収監令嬢は◯×♥◇したいっ! ~全く知らない乙女ゲー世界で頑張ります~

加瀬優妃

文字の大きさ
上 下
86 / 156
第10幕 収監令嬢は知らんぷりしたい

第5話 いよいよ絞られたわね

しおりを挟む
 魔法実技試験が終わって、三日後。
 聖者学院の学院長、ディオン様から『聖なる者』の候補が5人に絞られたことが発表された。

 水魔法のスペシャリスト、優等生のアンディ・カルム子爵子息。
 強気で派手好きな炎魔法の使い手、ベン・ヘイマー伯爵子息。
 上級の風魔法だけでなく水魔法も習得している、クロエ・アルバード侯爵令嬢。

 そして、唯一無二の癒しの力と炎魔法を駆使する、ミーア・レグナンド男爵令嬢と、四属性を扱える私、マリアンセイユ・フォンティーヌ。

 五日後の最終試験『野外探索』は、この『聖なる者』の候補者と、卒業後にリンドブロム近衛部隊やリンドブロム聖女騎士団への入隊・入団を希望する者を対象に実施される。

 リンドブロム聖者学院のカリキュラムは、これですべて終了。五日後の『野外探索』まで学院は閉校となる。
 そして『野外探索』が終わると一週間の選考期間を経て、大公宮の闘技場にすべての貴族を集めた上で『聖なる者』の発表が行われる。

 そしてその後は、大公宮で卒業パーティも。
 まぁ、貴族の令嬢方の最大の目的はコレなんだろう。実際のところ、大半の人は『聖なる者』が誰になるかなんてどうでもいいのかも。いやいや、ひょっとしたら『聖なる者』ダービーとかやってたりして。
 となると、倍率が気になるわねえ。是非、マリアンセイユ・フォンティーヌは最低倍率の2倍に設定してもらいたいところだわ。
 三日間の休暇の間は黒い家リーベン・ヴィラに帰るつもりだったし、きっとセルフィスも来てくれるはず。聞いてみなくっちゃ。

「あの、マリアンセイユ。野外探索、僕と一緒に行ってくれないかな?」

 大講堂での集会が終わってそんなしょうもないことを考えていると、クリス・エドウィンがおずおずと私の方に近寄って来た。
 
「クリスも参加しますの?」

 『聖なる者』の選考には落ちたのにね、と思い、つい口がすべる。
 あわわ、これじゃクリスをバカにしたみたいだわ。

「ああ、卒業後はエドウィン隊に入るからなんですね?」

 慌てて付け加えると、クリスはちょっと頷き、申し訳なさそうに頭を掻いた。

「魔法実技ではベンに押されちゃって、失敗したから。せめて最後ぐらいはちゃんと結果を残したくて」

 結果、ねぇ。
 そうは言っても、クリスは次期伯爵なのだから無条件で聖女騎士団に入ることができるはず。何しろ、未来の団長なんだから。
 そんなにすごくやる気があるようにも見えなかったのに、なぜあえて参加するのかしら。
 確かに、魔法実技試験ではベンを引き立てるばかりで全然力を発揮してなかったけどね。クリスって土魔法の使い手としては高レベルのはずなのに。本番に弱いのかな。

 まぁ、『婚活』という面から考えても、自分をアピールする機会は欲しいわよね。
 だとすると……『野外探索』のシステムは、土魔法しか扱えないクリスにはかなり分が悪い。

 『野外探索』の試験内容は、リンドブロム大公宮の脇から背後へと広がるロワーネの森に隠された『宝箱』の中身を入手すること。期間は三日間。
 宝箱は『火・水・風・土』のいすれかの属性魔法で封じられており、その難易度によって『金の箱』『銀の箱』『銅の箱』に分かれているの。

 『銅の箱』は比較的わかりやすい場所に置いてあり、どの属性で封じられているかもわかるようになっている。そして解錠さえできれば、中身を入手できる。
 『銀の箱』はやや分かりにくい場所に設置されていて見つけにくい。施錠も『銅の箱』より強固になっていてどの属性で封じられているかもわからない。
 『銅の箱』は5つ、『銀の箱』は3つ集めればクリアなのよね。

 そして『金の箱』は、各属性につき一つずつしか設置されていない。森の奥深くに隠されていて、しかも宝箱の中には魔物のイミテーションが封じられているのでかなり危険。戦ってある程度のダメージを与えない限り魔物のイミテーションは消えないしね。
 この魔物イミテが消えれば中身を入手できるけど、消すことができなかった場合は一定時間後、元の宝箱の状態に戻ってしまう。つまり解錠からやり直さなければならない。
 『金の箱』は1つ入手できれば当然クリアなのだけど、過去に『金の箱』を入手できた者はいないらしい。
 
 土魔法しか扱えないとなると、土魔法で解錠する宝箱しか狙えない。『銅の箱』ならそれでもどうにかなるだろうけれど、上流貴族としてはせめて『銀の箱』を狙いところよね。まぁ、一発逆転の『金の箱』狙いもアリだけど、リスクが大きすぎるわ。

「先に言っておきますけど、解錠のお手伝いはしませんわよ? わたくしも、マリアンセイユも」

 クリスにどう返事をしたらいいか困っていると、隣にいたクロエがスッと私の肩に手を置いて入って来た。

「え、マリアンセイユはクロエと一緒なのかい?」
「そうよ。ねぇ、マリアンセイユ」
「え、ええ」

 初耳ですが!……と思ったけど、クロエの背後を見て納得した。
 『野外探索』に参加するつもりらしい下流貴族の子息たちが、遠巻きに私達の方を見つめている。きっとクロエに「自分を是非連れて行ってください!」とアピールするつもりだったのだろう。
 だけどクロエが私の方に来てしまったので迂闊に話しかけられないらしく、残念そうな顔が並んでいた。

 なるほどー、いちいち断るのが面倒だったのか。上流貴族が語らっているところに下流貴族が割り込むことなんてできないしね。
 それにクロエって周りの男性を『種』としか思ってないから、余計な時間の共有をしたがらないのよね。

「何か不都合でも?」

 クロエがギンッと強い眼光をクリスに喰らわす。
 どうやらクロエは、顔色を窺ってビクビクしてばかりのクリスがどうも好きではないらしい。
「あんな調子で伯爵家の当主が務まるのかしら」
とか言ってたし。
 あれだったら「どうそ自分の種を!」とギラギラな目つきでプッシュしてくる下流貴族の方が気骨がある分マシ、と。
 うーん、そこではどういう男女の駆け引きがなされているのかしら。私にはついていけないわー。

「あ……うん。それは、そうだよね。うん、それで構わないけど」
「あら、そう」
「それで、マリアンセイユが男の僕と一緒に組むというのは傍目に見てよくないだろうから、始まってから森の中で合流するよ。たまたま一緒になった、という形の方がいいよね?」

 そうね、特定の異性と丸一日一緒に過ごすというのは、ディオン様の婚約者としてはよくないわね。よからぬ噂を立てられても困るわ。

「そうですわね。わかりましたわ、クリス。一緒に探しましょう」
「ありがとう、マリアンセイユ。足手まといにならないようにするよ」

 クリスはペコペコと頭を下げると、そそくさと足早に去っていった。その後ろ姿を見送ったクロエが「ふん」と鼻で息をつく。

「でも、クロエ。解錠の手伝いをしないんじゃ、パーティを組む意味がないんじゃない?」
「マリアンが四属性を扱えるからって擦り寄ってきたのかもよ?」
「だとしても、試験自体が助け合いを認めているんだし……」
「助け合い、ならね。一方的に助けるのは意味がないわ」

 珍しくクロエが苛立っている。少し不思議に思って聞いてみると、
「プライドばかり高くて面倒なタイプだから」
とバッサリ切り捨てた。
 
「まぁ、私は初日でサクッと終わらせちゃうから、あの辛気臭い顔を長時間拝まずに済むからいいけれど。マリアンは、本当にそれでいいの?」
「ええ。それに、前々から頼まれていたし……」

 私に話しかけてくれる人っていうのは本当にいない。まぁ、ずっと近衛武官がついてたからね。
 でも、これは言い訳か。私と親しくなろうとする人間なんて殆どいなかった、と。社交という意味では私は全然ダメだった、と。
 そう受け止めた方がいいわね。

 なお、『野外探索』のときは近衛武官は付かないことになっている。ロワーネの森にはあちこちに試験官がいるし、記録水晶も設置してあるしね。
 近衛武官はそもそも武術に長けているし、目も利く。解錠に手を貸さないまでも宝箱を探すのを手伝うんじゃ、とか疑われたら困るでしょう? 私だって、ここまできて「ズルしてる」とか思われたくないし。

「それじゃ、五日後に」
「ええ。またね、クロエ」

 今日で学院は終了だから、特別魔法科の講義室に置いてある教材などを持って帰らなければならない。
 大講堂でクロエと別れ、私は今日の当番の近衛武官と一緒に教室へと向かった。

「あなた達にも本当にお世話になりましたわ。いろいろと大変だったでしょう。一人一人にお礼を言う機会が無くて、心苦しいですわ」
「いえ、とんでもありません!」

 私より少し年上かな、という比較的若い近衛武官が飛びあがるようにして答える。

「間近で護衛させていただいて、みんな涙して喜んでいます」
「え、なみだ?」
「はい。最終日は誰が務めることになるのかと戦々恐々としていました」
「戦々恐々……」
「そうなんです。前日の夕方に発表されたんですけど、そのあとは万が一下剤でも仕込まれたらと思い、何も食べてません」
「……」

 えーと、それはどういう意味で捉えたらいいのかしら? 何か物騒な単語が多くてあまり頭に入ってこなかったわ。
 あと、最後だからってぶっちゃけ過ぎのような気もするけれど。

 面食らって言葉を失っていると、近衛武官はハッと我に返り「失礼しました」と少しだけ頭を下げた。
 でもその顔には、嬉しそうな、それでいて少し寂しそうな笑みが浮かんでいる。

「みんな、マリアンセイユ様が早く大公宮に来て下さればいいのに、と思っています。『野外探索』は最終試験である以上本格的な仕様になっているので、気をつけてくださいね」
「……ありがとう」

 よく分からないけど、熱意は伝わったわ。近衛武官の方々が本当にいろいろ気を配ってくれていたのも、よくわかったし。

 貴族社会では味方らしい味方はロクに作れなかったけど、近衛武官を味方につけることはできたらしい。
 今度はちゃんと、ディオン様の正妃として彼らに会いたいわね。
 そのためには最終試験の『野外探索』もしっかりやり遂げないと、と思わず拳に力が入る。腹の奥底から、力が漲ってくるのを感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

火駆闘戯 第一部

高谷 ゆうと
ファンタジー
焼暴士と呼ばれる男たちがいた。 それは、自らの身体ひとつで、人間を脅かす炎と闘う者たちの総称である。 人間と対立する種族、「ラヨル」の民は、その長であるマユルを筆頭に、度々人間たちに奇襲を仕掛けてきていた。「ノーラ」と呼ばれる、ラヨルたちの操る邪術で繰り出される炎は、水では消えず、これまでに数多の人間が犠牲になっていった。人々がノーラに対抗すべく生み出された「イョウラ」と名付けられた武術。それは、ノーラの炎を消すために必要な、人間の血液を流しながらでも、倒れることなく闘い続けられるように鍛え上げられた男たちが使う、ラヨルの民を倒すための唯一の方法であった。 焼暴士の見習い少年、タスクは、マユルが持つといわれている「イホミ・モトイニ」とよばれる何かを破壊すべく、日々の鍛錬をこなしていた。それを破壊すれば、ラヨルの民は、ノーラを使えなくなると言い伝えられているためだ。 タスクは、マユルと対峙するが、全く歯が立たず、命の危機にさらされることになる。己の無力さを痛感したその日、タスクの奇譚は、ゆっくりと幕を開けたのだった。

ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。 このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。

[完]異世界銭湯

三園 七詩
ファンタジー
下町で昔ながらの薪で沸かす銭湯を経営する一家が住んでいた。 しかし近くにスーパー銭湯が出来てから客足が激減…このままでは店を畳むしかない、そう思っていた。 暗い気持ちで目覚め、いつもの習慣のように準備をしようと外に出ると…そこは見慣れた下町ではなく見たことも無い場所に銭湯は建っていた…

ぽっちゃりおっさん異世界ひとり旅〜目指せSランク冒険者〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
酒好きなぽっちゃりおっさん。 魔物が跋扈する異世界で転生する。 頭で思い浮かべた事を具現化する魔法《創造魔法》の加護を貰う。 《創造魔法》を駆使して異世界でSランク冒険者を目指す物語。 ※以前完結した作品を修正、加筆しております。 完結した内容を変更して、続編を連載する予定です。

駄々甘ママは、魔マ王さま。

清水裕
ファンタジー
 ある日、人里離れた森の奥で義理の母親と共に暮らす少年ヨシュアは夢の中で神さまの声を聞いた。  その内容とは、勇者として目覚めて魔王を退治しに行って欲しいと言うものであった。  ……が、魔王も勇者も御伽噺の存在となっている世界。更には森の中と言う限られた環境で育っていたヨシュアにはまったくそのことは理解出来なかった。  けれど勇者として目覚めたヨシュアをモンスターは……いや、魔王軍は放っておくわけが無く、彼の家へと魔王軍の幹部が送られた。  その結果、彼は最愛の母親を目の前で失った。  そしてヨシュアは、魔王軍と戦う決意をして生まれ育った森を出ていった。  ……これは勇者であるヨシュアが魔王を倒す物語である。  …………わけは無く、母親が実は魔王様で更には息子であるヨシュアに駄々甘のために、彼の活躍を監視し続ける物語である。  ※基本的に2000文字前後の短い物語を数話ほど予定しております。  ※視点もちょくちょく変わります。

〈完結〉髪を切りたいと言ったらキレられた〜裏切りの婚約破棄は滅亡の合図です〜

詩海猫
ファンタジー
タイトル通り、思いつき短編。 *最近プロットを立てて書き始めても続かないことが多くテンションが保てないためリハビリ作品、設定も思いつきのままです* 他者視点や国のその後等需要があるようだったら書きます。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...