるもんじゃない……? まぁ、駄目とは言わないけどさ。
一か月の滞在でお父さんとチェス仲間にすっかり気に入られた新川透は、その後長期休みの度に渡米、大会に参加しては賞金を稼いだりしていたそうだ。
とは言ってもそんなに凄い金額ではないけれど渡航費には何の問題もなかった。そうして大人たちと接するうちに色々な知識も得て、徐々に国外に出ることへの憧れが出てきたらしい。
「中2ぐらいにはもうあっちで独自の交流関係を築いてたみたいね。着々と自分で旅の手配をして勝手に行っちゃったこともあるみたい」
「はぁ……」
「まぁ、それがきっかけで漠然とアメリカで暮らすことを目標にしたようね。中学を卒業したらすぐにでもあっちの学校に行きたいと言い出して、新川家の人々が全力で引き留めたって話」
「うわ、自由だ……」
「そうね。新川家でも次男の奔放過ぎる行動にはほとほと手を焼いていたようね」
「へぇ……。でも、中学生の頃はいつもニコニコ、聖人君子で人当たりもよかった、と聞きましたけど?」
「まぁ、世間体というやつでしょうね。小さい街だし、それが窮屈だったのかも。それに、そうすることが世渡りのコツ、とでも思ってたんじゃないの?」
そうして高校は外部受験をし、玲香さんのいる華厳学園高校部の特別選抜コースに入学した。
華厳学園は交換留学制度もあり、アメリカのハイスクールと単位互換もあるそうだ。毎年何名かはコロンビア大など海外の名門大学への進学を果たしている。
それ狙いだったんじゃないかな、と玲香さんはお菓子をつまみながら言った。
じゃあ、新川透はそもそもアメリカの大学に行く気だったのかな……。
「テニスの方が忙しくて、結局留学はしなかったけどね。でも、高校で別にガラッとキャラを変えたわけじゃないのよ? 表面上はニコニコしてた。だけど、アプローチをかけてくる女子には容赦なかったわよね。『全く興味が持てない』『幻想を押し付けられても困る』とそれはもうバッサリと……」
そう言うと、玲香さんは私をまじまじと見つめた。
「それがねぇ、興味を持つ女の子ができた訳だからねぇ」
「単に掃除婦の中に若い女の子がいて、物珍しかったからじゃないですか?」
「ううん、違うんじゃないかな。新川透くんが莉子ちゃんを見つけたのは、きっともっと前だと思うわよ」
「えっ……」
予想外のことを言われて、私は手にしていたクッキーを思わず落としてしまった。テーブルで跳ねて、砕け散る。
あわあわしながら散ってしまった欠片を拾い集めたり布巾でテーブルの上を拭いたりしていると、玲香さんが妙に自信満々な様子で
「少なくとも、光野予備校に就職したのは莉子ちゃんがいたからじゃないかな」
と言ってニヤリと笑った。
「ええっ!?」
そんな馬鹿な。それこそ『あり得ない』よ、そんなこと。
「だからどこで会ったの?って聞いたのに」
「会ってないですよ、全く!」
自分の記憶を振り返ってみる。掃除婦になる前、高校時代もずーっと遡ってみたけど、全く記憶にない。
確かに私は、あまり男の子に興味はなかった。自分のことで精一杯だったし。人の顔を覚えるの苦手だし。
だけど……仮に、仮にだよ? 新川透が、私がいるから光野予備校に来たんだとして。
どれほど行動力が凄まじいからって、単にすれ違ったぐらいの女を一点買いするかなあ? 言っちゃあなんだけど、一目惚れされるような容姿はしていない。少なくとも、言葉ぐらいは交わしてるよね?
いくら私でも、あんな超絶イケメンとそれなりに言葉を交わしていたら覚えてると思うけど……。
覚えてなくても、恵には話ぐらいしてるんじゃないかな?
「私、会ってないよねえ?」
困ってしまって恵の方に話を振ると、恵は
「何で私に聞くのよ」
と呆れたような声を出した。
「恵に話したことあるかなあ、と思ってさ……」
「莉子から男子の話なんてロクに聞いたことないもの。眼中になかったんじゃない?」
そうかなあ……。だから全く覚えてないのかなあ……。
でも待てよ。もし玲香さんの説を採用するならば、新川透は本気も本気、超本気ってことになるじゃない。虎視眈々と、ひたすら……。
いや、それはおかしいだろ! どう考えても、私のパラメータを超えてるよ、その設定は!
「やっぱり、玲香さんの思い違いですよ」
「何が?」
「就職の、くだりとか……」
もしそれが事実だとすると、何か荷が重いです。就職って、そんな理由で決めていいものなんでしょうか。
げんなりする私とは裏腹に、玲香さんは妙に生き生きとしている。
「えー、そうかなあ? 確か高校時代に自分のお金を運用してさらに稼いだって話だから、ある程度お金は持ってるし」
「はい!?」
「本気になったら道なき道を開拓しちゃう感じだし」
「強引です!」
「行動力があって頼りがいがあるじゃない」
「怖いですよ!」
「何で? 私の予想は外れてないわよ、きっと!」
「外れててほしいです、マジで!」
「えー?」
「――それよりさ、莉子」
私が困っているのが分かったのか、恵が若干浮かれ気味の玲香さんの言葉をピシャリと遮った。
「ちょっと気になることがあるんだよね」
「何?」
「新川センセーに口止めされてたから莉子には言わなかったんだけど、やっぱりおかしいな、と思って」
「だから、何よ?」
妙にまわりくどいな。恵って、あまり躊躇せずにビシビシ言うのに。
若干イラっとして急かすと、恵は私の顔をちらっと見てうっすらと眉間に皺を寄せた。そして、不満そうに吐息を漏らす。
「莉子、ウチの高校の小林梨花って知ってる?」
「知ってる訳ないじゃん。何で?」
「新川センセーに聞かれたの。『恵ちゃんの高校の小林梨花ってどんな子?』って」
「えっ……」
「てっきり莉子がらみだと思ってたんだけど……やっぱり違うんだ」
そう呟く恵の表情は、「マズいことを言ったかなあ」という感じだった。
私の中で何か黒ーいモノが広がっていく。
私の知らない、女の子の名前。
何それ、コバヤシリカ? 新川透とのこれまでの会話にも、出てきたことは一切ない。
いったい、何者よ?
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