140 / 156
おまけ・後日談
【閑話2】マユの発案
しおりを挟む
マデラギガンダにパンを届けた時の話です。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「マデラ、匣迷宮のパンを持ってきましたわ」
月光龍の背から降りたマユが、周りの岩山と同じぐらい巨大な背中に向かって声をかける。
『おう、そうか』
振り返り、立ち上がったマデラギガンダの身体がみるみる縮む。3mほどになると、ググっと腰を下げてマユを見下ろした。バスケットを受け取り、パカンと蓋を開ける。
『なるほど、確かに小麦本来の良い香りがするな』
「でしょう? ……ところで、何をなさっていたのですか?」
マユが降り立ったとき、マデラは太陽に背を向けてしゃがみ込み、何やら右手をこまごまと動かしているようだった。
まさかイジけてた訳じゃないわよね、とマユが聞いてみると。
『木の間引きだ。ここらは極端に水分量が少ないのでな。あと、病気になった樹は根から土壌を通して他の樹にも伝染してしまうしのう』
「そうなのですか」
おじいちゃんが趣味で庭いじりするようなものかしら、と思ったマユは、ふと思い出したことがあって聞いてみることにした。
マデラギガンダは土の王獣、大地の生物についてとても詳しい。
「あの、ちょっとした発案があるのですが」
『何だ?』
「絶滅してしまったアメトリアンパイソンを匣迷宮で殖やして地上に戻す、という……」
『無理だな』
全部を聞き終わらないうちにマデラギガンダがバッサリと切り捨てる。
「無理?」
『アメトリアンパイソンは繁殖性が低く、繊細な生物だ。当時の環境より汚染が進んでいるから難しいだろうな』
確かに、匣迷宮は千年前の状態のまま。アメトリアンパイソンが生息できているのはそのおかげだろう。
それに他の蛇とも区画を分けてカバロアントがまめに世話をしているようだったし……と、マユはしばし考える。
「汚染……では、ユーケルン辺りにちょろっと浄化をお願いして……」
『やめておけ。それに地上は大騒ぎになるぞ』
「大騒ぎ?」
やや不思議そうに首をかしげるマユに、マデラギガンダが呆れたような溜息をつく。
『絶滅したはずの種が見つかったとなればそうだろう』
「あ……」
『そもそも環境に適応できなくて絶滅したのだ』
「……」
『自然淘汰というやつだな。いたずらに他が介入すれば現在の生態系に悪影響を与えるかもしれんぞ』
「……」
口元に右手をあて、しばらく黙りこくったマユは、
「……そうですね」
と残念そうに頷いた。
「悪影響……歪みを招く、ということですね。それは生態系だけではなく」
『ん?』
「当然、それを知った人間たちにも。アメトリアンパイソンを保護しようとする人間もいるでしょうが、欲をかく人間は際限ありませんものね。独り占めしようとしたり、密猟して高値で取引しようとしたり……。確かに、地上に余計な悪事を生み出す結果となりそうです」
残念ですが諦めますわ、と溜息をつくマユに、マデラギガンダが
『……聖女はおよそ聖女らしくないことを言うのだな……』
と意外そうな顔をする。
「え? どういう意味ですか?」
『思考回路が悪事を働く人間の方に近い』
「なっ……」
マユがくわっと口を開きみるみる顔を真っ赤にした。
「失礼過ぎますわよ、マデラ!」
『褒めたつもりなのだがな』
「褒めてませんわ、それは!」
喚くマユなど気にもせず、マデラギガンダが『わははは』と大声で笑う。
かつての聖女シュルヴィアフェスは、辺境の温かい村人に囲まれて育った。
だから「きっと良いようにしてくれるだろう」と周りに期待するようなところがあった。
どこか、人間の良心を信じているようなところがあった。
だからこそ村長の息子の暴挙を止められず、魔物を招き、村は滅び――ルヴィは聖女になったのだが。
こたびの聖女は、そういう甘さが一切無い。人間の良心などあてにせず、人間の悪意をより警戒している、といった感じか。ずっと僻地に閉じ込められていた不遇ゆえだろうか。
しかしそれは、未来を決して他者に委ねないということ。考え実行するときは必ず自らが動く、ということを示している。
つまるところ、聖女マリアンセイユは、突然何を言い出し何をやり出すか全くわからない……。
二代目魔王もこの聖女にはさぞかし苦労させられることよ、とマデラギガンダはしばらくの間笑い続けていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「マデラ、匣迷宮のパンを持ってきましたわ」
月光龍の背から降りたマユが、周りの岩山と同じぐらい巨大な背中に向かって声をかける。
『おう、そうか』
振り返り、立ち上がったマデラギガンダの身体がみるみる縮む。3mほどになると、ググっと腰を下げてマユを見下ろした。バスケットを受け取り、パカンと蓋を開ける。
『なるほど、確かに小麦本来の良い香りがするな』
「でしょう? ……ところで、何をなさっていたのですか?」
マユが降り立ったとき、マデラは太陽に背を向けてしゃがみ込み、何やら右手をこまごまと動かしているようだった。
まさかイジけてた訳じゃないわよね、とマユが聞いてみると。
『木の間引きだ。ここらは極端に水分量が少ないのでな。あと、病気になった樹は根から土壌を通して他の樹にも伝染してしまうしのう』
「そうなのですか」
おじいちゃんが趣味で庭いじりするようなものかしら、と思ったマユは、ふと思い出したことがあって聞いてみることにした。
マデラギガンダは土の王獣、大地の生物についてとても詳しい。
「あの、ちょっとした発案があるのですが」
『何だ?』
「絶滅してしまったアメトリアンパイソンを匣迷宮で殖やして地上に戻す、という……」
『無理だな』
全部を聞き終わらないうちにマデラギガンダがバッサリと切り捨てる。
「無理?」
『アメトリアンパイソンは繁殖性が低く、繊細な生物だ。当時の環境より汚染が進んでいるから難しいだろうな』
確かに、匣迷宮は千年前の状態のまま。アメトリアンパイソンが生息できているのはそのおかげだろう。
それに他の蛇とも区画を分けてカバロアントがまめに世話をしているようだったし……と、マユはしばし考える。
「汚染……では、ユーケルン辺りにちょろっと浄化をお願いして……」
『やめておけ。それに地上は大騒ぎになるぞ』
「大騒ぎ?」
やや不思議そうに首をかしげるマユに、マデラギガンダが呆れたような溜息をつく。
『絶滅したはずの種が見つかったとなればそうだろう』
「あ……」
『そもそも環境に適応できなくて絶滅したのだ』
「……」
『自然淘汰というやつだな。いたずらに他が介入すれば現在の生態系に悪影響を与えるかもしれんぞ』
「……」
口元に右手をあて、しばらく黙りこくったマユは、
「……そうですね」
と残念そうに頷いた。
「悪影響……歪みを招く、ということですね。それは生態系だけではなく」
『ん?』
「当然、それを知った人間たちにも。アメトリアンパイソンを保護しようとする人間もいるでしょうが、欲をかく人間は際限ありませんものね。独り占めしようとしたり、密猟して高値で取引しようとしたり……。確かに、地上に余計な悪事を生み出す結果となりそうです」
残念ですが諦めますわ、と溜息をつくマユに、マデラギガンダが
『……聖女はおよそ聖女らしくないことを言うのだな……』
と意外そうな顔をする。
「え? どういう意味ですか?」
『思考回路が悪事を働く人間の方に近い』
「なっ……」
マユがくわっと口を開きみるみる顔を真っ赤にした。
「失礼過ぎますわよ、マデラ!」
『褒めたつもりなのだがな』
「褒めてませんわ、それは!」
喚くマユなど気にもせず、マデラギガンダが『わははは』と大声で笑う。
かつての聖女シュルヴィアフェスは、辺境の温かい村人に囲まれて育った。
だから「きっと良いようにしてくれるだろう」と周りに期待するようなところがあった。
どこか、人間の良心を信じているようなところがあった。
だからこそ村長の息子の暴挙を止められず、魔物を招き、村は滅び――ルヴィは聖女になったのだが。
こたびの聖女は、そういう甘さが一切無い。人間の良心などあてにせず、人間の悪意をより警戒している、といった感じか。ずっと僻地に閉じ込められていた不遇ゆえだろうか。
しかしそれは、未来を決して他者に委ねないということ。考え実行するときは必ず自らが動く、ということを示している。
つまるところ、聖女マリアンセイユは、突然何を言い出し何をやり出すか全くわからない……。
二代目魔王もこの聖女にはさぞかし苦労させられることよ、とマデラギガンダはしばらくの間笑い続けていた。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説

〈完結〉髪を切りたいと言ったらキレられた〜裏切りの婚約破棄は滅亡の合図です〜
詩海猫
ファンタジー
タイトル通り、思いつき短編。
*最近プロットを立てて書き始めても続かないことが多くテンションが保てないためリハビリ作品、設定も思いつきのままです*
他者視点や国のその後等需要があるようだったら書きます。

ピンクの髪のオバサン異世界に行く
拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。
このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる