121 / 156
第13幕 収監令嬢は彼に逢いたい
第3話 そしてどうにか舞台は幕を閉じたのだけど
しおりを挟む
私が王獣マデラギガンダにお願いしたことは、三つある。
一つ、聖女は一人だけにしてほしい。
マリアンセイユ・フォンティーヌが魔王の下に行くから、ミーア・レグナンドが人間界に留まることを認めてほしい、ということ。
二つ、私は次期大公ディオンの正妃として魔王の下に向かいたい。
そのため、結婚の発表を終えるまでは登場を待ってほしい、ということ。
三つ、事前に顔を合わせていたとなると大事になるため、私達とは初対面ということにしてほしい。
そのため、私達の前に現れたときの言葉を、そっくりそのまますべての大衆に伝えてほしい、ということ。
すべては、『二人とも聖女である』という結論を全ての人に知らしめるため。
ミーアの立場を誰も脅かすことのないよう、盤石なものとするため。
そして誰の顔を潰すこともないまま、私自身が自由になるためのお願いだった。
後はもう、「聖女の力を見せろ」と事前に言われていたことを除けば、完全にアドリブだった。
マデラギガンダが何を言い出すかは分からないけれど、とにかく私が話をする時間さえ貰えれば、と思っていたのだけど。言いたいことはだいたい決まっていたし、上手く持っていく自信はあったのだけど。
まさかマデラギガンダがディオン様に究極の二択を迫るとは思わなかったわ。あのときだけは正直焦ったわよ。
私が魔界に行くって言ったじゃない! 何よ、その恐ろしい揺さぶりは……っ!
……と、一瞬硬直しちゃったわ。
ディオン様が速攻で『マリアンセイユ』と言ったらさすがに傷ついたし、かといって『ミーア』と言えば、その後の結婚生活が心配になるところだったし。
ディオン様が慎重なお人柄で、本当に良かった。
マデラギガンダ、お願いを聞いてくれて『初対面です』設定に合わせてくれたのはいいんだけど、何であんなにノリノリで悪役っぽい演技をしたのかしら……。
私の意図を汲んで、アッシメニア様が上手く言ってくれたのかしらね。だとすると「聖女の力を見せろ」とバトルの場を用意してくれたことも、その一環かしら。
これは、すごく良かったと思うわ。
私とミーアの力を見せつけられたしね。まさか三重防御魔法陣が壊れるとは思わなかったけど……あれは、マデラギガンダに触れた炎だったかしらね?
まぁとにかく、結果オーライよ。あれを見て
「いや、自分の方が妃に相応しい」
と言える令嬢は、いないと思うわ。
――そして、ミーア……美玖と、最後に交わした言葉。
(美玖。お膳立てはしておいたわよ。これでいいわね?)
(繭……本当にありがとう。でも、いざとなると不安になるわ)
(何が? 大丈夫よ、あんたなら。ディオン様と幸せにね)
(違うわよ。……繭、本当に魔界に行って大丈夫なの? 私……)
(――大丈夫よ。ありがとう、美玖)
抱き合う前にミーアがほろりと溢した涙は、演技ではなく本物だった。
それに気づいて、私もうるっときちゃったけど。
そのあともまだ泣いてたから、ヒロインが鼻水を垂れるんじゃないかと心配したわ……。
* * *
「まさか……月光龍が現れるとは思いませんでした」
地上に別れを告げ、消えかけた虹を渡るように天空に向かっていたとき。
さすがに驚きを隠せずに言葉を漏らすと、月光龍が“フン”と不満げに鼻を鳴らした。
“魔王に言われたから、仕方なくだ”
こんなじゃじゃ馬に何故……と、小声で言ったわね。聞こえてるわよ。
「魔王は、もうお元気なのですか?」
“別に病で臥せっていた訳ではないぞ”
「ですが、長い間眠っていたとなれば……」
“元気だ。元気過ぎて困るぐらいだ”
うーん、それはそれでこっちも困るわね。ちょっと弱ってるところに上手く懐に入り込んでどうにかしようと思ってたのに。
そう言えば、二代目魔王なんだっけ。初代魔王と別人なのかしら。とてつもない暴君だったらどうしよう。
ぷる、と震えが走り、思わず左手で右腕を庇う。
それに気づいたのか、月光龍が
“聖女よ、恐ろしいのか?”
と聞いてきた。
「……恐ろしくないと言えば、嘘になります。しかし、わたくしが知っているのはあくまで伝承の中の魔王です。会ってみなければ、何もわかりません」
“……ふん”
私がどれぐらいのことを知っているのか探っているのかもしれない。迂闊なことは言わないようにしないと。
それに伝承の魔王とは別人かもしれない、というのはハティの口ぶりから私が予測しただけ。何の保証もない。
やっぱり、会ってみなければわからない。これが真実よね。
気が付けば、青い空はいつの間にか消えていて、天空には金と銀と黒の斑模様が浮かび上がっていた。
時折走る黒い靄が、私達の周囲をかけめぐる。
そして――視線の先には、真っ黒な魔王城。
そうか……ここが、魔界の中心。魔王が棲むところ。
いや、もう、圧が凄いわね。壁はすべて真っ黒で、金で縁取りされた窓がポツポツと並んでいるだけ。窓にはオレンジ色の灯りが所々点いていて、三つほどしかない扉はすべて赤。
いわゆるゲームのラスダンで見るような漆黒の宮殿って感じかしらね。刺々しいというか禍々しいというか。
さすがの迫力ね……って、あら!?
「ハティ!? スコル!?」
私の両隣にピタリと寄り添っていた二人の姿がない。
あの子達もさすがに魔王に会うとなると緊張するのか、ビキーンと四肢を固めたまま、一言も発しなかったのだけど。
“許可なきものは魔王直轄エリアには入れぬ”
「あの、無事なのでしょうか?」
“入り口で下ろしただけだ。自分のねぐらへと帰るだろう”
そういえば、火のエリアは赤と黒の渦、水のエリアは青と黒の渦だったわね。
この金と銀と黒の空が直轄エリアの証なのか。
ふと左側を見ると、並んで飛んでいたはずのマデラギガンダも姿を消している。
「あの……マデラギガンダも?」
“当然だ。魔王が望まない限り、王獣といえどもそうそうは会えん”
配下が魔王の謁見の許可を取るには時間がかかるのだ、と月光龍がやや誇らしげに言う。相棒たる自分だけは出入り自由だがな、と言いたいのかもしれない。
王獣すら許可されていないとなると……これは本当に、ピンチかもしれないわ。
いざとなったらアッシメニア様がとりなしてくれないかしら、という淡い期待もあったのだけど、絶対に来れないってことじゃない。
いやいや、怯んでちゃ駄目よ。自力でどうにかするのよ。
だいたい私は、魔獣の皆さんにだいぶん頼りすぎていたわ。ここからは、自分の力で切り抜けないと。
……セルフィスがもし魔物だったとしたら、本当に私は魔物に守られてナンボだったってことよね。
自分で作った言葉だけど、『魔物の聖女』さもありなん、って感じだわ。
宙を舞っていた黒い靄が、何度も私のすぐ傍まで近づいてきてぬるぬると蠢き、まとわりついている。
そしてこの黒い靄が身体を取り巻くごとに、舐めるような視線を感じる。
これ、ひょっとして魔王がどこからか見てるのかしら。この黒い靄は、魔王の分身とかなのかしら。
ううう、どうしよう……思ったより粘着質なタイプかもしれない、魔王って……。
でもそうよね。何しろ、聖女シュルヴィアフェスに横恋慕して略奪愛を決行しちゃったんだもんね。かなり周りが見えてない感じのタイプではあるのかもしれないわ。
聖女がいなくなってしょげて寝ちゃうなんて……本当に溺愛だったのね。
まぁこれも、真実かどうかは分からないけど。そう外れてはいないと思うわ。
ああっ、肝心なことを忘れてた! そんな『聖女シュルヴィアフェス』をお気に入りの魔王が、『聖女マリアンセイユ』を気に入るかどうかはわからないじゃない! むしろミーアみたいなタイプの方が好みかもしれないわ!
……だとすると、初代魔王と別人の方がまだ望みはあるわね。別に魔王を自分に惚れさせたい訳じゃないけど、やっぱりある程度は心を掴みたいところよ。
美玖を見習って、どういうタイプが好みなのかしっかりリサーチして演じないと。でも、ろくに恋愛してきてない私にそんな高等テクニックが使えるのかしら。
いやいや、伊達に貴族社会で完璧な令嬢を装ってきた訳じゃないのよ。慕う演技ぐらい、やればできるわ!
“……気でも狂ったか?”
真剣に考えを巡らせていたにも関わらず、月光龍がそんなことを言う。
意気込みをすかされてガクッと落ちそうになる肩をどうにか支え、私はいつもの笑みを浮かべた。
「いえ、考え事をしていただけですわ。何かありまして?」
“青ざめたと思ったら急に赤く頬を染め、また震えながら青ざめたと思ったらいきなりニヤニヤし始めれば、てっきり恐怖のあまりおかしくなったのかと思うが”
「まぁ、申し訳ありません。ちょっと……緊張が出てしまいましたわ」
オホホホホ、とすっかり板についた令嬢笑いを披露したものの、背中にはヒヤリとしたものを感じる。
やっぱり、さすがに魔王城目前だと平静を装う演技すら難しいわ……。
自分でも言ってたじゃない。考えても考えさせても駄目。
頭を空っぽにして、まずはあるがままを見つめなければ。
* * *
月光龍が、魔王城の一番高い場所にあるテラスへと私を下ろす。
そこの赤い扉から中に入ってまっすぐに進めば玉座だ、と告げ、月光龍は金と銀と黒が渦巻く天空へと消えていった。
はぁ……この扉を開くと、もう後戻りはできないのよね。いやそもそも、ここから逃げることもできないのだけど。
テラスから下を見下ろすと、ゆうに日本の城の天守閣ぐらいはあるんじゃないかな、という黒い壁がズオオオン!という効果音と共に続いている。
下は……黒い、森かしら。『キエィィィ』みたいな奇妙な鳴き声がたまに聞こえるけど、魔界にも生き物っているのね。
そうか、クォンもそうだったっけ。魔物ではない、奇跡のカエル。
すー、はー、すー、はー、深呼吸をする。
よーし、いざ行かん!
ふん!と胸を反らし、両開きの血塗られたような赤い扉の取っ手に手をかける。
見上げると、高さ十メートルはありそうな巨大な扉。これはかなり重そうね。
身体を突っ張り、どやーっとばかりに力を入れて引いたけど、ビクともしない。
「え、ええっ!? 結界!?」
「――その扉は、押すんです」
「あら、すみません。……って、ええっ!」
聞き覚えのある声に驚いていると、自然と扉が開き始めた。取っ手を握ったままだったので前にずるずると引きずられ、危うく転びそうになる。
ドタ、ドタタ……とみっともなくフラフラしながら中に入った。
人影を感じて、顔を上げる。
そこには――いつもの執事服姿で静かに佇む、セルフィスの姿があった。
一つ、聖女は一人だけにしてほしい。
マリアンセイユ・フォンティーヌが魔王の下に行くから、ミーア・レグナンドが人間界に留まることを認めてほしい、ということ。
二つ、私は次期大公ディオンの正妃として魔王の下に向かいたい。
そのため、結婚の発表を終えるまでは登場を待ってほしい、ということ。
三つ、事前に顔を合わせていたとなると大事になるため、私達とは初対面ということにしてほしい。
そのため、私達の前に現れたときの言葉を、そっくりそのまますべての大衆に伝えてほしい、ということ。
すべては、『二人とも聖女である』という結論を全ての人に知らしめるため。
ミーアの立場を誰も脅かすことのないよう、盤石なものとするため。
そして誰の顔を潰すこともないまま、私自身が自由になるためのお願いだった。
後はもう、「聖女の力を見せろ」と事前に言われていたことを除けば、完全にアドリブだった。
マデラギガンダが何を言い出すかは分からないけれど、とにかく私が話をする時間さえ貰えれば、と思っていたのだけど。言いたいことはだいたい決まっていたし、上手く持っていく自信はあったのだけど。
まさかマデラギガンダがディオン様に究極の二択を迫るとは思わなかったわ。あのときだけは正直焦ったわよ。
私が魔界に行くって言ったじゃない! 何よ、その恐ろしい揺さぶりは……っ!
……と、一瞬硬直しちゃったわ。
ディオン様が速攻で『マリアンセイユ』と言ったらさすがに傷ついたし、かといって『ミーア』と言えば、その後の結婚生活が心配になるところだったし。
ディオン様が慎重なお人柄で、本当に良かった。
マデラギガンダ、お願いを聞いてくれて『初対面です』設定に合わせてくれたのはいいんだけど、何であんなにノリノリで悪役っぽい演技をしたのかしら……。
私の意図を汲んで、アッシメニア様が上手く言ってくれたのかしらね。だとすると「聖女の力を見せろ」とバトルの場を用意してくれたことも、その一環かしら。
これは、すごく良かったと思うわ。
私とミーアの力を見せつけられたしね。まさか三重防御魔法陣が壊れるとは思わなかったけど……あれは、マデラギガンダに触れた炎だったかしらね?
まぁとにかく、結果オーライよ。あれを見て
「いや、自分の方が妃に相応しい」
と言える令嬢は、いないと思うわ。
――そして、ミーア……美玖と、最後に交わした言葉。
(美玖。お膳立てはしておいたわよ。これでいいわね?)
(繭……本当にありがとう。でも、いざとなると不安になるわ)
(何が? 大丈夫よ、あんたなら。ディオン様と幸せにね)
(違うわよ。……繭、本当に魔界に行って大丈夫なの? 私……)
(――大丈夫よ。ありがとう、美玖)
抱き合う前にミーアがほろりと溢した涙は、演技ではなく本物だった。
それに気づいて、私もうるっときちゃったけど。
そのあともまだ泣いてたから、ヒロインが鼻水を垂れるんじゃないかと心配したわ……。
* * *
「まさか……月光龍が現れるとは思いませんでした」
地上に別れを告げ、消えかけた虹を渡るように天空に向かっていたとき。
さすがに驚きを隠せずに言葉を漏らすと、月光龍が“フン”と不満げに鼻を鳴らした。
“魔王に言われたから、仕方なくだ”
こんなじゃじゃ馬に何故……と、小声で言ったわね。聞こえてるわよ。
「魔王は、もうお元気なのですか?」
“別に病で臥せっていた訳ではないぞ”
「ですが、長い間眠っていたとなれば……」
“元気だ。元気過ぎて困るぐらいだ”
うーん、それはそれでこっちも困るわね。ちょっと弱ってるところに上手く懐に入り込んでどうにかしようと思ってたのに。
そう言えば、二代目魔王なんだっけ。初代魔王と別人なのかしら。とてつもない暴君だったらどうしよう。
ぷる、と震えが走り、思わず左手で右腕を庇う。
それに気づいたのか、月光龍が
“聖女よ、恐ろしいのか?”
と聞いてきた。
「……恐ろしくないと言えば、嘘になります。しかし、わたくしが知っているのはあくまで伝承の中の魔王です。会ってみなければ、何もわかりません」
“……ふん”
私がどれぐらいのことを知っているのか探っているのかもしれない。迂闊なことは言わないようにしないと。
それに伝承の魔王とは別人かもしれない、というのはハティの口ぶりから私が予測しただけ。何の保証もない。
やっぱり、会ってみなければわからない。これが真実よね。
気が付けば、青い空はいつの間にか消えていて、天空には金と銀と黒の斑模様が浮かび上がっていた。
時折走る黒い靄が、私達の周囲をかけめぐる。
そして――視線の先には、真っ黒な魔王城。
そうか……ここが、魔界の中心。魔王が棲むところ。
いや、もう、圧が凄いわね。壁はすべて真っ黒で、金で縁取りされた窓がポツポツと並んでいるだけ。窓にはオレンジ色の灯りが所々点いていて、三つほどしかない扉はすべて赤。
いわゆるゲームのラスダンで見るような漆黒の宮殿って感じかしらね。刺々しいというか禍々しいというか。
さすがの迫力ね……って、あら!?
「ハティ!? スコル!?」
私の両隣にピタリと寄り添っていた二人の姿がない。
あの子達もさすがに魔王に会うとなると緊張するのか、ビキーンと四肢を固めたまま、一言も発しなかったのだけど。
“許可なきものは魔王直轄エリアには入れぬ”
「あの、無事なのでしょうか?」
“入り口で下ろしただけだ。自分のねぐらへと帰るだろう”
そういえば、火のエリアは赤と黒の渦、水のエリアは青と黒の渦だったわね。
この金と銀と黒の空が直轄エリアの証なのか。
ふと左側を見ると、並んで飛んでいたはずのマデラギガンダも姿を消している。
「あの……マデラギガンダも?」
“当然だ。魔王が望まない限り、王獣といえどもそうそうは会えん”
配下が魔王の謁見の許可を取るには時間がかかるのだ、と月光龍がやや誇らしげに言う。相棒たる自分だけは出入り自由だがな、と言いたいのかもしれない。
王獣すら許可されていないとなると……これは本当に、ピンチかもしれないわ。
いざとなったらアッシメニア様がとりなしてくれないかしら、という淡い期待もあったのだけど、絶対に来れないってことじゃない。
いやいや、怯んでちゃ駄目よ。自力でどうにかするのよ。
だいたい私は、魔獣の皆さんにだいぶん頼りすぎていたわ。ここからは、自分の力で切り抜けないと。
……セルフィスがもし魔物だったとしたら、本当に私は魔物に守られてナンボだったってことよね。
自分で作った言葉だけど、『魔物の聖女』さもありなん、って感じだわ。
宙を舞っていた黒い靄が、何度も私のすぐ傍まで近づいてきてぬるぬると蠢き、まとわりついている。
そしてこの黒い靄が身体を取り巻くごとに、舐めるような視線を感じる。
これ、ひょっとして魔王がどこからか見てるのかしら。この黒い靄は、魔王の分身とかなのかしら。
ううう、どうしよう……思ったより粘着質なタイプかもしれない、魔王って……。
でもそうよね。何しろ、聖女シュルヴィアフェスに横恋慕して略奪愛を決行しちゃったんだもんね。かなり周りが見えてない感じのタイプではあるのかもしれないわ。
聖女がいなくなってしょげて寝ちゃうなんて……本当に溺愛だったのね。
まぁこれも、真実かどうかは分からないけど。そう外れてはいないと思うわ。
ああっ、肝心なことを忘れてた! そんな『聖女シュルヴィアフェス』をお気に入りの魔王が、『聖女マリアンセイユ』を気に入るかどうかはわからないじゃない! むしろミーアみたいなタイプの方が好みかもしれないわ!
……だとすると、初代魔王と別人の方がまだ望みはあるわね。別に魔王を自分に惚れさせたい訳じゃないけど、やっぱりある程度は心を掴みたいところよ。
美玖を見習って、どういうタイプが好みなのかしっかりリサーチして演じないと。でも、ろくに恋愛してきてない私にそんな高等テクニックが使えるのかしら。
いやいや、伊達に貴族社会で完璧な令嬢を装ってきた訳じゃないのよ。慕う演技ぐらい、やればできるわ!
“……気でも狂ったか?”
真剣に考えを巡らせていたにも関わらず、月光龍がそんなことを言う。
意気込みをすかされてガクッと落ちそうになる肩をどうにか支え、私はいつもの笑みを浮かべた。
「いえ、考え事をしていただけですわ。何かありまして?」
“青ざめたと思ったら急に赤く頬を染め、また震えながら青ざめたと思ったらいきなりニヤニヤし始めれば、てっきり恐怖のあまりおかしくなったのかと思うが”
「まぁ、申し訳ありません。ちょっと……緊張が出てしまいましたわ」
オホホホホ、とすっかり板についた令嬢笑いを披露したものの、背中にはヒヤリとしたものを感じる。
やっぱり、さすがに魔王城目前だと平静を装う演技すら難しいわ……。
自分でも言ってたじゃない。考えても考えさせても駄目。
頭を空っぽにして、まずはあるがままを見つめなければ。
* * *
月光龍が、魔王城の一番高い場所にあるテラスへと私を下ろす。
そこの赤い扉から中に入ってまっすぐに進めば玉座だ、と告げ、月光龍は金と銀と黒が渦巻く天空へと消えていった。
はぁ……この扉を開くと、もう後戻りはできないのよね。いやそもそも、ここから逃げることもできないのだけど。
テラスから下を見下ろすと、ゆうに日本の城の天守閣ぐらいはあるんじゃないかな、という黒い壁がズオオオン!という効果音と共に続いている。
下は……黒い、森かしら。『キエィィィ』みたいな奇妙な鳴き声がたまに聞こえるけど、魔界にも生き物っているのね。
そうか、クォンもそうだったっけ。魔物ではない、奇跡のカエル。
すー、はー、すー、はー、深呼吸をする。
よーし、いざ行かん!
ふん!と胸を反らし、両開きの血塗られたような赤い扉の取っ手に手をかける。
見上げると、高さ十メートルはありそうな巨大な扉。これはかなり重そうね。
身体を突っ張り、どやーっとばかりに力を入れて引いたけど、ビクともしない。
「え、ええっ!? 結界!?」
「――その扉は、押すんです」
「あら、すみません。……って、ええっ!」
聞き覚えのある声に驚いていると、自然と扉が開き始めた。取っ手を握ったままだったので前にずるずると引きずられ、危うく転びそうになる。
ドタ、ドタタ……とみっともなくフラフラしながら中に入った。
人影を感じて、顔を上げる。
そこには――いつもの執事服姿で静かに佇む、セルフィスの姿があった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
乙女ゲームの悪役令嬢は前世の推しであるパパを幸せにしたい
藤原遊
ファンタジー
悪役令嬢×婚約者の策略ラブコメディ!
「アイリス・ルクレール、その波乱の乙女ゲーム人生――」
社交界の華として名を馳せた公爵令嬢アイリスは、気がつくと自分が“乙女ゲーム”の悪役令嬢に転生していることに気づく。しかし破滅フラグなんて大した問題ではない。なぜなら――彼女には全力で溺愛してくれる最強の味方、「お父様」がいるのだから!
婚約者である王太子レオナードとともに、盗賊団の陰謀や宮廷の策略を華麗に乗り越える一方で、かつて傲慢だと思われた行動が実は周囲を守るためだったことが明らかに……?その冷静さと知恵に、王太子も惹かれていき、次第にアイリスを「婚約者以上の存在」として意識し始める。
しかし、アイリスにはまだ知らない事実が。前世で推しだった“お父様”が、実は娘の危機に備えて影で私兵を動かしていた――なんて話、聞いていませんけど!?
さらに、無邪気な辺境伯の従兄弟や王宮の騎士たちが彼女に振り回される日々が続く中、悪役令嬢としての名を返上し、「新たな人生」を掴むための物語が進んでいく。
「悪役令嬢の未来は破滅しかない」そんな言葉を真っ向から覆す、策略と愛の物語。痛快で心温まる新しい悪役令嬢ストーリーをお楽しみください。
称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます
【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く
川原源明
ファンタジー
伊東誠明(いとうまさあき)35歳
都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。
そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。
自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。
終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。
占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。
誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。
3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。
異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?
異世界で、医師として活動しながら婚活する物語!
全90話+幕間予定 90話まで作成済み。
王子の取り巻きの伯爵子息の僕、好きな子(公爵令嬢・子爵養女)が2人とも王子に奪われたので断罪イベ起こして自分のものにしようとしてみる
ぬぬぬ木
恋愛
俺の初恋はアイツの婚約者。だから諦めたっていうのに…… なぜ2度目の恋も、オマエが邪魔する?
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】
ゆうの
ファンタジー
公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。
――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。
これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。
※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる