収監令嬢は◯×♥◇したいっ! ~全く知らない乙女ゲー世界で頑張ります~

加瀬優妃

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おまけ・後日談

聖女の魔獣訪問4・アッシメニア(前編)

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 水の王獣・アッシメニア。ハティとスコル、およびクォンの保護者。
 彼らを介しマユを眺めていたアッシメニアは、何を思っていたのか……?
――――――――――――――――――――――――――――――――


「どこか痒いところはありませんか?」
『んー、左の後ろ足の付け根あたりかのう』
「この辺ですか?」
『おう、そうじゃ。なかなか上手いのう』
「ありがとうございます」

 リンドブロム大公国のはるか西の果てにある、アッシメニアの峡谷。
 年中暑い地域で、言うなれば熱帯雨林気候、というやつかしら。湿度が高く、こうやって動いていると後から後から汗が噴き出してくる。

 そして久しぶり会ったクォンが「キュン」と一声鳴き、うなじにへばりついてスルスリしていた。
 ちょ、ちょっとくすぐったいわね、クォン。まぁ、再会を喜んでくれているのは嬉しいけど。

 例によって魔獣訪問なのだけど、今日は『聖なる者の衣装』ではなく、セルフィスに押し付けられた『完全水防御』の真っピンクのツナギ。唯一、頭に二連の銀の環だけは身につけているけれど。
 このツナギ、長袖長ズボンだから暑くて仕方ないのだけど、一切濡れないので便利と言えば便利。
 身体から流れる汗は吸って魔精力に変換、再び防御魔法に利用されるという恐ろしいぐらい優れた仕様なんだけど、せめて半袖にしてほしかったわ……。

 そもそもはアッシメニア様のもとへ伺うのに手土産をどうしようかと悩んでいたところ、
『千年ぶりに沼の水の入れ替えをするから見に来んか』
というお誘いが来たのよ。
 ブレフェデラ様のところに希少種の蛇を持っていった話やマデラギガンダのところに記録水晶を持っていった話をムーンから聞いていたのか、
『そのときに儂の体でも洗ってくれればよい』
ということだったので
「わっ、行きたい! 見たい!」
と私は大興奮。
 だって、この世界で『沼の水ぜんぶ抜いてみた』をリアルに体験できるとは!

 一方セルフィスはというと、眉間に皺を刻み
「それの何が楽しいんです?」
と渋い顔をしていた。
 おかしいな、マデラギガンダのときは協力的だったのに。沼の水の入れ替えの何が気に入らないのかしら。

「だって、千年ぶりよ! 何か珍しいものが眠ってるかも!」
「アッシュがただ千年浸かっていた、というだけの沼ですよ。苔だらけでひどい有様になってきたので入れ替えをするというだけで」
「そうだけど! あー、どうして分からないかな、このワクワク感!」

 まぁ、ベース無駄が嫌いな魔王に言っても仕方がないわね、とさっさと諦めて、もう行くこと前提でサクサクと話を進めることにした。

「それより、着替えが要るわね。水着みたいな物ってあるのかしら」
「はぁ? 何を言い出すんです?」

 あ、いきなり躓いた。もう、手がかかるわね。

「だって体を洗ってあげるんだから濡れるじゃない。濡れてもいいような……」
「~~っ、絶対、認めません!」

 げっ、髪が逆立ってきたわ。
 何で魔王ビキビキモード寸前なのよ。怒りの発露がわからないわ。

「え……どっちが? 水着? 体を洗うこと?」
「水着に決まってるでしょう!」

 セルフィスは
「体を洗うとやらも、なぜそんな奉仕作業を、とは思いますけどね」
とやけにご立腹だ。
 結局どっちも気に入らないらしい。
 まぁ三助みたいだけど、アッシメニア様にはいろいろと恩もあるし、私としては全然構わないんだけどな。

「……何で?」
「肌を晒すとか! あり得ないでしょう!」
「うーん、地上だと貴族令嬢としてはあり得ないけど、こっちだともう関係ないんじゃないかしら?」
「そういうことを言っているのではありません。わたし以外の前で脱ぐつもりですか!」
「ぬっ、脱がないわよ! 何を想像しているのよ、エッチな感じで言わないで!」

 ……と、またよく分からない口論になり、最終的に

「わたしの方で用意したので、これを着ていってください。濡れませんし、汚れませんから。生着替えは禁止です」

と、このピンクのツナギを押し付けられた。どう見ても、元の世界の運送業の女の人が着るようなファッショナブルなツナギを。サイズもピッタリ。
 思うに、セルフィスって完璧主義すぎるんじゃないかしら。たかが作業着にこの完成度。
 この精度で魔王の仕事をしていたら大変なんじゃないかと思うわ。


   * * *


「アッシメニア様、一通り洗えたと思うのですが、どうでしょう?」

 沼から完全に上がり、のべんと水際に横たわっているアッシメニア様に声をかける。
 下半身を沼につけていることが多かったアッシメニア様の体には、緑の苔がビッシリとついていた。それを他の魔物の皆さんと一緒にたわしでゴシゴシと擦り、私の水魔法で綺麗に流してみたのだけど。

 何しろ体長が20mぐらいと長くて、配下のエビや魚の魔物が必死に表面についた苔を食べても全然綺麗にならなかったらしい。まぁ体に苔がついたままでも別に何の問題もないのだけど、一度キレイサッパリしたかった、とのことだった。

 私が磨き上げたことで、銀色の鱗はピカピカと太陽の光を反射して光っていた。小さな傷が二か所ほど残ってはいるものの、在りし日の姿を取り戻した王獣アッシメニアは、心なしか少し若返ったようにも見えた。

『おお、いいのう、綺麗になった。……さて、それでは沼の水を改めるか』
「何をお手伝いすればよろしいですか?」
『要らん、要らん。誰に口を利いているのだ』

 そうか、水の王獣だものね。水の扱いはお手の物か。
 思い直して、素直に引き下がる。
 でも、この広大な沼の水をどうやって入れ替えるのかしら……?

『危ないから儂の後ろに下がっておれ』

 アッシメニア様がグルリと90度回転して沼に向き直り、シッシッとでもいうように長い尻尾を左右に振る。
 こっちです、というようにエビに手足が生えたような魔物に案内されたので、沼から距離を取ってアッシメニア様の真後ろに回り込んだ。

 アッシメニア様の体ごしに広がるのは、すっかり濁りきって光も差し込まなくなった青緑色の水面。
 なお、沼に棲んでいた魚たちは一時的に川べりに作られた池の方へ引っ越しているらしい。

『…………ム!』

 ピカピカになった銀の鱗が一枚一枚、まるで生き物のようにザワザワと動き出し、魔精力が立ち昇る。
 それらが一斉に煙のように噴射され、ブワーッと沼の水面を完全に覆った。その下から、ゴボゴボ、グボグボ、という水が湧きたつような音がしている。

「え……ひゃあああ!」

 沼から一斉に宙に吸い出された水が、煙に取り巻かれて大きな球形になった。下を見ると、沼は完全に干上がって黒い泥の地面が露出している。

『……フン!』

 真後ろにいたからよく見えなかったけど、アッシメニア様の顔面からとてつもない威力の魔法が放たれたのが分かった。宙に浮かび上がった大きな大きな水の球に当たり、中央から弾ける。そのまま四散するかと思った水滴は一瞬でかき消え、宙には何も無くなってしまった。
 水だけじゃない、水草や苔、小さな生き物の死骸などが集まり、汚れ切っていた水球が、一瞬で蒸発したかのようだった。最初から何も無かったかのように。

「……塵化、ですか」

 普段は目を閉じているアッシメニア。しかしその瞳に見入られたものはすべて塵へと化す。有機物も、無機物も、恐らく分子レベルで分解されて、魔精力は再び自然の中に。

『そうじゃ。だから危険だと言っただろう』

 ふう、と息をついたアッシメニア様が、のそのそと沼の水際だった場所へと近づく。

『……おお、あったわ』

 沼の奥の方、真っ黒な泥の中に何か薄茶色の物が見え隠れしている。
 それ以外は何もない。金貨も、宝剣も。……ま、それはそうか。

 あれを取ってきてくれ、と言われたので、ブヨブヨとぬかるんだ泥の中に入り、岩壁へと歩く。ズボッと泥の中に手を突っ込んでその薄茶色の物を拾い上げた。

 革のボール、かな? 二枚を繋ぎ合わせて、真ん中を別の帯状の革でグルリと巻き、縫い合わせたもの。ハンドボールぐらいの大きさで、振ってみると中までは水が浸透していなかったらしくシャカシャカという音がする。
 革のボールは、ほわっとした魔精力で包まれていた。これは魔物の魔精力じゃない、きっと聖女シュルヴィアフェスの力だわ。
 とすると、このボールは聖女シュルヴィアフェスの手作りなのかしら。

 泥を拭い、
「これですか?」
と革のボールを高く掲げる。私の手にあるボールを見たアッシメニア様は、
『おう、そうじゃ』
と言い、懐かしそうに目尻を下げた。

『ルヴィがハトとスクに与えた遊び道具じゃ』
「ボール……鞠ですね」
『ルヴィがいなくなりしばらくここに住んでいた頃、遊んでて沼に落としてな』
「あらら」
『大事なの落とした、水が邪魔、じぃちゃん拾ってくれと泣き喚き、ひっかくわ噛みつくわで大変だった』

 当時を思い出したのか、アッシメニア様がフン、と鼻息を漏らす。

 今のように水を引かせて取ってあげることは簡単だった。だけど、
『自分たちの失敗を儂に尻拭いさせることは何事じゃ!』
と二人を叱りつけたらしい。
 アッシメニア様はこれがそのときの傷じゃ、と右の前足と左の後ろ足を軽く振ってみせた。

「その傷、てっきり古の戦いで負わされたものかと思っていました」
『儂が人間如きに傷つけられる訳がなかろうが。小さくとも魔獣だからこそじゃ』

 とは言っても、王獣アッシメニアなら黙ってやられたままになることなんて無かっただろうに。しかも、そんな傷が残るほど。
 まだ小さかった二人を強引に振り切れなかったのかな、と思う。

『覚えとるかどうかはわからんが、持っていってやれ』
「はい、わかりました」

 このちっぽけな鞠に、聖女シュルヴィアフェスとアッシメニア様、二人の想いが詰まっている。
 魔精力だけじゃない温かさを感じて、私は力強く頷いた。
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