収監令嬢は◯×♥◇したいっ! ~全く知らない乙女ゲー世界で頑張ります~

加瀬優妃

文字の大きさ
上 下
154 / 156
おまけ・後日談

聖女の魔獣訪問 番外・サルサ(中編)

しおりを挟む
 魔王セルフィスに案内されたのは、魔王城の一階部分から外に出た、中庭のような場所。
 秘密のアトリエの庭を彷彿とさせるベージュのドーム型のシールド。真っ暗な背景の中にぼうっと浮かび上がる、幻想的な風景。
 辺りには丸い葉っぱが生い茂る何本かの樹々と、小さな池。そして赤、ピンク、黄色、鮮やかな色とりどりの花。

 二本の木の間には虹のようなストライプ柄のハンモックが掛けられていて、魔物サルサはその上で私に背を向けて横になっていた。近づくと、ぴたりと重なり合っていた背中の蝶の羽がピクリと震える。

「なぁにー? 食事の時間ー?」

 気だるげにそう言ってこちらを横目で見たサルサが、私の姿を捉える。その瞬間、銀色の瞳が大きく見開いた。
 ガバッと起き上がり、
「ええ!? 何なの!?」
と大声を上げる。ふぁさっと長い蒼い髪が薄い肩から豊満な胸へと落ちていった。

 褐色の肌に黒い肩出しボディスーツが映える。なめらかな肩から伸びた、すらりとした細長い腕。
 ちらちら覗く胸の谷間といい、剥き出しのむっちりとした太腿といい、本当に魅惑的な魔物だわ。ちょっとSMの女王様チックというか。

「初めまして、カイ=ト=サルサ。マリアンセイユ・フォンティーヌです」
「知ってる、けど……」

 呆然としながらそう呟いたサルサは、ふと辺りをキョロキョロと見回した。

「魔王は?」
「無理を言って、二人きりにしてもらいました」

 実際には魔王の領域なので、セルフィスはちゃんとこの場を把握しているし見ているはず。
 だけどこう言わないと、サルサも安心して話せないだろうしね。

「まずは、お礼を言いたくて」
「お礼?」
「ええ」

 すっとその場で、令嬢風のお辞儀をした。サルサが息を呑んだ音が、かすかに聞こえる。

「リンドブロム闘技場の観衆の中に紛れ込み、私が望む展開へと民を誘導してくださったそうですね」
「えっ!? それ、魔王が言ったの!?」

 ハンモックの上で起き上がった四つん這いの恰好のまま、サルサがひどく意外そうに叫ぶ。
 恐らくこれを見ているセルフィスも驚いているでしょうね。内緒のつもりだったんだろうから。

「いいえ。情報元は内緒ですが、魔王からの命令でそういうことがあった、とだけ伺いました」
「あぁ。……まぁ、それで命は助けてくれるって魔王が約束してくれたし」
「……」
「ミーアにとっても悪い話じゃない、とか言うしさ。ちょっと様子を見させてもらっただけよ」
「そうですか」
「それに、たいしたことはしてないわよ?」

 少しは落ち着いてきたのか、サルサは膝を折って腰を落とし、ハンモックの上に座り直す。
 そして少し照れ臭そうに、ウェーブのかかった長く蒼い髪を右手でモチャモチャといじり始めた。

「これは千年前の再現だ、みたいなことを匂わせただけよ。後は……そうね、率先して拍手したり声を上げたりしたぐらいかしらね。あの大観衆を魔法も使わずにすべて掌握するなんて、たいしたタマね、マリアンセイユ」
「褒めて頂いて嬉しいですわ」
「ミーアが勝てないハズよねぇ……」

 自分の膝に頬付けをつき、サルサはふう、と溜息を洩らした。

「そのミーアから、伝言を預かっています」
「……え?」

 意外そうな顔をするサルサに微笑み、すっと息を吸い込む。

“――ずっと、支えてくれてありがとう。私が最後まで頑張れたのは、サルサが傍で励まし続けてくれたおかげです。
 飄々とした頼もしい、素敵な私のお姉さんのまま、元気でいてね。
 そして……またいつか、会えたらいいな。二人でたわいない話をしながらお茶したいです。”

 ミーアがこの言葉を口にしていたときの表情を思い出しながら、言葉の一つ一つに気持ちを込めて、サルサに伝える。
 サルサはふいっと目を逸らしたけど、唇がわずかに振るえていた。銀の瞳が、少しだけ細くなる。

「本当の姉妹みたいだったって、ミーアは言っていました。ひょっとして、サルサには妹がいたのですか?」
「ええっ!?」

 横を向いていたサルサがギョッとしたように振り返り、私の顔を穴が開くほどまじまじと見る。その銀の瞳がわずかに揺らいで、水面に映った満月のよう。
 やっぱり、ミーアを想っていた気持ちは本物。ミーアの言葉を聞いて胸にくるものがあったのだろう。

「何で、そう思うの?」
「魔の者サルサはウツシミチョウを逆に乗っ取って生まれたと聞きましたが」
「それは、その通りだけど」
「それは魔界の常識からするととんでもないことらしくて」
「でしょうね」
「人が想像以上の力を発揮するときって……たいていは、自分のためじゃないんですよね」

 合わせて、セルフィスはサルサに『聖女の素質』があったのではないか、と推測していた。
 リンドブロムの南部出身であることは判明しているサルサ。まだ貴族の結婚が制限されていなかった時代に平民に紛れた聖女の血。
 長い時を経て、先祖返り的にその力を持っていた、だからウツシミチョウに対抗できたのかもしれない、と。

 サルサは何も言わなかった。聖女の素質はともかく、『自分のためじゃない』ことは確かだったのだろう。

「それに、サーペンダーに擬態したときも」

 黙り込んでしまったサルサの肩が、ビクッと震える。

「黒い鬣が無い、不完全な擬態でしたし。それにあれだけ巨大な体に変身するのは、かなり無茶だったんじゃないでしょうか」

 ミーアを守るために頑張ったんですよね、と言外に込めると、サルサが悔しそうに唇を歪めた。

「……だてに『魔物の聖女』は名乗ってないわね」
「うふふ」

 どこか居心地が悪そうな顔をしているサルサに、にっこりと微笑む。
 魔獣訪問はやっぱり意味があったわ。魔物でも魔獣でもないサルサを理解する足しになった。

 美しく蒼い髪を靡かせ、銀の瞳を持つ魔物サルサ。褐色が描く見事な曲線美。ほどよく筋肉のついた美しい足。
 こうして見ても、やはり人間の女性の姿は完全に残っている。それは、蝶の魔物でありながら人間であり続けたいと足掻き続けた結果なのかも。

「あとは、カイ=トの意味を調べました」
「……」
「古代語で“妹よ”という意味なんですね。確か、リンドブロム南部地方の方言だったかしら? だから、これを名乗ることで人間の自我を維持していたんじゃないかと推測したのですが」
「ほ、本当に恐ろしいわね、あんた……」

 やや身じろぎしながら、サルサが呟く。

 サルサの名前は、魔王が与えたものではなくあくまで『自称』。
 人間だったときの名字なら『サルサ・カイト』と名乗ればいいはずで、この冒頭につけた言葉には何らかの意味があるはずだと思ったの。聖女がつけたハティやスコルの真の名にも、ちゃんと意味があったものね。

 ハティがアイーダ女史から受け取ったいくつかの本。その中には、古代語の専門辞書も含まれていた。
 匣迷宮の書斎の本が古代語だらけで読めないから調べたいわ、と思っただけだったんだけど、意外なところで役に立ったわね。

「あなたの話が聞きたいわ、カイ=ト=サルサ」

 首を傾け、くだけた口調でそう言うと、サルサは「ふう」と息をついてハンモックから足を下ろした。
 ゆっくりと、右足を左足の上に乗せ、絡ませる。

「仕方が無いわね。じゃあ、話してあげるわ」


   * * *


 レグナンド男爵領の端にある、グレーネ湖。そのほとりには小さな村があって、村人たちが助け合って暮らしていた。
 そこに住んでいたサルサはちょうど二十歳で、六歳下の妹との二人暮らしだった。農業だけでなく養蜂が盛んな村で、姉妹はその仕事をしていたのだけど。
 養蜂は蜂が取ってきた蜜を集める仕事だから、周囲にどのような花が咲いているかも把握しなければならない。万が一人間の身体に悪いものがあれば、取り除かなければならないし。

 そうしてある日、姉妹は近くの森に探索に出かけた。そして、ちょうど二手に分かれて調査をしていたとき――サルサは魔物、ウツシミチョウに出くわしてしまった。

 魔物は魔精力の気配に敏感だ。サルサは当時魔導士ではなかったものの力は十分にあった。ただ、その力を使いこなすための教育が施されていなかっただけで。
 そのため、あふれ出る魔精力を抑えられず、魔物に狙われてしまった。

 ウツシミチョウに取りつかれ喰われながらも、サルサは思った。

 ここで食い止めなければ、この魔物は味をしめて他の人間も襲う。まずは、一番近くにいる妹を。
 どうにかして、私がここで踏ん張らなければ。
 タダでやられはしない、ここでこの魔物をやっつけてやる……!

 その思いが、サルサに力を与えた。眠っていた魅了魔法が開花し、お互いの魔精力をぶつけ合った結果、サルサはウツシミチョウを懐柔することに成功した。
 そうして――人間の女性の姿を残しながらも魔物の蝶の力を受け継いだ、これまでに類を見ない魔物が産まれた。


   * * *


「そうは言ってもね。そのままでは、魔物としては生き続けられない訳で」

 サルサがはあ、と悩まし気な溜息をつく。

「あたしの場合、相手を食らいつくす必要はないから、ありとあらゆる生物から魔精力をちょっとずつ摂取したはいいんだけど、魔物の本能とやらがあるからね」

 変化する能力を駆使し、その身を危険に晒すことなく魔物から魔精力を搾取し続けたサルサ。時には、魔獣からも。
 そうして魔物として強くなればなるほど、人間だった頃の感覚や感情を手放しそうになる。

「だから、時折人間社会にも紛れ込んでいたのね」
「いや? それは単に、あたしの興味本位よ」

 あはは、とサルサが高らかに笑う。

「あまり情が移っても移られても困るしね」
「じゃあ、ミーアにはどうして……」
「なぜか知らないけど、名前を知ってたのよ。あたしの」

 それは当然、ゲーム設定を知ってるからなんだけど……これは言えないわね。

「あの真っすぐな瞳でしっかりと名前を呼ばれて『私の味方になってほしい』と言われたら、何か逆らえなくてね。……抗えないほどの魔精力ではなかったんだけど、何となく面白そうだったし」
「妹さんに似ていた、とかではないの?」
「ぜーんぜん!」

 キャハハハ、とサルサが笑う。

「というより、妹がいたことは覚えているけど姿形はもう忘れちゃったの。ただ……その頃のことが何となくよぎったのは、確かね」

 まぁ、長い間独りだと寂しくなる時もあるわよ、魔が差したのね、とおよそ魔物らしからぬことを呟き、カイ=ト=サルサは苦笑いを浮かべた。

「あーあ、あんたが変な話をするから思い出しちゃったじゃないの」
「何を?」
「ミーアと一緒にいた頃のことよ。メイドになりきるのも大変だったけど、楽しかったなって。カラスになってあちこち飛び回って……疲れて帰ってくると、ミーアが『おかえり、サルサ』と必ず出迎えてくれて。そういう場所がちゃんとあるというのもおかしいわね、懐かしいわ、と思ったり」
「……」

 『人の聖女』ミーアは、民衆の心を掴んだ天然の人たらしだ。学院では憎まれることも多かったけど、それは彼女の置かれた立場であって、性格のせいではない。
 ミーアのそういった人を惹きつける部分に、サルサの人間だった部分が強く魅かれたんだろう。

 何となく、二人の関係性が見えた気がした。
 だとすると……希望はまだ、ある。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

トレジャーキッズ

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ
ファンタジー
だらだらと自堕落な生活から抜け出すきっかけをどこかで望んでいた。 ただ、それだけだったのに…… 自分の存在は何のため? 何のために生きているのか? 世界はどうしてこんなにも理不尽にあふれているのか? 苦悩する子どもと親の物語です。 非日常を体験した、命のやり取りをした、乗り越える困難の中で築かれてゆくのは友情と絆。 まだ見えない『何か』が大切なものだと気づけた。 ※更新は週一・日曜日公開を目標 何かございましたら、Twitterにて問い合わせください。 【1】のみ自費出版販売をしております。 追加で修正しているため、全く同じではありません。 できるだけ剣恵真さんの原文と世界観を崩さないように直しておりますが、もう少しうまいやり方があるようでしたら教えていただけるとありがたいです。(担当:猫宮りぃ)

ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。 このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。

[完]異世界銭湯

三園 七詩
ファンタジー
下町で昔ながらの薪で沸かす銭湯を経営する一家が住んでいた。 しかし近くにスーパー銭湯が出来てから客足が激減…このままでは店を畳むしかない、そう思っていた。 暗い気持ちで目覚め、いつもの習慣のように準備をしようと外に出ると…そこは見慣れた下町ではなく見たことも無い場所に銭湯は建っていた…

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

ぽっちゃりおっさん異世界ひとり旅〜目指せSランク冒険者〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
酒好きなぽっちゃりおっさん。 魔物が跋扈する異世界で転生する。 頭で思い浮かべた事を具現化する魔法《創造魔法》の加護を貰う。 《創造魔法》を駆使して異世界でSランク冒険者を目指す物語。 ※以前完結した作品を修正、加筆しております。 完結した内容を変更して、続編を連載する予定です。

〈完結〉髪を切りたいと言ったらキレられた〜裏切りの婚約破棄は滅亡の合図です〜

詩海猫
ファンタジー
タイトル通り、思いつき短編。 *最近プロットを立てて書き始めても続かないことが多くテンションが保てないためリハビリ作品、設定も思いつきのままです* 他者視点や国のその後等需要があるようだったら書きます。

駄々甘ママは、魔マ王さま。

清水裕
ファンタジー
 ある日、人里離れた森の奥で義理の母親と共に暮らす少年ヨシュアは夢の中で神さまの声を聞いた。  その内容とは、勇者として目覚めて魔王を退治しに行って欲しいと言うものであった。  ……が、魔王も勇者も御伽噺の存在となっている世界。更には森の中と言う限られた環境で育っていたヨシュアにはまったくそのことは理解出来なかった。  けれど勇者として目覚めたヨシュアをモンスターは……いや、魔王軍は放っておくわけが無く、彼の家へと魔王軍の幹部が送られた。  その結果、彼は最愛の母親を目の前で失った。  そしてヨシュアは、魔王軍と戦う決意をして生まれ育った森を出ていった。  ……これは勇者であるヨシュアが魔王を倒す物語である。  …………わけは無く、母親が実は魔王様で更には息子であるヨシュアに駄々甘のために、彼の活躍を監視し続ける物語である。  ※基本的に2000文字前後の短い物語を数話ほど予定しております。  ※視点もちょくちょく変わります。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

処理中です...