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第12幕 収監令嬢は運命に抗いたい

●ゲーム本編[13]・ミーアは思い違いをする

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 ゲーム『リンドブロムの聖女』本編その13。
 マリアンセイユを超えられず、サルサも失い、焦ったミーアは……。
――――――――――――――――――――――――

 マリアンセイユとの密会が終わったあと、ディオンは両親であるリンドブロム大公と大公妃に自分の考えを話した。
 マリアンセイユと結婚の儀を交わし、きちんと正妃にする。
 一週間後の『聖なる者』決定の場で公表し、二人同意のもとでミーアを側妃に迎える、と。

 大公はディオンを評価しており、後継者には彼しかいないと考えていた。正妃マリアンセイユ、側妃ミーアがいれば彼の治世は盤石だろう、と喜んで彼の考えを支持した。
 大公妃も、
「あらあら、タイプの違うお嬢さんだけど、どちらも可愛らしいわねえ。とっても楽しみだわ」
とひどく能天気に祝福した。

 臣下に下ることになったシャルルは、すでに大公家の話し合いには参加していなかった。シャルルのミーアへの想いを知っていた彼らは、シャルルにはミーアを側妃にすることは伏せ、マリアンセイユとの結婚の儀のみ参加させることにした。
 その後、公爵位を授与し、立場上大公家から独立させ、一週間後の『聖なる者』決定の場においては上流貴族の一人として参加させる、ということで話はまとまった。

 ディオンはミーアへ内密に手紙を送った。
 六日後にマリアンセイユと結婚する。そして大公世子とその正妃の正式な声明として、ミーアを側妃として迎えることを発表したい。自分の元に来てくれるだろうか、と。

 ディオンとしては直接ミーアに会い、話をしたかった。
 しかし少しでも情報の漏洩を防ぐために、手紙という手段を取った。
 マリアンセイユは婚約者だから、仮に聖者学院での密会がバレても何とでも言いようがある。しかしミーアに関しては、そういう訳にはいかない。
 ミーアは『聖なる者』の最終候補者というだけではない。政治的な思惑も絡み、貴族全員がその動向を注目する令嬢。
 ディオンの迂闊な行為で矢面に立たせる訳にはいかなかった。

 ディオンの考えは、至極真っ当だと思われた。
 しかし――この選択が、ミーアを追い詰めることになった。


   * * *


「そんな……!」

 もう太陽が西に傾きかけていた頃。
 ディオンからの手紙を受け取ったミーアは、
『マリアンセイユ・フォンティーヌと結婚する』
という一文を見た瞬間、泣き崩れた。

 そもそもミーアは、『聖なる者』になることを諦めていた。
 なぜなら、『野外探索』を終えてアンディ、ベン、ミーア、マリアンセイユの四人がクリア報告をしたとき、マリアンセイユが金の鍵を取得していた上に、銀の鍵も自分より遥かに多く手に入れていたのを目撃したからだ。
 そのうちの大半が無効になったことは、当然知らなかった。

 そのため、ディオンの手紙を読んだミーアは『聖なる者』の戦いも破れ、妃にもなれないのだと思い込んだ。

 側妃に迎えることを発表したい、とある。しかしそれは本当に認められるのか? 本当に正妃マリアンセイユが認めるのか、自分のことを? 
 普通に考えたら、あり得ない。

 ミーアはそう嘆き、咽び泣いた。
 なぜなら、自分だったらそんなことはできない、と思ったからだ。
 ディオンの正妃としてマリアンセイユが傍にいる、というだけで、ミーアは胸が張り裂けそうだった。

 二人の間に愛情がないことは分かっている。ディオンが自分に気持ちをくれていることもわかっているし、ディオンが自分を騙す訳がないこともわかっている。
 手紙に書かれていることはディオンとしての真実、ということは疑っていなかった。

 しかし、世間は、上流貴族は、公爵家は――マリアンセイユは、本当にそれを許すのか?
 それに、マリアンセイユは本物の令嬢だ。数えるほどしか顔を合わせていないが、その瞳に他の令嬢が向けるような嘲りの色を感じたことはないし、その唇に見下した笑みが浮かぶのも見たことがない。
 容姿だけでなく、心映えも立派な淑女なのだろう。

 今はディオンの気持ちがマリアンセイユに無くとも、そのうち心が動いてしまうのでは?
 そうなったら、二人が容認しているという事実しか頼る術がない、男爵家の……いや、市井育ちの孤児院上がりの側妃なんて、あっという間に捨てられてしまうのではないだろうか?

「――嫌よ。そんなこと……」

 口に出してみると、妙にその声が力強く響いた。確かに、自分の心の奥底から出た言葉だった。

 もう、サルサには頼れない。桃水晶のイヤリングは、砕け散ってしまった。
 何度も呼びかけたけれど、サルサの声は全く聞こえない。
 最後は自分一人で、やり遂げなければ。

 しかし、どうやって? どうすれば自分の思い通りになる? 自分が望む結末を迎えられる?
 マリアンセイユはフォンティーヌの護り神を従え、魔獣サーペンダーとすら対話をこなす人間。
 彼女を越えるには――いや、彼女をには、もっと上の魔獣と契約しなくては。

 ミーアの記憶の中に、裏イベントとして確かにその手段は存在していた。
 ただそれはあまりにも黒く強烈な奥の手だったから、実際に起こす気は無かった。
 しかし今は良心の呵責に悩まされている場合じゃない、とミーアは心を鬼にした。何しろ、自分の未来がかかっている。

 あの、水色のカエル。自分は驚いて放り出してしまったあのカエルを捕まえて保護していたのは、マリアンセイユだった。
 そしてそのカエルを返すという理由から、彼女はサーペンダーと対話した。

 あのときまで、ミーアは水色のカエルのことをすっかり忘れていた。マリアンセイユがサーペンダーに渡すのを見て、ようやく思い出したのだ。
 そして、ひどく後悔した。

 もしあのときカエルを離していなければ、それは自分に起こるイベントだったはずである。サーペンダーほどの高位の魔獣と対等に話ができるという、強みになるはずだった。

 でも、まだ可能性はある。
 あのときミーアは王獣マデラギガンダに会った。確かに、彼と対話しているのだ。
 魔獣よりさらに高位の存在、王獣。土の魔獣の頂点、マデラギガンダ。
 もし、彼と話ができれば……あわよくば、何らかの約束が取り付けられれば。

 危険な賭けだった。しかしミーアには、このまま自分の未来に陰りが差すのを黙って待つことはできなかった。


   * * *


「お父様。『聖なる者』の決定まで落ち着きませんので、旅に出てもよろしいでしょうか」
「構わんが、もうすぐ陽が沈む。明日にしたらどうだ? 供をつけるにしたって……ん? サルサはどうした?」
「今は城下町の実家に帰っているそうですの。何でも弟が結婚するとかで、そのお祝いのために」

 ミーアは素知らぬ顔で嘘をついた。
 ミーアの唯一の味方、姉替わりでもあったサルサは、もう人間界ここにはいない。

「ですのでサルサの家に寄って泊めていただいて、明日の朝そのまま立とうと思います。男爵家の人間とバレると煩わしいので、サルサの家で変装して、一般市民のフリをして郊外に出ますわ」
「……そうか」

 確かに『聖女』になるかもしれない娘が堂々とウロウロしていたら、何が起こるか分からない。
 それにミーアはもともと孤児院育ちで、辺境の村への配達などもしていたから僻地にも詳しい。その辺は、世間知らずの生粋の貴族令嬢とは違うのだ。

「わかった。くれぐれもヘマはするなよ。道中、気をつけるように」

 自分に降りかかる火の粉を間一髪で振り払えたレグナンド男爵は、ミーアには感謝していた。
 最初の高圧的な態度も鳴りを潜め、ミーアの意向を尊重する機会も増えた。……エラそうな言い回しは直らなかったが。

「ありがとうございます」

 ミーアは口先だけでお礼を言い、テキパキと旅支度を整えた。
 そして、その日のうちにレグナンド男爵家を後にした。

 長い石畳の大通りの先に見える、湖の向こうの白いリンドブロム城。
 ミーアの手紙を手にした使者が長い橋を渡ってゆくのが見えた。

『お傍にいきたいです。ディオン様の、一番近くに』

 返事が遅ければディオンの気は変わってしまうかもしれない。
 ディオンの妃になりたいという自分の気持ちだけは、すぐにでも伝えたかった。
 ミーアは、ほの暗い気持ちを押し隠しつつあくまで幸せそうに微笑み、使者に手紙を託した。

 そのときとは打って変わった、厳しく鋭い眼差しできゅっと唇を噛み、くるりとリンドブロム城に背を向ける。

 目的地は、リンドブロム大公国の南部にある乾いた岩石地帯。標高が高いその奥地にある、『マデラギガンダの洞窟』。

 到着まで、丸二日はかかる。ディオンとマリアンセイユの結婚の儀の前に、事を成し遂げなければならない。
 ミーアに残された時間は、そう多くはなかった。
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