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第8幕 収監令嬢はカエルを飼いたい
◉ゲーム本編[4]・ミーアは決意する
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ゲーム『リンドブロムの聖女』本編その4。
落とし穴に落とされたミーアのその後。
――――――――――――――――――――――――
落とし穴から助けられたミーアは、打ちひしがれていた。
生きていくために、孤児院では身を粉にして働いていた。
使い古された薄暗い明かりのもとで、ひたすら針を刺していた日々。
湯沸し器もなく、真冬だろうが冷たい水でひたすら皿洗いをしていた日々。
大量の荷物を背負い、辺境の村まで配達をしていた日々。
「お前は要らない」
と言われないために、ひたすら働き続けた自分を救ってくれたのは、ある日目覚めた治癒の力だった。
皆に感謝され、頼りにされて、生きててよかった、と生まれて初めて思った。
そうして『聖女の再来』ではないか、と噂されるようになったある日、レグナンド男爵に迎えられ、ミーアはミーア・ヘルナンジェからミーア・レグナンド男爵令嬢になり、聖者学院に迎えられた。
これから、輝かしい日々が待っていると思っていた。
自分を見つけ、救いの手を差し伸べてくれる誰かが現れるのだろう、と……。
しかし、それは幻想だった。ミーアの味方など、どこにもいない。
アンディ・カルムは親切だった。貴族令嬢たちの嫌がらせからさりげなく庇ってくれた。
でも、それは本当にただの『親切』なんだろうか?
他の貴族子息たちも、話しかけてはくれる。だがそれは『同情』ではないと言い切れるだろうか?
平民上がりの男爵令嬢が、彼らにとってそんなに魅力あるものだろうか。
ミーアは混乱していた。
ミーアに話しかける子息たちの中には、ミーアの容姿や立ち振る舞いに心惹かれる者も少なからずいたが、『聖女』になるかもしれないから、という下心で近づく人間もいた。
孤児院時代に触れた優しさも、所詮まやかしだった。ミーアはエレナの自己満足のための道具に過ぎなかった。
何が本当で、何が嘘なのか。
そして、これからの自分はどうあるべきかも、ミーアは判らなくなってしまった。
* * *
アインスによって連れてこられたのは、聖者学院の学院長室だった。
すなわち、大公世子ディオンの部屋である。
普段のミーアなら、緊張のあまりビクビクと心もとない様子でいたことだろう。
しかし傷心のミーアはそれどころではなく、ただ茫然とディオンの向かいに座り、聞かれたことに淡々と答えるだけだった。
足が痛み、それ以上に心が痛んでいた。
「……なるほど、事情は分かりました」
質疑応答を終えると、ディオンはそう言葉を切り、じっとミーアを見つめた。
ずっと俯いていたミーアは、視線を感じ顔を上げた。ディオンの黒目がちの瞳と目が合うと、自分がずっと上の空だったことに気づいてハッと我に返った。
聖者学院の学院長、しかも大公世子だというのに、あまり深く考えずに接していた。ひょっとして、何か無礼があっただろうか。
そう思い、慌てて背筋を伸ばし、居住まいを正す。足をピンと伸ばそうとして、ズキリと痛みが走った。思わず顔を歪めてしまう。
「ああ、怪我をしているんでしたね」
ディオンがミーアの右足を見て淡々とした言葉をかける。
もともと無表情なのか、それとも感情を見せまいとしているのか、ディオンの整った風貌からは余計に無機質な印象を受ける。
「しかし、ミーア・レグナンド。あなたは『治癒魔法』が使えるのでは?」
「あ、はい!」
「まさか、自分には使えないとか?」
ビクッとして返事をしたミーアを、ディオンが訝し気に見る。その言葉に皮肉な色を感じたミーアは、ぐっと唇を噛みしめた。
(疑われている。もしくは同情を引くためにわざとそうしている、と思われたかもしれない)
そう考えたミーアは、ゆっくりと深く頭を下げた。
「申し訳ありません。少し気持ちが不安定でしたので、魔法を使うのを躊躇っていました。すぐに治します」
「できるのですか」
「はい」
今は杖を持っていない。しかし怪我をした個所は分かっているし、何より自分の身体だ。どれぐらいの術をかければいいのかも把握している。
それに城下町では、元々杖など無くとも力を使っていた。
右手の人差し指と中指をそろえ、おでこに当てる。目を閉じて、体内の魔精力を眉間へと集中させた。
「……“治癒”」
右手を右足首へ。ミーアの指先から淡い光が溢れる。光の輪が足首を包み、一瞬で弾けて消えた。
「……もう治ったのですか」
初めて『治癒魔法』を見たディオンが目を見はる。まさか詠唱で魔精力を練ることもせず、たった一言の呪文で発揮するとは思いもしなかったのだ。
「はい」
ミーアが茶色い巻き毛を揺らし、ふんわりと微笑む。それに合わせて、右耳の桃水晶のイヤリングがチカッと光った。
先ほどまで沈んでいた水色の瞳が、急にグッと強い光を帯びる。
ミーアはこれまで、貴族令嬢達の目障りにならないように、と身を縮こませていた。おとなしく目立たないように、とひたすら陰に徹していた。
しかしそうしたところで、事態は一向に好転しない。
手を差し伸べられるのを待っていては駄目だ。待っていても、誰も助けてはくれないし、何も変わらない。
自分の力を信じて、未来は自分で勝ち取らなくてはならない。
(だって私は、この世界で生きて行かなくてはならないのだから)
ミーアは、密かに決意した。
* * *
次の日から、ミーアは変わった。
これまでは子息たちに話しかけられても言葉少なに応対し、悪目立ちしないようにと逃げるようにその場を立ち去っていたミーアだったが。
自分に話しかけてくれる人はそこにどんな思惑があろうとも貴重だと、丁寧に応えるようになった。
少しでも色々な話を聞き、自分の見識を広める必要がある。令嬢達との交流が築けないのならば、子息たちの交流を築けばいい。陰に隠れていようが表で堂々としていようが、令嬢たちにとって自分が目障りなのは変わらないのだ。陰口を叩かれることは減らないのだ。
ならば、少しでも自分の糧となるように動かなくては。
そしてミーアは、勉学にも励むことにした。勿論、これまでも真面目に授業は受けていたが、意識が変わった。
ミーアがこの世界で生きていくためには、知識と力を蓄え『聖なる者』になるしかないのだ。
もともとそれを目標にしてリンドブロム聖者学院に入学したはずだったのに、あまりにも冷たい視線や嫌がらせに、それを回避することにしか頭が回らなかった。
それではいけない、とミーアは反省した。
新たな決意を胸にミーアが向かったのは、学生寮に併設してある図書館。学院の生徒なら利用できるのなら、自分も利用できるはず。
しかし、扉を開けた先の廊下にいたのは、近衛武官のツヴァイだった。廊下を塞ぐように、まっすぐに姿勢よく立っている。
その向こうには中に入るための扉が見えていたが、ツヴァイはミーアを見ても顔色一つ変えず微動だにしない。
「え、あの……?」
通してはもらえないのかしら、とミーアが戸惑っていると、ツヴァイは深く頭を下げた。
「申し訳ございません、ミーア様。この図書館は、日中は閉鎖されております」
「そうなんですか?」
「ええ、授業中ですから」
今はお昼休みのはずだけど、とミーアは言いかけたが、
「申し訳ございませんが、放課後にご利用なさってください」
と言われ、追い出されるように外に出されてしまった。
閉鎖中なのになぜ扉は開いていたのか。近衛武官はなぜあそこにいたのか。
仕方なく帰りかけたミーアは、ふと足を止める。魔導士学院の建物の陰に隠れ、しばらく様子を見守った。
やがて、さきほどの近衛武官と共に藤色の髪の少女が扉から姿を現した。その後、くるりと振り返り扉に向き直っている。どうやら、鍵をかけているらしい。
公爵令嬢マリアンセイユ・フォンティーヌ。
最近貴族社会の仲間入りをしたミーアにとっては、雲の上の存在。
本来ならば、このリンドブロム聖者学院にはいなかったはずの人間。
膨大な魔精力を蓄え、それゆえ過去にはロワネスクを混乱に陥れた張本人。
なのに今では近衛武官に守られ、森の護り神すら味方につけている。
――そして、大公世子ディオンの婚約者。
酷い、立場が違い過ぎる、とミーアは心の奥底を衝かれた。
放課後しか使えないはずの図書館の鍵を持っているなんて。特別魔法科に入ったり、近衛武官が護衛についたり、と何もかもが特別扱いじゃないか、と。
そして気づいた。自分も周りにそう思われてるのだ、と。
平民の人達からは、急に男爵令嬢となったことを羨まれ。
貴族の人達からは、貴重な『治癒魔法』の使い手であることを僻まれ。
そして学院では周りにいろいろな青年たちにもてはやされていることを妬まれた。
男爵令嬢になったのも治癒魔法が使えることも青年たちが近づいてくることも自分の意志ではないのに、なぜ、とミーアは嘆いていたが、それは間違っていた。
公爵令嬢であること、膨大な魔精力を持っていること、それゆれ特別魔法科に入れられたこと、近衛武官がついていること。
これらはマリアンセイユの意志ではないだろう。彼女を入学させるならば、と大公家が決めたこと。
だからマリアンセイユはあれだけ堂々としているのだ。奇異の目を向けられても陰口を叩かれても、一切気にする素振りは無くあくまで優雅に、気品高く、華麗に振舞っている。
彼女が学院に来た目的は、皆に受け入れられることではないのだ。――ひょっとすると、婚約者であるディオンすら気にしていないのかもしれない。
ならば彼女が目指すのは、優れた魔導士――『聖なる者』に他ならない。
「――負けたく、ないわ」
自然と、ミーアの唇からいつになく強い言葉が零れ落ちた。
王獣『マデラギガンダ』が人間界に現れた。それがどういう意味を持つかは分からないが、恐らく、魔王降臨はそう遠い未来ではないのだ。
この学院で選ばれた『聖なる者』は、いつか必ず、真にこの世界に必要とされる存在になる。
ミーアは、改めて決意した。
『聖なる者』になる――それは、巨大なる壁、マリアンセイユ・フォンティーヌさえも押しのけて、自分が頂点に立たなければならないということ。
物怖じしている場合ではない、とミーアはギュッと拳を握りしめ、自らを奮い立たせた。
落とし穴に落とされたミーアのその後。
――――――――――――――――――――――――
落とし穴から助けられたミーアは、打ちひしがれていた。
生きていくために、孤児院では身を粉にして働いていた。
使い古された薄暗い明かりのもとで、ひたすら針を刺していた日々。
湯沸し器もなく、真冬だろうが冷たい水でひたすら皿洗いをしていた日々。
大量の荷物を背負い、辺境の村まで配達をしていた日々。
「お前は要らない」
と言われないために、ひたすら働き続けた自分を救ってくれたのは、ある日目覚めた治癒の力だった。
皆に感謝され、頼りにされて、生きててよかった、と生まれて初めて思った。
そうして『聖女の再来』ではないか、と噂されるようになったある日、レグナンド男爵に迎えられ、ミーアはミーア・ヘルナンジェからミーア・レグナンド男爵令嬢になり、聖者学院に迎えられた。
これから、輝かしい日々が待っていると思っていた。
自分を見つけ、救いの手を差し伸べてくれる誰かが現れるのだろう、と……。
しかし、それは幻想だった。ミーアの味方など、どこにもいない。
アンディ・カルムは親切だった。貴族令嬢たちの嫌がらせからさりげなく庇ってくれた。
でも、それは本当にただの『親切』なんだろうか?
他の貴族子息たちも、話しかけてはくれる。だがそれは『同情』ではないと言い切れるだろうか?
平民上がりの男爵令嬢が、彼らにとってそんなに魅力あるものだろうか。
ミーアは混乱していた。
ミーアに話しかける子息たちの中には、ミーアの容姿や立ち振る舞いに心惹かれる者も少なからずいたが、『聖女』になるかもしれないから、という下心で近づく人間もいた。
孤児院時代に触れた優しさも、所詮まやかしだった。ミーアはエレナの自己満足のための道具に過ぎなかった。
何が本当で、何が嘘なのか。
そして、これからの自分はどうあるべきかも、ミーアは判らなくなってしまった。
* * *
アインスによって連れてこられたのは、聖者学院の学院長室だった。
すなわち、大公世子ディオンの部屋である。
普段のミーアなら、緊張のあまりビクビクと心もとない様子でいたことだろう。
しかし傷心のミーアはそれどころではなく、ただ茫然とディオンの向かいに座り、聞かれたことに淡々と答えるだけだった。
足が痛み、それ以上に心が痛んでいた。
「……なるほど、事情は分かりました」
質疑応答を終えると、ディオンはそう言葉を切り、じっとミーアを見つめた。
ずっと俯いていたミーアは、視線を感じ顔を上げた。ディオンの黒目がちの瞳と目が合うと、自分がずっと上の空だったことに気づいてハッと我に返った。
聖者学院の学院長、しかも大公世子だというのに、あまり深く考えずに接していた。ひょっとして、何か無礼があっただろうか。
そう思い、慌てて背筋を伸ばし、居住まいを正す。足をピンと伸ばそうとして、ズキリと痛みが走った。思わず顔を歪めてしまう。
「ああ、怪我をしているんでしたね」
ディオンがミーアの右足を見て淡々とした言葉をかける。
もともと無表情なのか、それとも感情を見せまいとしているのか、ディオンの整った風貌からは余計に無機質な印象を受ける。
「しかし、ミーア・レグナンド。あなたは『治癒魔法』が使えるのでは?」
「あ、はい!」
「まさか、自分には使えないとか?」
ビクッとして返事をしたミーアを、ディオンが訝し気に見る。その言葉に皮肉な色を感じたミーアは、ぐっと唇を噛みしめた。
(疑われている。もしくは同情を引くためにわざとそうしている、と思われたかもしれない)
そう考えたミーアは、ゆっくりと深く頭を下げた。
「申し訳ありません。少し気持ちが不安定でしたので、魔法を使うのを躊躇っていました。すぐに治します」
「できるのですか」
「はい」
今は杖を持っていない。しかし怪我をした個所は分かっているし、何より自分の身体だ。どれぐらいの術をかければいいのかも把握している。
それに城下町では、元々杖など無くとも力を使っていた。
右手の人差し指と中指をそろえ、おでこに当てる。目を閉じて、体内の魔精力を眉間へと集中させた。
「……“治癒”」
右手を右足首へ。ミーアの指先から淡い光が溢れる。光の輪が足首を包み、一瞬で弾けて消えた。
「……もう治ったのですか」
初めて『治癒魔法』を見たディオンが目を見はる。まさか詠唱で魔精力を練ることもせず、たった一言の呪文で発揮するとは思いもしなかったのだ。
「はい」
ミーアが茶色い巻き毛を揺らし、ふんわりと微笑む。それに合わせて、右耳の桃水晶のイヤリングがチカッと光った。
先ほどまで沈んでいた水色の瞳が、急にグッと強い光を帯びる。
ミーアはこれまで、貴族令嬢達の目障りにならないように、と身を縮こませていた。おとなしく目立たないように、とひたすら陰に徹していた。
しかしそうしたところで、事態は一向に好転しない。
手を差し伸べられるのを待っていては駄目だ。待っていても、誰も助けてはくれないし、何も変わらない。
自分の力を信じて、未来は自分で勝ち取らなくてはならない。
(だって私は、この世界で生きて行かなくてはならないのだから)
ミーアは、密かに決意した。
* * *
次の日から、ミーアは変わった。
これまでは子息たちに話しかけられても言葉少なに応対し、悪目立ちしないようにと逃げるようにその場を立ち去っていたミーアだったが。
自分に話しかけてくれる人はそこにどんな思惑があろうとも貴重だと、丁寧に応えるようになった。
少しでも色々な話を聞き、自分の見識を広める必要がある。令嬢達との交流が築けないのならば、子息たちの交流を築けばいい。陰に隠れていようが表で堂々としていようが、令嬢たちにとって自分が目障りなのは変わらないのだ。陰口を叩かれることは減らないのだ。
ならば、少しでも自分の糧となるように動かなくては。
そしてミーアは、勉学にも励むことにした。勿論、これまでも真面目に授業は受けていたが、意識が変わった。
ミーアがこの世界で生きていくためには、知識と力を蓄え『聖なる者』になるしかないのだ。
もともとそれを目標にしてリンドブロム聖者学院に入学したはずだったのに、あまりにも冷たい視線や嫌がらせに、それを回避することにしか頭が回らなかった。
それではいけない、とミーアは反省した。
新たな決意を胸にミーアが向かったのは、学生寮に併設してある図書館。学院の生徒なら利用できるのなら、自分も利用できるはず。
しかし、扉を開けた先の廊下にいたのは、近衛武官のツヴァイだった。廊下を塞ぐように、まっすぐに姿勢よく立っている。
その向こうには中に入るための扉が見えていたが、ツヴァイはミーアを見ても顔色一つ変えず微動だにしない。
「え、あの……?」
通してはもらえないのかしら、とミーアが戸惑っていると、ツヴァイは深く頭を下げた。
「申し訳ございません、ミーア様。この図書館は、日中は閉鎖されております」
「そうなんですか?」
「ええ、授業中ですから」
今はお昼休みのはずだけど、とミーアは言いかけたが、
「申し訳ございませんが、放課後にご利用なさってください」
と言われ、追い出されるように外に出されてしまった。
閉鎖中なのになぜ扉は開いていたのか。近衛武官はなぜあそこにいたのか。
仕方なく帰りかけたミーアは、ふと足を止める。魔導士学院の建物の陰に隠れ、しばらく様子を見守った。
やがて、さきほどの近衛武官と共に藤色の髪の少女が扉から姿を現した。その後、くるりと振り返り扉に向き直っている。どうやら、鍵をかけているらしい。
公爵令嬢マリアンセイユ・フォンティーヌ。
最近貴族社会の仲間入りをしたミーアにとっては、雲の上の存在。
本来ならば、このリンドブロム聖者学院にはいなかったはずの人間。
膨大な魔精力を蓄え、それゆえ過去にはロワネスクを混乱に陥れた張本人。
なのに今では近衛武官に守られ、森の護り神すら味方につけている。
――そして、大公世子ディオンの婚約者。
酷い、立場が違い過ぎる、とミーアは心の奥底を衝かれた。
放課後しか使えないはずの図書館の鍵を持っているなんて。特別魔法科に入ったり、近衛武官が護衛についたり、と何もかもが特別扱いじゃないか、と。
そして気づいた。自分も周りにそう思われてるのだ、と。
平民の人達からは、急に男爵令嬢となったことを羨まれ。
貴族の人達からは、貴重な『治癒魔法』の使い手であることを僻まれ。
そして学院では周りにいろいろな青年たちにもてはやされていることを妬まれた。
男爵令嬢になったのも治癒魔法が使えることも青年たちが近づいてくることも自分の意志ではないのに、なぜ、とミーアは嘆いていたが、それは間違っていた。
公爵令嬢であること、膨大な魔精力を持っていること、それゆれ特別魔法科に入れられたこと、近衛武官がついていること。
これらはマリアンセイユの意志ではないだろう。彼女を入学させるならば、と大公家が決めたこと。
だからマリアンセイユはあれだけ堂々としているのだ。奇異の目を向けられても陰口を叩かれても、一切気にする素振りは無くあくまで優雅に、気品高く、華麗に振舞っている。
彼女が学院に来た目的は、皆に受け入れられることではないのだ。――ひょっとすると、婚約者であるディオンすら気にしていないのかもしれない。
ならば彼女が目指すのは、優れた魔導士――『聖なる者』に他ならない。
「――負けたく、ないわ」
自然と、ミーアの唇からいつになく強い言葉が零れ落ちた。
王獣『マデラギガンダ』が人間界に現れた。それがどういう意味を持つかは分からないが、恐らく、魔王降臨はそう遠い未来ではないのだ。
この学院で選ばれた『聖なる者』は、いつか必ず、真にこの世界に必要とされる存在になる。
ミーアは、改めて決意した。
『聖なる者』になる――それは、巨大なる壁、マリアンセイユ・フォンティーヌさえも押しのけて、自分が頂点に立たなければならないということ。
物怖じしている場合ではない、とミーアはギュッと拳を握りしめ、自らを奮い立たせた。
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