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おまけ・後日談
聖女の魔獣訪問11・リプレ
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水の魔獣・リプレ。
とっても臆病で、スコルは『一人じゃ何もできない典型的な奴』と言っていたけれど……? d( ̄▽ ̄*)
――――――――――――――――――――――――――――――――
ヴァンクの棲む草原地帯を少し北に行くと、サーペンダーの領域であるレスティン湖に繋がる川が現れる。そのほとりにある小さな湿地帯に水の魔獣リプレがいるはず、ということで、ヴァンクのところへ行った帰りに寄ってみた。
……けど、気配はするのに姿を見せない。
「水の魔獣リプレ、こんにちはー。ご挨拶に来たのですがー?」
“……”
怖くないよー、という気持ちを込めて明るく笑顔で言葉を発してみるが、やはり反応は無い。明らかに言葉を受け止めた気配はするのだけど。
確か、すごく臆病な魔獣なのよね。自ら人間を喰らいにいくことはなくサーペンダーにピッタリとくっついて、既に痺れて動けなくなっている者を捕食していた、という話だったわ。
……ひょっとして、ムーンに怯えているのかしら。
(ムーン、ちょっと席を外してくれない?)
コソコソとすぐ後ろにいたムーンに小声で話しかける。
“無理だ。魔王の命がある”
(ちょっと用事を思い出した風に立ち去って、結界で姿を消してくれればいいわ)
“……フン”
ムーンはやや不満げに鼻を鳴らすと、
“では、しばらく後で”
と言い残し、地面を蹴って飛び立った。その姿が、途中で忽然と消える。
確かに気配が無くなったことを確認すると、私はその場でゆっくりと辺りを見回した。リプレの姿を探してみるけど、全然見つけられない。
こっちからは分からないけど私を見ていることは確かだし、となるべく柔らかい笑みを浮かべる。
「水の魔獣リプレ。私は、マリアンセイユ・フォンティーヌ。こたび『魔物の聖女』として魔界に来ました」
“……”
「魔獣のお話を聞きたくてあちこち回ってるの。それで今日はリプレのところに来たのだけど……少しだけ、お話をしない?」
“……”
声は届いてはいるようだけど、ピクリとも動いた気配がない。
駄目か。ひょっとすると、お話自体が苦手、という可能性もあるわね。
……となると。
「リプレには『水鉄砲』というかなり強力な攻撃手段があると聞いたんだけど、それはどんな魔法なの? こんな感じ?」
死神メイスを振るい、えいやっと宙に向ける。杖の先からピシャッと真っすぐに水が放たれたが、それは木の枝葉を単に濡らしただけだった。
これじゃ水を浴びせただけで、攻撃とはとても言えないわね。
「うーん、難しいわね。大量の水を出すことには慣れているけど、水圧を高める術には慣れてないから」
“…………こう、する”
か細い少年のような声が聞こえたと思ったら、私の右側を光のような線が突き抜けた。目の前の樹木の幹に当たり、ブシュン!という微かな音と共に樹が一瞬だけビクッと揺らぐ。
「え……ええっ!? すごい! 全く見えなかったわ!」
思わず声を上げると、私の右手後ろの草むらの陰から、リプレがのそのそと姿を現した。
黄色い体躯に山吹色の縞模様が入った、随分と明るい色合い。体長2mほどの巨大なヤモリだ。青い瞳をオドオドと泳がせている。
それにしても、こんな目立つ体でどうやって隠れていたのかしら。
「初めまして、リプレ。あの幹の穴、見てみてもいい?」
私が聞くと、リプレがコクリと頷く。
いそいそと幹に近寄ってみる。私が両腕を回してやっと互いの手が触れあうぐらいの太さの幹に、直径1センチほどの穴が開いていた。裏側まで貫通していて、まるで巨大な電動ドリルで通したような、真っすぐで綺麗な穴。
これを食らったら、たいていの生き物はひとたまりもないわね。本当にスナイパーみたいだわ。防御魔法をかけていても完璧に防げるかどうかわからない。
「すごいわ……。水の力って、侮れないわね」
『聖女も、水、得意って聞いた』
「そうだけど、こんな風には……。どこから放ってるの?」
『クチ』
そう言うと、リプレはぷくう、と頬を膨らませ、小さく口を尖らせた。
そして私から顔を背け、ビュッと勢いよく吹き出す。しかしリプレの『水鉄砲』は本当に速くて、水の軌跡を目で追うことはできなかった。ブシュッ、という音と木の揺らぎでようやく放たれた先がわかるぐらい。
「へえ……。あっ、水の出口をなるべく狭くして、直接放てばいいかもしれないわ。こう?」
あえて杖を使わず、右手でピストルのような形を作る。魔精力を練って、魔法を形作り、指先に集中。
「“放て!”」
バシュッと指先から水が飛び出したけど、せいぜいオモチャの水鉄砲程度。
まあ、魔獣の魔法だしね。人間が真似たところでそう上手くはいかないか。
しかしリプレにとってはそうでも無かったらしく、青い瞳がクリクリと丸くなっていた。
『聖女、オモシロ』
「そう?」
『魔獣の技、やろうとする人間、いない』
「ふふっ」
まぁ、そうよね。そもそも魔獣の技をそんな余裕を持った気持ちで見た人間もいないだろうし。
「ところで、さっき草むらから出てきてくれるまで、リプレがあの場所にいることは全然わからなかったわ。隠れ方とかあるの?」
『イロ』
ポツン、とリプレが呟く。あっという間に、地面と全く同じ色に変わる。今は目の前にいるから巨大なヤモリ型に土が盛り上がっているような感じで明らかに変なんだけど、これで陰に隠れられたら全然分からないわ。
「なるほど! 周りの景色と同じ色になれるのね」
『そう』
「ふうん。まさにアサシンね、リプレ!」
『あさ、しん?』
不思議そうに、リプレがコテンと首を傾け、私の言葉を繰り返す。その仕草が何だか可愛くて思わず笑ってしまった。
「ふふふ、えーと……アサシンっていうのは、暗殺者って意味でね。誰にも気づかれることなく敵のボスを一発で仕留めちゃうジョブのことよ。影の実力者っていうか。その場は荒らさずに敵だけを静かに抹殺する、アサシン・リプレって感じね」
『……アサ=シン=リプレ』
リプレが私の言葉を繰り返した瞬間、その黄色の体躯からブワッとオレンジの煙のような魔精力が立ち昇った。身体がカチン、と固まり、青い瞳を丸くして私を見上げている。
あれっ……これは、ちょっとマズい!?
「あっ、別にあだ名を付けた訳じゃないんだけど!」
慌てて否定したけれど、どうもリプレの中に刷り込まれてしまったらしい。何だか満足したようにコクコクと頷いている。
ちょっと待ってよ。まさか『名づけの魔法』が発動しちゃったのかしら。
しまった、これは完全に後でムーンに怒られるパターンだわ……。
「それに駄目よ、人間を殺しちゃ」
今は気配を感じないムーンにおののきつつ、これだけは言っておかないと、と少し強めの口調で言う。
リプレはコクン、と素直に頷いた。
『しない。魔王の命令、違う』
「そ、そうよね」
『でも聖女が命令するなら、やる』
「いや、命令しないから!」
『殺したい人間、いる?』
「……っ……」
リプレの言葉に、くらくらと立ち眩みがした。
だから極道じゃないんだから、鉄砲玉も要らないわよ!
「いないから! 絶対に人間を殺しちゃ駄目よ!」
『……ハイ……』
リプレは少し不満そうだったものの、一応はちゃんと返事をした。
あああ、しまった……。魔王の命令より私の命令を聞くなんて、きっとセルフィスの激高案件だわ。どうしよう……。
“さすがに見過ごせんぞ、聖女よ”
黙っていられなくなったのか、ムーンがボヒュッとその場に現れる。
リプレは
『ンキッ!?』
と叫び、その場で1mほど飛び跳ねたあと、スササササ、と草むらの奥に消えていった。
「あ、あの、ムーン。これは不可抗力……」
“どの辺がだ? だから言葉には気を付けろと言っただろう”
「ほら、ちゃんと言い聞かせたし! 大丈夫! ねっ!」
両手を組み、必死に懇願してみたけれど到底通じる訳もなく、ムーンは溜息をつきながら大きく首を横に振った。
“魔王に報告だな”
と、やけに重みを持たせた言葉を放つ。
「……やっぱりしないと駄目?」
“ああ。ルークのときは術が完全にかかった訳ではなく、功を奏す形になった。奴のメンツを考えて大事にはしなかったが、これは駄目だ。魔獣の統率が乱れる”
「うぅ……」
“さ、帰るぞ”
「……ハイ……」
ムーンにガバッと鷲掴みににされ、強引に背中に乗せられる。草むらの陰から覗くリプレの心配そうな青い瞳と目が合ったけど、
(大丈夫だから)
と少しだけ微笑んだ。
……その後、案の定セルフィスは激おこだった。
「だから所構わず魔の者を魅了するなと言ったんです!」
「そんなこと言われても、自分ではよくわからないもの……」
「どうしてそう奔放なんですか!」
「なんにもしてないったら! 話をしてただけ!」
ごめんなさい、悪気は無かったの、と必死で謝ったけど当然許しては貰えず、外出禁止を言い渡されてしまった。
あああ、まだ火の魔獣ガンボに会ってなかったのに……。
いろいろな魔獣に話を聞けたし、これからいろいろなところにも行ってみたかったのにぃ……。
だけどその噂を聞きつけたのか、何とリプレが自ら魔王への謁見を願い出た。
ムーンにすら怯え、自らは決して魔王に近寄りもしない、あの臆病なリプレが。
そこで魔王の強制力により契約を上書きし、私が施してしまった『名づけの魔法』を無効化することでどうにか事無きを得た。
はぁ、こういうときは魔獣の感情値データが視覚的にわかるようになってるといいのに、と思うわ。
ゲーム世界なのに、そういう仕様にはできなかったのかしら……。
――――――――――――――――――――――――――――――――
≪設定メモ≫
●水の魔獣『リプレ』(愛称:アリプ)
華やかな外見の割に極端な臆病者として有名。魔王侵攻の際は積極的に人間の粛清には参加せず、サーペンダーが堕とした街に現れ、痺れて動けなくなっている人間を捕食していた。
真の名は『アリ=プト=レ=ルーサ』。
棲んでいる領域がサーペンダーのほど近くなのも、離れると不安になるからである。魔王に呼び出されて謁見するときも、必ずサーペンダーの傍にぴたりと寄り添っている。そのため単独で魔王城に来たのは、今回のマユの件が初。
姿を周りの景色に紛れ込ませて殺傷能力の高い『水鉄砲』を放つことができる。攻撃能力はかなり高いが多勢にはほぼ無力であること、他の三属性には弱く防御力は魔物並みに低いことから、魔獣の中では最低ランクに位置する。
→ゲーム的パラメータ
ランク:C
イメージカラー:黄色
有効領域:地上、水中
属性:水
使用効果:水鉄砲、体色変化(隠蔽)
元ネタ:イピリア
とっても臆病で、スコルは『一人じゃ何もできない典型的な奴』と言っていたけれど……? d( ̄▽ ̄*)
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ヴァンクの棲む草原地帯を少し北に行くと、サーペンダーの領域であるレスティン湖に繋がる川が現れる。そのほとりにある小さな湿地帯に水の魔獣リプレがいるはず、ということで、ヴァンクのところへ行った帰りに寄ってみた。
……けど、気配はするのに姿を見せない。
「水の魔獣リプレ、こんにちはー。ご挨拶に来たのですがー?」
“……”
怖くないよー、という気持ちを込めて明るく笑顔で言葉を発してみるが、やはり反応は無い。明らかに言葉を受け止めた気配はするのだけど。
確か、すごく臆病な魔獣なのよね。自ら人間を喰らいにいくことはなくサーペンダーにピッタリとくっついて、既に痺れて動けなくなっている者を捕食していた、という話だったわ。
……ひょっとして、ムーンに怯えているのかしら。
(ムーン、ちょっと席を外してくれない?)
コソコソとすぐ後ろにいたムーンに小声で話しかける。
“無理だ。魔王の命がある”
(ちょっと用事を思い出した風に立ち去って、結界で姿を消してくれればいいわ)
“……フン”
ムーンはやや不満げに鼻を鳴らすと、
“では、しばらく後で”
と言い残し、地面を蹴って飛び立った。その姿が、途中で忽然と消える。
確かに気配が無くなったことを確認すると、私はその場でゆっくりと辺りを見回した。リプレの姿を探してみるけど、全然見つけられない。
こっちからは分からないけど私を見ていることは確かだし、となるべく柔らかい笑みを浮かべる。
「水の魔獣リプレ。私は、マリアンセイユ・フォンティーヌ。こたび『魔物の聖女』として魔界に来ました」
“……”
「魔獣のお話を聞きたくてあちこち回ってるの。それで今日はリプレのところに来たのだけど……少しだけ、お話をしない?」
“……”
声は届いてはいるようだけど、ピクリとも動いた気配がない。
駄目か。ひょっとすると、お話自体が苦手、という可能性もあるわね。
……となると。
「リプレには『水鉄砲』というかなり強力な攻撃手段があると聞いたんだけど、それはどんな魔法なの? こんな感じ?」
死神メイスを振るい、えいやっと宙に向ける。杖の先からピシャッと真っすぐに水が放たれたが、それは木の枝葉を単に濡らしただけだった。
これじゃ水を浴びせただけで、攻撃とはとても言えないわね。
「うーん、難しいわね。大量の水を出すことには慣れているけど、水圧を高める術には慣れてないから」
“…………こう、する”
か細い少年のような声が聞こえたと思ったら、私の右側を光のような線が突き抜けた。目の前の樹木の幹に当たり、ブシュン!という微かな音と共に樹が一瞬だけビクッと揺らぐ。
「え……ええっ!? すごい! 全く見えなかったわ!」
思わず声を上げると、私の右手後ろの草むらの陰から、リプレがのそのそと姿を現した。
黄色い体躯に山吹色の縞模様が入った、随分と明るい色合い。体長2mほどの巨大なヤモリだ。青い瞳をオドオドと泳がせている。
それにしても、こんな目立つ体でどうやって隠れていたのかしら。
「初めまして、リプレ。あの幹の穴、見てみてもいい?」
私が聞くと、リプレがコクリと頷く。
いそいそと幹に近寄ってみる。私が両腕を回してやっと互いの手が触れあうぐらいの太さの幹に、直径1センチほどの穴が開いていた。裏側まで貫通していて、まるで巨大な電動ドリルで通したような、真っすぐで綺麗な穴。
これを食らったら、たいていの生き物はひとたまりもないわね。本当にスナイパーみたいだわ。防御魔法をかけていても完璧に防げるかどうかわからない。
「すごいわ……。水の力って、侮れないわね」
『聖女も、水、得意って聞いた』
「そうだけど、こんな風には……。どこから放ってるの?」
『クチ』
そう言うと、リプレはぷくう、と頬を膨らませ、小さく口を尖らせた。
そして私から顔を背け、ビュッと勢いよく吹き出す。しかしリプレの『水鉄砲』は本当に速くて、水の軌跡を目で追うことはできなかった。ブシュッ、という音と木の揺らぎでようやく放たれた先がわかるぐらい。
「へえ……。あっ、水の出口をなるべく狭くして、直接放てばいいかもしれないわ。こう?」
あえて杖を使わず、右手でピストルのような形を作る。魔精力を練って、魔法を形作り、指先に集中。
「“放て!”」
バシュッと指先から水が飛び出したけど、せいぜいオモチャの水鉄砲程度。
まあ、魔獣の魔法だしね。人間が真似たところでそう上手くはいかないか。
しかしリプレにとってはそうでも無かったらしく、青い瞳がクリクリと丸くなっていた。
『聖女、オモシロ』
「そう?」
『魔獣の技、やろうとする人間、いない』
「ふふっ」
まぁ、そうよね。そもそも魔獣の技をそんな余裕を持った気持ちで見た人間もいないだろうし。
「ところで、さっき草むらから出てきてくれるまで、リプレがあの場所にいることは全然わからなかったわ。隠れ方とかあるの?」
『イロ』
ポツン、とリプレが呟く。あっという間に、地面と全く同じ色に変わる。今は目の前にいるから巨大なヤモリ型に土が盛り上がっているような感じで明らかに変なんだけど、これで陰に隠れられたら全然分からないわ。
「なるほど! 周りの景色と同じ色になれるのね」
『そう』
「ふうん。まさにアサシンね、リプレ!」
『あさ、しん?』
不思議そうに、リプレがコテンと首を傾け、私の言葉を繰り返す。その仕草が何だか可愛くて思わず笑ってしまった。
「ふふふ、えーと……アサシンっていうのは、暗殺者って意味でね。誰にも気づかれることなく敵のボスを一発で仕留めちゃうジョブのことよ。影の実力者っていうか。その場は荒らさずに敵だけを静かに抹殺する、アサシン・リプレって感じね」
『……アサ=シン=リプレ』
リプレが私の言葉を繰り返した瞬間、その黄色の体躯からブワッとオレンジの煙のような魔精力が立ち昇った。身体がカチン、と固まり、青い瞳を丸くして私を見上げている。
あれっ……これは、ちょっとマズい!?
「あっ、別にあだ名を付けた訳じゃないんだけど!」
慌てて否定したけれど、どうもリプレの中に刷り込まれてしまったらしい。何だか満足したようにコクコクと頷いている。
ちょっと待ってよ。まさか『名づけの魔法』が発動しちゃったのかしら。
しまった、これは完全に後でムーンに怒られるパターンだわ……。
「それに駄目よ、人間を殺しちゃ」
今は気配を感じないムーンにおののきつつ、これだけは言っておかないと、と少し強めの口調で言う。
リプレはコクン、と素直に頷いた。
『しない。魔王の命令、違う』
「そ、そうよね」
『でも聖女が命令するなら、やる』
「いや、命令しないから!」
『殺したい人間、いる?』
「……っ……」
リプレの言葉に、くらくらと立ち眩みがした。
だから極道じゃないんだから、鉄砲玉も要らないわよ!
「いないから! 絶対に人間を殺しちゃ駄目よ!」
『……ハイ……』
リプレは少し不満そうだったものの、一応はちゃんと返事をした。
あああ、しまった……。魔王の命令より私の命令を聞くなんて、きっとセルフィスの激高案件だわ。どうしよう……。
“さすがに見過ごせんぞ、聖女よ”
黙っていられなくなったのか、ムーンがボヒュッとその場に現れる。
リプレは
『ンキッ!?』
と叫び、その場で1mほど飛び跳ねたあと、スササササ、と草むらの奥に消えていった。
「あ、あの、ムーン。これは不可抗力……」
“どの辺がだ? だから言葉には気を付けろと言っただろう”
「ほら、ちゃんと言い聞かせたし! 大丈夫! ねっ!」
両手を組み、必死に懇願してみたけれど到底通じる訳もなく、ムーンは溜息をつきながら大きく首を横に振った。
“魔王に報告だな”
と、やけに重みを持たせた言葉を放つ。
「……やっぱりしないと駄目?」
“ああ。ルークのときは術が完全にかかった訳ではなく、功を奏す形になった。奴のメンツを考えて大事にはしなかったが、これは駄目だ。魔獣の統率が乱れる”
「うぅ……」
“さ、帰るぞ”
「……ハイ……」
ムーンにガバッと鷲掴みににされ、強引に背中に乗せられる。草むらの陰から覗くリプレの心配そうな青い瞳と目が合ったけど、
(大丈夫だから)
と少しだけ微笑んだ。
……その後、案の定セルフィスは激おこだった。
「だから所構わず魔の者を魅了するなと言ったんです!」
「そんなこと言われても、自分ではよくわからないもの……」
「どうしてそう奔放なんですか!」
「なんにもしてないったら! 話をしてただけ!」
ごめんなさい、悪気は無かったの、と必死で謝ったけど当然許しては貰えず、外出禁止を言い渡されてしまった。
あああ、まだ火の魔獣ガンボに会ってなかったのに……。
いろいろな魔獣に話を聞けたし、これからいろいろなところにも行ってみたかったのにぃ……。
だけどその噂を聞きつけたのか、何とリプレが自ら魔王への謁見を願い出た。
ムーンにすら怯え、自らは決して魔王に近寄りもしない、あの臆病なリプレが。
そこで魔王の強制力により契約を上書きし、私が施してしまった『名づけの魔法』を無効化することでどうにか事無きを得た。
はぁ、こういうときは魔獣の感情値データが視覚的にわかるようになってるといいのに、と思うわ。
ゲーム世界なのに、そういう仕様にはできなかったのかしら……。
――――――――――――――――――――――――――――――――
≪設定メモ≫
●水の魔獣『リプレ』(愛称:アリプ)
華やかな外見の割に極端な臆病者として有名。魔王侵攻の際は積極的に人間の粛清には参加せず、サーペンダーが堕とした街に現れ、痺れて動けなくなっている人間を捕食していた。
真の名は『アリ=プト=レ=ルーサ』。
棲んでいる領域がサーペンダーのほど近くなのも、離れると不安になるからである。魔王に呼び出されて謁見するときも、必ずサーペンダーの傍にぴたりと寄り添っている。そのため単独で魔王城に来たのは、今回のマユの件が初。
姿を周りの景色に紛れ込ませて殺傷能力の高い『水鉄砲』を放つことができる。攻撃能力はかなり高いが多勢にはほぼ無力であること、他の三属性には弱く防御力は魔物並みに低いことから、魔獣の中では最低ランクに位置する。
→ゲーム的パラメータ
ランク:C
イメージカラー:黄色
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属性:水
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