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第11幕 収監令嬢は舞台に立ち続けたい
第5話 一難去ってまた一難
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まだ太陽も昇らない、夜中3時頃。ガサガサと腰ぐらいまである草をかき分けながら、フォンティーヌの森に入る。
ここじゃ駄目、いざとなったときに魔法陣が描けない。確かもう少し奥に、井戸がある荒れ地があったはず。ハティと初めて会った場所。
私は夜明けを待たずに、アトリエを抜け出した。
理由は簡単、ハティ達がフェルワンドにお願いする、の意味が分かったから。
本能的に人間を襲うようにできている魔物と違って、人語を解する高位の存在である魔獣は、ちゃんとコミュニケーションを取ることができる。
ハティが「バカ」と言ったヴァンクすら、いきなり襲うことはなかったわ。
きっとハティとスコルは、自分達を犠牲にして私を助けようとしている。フェルワンドと交渉して、私だけ逃がすつもりなのよ。
駄目よ、そんなことはさせない。どうせ交渉するなら、全く別の交渉をするわ。
それに、ヴァンクがパルシアンに到着するのを待つのは危険すぎる。少しは足止めできると言っていたけど、ここには牧場があって、ニコルさんを始めとするフォンティーヌ家のために働いてくれている人たちがいる。少しでも危険が及ぶ可能性は排除しないと。
やがて、見覚えのある丸くポッカリと開いた広場のような場所に出た。切株があちらこちらにあるものの、十分魔法陣が描ける広さ。
中央には、ハティを助けた井戸。覗いてみると、あのときとは違い水がきちんと溜まっているのが見える。
地面に耳を当て、魔精力の流れを探ってみた。かすかに振動を感じる……確かに、こちらに巨大な何かが向かっている。
ハティたちが攪乱したせいで森のあちこちを彷徨っていたヴァンクが、私に気づいてここに向かっているんだわ。
「クォン、今からフェルワンドを呼ぶわ」
『キュン?』
「火の魔獣フェルワンド。きっとクォンは苦手だろうから、そのときだけは私から離れて逃げなさいね」
『クォン、クォン!』
「大丈夫、ほら」
ペシペシ、と石造りの井戸のヘリを叩く。続けて手の平から水を出し、井戸の中に注ぐ。
「ここに、井戸がある。私の水も入れておくから、この中に隠れるのよ」
『クォン、クォーン!』
呼んじゃ駄目、と言うようにクォンがポロポロ涙をこぼしながら首筋に顔をこすりつける。
ハティやスコルの口ぶりだと、クォンの意志で本物を呼ぶかどうかまでは決められないのだろう。クォンがいれば、100%魔獣を呼ぶ。
それがわかっているから、クォンはこうして泣いている。
「クォン、本物のフェルワンドが来ないとヴァンクは退けられない。……頼むわよ。クォンの力がどうしても必要なの」
『キュン……』
よしよし、と首筋のクォンを撫でると、パルシアンを背にして真っすぐに森の奥を見つめた。
死神メイスをギュッと握りしめ、集中力を高める。このぽっかりとした空間に私の魔精力が広がっているのが分かる。
そしてヴァンクが――真っすぐにこちらに向かっていることも。
「“大地に降り立つは、紅蓮の炎を操る屈強な狼”……」
誓約呪文を唱えながら、地面に魔法陣を描く。誓約呪文は魔法陣を解読したものだから、結局合わせて覚える方が覚えやすかった。
もし誓約呪文だけだと、どこからフェルワンドが現れるかまでは指定できない。だけど、魔法陣ならクリスの例から考えてもちゃんと魔法陣の上に現れてくれる。
それに魔法陣なら、最後の一筆を描くまで術は起動しない。ヴァンクが来るタイミングと確実に合わせられるわ。
長い長い、誓約呪文。それもあと、ほんの数行。
魔精力を練り、死神メイスを通して魔法陣に注ぎこみながら、間違えないように慎重に地面に刻んでいく。
「“火の王獣の盟約のもと、我は汝をここに縛る”」
よし……あともう少し!
「“第一の魔獣、火のフェル=ワーム=ド=リングス”」
視界の端に、土の軌道がぐんぐんこちらに近づいているのが見える。
『――見つけたぞぉ、小娘~~!』
という声と共に、ヴァンクが地上に頭を突き出した。
――よし、今よ!
「“――ここに、封縛せよ”!」
最後の一文字を描き、ダンッと死神メイスで地面を穿つ。その途端、魔法陣の周囲から赤い炎が立ち昇った。
『グエエエエエッ!? 何だ!?』
私に飛び掛かろうとしたヴァンクが、炎に驚いて咄嗟に後ろに退く。
『クォォーン!』
一声甲高く泣いたクォンは、全く逃げようとはしなかった。私の背中に隠れ、ペタッと張り付いている。
炎、苦手なのに。
怖いくせに、「絶対にマユの傍にいるから」というクォンの意志を感じて、こんなときなのに笑みが浮かんでしまう。
『んー? 土竜か?』
現れたのは、初代フォンティーヌ公爵の描いた絵のまんまの、大きな灰色の狼。身体に巻き付いた赤と黒の『緊縛の紐』をブルンッと振り回し、ガタガタと震える魔獣ヴァンクをその碧色の瞳で睨みつける。三つに分かれた尾が天を衝くように立ち上がり、扇のように開く。
『こんなところで――何をしている?』
『な、なにって、その娘が、わ、わしを呼んだから……!』
魔獣に上下があるというのは本当のようだ。ヴァンクはフェルワンドの後ろにいる私をチラチラ見ながらもジリジリと後ろに下がっていく。ヴァンクが地面に立てた爪により、10本の波打った線がギリギリと刻まれていく。
『お前を呼んだ魔導士は、エドウィンの男じゃなかったか?』
『……っ!!』
『俺様にそんな嘘が通用するとでも……?』
グアッと大きく口を開けたフェルワンドが、真っ赤な炎を吐き出す。逃げ出そうとしたヴァンクは避けきれず炎に巻かれ、
『ギャアアアーッ!!』
と地獄のような叫び声を上げながらのたうち回った。
『ま、魔王は知らねぇんだから、ちょ、ちょっとぐらい……』
『知ってるぞ。――恐らく』
『ひ、ひえっ……!』
ゴロゴロと地面に転がりどうにかフェルワンドの炎を消したヴァンクが、びょんと飛び上がる。
『まだ御託を並べるようなら……』
『か、帰る! 帰るってばよ! こ、コン畜生ー!!』
ヴァンクは心の底から悔しそうにベベッと唾を吐くと、ブワッと辺りに土煙を巻き起こして姿を消した。
さすがに『覚えてろよ!』という定番の捨て台詞は吐かなかったわ。覚えてられると困るからかしら。フェルワンドの存在って圧倒的なのね。
……あら? 私、どうしてこんなに落ち着いていられるんだろう。
『キュン』
炎が消えて安心したのか、クォンが首筋までのそのそ上がってきて私にぺたりと張り付く。
そうか、クォンがいてくれたからかも。
『さて、小娘よ』
炎で焼かれ、真っ黒になった魔法陣の上でフェルワンドが私の方に振り返る。
その瞳の鋭さに、ビクン、と肩が跳ね上がった。
嘘、落ち着いていられるなんて嘘でした。八大魔獣の筆頭は、やっぱりとんでもなかった!
『俺様を呼んだ以上、分かってるよな?』
『そ、それについて、お願いが……きゃあああーっ!』
私とフェルワンドの周囲が赤い炎に包まれた。この炎じゃクォンはもたない、と咄嗟に首からクォンを引き剥がして井戸へと投げ込む。
ポチャン、という水の中に落ちた音がした。
それを見計らったかのように、急に自分の身体が大きな手に鷲掴みにされたような感覚に陥る。空間が捻じ曲げられ、世界からベリベリと無理矢理私だけが剥ぎ取られたような。
少しの浮遊感のあと、トン、と足が地面を捉えた。何だか眩しい……。
「へ、へあああああー!」
急に明るくなったので辺りを見回し、絶叫した。
一面、真っ赤とオレンジ。サウナどころじゃないぐらい、とんでもなく熱い。体中から汗が一斉に噴き出る。もう冷や汗なのか何なのかもわからないけど。
何て言えばいいの、ゲームに出てくる火山地帯のダンジョンみたいな感じ。あちこちで燃え盛る炎。ところどころに地面はあるけど、それ以外は岩もドロドロに溶けてボコボコ音が鳴っていて、こう、マグマの海が広がっているというか。
ひぃぃ、ゲーム画面じゃなくて実際に来ると熱いし、迫力が半端ない! それにとんでもなく恐怖心が煽られるんだけど!
だって、落ちたら一瞬で死んじゃうわよね! ゲームならダッシュしても絶対に落ちないようになってるけどさあ、現実だと足を踏み外したら終わりだもんね!
ということは、これはどちらかというと某ヒゲ親父が飛んだり跳ねたり蹴ったりするゲームに近いかしら!?
ああっ、バカバカ、そんな感想を言ってる場合じゃないわ!
「ふぇ、フェル=ワーム=ド=リングス殿!」
思い切って誓約呪文で判明したフェルワンドの真の名を呼びかけると、フェルワンドの大きな灰色の耳がビクリ、と動いた。その耳には銀の3連リングがついている。
ああ、ハティやスコルのお父さんなんだな、と漠然と思う。
「わたくし、マリアンセイユ・フォンティーヌと申します!」
足を肩幅ぐらいに開き、胸を張る。腹から声を出し、しっかりと挨拶した。
応援団みたいな滅茶苦茶な大声になっちゃってるけど、仕方がない。
だって怖いんだもの!
「あの、ここはどこでしょうか!?」
『お前、意外に骨があるな』
死神メイスで体を支えながら精一杯勇気を振り絞って聞いてみると、フェルワンドは拍子抜けしたような声を出した。
『フラル火山の地下に作った俺様の領域だ。魔界と繋がっている。極上の餌を頂くなら、わが棲み処でじっくりと味わわねば』
「棲み処……」
外食よりテイクアウトが好きなタイプなのかあ、フェルワンドって。
って、だからそんな冗談を言ってる場合じゃなくて!
フラル火山ってどこだろう。全然知らない場所だ。かなり遠くまで連れてこられてしまったらしい。
ど、どうしよう!
「あ、あの……」
『マユー! 何やってんだー!!』
『わーん、マユ、バカなのー!!』
馴染みのある声が聞こえ、ハッとして顔を向ける。ハティとスコルがマグマの海をピョンピョン飛び越えながらこちらに真っすぐ向かっていた。
魔界と繋がっているせいなのかフェルワンドの領域のせいなのかは分からないけど、ここでは太陽も月も関係ないらしい。
ごめんね、二人とも。心配させて。
だけど私も、護りたいものがあるからね。
ここじゃ駄目、いざとなったときに魔法陣が描けない。確かもう少し奥に、井戸がある荒れ地があったはず。ハティと初めて会った場所。
私は夜明けを待たずに、アトリエを抜け出した。
理由は簡単、ハティ達がフェルワンドにお願いする、の意味が分かったから。
本能的に人間を襲うようにできている魔物と違って、人語を解する高位の存在である魔獣は、ちゃんとコミュニケーションを取ることができる。
ハティが「バカ」と言ったヴァンクすら、いきなり襲うことはなかったわ。
きっとハティとスコルは、自分達を犠牲にして私を助けようとしている。フェルワンドと交渉して、私だけ逃がすつもりなのよ。
駄目よ、そんなことはさせない。どうせ交渉するなら、全く別の交渉をするわ。
それに、ヴァンクがパルシアンに到着するのを待つのは危険すぎる。少しは足止めできると言っていたけど、ここには牧場があって、ニコルさんを始めとするフォンティーヌ家のために働いてくれている人たちがいる。少しでも危険が及ぶ可能性は排除しないと。
やがて、見覚えのある丸くポッカリと開いた広場のような場所に出た。切株があちらこちらにあるものの、十分魔法陣が描ける広さ。
中央には、ハティを助けた井戸。覗いてみると、あのときとは違い水がきちんと溜まっているのが見える。
地面に耳を当て、魔精力の流れを探ってみた。かすかに振動を感じる……確かに、こちらに巨大な何かが向かっている。
ハティたちが攪乱したせいで森のあちこちを彷徨っていたヴァンクが、私に気づいてここに向かっているんだわ。
「クォン、今からフェルワンドを呼ぶわ」
『キュン?』
「火の魔獣フェルワンド。きっとクォンは苦手だろうから、そのときだけは私から離れて逃げなさいね」
『クォン、クォン!』
「大丈夫、ほら」
ペシペシ、と石造りの井戸のヘリを叩く。続けて手の平から水を出し、井戸の中に注ぐ。
「ここに、井戸がある。私の水も入れておくから、この中に隠れるのよ」
『クォン、クォーン!』
呼んじゃ駄目、と言うようにクォンがポロポロ涙をこぼしながら首筋に顔をこすりつける。
ハティやスコルの口ぶりだと、クォンの意志で本物を呼ぶかどうかまでは決められないのだろう。クォンがいれば、100%魔獣を呼ぶ。
それがわかっているから、クォンはこうして泣いている。
「クォン、本物のフェルワンドが来ないとヴァンクは退けられない。……頼むわよ。クォンの力がどうしても必要なの」
『キュン……』
よしよし、と首筋のクォンを撫でると、パルシアンを背にして真っすぐに森の奥を見つめた。
死神メイスをギュッと握りしめ、集中力を高める。このぽっかりとした空間に私の魔精力が広がっているのが分かる。
そしてヴァンクが――真っすぐにこちらに向かっていることも。
「“大地に降り立つは、紅蓮の炎を操る屈強な狼”……」
誓約呪文を唱えながら、地面に魔法陣を描く。誓約呪文は魔法陣を解読したものだから、結局合わせて覚える方が覚えやすかった。
もし誓約呪文だけだと、どこからフェルワンドが現れるかまでは指定できない。だけど、魔法陣ならクリスの例から考えてもちゃんと魔法陣の上に現れてくれる。
それに魔法陣なら、最後の一筆を描くまで術は起動しない。ヴァンクが来るタイミングと確実に合わせられるわ。
長い長い、誓約呪文。それもあと、ほんの数行。
魔精力を練り、死神メイスを通して魔法陣に注ぎこみながら、間違えないように慎重に地面に刻んでいく。
「“火の王獣の盟約のもと、我は汝をここに縛る”」
よし……あともう少し!
「“第一の魔獣、火のフェル=ワーム=ド=リングス”」
視界の端に、土の軌道がぐんぐんこちらに近づいているのが見える。
『――見つけたぞぉ、小娘~~!』
という声と共に、ヴァンクが地上に頭を突き出した。
――よし、今よ!
「“――ここに、封縛せよ”!」
最後の一文字を描き、ダンッと死神メイスで地面を穿つ。その途端、魔法陣の周囲から赤い炎が立ち昇った。
『グエエエエエッ!? 何だ!?』
私に飛び掛かろうとしたヴァンクが、炎に驚いて咄嗟に後ろに退く。
『クォォーン!』
一声甲高く泣いたクォンは、全く逃げようとはしなかった。私の背中に隠れ、ペタッと張り付いている。
炎、苦手なのに。
怖いくせに、「絶対にマユの傍にいるから」というクォンの意志を感じて、こんなときなのに笑みが浮かんでしまう。
『んー? 土竜か?』
現れたのは、初代フォンティーヌ公爵の描いた絵のまんまの、大きな灰色の狼。身体に巻き付いた赤と黒の『緊縛の紐』をブルンッと振り回し、ガタガタと震える魔獣ヴァンクをその碧色の瞳で睨みつける。三つに分かれた尾が天を衝くように立ち上がり、扇のように開く。
『こんなところで――何をしている?』
『な、なにって、その娘が、わ、わしを呼んだから……!』
魔獣に上下があるというのは本当のようだ。ヴァンクはフェルワンドの後ろにいる私をチラチラ見ながらもジリジリと後ろに下がっていく。ヴァンクが地面に立てた爪により、10本の波打った線がギリギリと刻まれていく。
『お前を呼んだ魔導士は、エドウィンの男じゃなかったか?』
『……っ!!』
『俺様にそんな嘘が通用するとでも……?』
グアッと大きく口を開けたフェルワンドが、真っ赤な炎を吐き出す。逃げ出そうとしたヴァンクは避けきれず炎に巻かれ、
『ギャアアアーッ!!』
と地獄のような叫び声を上げながらのたうち回った。
『ま、魔王は知らねぇんだから、ちょ、ちょっとぐらい……』
『知ってるぞ。――恐らく』
『ひ、ひえっ……!』
ゴロゴロと地面に転がりどうにかフェルワンドの炎を消したヴァンクが、びょんと飛び上がる。
『まだ御託を並べるようなら……』
『か、帰る! 帰るってばよ! こ、コン畜生ー!!』
ヴァンクは心の底から悔しそうにベベッと唾を吐くと、ブワッと辺りに土煙を巻き起こして姿を消した。
さすがに『覚えてろよ!』という定番の捨て台詞は吐かなかったわ。覚えてられると困るからかしら。フェルワンドの存在って圧倒的なのね。
……あら? 私、どうしてこんなに落ち着いていられるんだろう。
『キュン』
炎が消えて安心したのか、クォンが首筋までのそのそ上がってきて私にぺたりと張り付く。
そうか、クォンがいてくれたからかも。
『さて、小娘よ』
炎で焼かれ、真っ黒になった魔法陣の上でフェルワンドが私の方に振り返る。
その瞳の鋭さに、ビクン、と肩が跳ね上がった。
嘘、落ち着いていられるなんて嘘でした。八大魔獣の筆頭は、やっぱりとんでもなかった!
『俺様を呼んだ以上、分かってるよな?』
『そ、それについて、お願いが……きゃあああーっ!』
私とフェルワンドの周囲が赤い炎に包まれた。この炎じゃクォンはもたない、と咄嗟に首からクォンを引き剥がして井戸へと投げ込む。
ポチャン、という水の中に落ちた音がした。
それを見計らったかのように、急に自分の身体が大きな手に鷲掴みにされたような感覚に陥る。空間が捻じ曲げられ、世界からベリベリと無理矢理私だけが剥ぎ取られたような。
少しの浮遊感のあと、トン、と足が地面を捉えた。何だか眩しい……。
「へ、へあああああー!」
急に明るくなったので辺りを見回し、絶叫した。
一面、真っ赤とオレンジ。サウナどころじゃないぐらい、とんでもなく熱い。体中から汗が一斉に噴き出る。もう冷や汗なのか何なのかもわからないけど。
何て言えばいいの、ゲームに出てくる火山地帯のダンジョンみたいな感じ。あちこちで燃え盛る炎。ところどころに地面はあるけど、それ以外は岩もドロドロに溶けてボコボコ音が鳴っていて、こう、マグマの海が広がっているというか。
ひぃぃ、ゲーム画面じゃなくて実際に来ると熱いし、迫力が半端ない! それにとんでもなく恐怖心が煽られるんだけど!
だって、落ちたら一瞬で死んじゃうわよね! ゲームならダッシュしても絶対に落ちないようになってるけどさあ、現実だと足を踏み外したら終わりだもんね!
ということは、これはどちらかというと某ヒゲ親父が飛んだり跳ねたり蹴ったりするゲームに近いかしら!?
ああっ、バカバカ、そんな感想を言ってる場合じゃないわ!
「ふぇ、フェル=ワーム=ド=リングス殿!」
思い切って誓約呪文で判明したフェルワンドの真の名を呼びかけると、フェルワンドの大きな灰色の耳がビクリ、と動いた。その耳には銀の3連リングがついている。
ああ、ハティやスコルのお父さんなんだな、と漠然と思う。
「わたくし、マリアンセイユ・フォンティーヌと申します!」
足を肩幅ぐらいに開き、胸を張る。腹から声を出し、しっかりと挨拶した。
応援団みたいな滅茶苦茶な大声になっちゃってるけど、仕方がない。
だって怖いんだもの!
「あの、ここはどこでしょうか!?」
『お前、意外に骨があるな』
死神メイスで体を支えながら精一杯勇気を振り絞って聞いてみると、フェルワンドは拍子抜けしたような声を出した。
『フラル火山の地下に作った俺様の領域だ。魔界と繋がっている。極上の餌を頂くなら、わが棲み処でじっくりと味わわねば』
「棲み処……」
外食よりテイクアウトが好きなタイプなのかあ、フェルワンドって。
って、だからそんな冗談を言ってる場合じゃなくて!
フラル火山ってどこだろう。全然知らない場所だ。かなり遠くまで連れてこられてしまったらしい。
ど、どうしよう!
「あ、あの……」
『マユー! 何やってんだー!!』
『わーん、マユ、バカなのー!!』
馴染みのある声が聞こえ、ハッとして顔を向ける。ハティとスコルがマグマの海をピョンピョン飛び越えながらこちらに真っすぐ向かっていた。
魔界と繋がっているせいなのかフェルワンドの領域のせいなのかは分からないけど、ここでは太陽も月も関係ないらしい。
ごめんね、二人とも。心配させて。
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