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おまけ・後日談
聖女の魔獣訪問1・フィッサマイヤ(1)
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火の王獣、フィッサマイヤ。
古の物語には必ず登場する、要となる魔獣です。~~旦( ̄▽ ̄*)
――――――――――――――――――――――――――――――――
火の王獣フィッサマイヤが棲むのは、リンドブロム大公国のはるか北にある寒冷地、フィッサマイヤの森。
赤と黒の靄に包まれた魔界の火の領域を、クリスタルのような月光龍の長い体躯がゆっくりと渡っていく。
「マイヤというのは火の王獣、フィッサマイヤ様のことよね?」
“そうだ。可能ならば連れてきてほしい、と頼まれていた”
魔王に切り出す前に聖女が暴れ出してしまったがな、とムーンは呟き、クククと喉を鳴らす。
ごめんなさいね、おかしなところを見せてしまって……。
「フィッサマイヤ様が心配していた、というのは本当なの?」
“心配、というより聖女が自ら魔王の下へ来たというのが信じられなかったようだ”
「地上でのことは、あまりご存知ではないのね」
“マイヤは自分の領域に引き籠っていることが多いのでな。マデラが訪れて話は伝えたようだが”
いつの間にか赤と黒の靄は消え、辺りは背の高い針葉樹林が立ち並ぶ鬱蒼とした場所に辿り着いていた。
地面はすべて雪で覆われて、白と薄いグレーのわずかな陰影が大地の傾斜を伝えるのみ。足を踏み入れる者など当然なく、足跡ひとつついてない大地は穢れの無い天国の純白の絨毯を思わせる。
ムーンが木々の間を縫うように進むと、やがて少しだけ開けた空間が現れた。
三本の樅の木で三角形に囲まれた根元に、絵本に出てくるようなこぢんまりとした小さな家が建っている。
赤い屋根に丸太の壁、濃い茶色で塗られた板チョコのような扉。煙突が一つに、窓も一つ。
あらっ!? でも……あれっ!?
「え、家!? 普通の家!?」
“そうだ。なぜ驚く?”
「フィッサマイヤと言えば大きな尻尾を持つ金色の狐と聞いているわ。てっきり洞穴のような場所に棲んでいるものと……」
アッシメニアは広大な沼の一角にいたし……何ていうのかしらね、魔獣は魔物と同様、自然の中に溶け込むように暮らしているとばかり思っていたわ。
“聖女を匿うために用意した家だ。聖女が森を出たあとは自らが棲んでいる”
「ああ……」
そうだ、フィッサマイヤは人間である聖女と共に暮らしていた時期があるんだ。
そう言えば、狐はどのような環境にも適応しやすいと聞く。元の世界で人を化かすとされていたり神の使いとされていたりするのも、それだけ人間との距離が近い生き物だからかもしれない。
だからこそ、聖女に真っ先に手を差し伸べたのかもしれないわね。
ムーンが家の前に降り立ち、身を屈め、胴体をやや左に傾ける。
そのまま飛び降りろということだと思い、そろりと足を伸ばし真っ白な雪原の中へポン、と降り立った。
……つもりだったが、そのままズボッと胸まで埋まってしまった。
「ひゃあ!」
“ん?”
「『ん?』じゃないわよ、ムーン! 雪、雪が深いじゃないの!」
“……おお、そうか”
見ると、ムーンの場合は足先が少し埋まった程度で何てことはない。そのせいで人間だと埋まってしまって歩けない、ということに思い至らなかったらしい。
左手の二本の指を両方の脇の下に入れられたので、ガシッと掴まる。するとムーンは、雪原からズボッと私の身体を引き抜いてくれた。そのままプラン、と宙にぶら下げられてしまう。
まるでクレーンゲームの景品みたいだわ。ここからどうするのよ。
よく見ると、フィッサマイヤの家はトム・ソーヤの冒険に出てくるような木の上に作られた家だとわかった。三本の樅の木の間に複雑に丸太が渡され組み上げられていて、その上に乗っかっている。
雪が降り積もり、家の下の部分まで覆われてしまっていたために気づかなかったようだ。
「えーと、じゃあその手前の木の枝の上に下ろしてくれる?」
“枝を渡っていく気か。雪で滑るし危ないと思うが。そこまでせずとも、このまま扉の前まで運んでやるから、扉を叩け”
「冗談じゃないわ! 宙ぶらりんの状態でご対面なんて嫌よ!」
“そうか?”
「初めてお会いするのよ。こんな間抜けな姿、あり得ないわよ!」
“我儘な聖女よ……。ふむ、魔王の苦労が少しわかった気がするな”
『――ほほ、ほほほほ……』
どこからともなく、お手本にしたくなるような美しい笑い声が聞こえてきた。
若くはない、だけどしっとりとした品の良い声。
キョロキョロしていると、扉がキィィとわずかな音を鳴らして開く。小型犬ぐらいの大きさの、大きな耳をした金色の狐が現れた。額には丸い真っ赤な宝石がついていて、太陽の光を浴びてキラキラしている。
体長の3倍ぐらいはあるふわふわした大きな尻尾がクルリと巻き込み、手招きするように揺れ動いた。
『こちらからどうぞ。聖女マリアンセイユ』
* * *
『それにしても、まぁ……ふふ……うふふ……』
優し気で気品あふれる老齢の貴婦人の姿に変身したフィッサマイヤ様が、小さなキッチンでお茶の準備をしながら肩を震わせている。
そして私はというと、そのすぐ傍にある二人掛けの小さなダイニングテーブルの片側に腰かけていた。
何かお手伝いを、と言わないといけないと思ったんだけど、そもそもお茶なんて自分で淹れたことはないし、何をしたらいいかわからない。
ああ、せめて手土産ぐらい持ってこればよかったわ。まさかこんなちゃんとした形で迎えられるとは思わなかったら、考えつかなかった。
そんな私を察したのか、フィッサマイヤ様は
『いいからそちらで休んでいてくださいな』
と私に椅子を勧めてくれたので、せめて邪魔にならないようにとおとなしく座った。顔は動かさずに、視線だけをあちらこちらへと泳がせる。
衝立で仕切られた奥はシングルサイズのベッドと小さなタンスと本棚がある。派手な装飾はないものの素朴で温かみのあるベージュの木材でできていて、聖女シュルヴィアフェスが過ごしていた頃のまま残されてるのかな、と思う。
窓の傍には暖炉があって、薪がパチパチと音を立てて燃えていた。その前にふかふかした丸くて赤いラグが敷かれている。ところどころキラッと光っているのは、金色の毛だろうか。
今は人型になっているけど、やはり普段は金色の狐の姿でこの暖炉の前で寝そべり、日々を穏やかに過ごしているのかもしれない。
『これはまた、元気な聖女ですこと。……ルヴィにも劣りませんね』
「え?」
湯呑に取っ手がついたようなずんぐりとした木製のティーカップが目の前に差し出される。温かい紅茶からはふわりと湯気が上がっていた。
顔を上げると、紅茶を差し出してくださったフィッサマイヤ様と目が合った。フフフ、と楽し気に目を細めている。
そして私の向かい側に座ると、両手を組んで顎を載せ、小首を傾げた。
『えーと、あなたを何と呼べばよろしいかしら?』
「あっ!」
自己紹介を完全にすっ飛ばしていたことに気づいて慌てて立ち上がる。しっかりとその場で床に跪き、深く頭を下げた。
優しい雰囲気に和んでいる場合じゃなかったわ。いくら人の良さそうなおばあさまに見えても、相手はれっきとした火の王獣! 挨拶はきちんと!
……って、コレ、アッシメニア様のときも思ったんだったわ。同じ失敗を何度繰り返すの、私。
「申し訳ありませんでした。初めまして、フィッサマイヤ様。わたくしはマリアンセイユ・フォンティーヌと申します。リンドブロム大公国の大公子ディオンの正妃でございます。こたび、魔王との約定として……」
『ああ、いいのよ、それは。そういう意味じゃないの。一通りはマデラから聞いていますから』
「ですが……」
『ほら、ちゃんと座って。わたくしのことは〝マイヤ〟と呼んでください。そして……そうね、あなたのことは〝マリアン〟と呼びましょう。よろしいかしら?』
「あ、はい」
なるほど、そういえばフィッサマイヤ様は『マイヤ』、マデラギガンダは『マデラ』と呼ばれている。思えばフェルワンドやサーペンダーも愛称だったっけ。
そうやって短く呼ぶのが、魔界での習わしなのね。だから呼び方についてセルフィスも注意したのかしら……。
再びテーブルにつくと、マイヤ様はキラキラした瞳でずいっと身を乗り出した。
『それでは、マリアン。早速なのですが、魔王との馴れ初めを教えて下さいな』
「へっ!?」
意外なことを言われ、裏返った変な声が口から飛び出てしまう。
まさかここにきてガッツリ恋バナを要求されるとは!
『あなたのこれまでのこと、あなたから見た魔王についてお聞きしたいのですわ。よろしくて?』
「あ、はい……」
そう言われては拒絶することもできない。
ムーンによればずっと引き籠っておられたというし、あまりご存知ないのかもしれないわ。
そう考え、目覚めてから今までのことをあらかた包み隠さず話した。
話していくうちに、本当に親しい友人と話している気分になり、だんだん肩から力が抜けていくのが分かった。
王獣相手にそれでいいのかしら、とも思ったのだけど、マイヤ様の様子を見ると失礼にはなってないみたいだし、この距離感でいいんだと思う。
ちなみに、ムーンはマイヤ様に『二人きりにしてほしい』と頼まれてどこかへ飛び立っていった。
ムーンの傍から離れるな、迂闊に近づくなとセルフィスには言われていたけど、フィッサマイヤ様に関しては大丈夫らしく、ムーンは私を一人にすることに全く抵抗しなかった。
私の話を聞いたマイヤ様は時には声を出して笑い、時には忍び笑いをし、時には肩を震わせて笑いを堪え……要するに、終始ご機嫌だった。
『ああ、そう……。こたびの魔王も聖女には苦労させられているようですね』
「あの、こたびというと、前回も、ということでしょうか?」
『そうですわ。初代魔王は思い込み激しく融通が利きませんし、聖女シュルヴィアフェスも勝気な女性でしたので』
「……???」
どうも、イメージしていた魔王と聖女とは違うわね。
あと、魔王が聖女に苦労させられた、というところが気になるわ。逆じゃないのかしら?
『ふふふ』
私の考えていることがわかったのか、マイヤ様がいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
これは……聞いてみてもいいのかしら?
「あの、マイヤ様。初代魔王と聖女シュルヴィアフェスのお話を、お聞かせ願えませんか?」
根掘り葉掘り質問してはいけない、と言われていたけど、ここは言ってみてもいいんじゃないかしら。
思い切って口に出すと、マイア様は
『よろしいですわよ。今日は元よりそのつもりでしたの』
と深く頷き、ゆっくりと席を立ってお茶のお代わりの準備をし始めた。
古の物語には必ず登場する、要となる魔獣です。~~旦( ̄▽ ̄*)
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火の王獣フィッサマイヤが棲むのは、リンドブロム大公国のはるか北にある寒冷地、フィッサマイヤの森。
赤と黒の靄に包まれた魔界の火の領域を、クリスタルのような月光龍の長い体躯がゆっくりと渡っていく。
「マイヤというのは火の王獣、フィッサマイヤ様のことよね?」
“そうだ。可能ならば連れてきてほしい、と頼まれていた”
魔王に切り出す前に聖女が暴れ出してしまったがな、とムーンは呟き、クククと喉を鳴らす。
ごめんなさいね、おかしなところを見せてしまって……。
「フィッサマイヤ様が心配していた、というのは本当なの?」
“心配、というより聖女が自ら魔王の下へ来たというのが信じられなかったようだ”
「地上でのことは、あまりご存知ではないのね」
“マイヤは自分の領域に引き籠っていることが多いのでな。マデラが訪れて話は伝えたようだが”
いつの間にか赤と黒の靄は消え、辺りは背の高い針葉樹林が立ち並ぶ鬱蒼とした場所に辿り着いていた。
地面はすべて雪で覆われて、白と薄いグレーのわずかな陰影が大地の傾斜を伝えるのみ。足を踏み入れる者など当然なく、足跡ひとつついてない大地は穢れの無い天国の純白の絨毯を思わせる。
ムーンが木々の間を縫うように進むと、やがて少しだけ開けた空間が現れた。
三本の樅の木で三角形に囲まれた根元に、絵本に出てくるようなこぢんまりとした小さな家が建っている。
赤い屋根に丸太の壁、濃い茶色で塗られた板チョコのような扉。煙突が一つに、窓も一つ。
あらっ!? でも……あれっ!?
「え、家!? 普通の家!?」
“そうだ。なぜ驚く?”
「フィッサマイヤと言えば大きな尻尾を持つ金色の狐と聞いているわ。てっきり洞穴のような場所に棲んでいるものと……」
アッシメニアは広大な沼の一角にいたし……何ていうのかしらね、魔獣は魔物と同様、自然の中に溶け込むように暮らしているとばかり思っていたわ。
“聖女を匿うために用意した家だ。聖女が森を出たあとは自らが棲んでいる”
「ああ……」
そうだ、フィッサマイヤは人間である聖女と共に暮らしていた時期があるんだ。
そう言えば、狐はどのような環境にも適応しやすいと聞く。元の世界で人を化かすとされていたり神の使いとされていたりするのも、それだけ人間との距離が近い生き物だからかもしれない。
だからこそ、聖女に真っ先に手を差し伸べたのかもしれないわね。
ムーンが家の前に降り立ち、身を屈め、胴体をやや左に傾ける。
そのまま飛び降りろということだと思い、そろりと足を伸ばし真っ白な雪原の中へポン、と降り立った。
……つもりだったが、そのままズボッと胸まで埋まってしまった。
「ひゃあ!」
“ん?”
「『ん?』じゃないわよ、ムーン! 雪、雪が深いじゃないの!」
“……おお、そうか”
見ると、ムーンの場合は足先が少し埋まった程度で何てことはない。そのせいで人間だと埋まってしまって歩けない、ということに思い至らなかったらしい。
左手の二本の指を両方の脇の下に入れられたので、ガシッと掴まる。するとムーンは、雪原からズボッと私の身体を引き抜いてくれた。そのままプラン、と宙にぶら下げられてしまう。
まるでクレーンゲームの景品みたいだわ。ここからどうするのよ。
よく見ると、フィッサマイヤの家はトム・ソーヤの冒険に出てくるような木の上に作られた家だとわかった。三本の樅の木の間に複雑に丸太が渡され組み上げられていて、その上に乗っかっている。
雪が降り積もり、家の下の部分まで覆われてしまっていたために気づかなかったようだ。
「えーと、じゃあその手前の木の枝の上に下ろしてくれる?」
“枝を渡っていく気か。雪で滑るし危ないと思うが。そこまでせずとも、このまま扉の前まで運んでやるから、扉を叩け”
「冗談じゃないわ! 宙ぶらりんの状態でご対面なんて嫌よ!」
“そうか?”
「初めてお会いするのよ。こんな間抜けな姿、あり得ないわよ!」
“我儘な聖女よ……。ふむ、魔王の苦労が少しわかった気がするな”
『――ほほ、ほほほほ……』
どこからともなく、お手本にしたくなるような美しい笑い声が聞こえてきた。
若くはない、だけどしっとりとした品の良い声。
キョロキョロしていると、扉がキィィとわずかな音を鳴らして開く。小型犬ぐらいの大きさの、大きな耳をした金色の狐が現れた。額には丸い真っ赤な宝石がついていて、太陽の光を浴びてキラキラしている。
体長の3倍ぐらいはあるふわふわした大きな尻尾がクルリと巻き込み、手招きするように揺れ動いた。
『こちらからどうぞ。聖女マリアンセイユ』
* * *
『それにしても、まぁ……ふふ……うふふ……』
優し気で気品あふれる老齢の貴婦人の姿に変身したフィッサマイヤ様が、小さなキッチンでお茶の準備をしながら肩を震わせている。
そして私はというと、そのすぐ傍にある二人掛けの小さなダイニングテーブルの片側に腰かけていた。
何かお手伝いを、と言わないといけないと思ったんだけど、そもそもお茶なんて自分で淹れたことはないし、何をしたらいいかわからない。
ああ、せめて手土産ぐらい持ってこればよかったわ。まさかこんなちゃんとした形で迎えられるとは思わなかったら、考えつかなかった。
そんな私を察したのか、フィッサマイヤ様は
『いいからそちらで休んでいてくださいな』
と私に椅子を勧めてくれたので、せめて邪魔にならないようにとおとなしく座った。顔は動かさずに、視線だけをあちらこちらへと泳がせる。
衝立で仕切られた奥はシングルサイズのベッドと小さなタンスと本棚がある。派手な装飾はないものの素朴で温かみのあるベージュの木材でできていて、聖女シュルヴィアフェスが過ごしていた頃のまま残されてるのかな、と思う。
窓の傍には暖炉があって、薪がパチパチと音を立てて燃えていた。その前にふかふかした丸くて赤いラグが敷かれている。ところどころキラッと光っているのは、金色の毛だろうか。
今は人型になっているけど、やはり普段は金色の狐の姿でこの暖炉の前で寝そべり、日々を穏やかに過ごしているのかもしれない。
『これはまた、元気な聖女ですこと。……ルヴィにも劣りませんね』
「え?」
湯呑に取っ手がついたようなずんぐりとした木製のティーカップが目の前に差し出される。温かい紅茶からはふわりと湯気が上がっていた。
顔を上げると、紅茶を差し出してくださったフィッサマイヤ様と目が合った。フフフ、と楽し気に目を細めている。
そして私の向かい側に座ると、両手を組んで顎を載せ、小首を傾げた。
『えーと、あなたを何と呼べばよろしいかしら?』
「あっ!」
自己紹介を完全にすっ飛ばしていたことに気づいて慌てて立ち上がる。しっかりとその場で床に跪き、深く頭を下げた。
優しい雰囲気に和んでいる場合じゃなかったわ。いくら人の良さそうなおばあさまに見えても、相手はれっきとした火の王獣! 挨拶はきちんと!
……って、コレ、アッシメニア様のときも思ったんだったわ。同じ失敗を何度繰り返すの、私。
「申し訳ありませんでした。初めまして、フィッサマイヤ様。わたくしはマリアンセイユ・フォンティーヌと申します。リンドブロム大公国の大公子ディオンの正妃でございます。こたび、魔王との約定として……」
『ああ、いいのよ、それは。そういう意味じゃないの。一通りはマデラから聞いていますから』
「ですが……」
『ほら、ちゃんと座って。わたくしのことは〝マイヤ〟と呼んでください。そして……そうね、あなたのことは〝マリアン〟と呼びましょう。よろしいかしら?』
「あ、はい」
なるほど、そういえばフィッサマイヤ様は『マイヤ』、マデラギガンダは『マデラ』と呼ばれている。思えばフェルワンドやサーペンダーも愛称だったっけ。
そうやって短く呼ぶのが、魔界での習わしなのね。だから呼び方についてセルフィスも注意したのかしら……。
再びテーブルにつくと、マイヤ様はキラキラした瞳でずいっと身を乗り出した。
『それでは、マリアン。早速なのですが、魔王との馴れ初めを教えて下さいな』
「へっ!?」
意外なことを言われ、裏返った変な声が口から飛び出てしまう。
まさかここにきてガッツリ恋バナを要求されるとは!
『あなたのこれまでのこと、あなたから見た魔王についてお聞きしたいのですわ。よろしくて?』
「あ、はい……」
そう言われては拒絶することもできない。
ムーンによればずっと引き籠っておられたというし、あまりご存知ないのかもしれないわ。
そう考え、目覚めてから今までのことをあらかた包み隠さず話した。
話していくうちに、本当に親しい友人と話している気分になり、だんだん肩から力が抜けていくのが分かった。
王獣相手にそれでいいのかしら、とも思ったのだけど、マイヤ様の様子を見ると失礼にはなってないみたいだし、この距離感でいいんだと思う。
ちなみに、ムーンはマイヤ様に『二人きりにしてほしい』と頼まれてどこかへ飛び立っていった。
ムーンの傍から離れるな、迂闊に近づくなとセルフィスには言われていたけど、フィッサマイヤ様に関しては大丈夫らしく、ムーンは私を一人にすることに全く抵抗しなかった。
私の話を聞いたマイヤ様は時には声を出して笑い、時には忍び笑いをし、時には肩を震わせて笑いを堪え……要するに、終始ご機嫌だった。
『ああ、そう……。こたびの魔王も聖女には苦労させられているようですね』
「あの、こたびというと、前回も、ということでしょうか?」
『そうですわ。初代魔王は思い込み激しく融通が利きませんし、聖女シュルヴィアフェスも勝気な女性でしたので』
「……???」
どうも、イメージしていた魔王と聖女とは違うわね。
あと、魔王が聖女に苦労させられた、というところが気になるわ。逆じゃないのかしら?
『ふふふ』
私の考えていることがわかったのか、マイヤ様がいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
これは……聞いてみてもいいのかしら?
「あの、マイヤ様。初代魔王と聖女シュルヴィアフェスのお話を、お聞かせ願えませんか?」
根掘り葉掘り質問してはいけない、と言われていたけど、ここは言ってみてもいいんじゃないかしら。
思い切って口に出すと、マイア様は
『よろしいですわよ。今日は元よりそのつもりでしたの』
と深く頷き、ゆっくりと席を立ってお茶のお代わりの準備をし始めた。
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また、現在カクヨム・ノベルアップ+でも活動しております。
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