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第11幕 収監令嬢は舞台に立ち続けたい
◉ゲーム本編[9]・ミーアは最終試験に臨む
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ゲーム『リンドブロムの聖女』本編その9。
最終試験に臨むミーアは……。
――――――――――――――――――――――――
「え、今、何と仰いましたか?」
アンディ・カルムが珍しく大きな声を出した。
最終試験『野外探索』初日の朝。
ミーアとアンディ、そしてやや遅れてベン・ヘイマーの三人が集まり、地図を広げながら攻略ルートを確認していたところに、大公子シャルルが悠然と現れた。
三人と同じように、聖者学院の制服と黒いローブを着こみ、グレーのリュックを背負って。
「だ、か、ら。俺も参加するから、『野外探索』」
「なぜ……」
「なぜって? ミーアを守りたいからだ」
「……っ!」
シャルルに先手を打たれ、ベンが苦虫を噛みつぶしたような顔をする。一方アンディは、クッと口の端に力を入れただけだった。
当のミーアはギュッと両手で桃水晶の杖を握り、驚いたように目を見開いている。
ミーアの反応に、シャルルは内心ホッと胸を撫で下ろした。一瞬でも嫌そうな顔をされたら、いくらシャルルでもさすがに心が折れてしまう。
「お前たちは『聖なる者』の最終候補者だ。箱探しに夢中になっちゃうだろ?」
「そうですが、ミーアを無視して無茶をする気はありません」
派手好きで前に出たがりのベンが、ムッとしたように言い返す。
お前たちじゃ頼りにならない、ミーアを危険に晒すだろう、と決めつけられたように感じたからだ。
「現に、今も三人で森の探索ルートを確認していたところです」
「ふうん、探索ルートねぇ」
シャルルがベンの手元から地図をひったくる。
「あっ……」
「なるほど、こういう感じね。ふーん……アンディだよな、これ考えたの」
「……そうですが」
シャルルが視界の端でアンディをちらりと見ると、小馬鹿にされたのを瞬時に察したアンディが、さすがに気色ばんだ。
その表情の変化に気づき、ここで男二人を敵に回すのは得策ではない、と考えたシャルルは
「さすがだな、いい読みだと思うぜ」
と一応褒めたあと、
「でも、所詮ヨソ者だからな。ロワーネの森については、俺の方が詳しい」
と自分をアピールすることも忘れなかった。
「大公宮魔導士に連れられて何回か入ったし、この形式の試験は……三年前だったかな、面白そうだったからちょっと参加したことがあるんだ。お前たちは誰一人、ロワーネの森に入ったことは無いだろ。アンディだって試験無しで聖女騎士団に入ったんだから」
「それは、確かに……」
「まぁ……」
アンディもベンも、シャルルが仲間に加わることの有利性は感じたらしい。
そして大公家に仕える貴族である以上、大公子であるシャルルと個人的に関わる機会を得ることが今後どれだけ自分たちの人生に優位に働くか、嫌でも想像できた。
無言のまま、二人が「どうする?」とでも言うようにミーアに目を向ける。
その視線に気づいたシャルルは、真っすぐにミーアを見つめた。
「……ミーア。いいぞ、俺を利用しても」
「えっ……」
「『聖なる者』に、なりたいんだろ」
「……」
てっきり自分の力を誇示した強気なアピールをされる、と思っていたミーアは不思議そうに首を傾げる。
シャルルはフッと微笑むと、ゆっくりとミーアに近づいていった。
いつになく強い眼差しを真っすぐにミーアに向け、体から魔精力を漲らせるシャルルに、アンディとベンは思わず道を譲ってしまう。
ミーアはシャルルから目を逸らすことができなかった。
いつもどこか飄々としていて、どうでもいいとばかりにいい加減なシャルルが、今日は本気だと感じたからだ。
ミーアの目の前まで来たシャルルはゆっくりと腰を曲げると、そっとミーアの耳元に唇を寄せた。
「――あの女は、手強いぞ」
「……!」
ミーアは、ビクリと身体を震わせた。
それは耳元で囁かれたからか図星を突かれたからかは分からないが、明らかにミーアの心を捉えたようだった。
ミーアはゆっくりと頷くと、きゅっと唇を噛みしめた。
「シャルル様。力を貸してくださいますか?」
「……ああ」
あくまで「貸してください」とは言わないミーアにシャルルは苦笑しつつも、素直に返事をした。
「じゃ、そーいう訳でよろしくな! さっさと行こうぜ。あちらさんは空から行くらしいしな」
そう言ってシャルルが斜め上の青い空を指差す。
四人が見上げると、クロエ、マリアンセイユ、クリスの三人を乗せた白い大きな布が森の奥へと消えていくところだった。
* * *
ロワーネの森の地図が完全に頭に入っているアンディが先導し、防御壁を応用させた魔法『自分の領域』をシャルルが展開する。
こうすることで効率よく魔法が仕掛けられた場所を察知し、背が高く運動能力の高いベンが木の上や崖のへりなどを注意深く調べる。
その後を、ミーアが細かな傷を癒したりみんなの体力を回復させたりしながらついていく。
四人は奇妙なバランスを保ちながら、順調に森の探索を続けていた。
しかし、ミーアに選んでもらうことを半ば諦めたアンディや、自分の能力をいかんなく発揮しているシャルルとは違い、ベンは内心焦っていた。
――自分はあまり活躍できていない。ミーアにはどう映っているんだろうか。
ミーアを押さえて『聖なる者』になる実力はない、と自覚していた彼は、目下のところ「どうすればミーアの気を引けるか」ということにしか関心が無かった。
そして午後2時過ぎ、ついにミーアは三つ目の銀の鍵を手に入れた。
意外なことに、ベンは炎魔法解錠の『銀の箱』をミーアに優先的に取らせたのだ。
この試験は、条件をクリアするだけでなくそのクリア時間も重要であったため、ミーアに恩を売りたかった、というのがその主な理由である。
そしてミーアを危険な森の探索から早々に切り上げさせ、自分はそのあとゆっくりと『銀の箱』を集め、いちかばちか『金の箱』を狙いに行くつもりだった。
しかし、密かに『金の箱』を狙っているミーアにとっては、これは非常に都合が悪かった。
「ミーア、どうする? 一緒に森の外へ出るかい?」
同じく、つい先ほど銀の鍵を3つ揃えたアンディが問いかけたが、ミーアはそれには答えられず、思わず考え込んでしまう。
「えーと……」
「『金の箱』を取りに行った方がいいぞ」
ミーアが答える前に、シャルルが口を挟んだ。アンディが思わず眉を顰める。
この試験に参加したことがあるのなら、クリアタイムも重要だということは知っているはずなのに、と。
「シャルル様、どういうことですか? 『金の箱』は魔物との戦闘があります。なぜ危険を冒してまでクリアを遅らせないといけないのですか?」
「ああ、悪い。言葉が足りなかったな。銀の鍵3つでまずクリアして、その後に探索延長を申請するのが得策だろう。通常の試験ではナシだが、魔物と対峙するべき『聖なる者』の候補者なら認めてくれるはずだ」
「なぜ、そこまでして?」
解せないとばかりになおも言い募るアンディに、シャルルがフン、と鼻で笑う。
「――あの女は、『金の箱』を獲りにいくはずだからな」
「ええっ!?」
シャルルの言葉に、ミーアは思わず声を上げた。いつもどこか咄嗟の反応を堪えるようなところがあるミーアにしては珍しい。
マリアンセイユは上流貴族八家筆頭、フォンティーヌ公爵家の令嬢。そして、大公世子ディオンの婚約者。
本来なら『聖なる者』を目指す必要もないほど、約束された未来が待っている。
それがなぜ最終候補者に残り、危険な『野外探索』にまで参加しているのか。ミーアには全く理由が分からなかった。
ましてや『金の箱』を狙う、など。
しかし、シャルルはよく知っていた。
マリアンセイユが、公爵令嬢という立場やディオンの婚約者という立場よりも、『聖なる者』を重要視している、ということを。
「なぜ、そんなことが分かるのですか?」
含みを持たせた言い方に違和感を覚えたミーアが、珍しく自らシャルルに問いかける。シャルルはニンマリと笑うと、右手の親指でくいっと自分を指差した。
「俺が焚きつけたからだよ。『金の箱』を獲らないとヤバいぞって」
「なっ……」
「だから三日間、ギリギリまで粘るんじゃねぇかな、あいつ」
はははと笑い、ちらりとミーアを盗み見る。
その美しい水色の瞳を見開き言葉を呑み込む、ひどく驚いた様子のミーアに満足を覚えたシャルルだったが。
「何てことを! シャルル様、ご自分が何をされたか分かっているのですか!?」
というミーアの激しい叱責に、ひどく面食らった。
「え……」
「マリアンセイユ様は、その御身自体が尊いのですよ! なのに……!」
ミーアはギュッと杖を握り、ふるふると身体を震わせている。
怒るミーアを見るのが初めてなら、こんな大きな声で叫ぶミーアを見るのも初めてだった。
シャルルには、なぜミーアが怒っているのかサッパリ解らなかった。
マリアンセイユの足を引っ張る、というほどの悪いこともしていない。『正攻法』とかほざくあの女なら、きっと『一度クリアして探索延長』なんていう裏技は思いもつかない。
だから、焚きつけてクリアまでの時間を少し遅らせてやろう、ただそれだけのことだったのに。
「マリアンセイユ様がもし『金の箱』に挑んで、万が一のことがあったら! 責任を取るのは、学院長であるディオン様ですよ!」
「え……」
「ましてや、マリアンセイユ様はディオン様の婚約者。本来ならこんな場所にいるはずもない方を危険な目に遭わせたとなれば……ディオン様の御名に傷がつきます!」
ミーアの言うことは、もっともな部分もあった。
が、すんなりとは納得できない。嫌な考えが、シャルルの脳裏をよぎった。
これほどディオンの立場を慮るのは――本気でディオンの身を案じているからじゃないのか、と。
それは、自分の立場以上に。
「いや、しかし……」
シャルルが反論しようとした、その瞬間。
遠くで、ムワッとする土臭い魔精力が立ち昇った。瞬時に気づいた四人が、一斉にその方角を見る。
何かが現れた。とてつもない魔精力を発する、何か異形の物が。その証拠に、かすかに地響きのようなものが伝わってくる。
「何が起こったんだ!?」
「『金の箱』? そんな訳はないですよね」
「あれは、そんじょそこらの魔物じゃ……」
「――森の外へいったん出ましょう」
慌てるベン、ミーア、シャルルに対し、いち早く冷静さを取り戻したアンディがキッパリと言い放つ。
「シャルル様が仰る通り、まず僕とミーアは銀の鍵のクリア申請をしましょう。探索本部に行けば、何が起こったのかもわかるはずです」
「そうですね」
「確かに」
「よし」
アンディの提案に、ミーア、ベン、シャルルが続けて賛成する。
顔を見合わせた四人は頷くと、一斉に森の出口へと駆けだした。
最終試験に臨むミーアは……。
――――――――――――――――――――――――
「え、今、何と仰いましたか?」
アンディ・カルムが珍しく大きな声を出した。
最終試験『野外探索』初日の朝。
ミーアとアンディ、そしてやや遅れてベン・ヘイマーの三人が集まり、地図を広げながら攻略ルートを確認していたところに、大公子シャルルが悠然と現れた。
三人と同じように、聖者学院の制服と黒いローブを着こみ、グレーのリュックを背負って。
「だ、か、ら。俺も参加するから、『野外探索』」
「なぜ……」
「なぜって? ミーアを守りたいからだ」
「……っ!」
シャルルに先手を打たれ、ベンが苦虫を噛みつぶしたような顔をする。一方アンディは、クッと口の端に力を入れただけだった。
当のミーアはギュッと両手で桃水晶の杖を握り、驚いたように目を見開いている。
ミーアの反応に、シャルルは内心ホッと胸を撫で下ろした。一瞬でも嫌そうな顔をされたら、いくらシャルルでもさすがに心が折れてしまう。
「お前たちは『聖なる者』の最終候補者だ。箱探しに夢中になっちゃうだろ?」
「そうですが、ミーアを無視して無茶をする気はありません」
派手好きで前に出たがりのベンが、ムッとしたように言い返す。
お前たちじゃ頼りにならない、ミーアを危険に晒すだろう、と決めつけられたように感じたからだ。
「現に、今も三人で森の探索ルートを確認していたところです」
「ふうん、探索ルートねぇ」
シャルルがベンの手元から地図をひったくる。
「あっ……」
「なるほど、こういう感じね。ふーん……アンディだよな、これ考えたの」
「……そうですが」
シャルルが視界の端でアンディをちらりと見ると、小馬鹿にされたのを瞬時に察したアンディが、さすがに気色ばんだ。
その表情の変化に気づき、ここで男二人を敵に回すのは得策ではない、と考えたシャルルは
「さすがだな、いい読みだと思うぜ」
と一応褒めたあと、
「でも、所詮ヨソ者だからな。ロワーネの森については、俺の方が詳しい」
と自分をアピールすることも忘れなかった。
「大公宮魔導士に連れられて何回か入ったし、この形式の試験は……三年前だったかな、面白そうだったからちょっと参加したことがあるんだ。お前たちは誰一人、ロワーネの森に入ったことは無いだろ。アンディだって試験無しで聖女騎士団に入ったんだから」
「それは、確かに……」
「まぁ……」
アンディもベンも、シャルルが仲間に加わることの有利性は感じたらしい。
そして大公家に仕える貴族である以上、大公子であるシャルルと個人的に関わる機会を得ることが今後どれだけ自分たちの人生に優位に働くか、嫌でも想像できた。
無言のまま、二人が「どうする?」とでも言うようにミーアに目を向ける。
その視線に気づいたシャルルは、真っすぐにミーアを見つめた。
「……ミーア。いいぞ、俺を利用しても」
「えっ……」
「『聖なる者』に、なりたいんだろ」
「……」
てっきり自分の力を誇示した強気なアピールをされる、と思っていたミーアは不思議そうに首を傾げる。
シャルルはフッと微笑むと、ゆっくりとミーアに近づいていった。
いつになく強い眼差しを真っすぐにミーアに向け、体から魔精力を漲らせるシャルルに、アンディとベンは思わず道を譲ってしまう。
ミーアはシャルルから目を逸らすことができなかった。
いつもどこか飄々としていて、どうでもいいとばかりにいい加減なシャルルが、今日は本気だと感じたからだ。
ミーアの目の前まで来たシャルルはゆっくりと腰を曲げると、そっとミーアの耳元に唇を寄せた。
「――あの女は、手強いぞ」
「……!」
ミーアは、ビクリと身体を震わせた。
それは耳元で囁かれたからか図星を突かれたからかは分からないが、明らかにミーアの心を捉えたようだった。
ミーアはゆっくりと頷くと、きゅっと唇を噛みしめた。
「シャルル様。力を貸してくださいますか?」
「……ああ」
あくまで「貸してください」とは言わないミーアにシャルルは苦笑しつつも、素直に返事をした。
「じゃ、そーいう訳でよろしくな! さっさと行こうぜ。あちらさんは空から行くらしいしな」
そう言ってシャルルが斜め上の青い空を指差す。
四人が見上げると、クロエ、マリアンセイユ、クリスの三人を乗せた白い大きな布が森の奥へと消えていくところだった。
* * *
ロワーネの森の地図が完全に頭に入っているアンディが先導し、防御壁を応用させた魔法『自分の領域』をシャルルが展開する。
こうすることで効率よく魔法が仕掛けられた場所を察知し、背が高く運動能力の高いベンが木の上や崖のへりなどを注意深く調べる。
その後を、ミーアが細かな傷を癒したりみんなの体力を回復させたりしながらついていく。
四人は奇妙なバランスを保ちながら、順調に森の探索を続けていた。
しかし、ミーアに選んでもらうことを半ば諦めたアンディや、自分の能力をいかんなく発揮しているシャルルとは違い、ベンは内心焦っていた。
――自分はあまり活躍できていない。ミーアにはどう映っているんだろうか。
ミーアを押さえて『聖なる者』になる実力はない、と自覚していた彼は、目下のところ「どうすればミーアの気を引けるか」ということにしか関心が無かった。
そして午後2時過ぎ、ついにミーアは三つ目の銀の鍵を手に入れた。
意外なことに、ベンは炎魔法解錠の『銀の箱』をミーアに優先的に取らせたのだ。
この試験は、条件をクリアするだけでなくそのクリア時間も重要であったため、ミーアに恩を売りたかった、というのがその主な理由である。
そしてミーアを危険な森の探索から早々に切り上げさせ、自分はそのあとゆっくりと『銀の箱』を集め、いちかばちか『金の箱』を狙いに行くつもりだった。
しかし、密かに『金の箱』を狙っているミーアにとっては、これは非常に都合が悪かった。
「ミーア、どうする? 一緒に森の外へ出るかい?」
同じく、つい先ほど銀の鍵を3つ揃えたアンディが問いかけたが、ミーアはそれには答えられず、思わず考え込んでしまう。
「えーと……」
「『金の箱』を取りに行った方がいいぞ」
ミーアが答える前に、シャルルが口を挟んだ。アンディが思わず眉を顰める。
この試験に参加したことがあるのなら、クリアタイムも重要だということは知っているはずなのに、と。
「シャルル様、どういうことですか? 『金の箱』は魔物との戦闘があります。なぜ危険を冒してまでクリアを遅らせないといけないのですか?」
「ああ、悪い。言葉が足りなかったな。銀の鍵3つでまずクリアして、その後に探索延長を申請するのが得策だろう。通常の試験ではナシだが、魔物と対峙するべき『聖なる者』の候補者なら認めてくれるはずだ」
「なぜ、そこまでして?」
解せないとばかりになおも言い募るアンディに、シャルルがフン、と鼻で笑う。
「――あの女は、『金の箱』を獲りにいくはずだからな」
「ええっ!?」
シャルルの言葉に、ミーアは思わず声を上げた。いつもどこか咄嗟の反応を堪えるようなところがあるミーアにしては珍しい。
マリアンセイユは上流貴族八家筆頭、フォンティーヌ公爵家の令嬢。そして、大公世子ディオンの婚約者。
本来なら『聖なる者』を目指す必要もないほど、約束された未来が待っている。
それがなぜ最終候補者に残り、危険な『野外探索』にまで参加しているのか。ミーアには全く理由が分からなかった。
ましてや『金の箱』を狙う、など。
しかし、シャルルはよく知っていた。
マリアンセイユが、公爵令嬢という立場やディオンの婚約者という立場よりも、『聖なる者』を重要視している、ということを。
「なぜ、そんなことが分かるのですか?」
含みを持たせた言い方に違和感を覚えたミーアが、珍しく自らシャルルに問いかける。シャルルはニンマリと笑うと、右手の親指でくいっと自分を指差した。
「俺が焚きつけたからだよ。『金の箱』を獲らないとヤバいぞって」
「なっ……」
「だから三日間、ギリギリまで粘るんじゃねぇかな、あいつ」
はははと笑い、ちらりとミーアを盗み見る。
その美しい水色の瞳を見開き言葉を呑み込む、ひどく驚いた様子のミーアに満足を覚えたシャルルだったが。
「何てことを! シャルル様、ご自分が何をされたか分かっているのですか!?」
というミーアの激しい叱責に、ひどく面食らった。
「え……」
「マリアンセイユ様は、その御身自体が尊いのですよ! なのに……!」
ミーアはギュッと杖を握り、ふるふると身体を震わせている。
怒るミーアを見るのが初めてなら、こんな大きな声で叫ぶミーアを見るのも初めてだった。
シャルルには、なぜミーアが怒っているのかサッパリ解らなかった。
マリアンセイユの足を引っ張る、というほどの悪いこともしていない。『正攻法』とかほざくあの女なら、きっと『一度クリアして探索延長』なんていう裏技は思いもつかない。
だから、焚きつけてクリアまでの時間を少し遅らせてやろう、ただそれだけのことだったのに。
「マリアンセイユ様がもし『金の箱』に挑んで、万が一のことがあったら! 責任を取るのは、学院長であるディオン様ですよ!」
「え……」
「ましてや、マリアンセイユ様はディオン様の婚約者。本来ならこんな場所にいるはずもない方を危険な目に遭わせたとなれば……ディオン様の御名に傷がつきます!」
ミーアの言うことは、もっともな部分もあった。
が、すんなりとは納得できない。嫌な考えが、シャルルの脳裏をよぎった。
これほどディオンの立場を慮るのは――本気でディオンの身を案じているからじゃないのか、と。
それは、自分の立場以上に。
「いや、しかし……」
シャルルが反論しようとした、その瞬間。
遠くで、ムワッとする土臭い魔精力が立ち昇った。瞬時に気づいた四人が、一斉にその方角を見る。
何かが現れた。とてつもない魔精力を発する、何か異形の物が。その証拠に、かすかに地響きのようなものが伝わってくる。
「何が起こったんだ!?」
「『金の箱』? そんな訳はないですよね」
「あれは、そんじょそこらの魔物じゃ……」
「――森の外へいったん出ましょう」
慌てるベン、ミーア、シャルルに対し、いち早く冷静さを取り戻したアンディがキッパリと言い放つ。
「シャルル様が仰る通り、まず僕とミーアは銀の鍵のクリア申請をしましょう。探索本部に行けば、何が起こったのかもわかるはずです」
「そうですね」
「確かに」
「よし」
アンディの提案に、ミーア、ベン、シャルルが続けて賛成する。
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