収監令嬢は◯×♥◇したいっ! ~全く知らない乙女ゲー世界で頑張ります~

加瀬優妃

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第8幕 収監令嬢はカエルを飼いたい

第1話 一か月が経ちました

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 『特別魔法科』の講義室に面する、小高い樹木に囲まれた美しい中庭。
 地面に描いた魔法陣から、大量の水が噴水のように私の目の高さまで噴き上がっている。
 死神メイスを両手でしっかりと抱え、意識を集中させる。『水魔法』を維持しつつ『風魔法』の扉を開く。

「“風よ、此処フィソ=デ=舞い上がれソゥナ=ディモ”!」

 ふわっと風が吹いてわずかに水滴を散らしたが、水に押し負けて風は止まってしまった。噴水の水が元のようにダバダバと溢れているだけ。
 溜息をつきながら、水魔法も引っ込める。

「ああ、駄目ですわね……」
「いえいえ、上出来ですよ」

 ガックリと肩を落とす私に、濃紺色のフードを被り、「この季節にそれは汗疹ができるんじゃ」と心配になるぐらい厚手のローブを着た老人が優しく微笑みかける。

「少なくとも同時に開くことはできる、と解りました。あとは出力をあげればいいだけのこと」

 このサンタクロースのような白髭の老人は、トーマスという名の私とシャルル様が所属する『特別魔法科』の魔法実技の先生。
 下流貴族の次男で、聖女騎士団から大公宮魔導士へと抜擢され、後に魔導士長を務めた。引退後は魔導士学院の特別講師となり、そして現在は魔導士学院の学院長という、魔導士としては理論から実践まですべてを知り尽くした、超一流の先生だ。
 アイーダ女史の師匠でもあり、オルヴィア様もこの先生に付いていた時期があるという。

 すべての属性魔法を扱えるようになったにも関わらず、同時に複数の魔法を扱うことができない。
 私のこの最大の欠点を、トーマス先生は
「マリアンセイユ様は、魔精力を抑えることに注力するあまり頑丈な蓋を作ってしまったのでしょうな」
と説明してくれた。

「蓋、ですか」
「普通なら複数の性質の魔精力を持つのは当たり前ですし、その境界も曖昧です。魔法学ではこれら魔精力を材料に、魔法を形作ることを学ぶ訳ですが」

 黒板にカキカキと二つの四角を書き、中央に『A』『B』という文字が振られる。続けてその二つを連結させるような二本線を書き入れた。

「この『A』の効果が表れていても、実は『B』の素のようなものは混じっているのです。そのため威力が損なわれる。通常は、この『B』を極力なくし、より『A』の精度を上げていく鍛錬を積むわけですが」

 橋のような二本線の上に大きく×が描かれた。『A』と『B』が振られた二つの四角の輪郭を二重、三重になぞる。

「成長に伴って膨れ上がる魔精力を、マリアンセイユ様はひたすら自分の体内に閉じ込めようとした。瓶のような頑丈な器を作り、しっかりと蓋をして」
「……」
「魔精力の暴走は、その制御が追いつかなくなり、一度にすべての蓋が開いた結果でしょう」

 ギコギコと『A』『B』の字の周りにが爆発するような効果線が入った。

「中の圧力が増して耐えきれなくなり、蓋を押し開いた、ということでしょうか」
「そうでございます。さすが、飲み込みが早うございますな」

 ほっほっほっ、とトーマス先生が声を上げて笑った。

「マリアンセイユ様は夢の中で魔法の手ほどきを受けた、ということでしたが」
「はい。護り神様が現れました。それと……どこからともなくアイーダ女史の声が聞こえたのです」

 本当は二年間みっちりアイーダ女史が教えてくれたのだけど、最近まで眠っていたという設定上、こうしておかないと辻褄が合わない。

「つまり、体内に閉じ込められたそれぞれの魔精力の器に、これは『風』、これは『炎』……とラベルを貼っていったということですな。護り神様とアイーダが一つ一つ段階を踏んで各属性魔法を教えた結果ですね」
「あの、それは……」

 まるでアイーダ女史の教え方が悪い、と言われた気がして困惑すると、トーマス先生は「いやいや」と首を横に振った。

「これは良い事なのですよ。おかげで、純粋な属性魔法を扱えるようになったのですから。威力は桁違いです」

 トーマス先生が力強く頷いてくれたので、ちょっとホッとする。

「今は、一つ蓋を開けたらそれを閉めてからでないと次の蓋が開けられない状態、ということです。恐らく『しっかり制御しないと』という思いが強いのでしょう」
「そうですね」
「ですので、少しずつ複数の蓋を緩める練習をしていきましょう」
「はい! よろしくお願いいたします!」


 ……とまぁこんな感じでこの一カ月練習を続け、どうにか複合魔法が使えそうな兆しが見えてきたのよ。
 なるほどねー、同じ属性魔法ですら前のを引っ込めないと次のが出せなかった理由が、ようやく分かったわ。

 なお、私の魔法実技に付き合わされているシャルル様はひどく面倒臭そうだ。私の魔法が周りに影響を与えないよう防御魔法陣を敷いてくれているのだけど、片手で維持しながら「ふああ」と欠伸をしている。

「はー、いい加減、初歩の初歩の魔法ばかり見せられて飽きた。もっと派手なモノはやらねぇの?」
「……申し訳ありません」

 心の中で舌を出しながら、丁重に頭を下げた。
 我儘な坊ちゃんだこと。まぁ大公子サマだしね、仕方ないのかもしれないけど。
 私のカリキュラムに合わせてしまっているのは確かだし。

「それでは、この老いぼれが手本でも見せましょうかな?」
「えっ……」

 トーマス先生が「むん」と一声発し、シャルル様に向かって杖を構える。
 それまで温和な空気を醸し出していた先生の身体の周りに、湯気のような魔精力オーラが立ち昇った。

「え、ちょ……」
「“水よ、舞え”」

 低いしわがれ声が響いたと同時に、トーマス先生の杖から水柱が現れた。それは大きな蛇の形になり、長い身体をうねらせ牙を剥きながら一直線にシャルル様へと向かっていく。

「う、わぁぁぁ――!」

 全く体勢を整えていなかったシャルル様が慌てて両手で構えた杖を突き出す。間一髪、大蛇がシャルル様に飛び掛かる前にシールドが現れた。
 蛇がシールドにぶつかる!と思ったけど、何とシールドの手前でフッとかき消えてしまった。いわゆる寸止め、というやつだ。先生の魔精力がぶわっと四方八方に弾け飛ぶ。

「と、トーマス! 脅かすんじゃねぇよ!」
「わたしの授業の間は気を抜かないでいただきたい。魔物は待ってはくれませんし、マリアンセイユ様が万が一複合魔法を失敗して暴走させた場合にはこの程度じゃ済みませんよ」
「んぐ……」
「それより先生、水の蛇が一瞬で消えたのですが!」

 トーマス先生のやんわりとした指摘にシャルル様は口をへの字に曲げてグッと喉を詰まらせたけど、私にとってはそんなことはどうでもいい。

「あの、わたくしの場合ですと、出した水や土はそのままその場に残ってしまうのですが、どうして先生は消すことができるんですか?」

 先ほど私が出現させた噴水の水は魔法陣の上に水たまりを作っており、じんわりと地面に広がっている。
 前に巨大ホワイトウルフを倒したときに作った円筒形の土壁も、その場に残ったままだった。そもそも模精魔法はコピーみたいな物、という認識だったから『消す』という発想は無かったんだけど。

「いいところに気づかれましたな。これは創精魔法だからこそできることです」
「え?」
「自らの魔精力を練り魔法を生み出す創精魔法には、いわば『まやかし』というものがありましてな」
「まやかし?」
「偽物かよ! ビビって損したぜ!」

 うるさいな、シャルル様は……。この人、本当にこの聖者学院で学ぶ気があるのかしら。

「自らの魔精力を練り魔法を造形したあと、元の魔精力に戻すことも可能なのです。ですから『まやかし』とは申しましたが、『水』が身体に触れれば濡れますし『炎』なら燃やしますよ」

 パチン、とトーマス先生が指を鳴らした瞬間、シャルル様の頭上からザバーッと大量の水が落ちてくる。
 何だろうな、バラエティ番組で見た罰ゲームみたい。何だかちょっと胸がスッキリしたわ。

 だけどその後、落ちてきた水がシャルル様の顔の周りにだけまとわりつくように溜まっていって、さすがに青くなった。首から上だけスポッと円筒形の器を被って、そこに水をためていく感じ。
 せ、先生、先生、シャルル様が溺れますー!

「うぷっ、何……ゴボ、ゴボボッ!」
「これを続けると窒息させることも可能なのですが……」

 再び、指がパチンという音を鳴らす。

「うげぇ、う……あ?」

 あっという間に、シャルル様の顔の周りの水が忽然と消えた。見えない容器の中で髪の毛もベシャベシャに濡れていたはずなのに、まるで嘘のよう。風に吹かれてサラサラーッと流れている。

「シャルル様、気を抜くなと申し上げたはずですが?」
「呪文詠唱も無しに魔法を発動する相手にどうしろってんだよ!」
「魔物はそうですよ?」
「……っ!」

 うん、確かに。あの巨大ホワイトウルフはそうだったわね。ブンと首を振っただけで水のシールドを発動していたわ。それでハティの毒の息を無効化したのよ。
 つまり、魔物のちょっとした仕草だけで判断し、警戒しないといけないのね。

 トーマス先生の授業は本当にためになるわね、と感心していると、シャルル様がチッと舌打ちして私を睨みつけた。

「解ったように頷きやがって……」
「お言葉ですが、わたくしはホワイトウルフの亜種と対峙したことがございます。そのときのことを思い出しただけですわ」

 だから私に護衛という名の監視が付くことになったんでしょうが。舐めないでちょうだい、まったく。
 さすがにムカッとしていると、つねに柔らかい笑みを浮かべていたトーマス先生がすっと真顔になった。

「シャルル様。大公子というお立場上、魔物討伐に向かう機会などないでしょうが、もし魔王が降臨するようなことがあればそうも言ってはいられなくなります」
「そうならないために『聖なる者』を選ぶんだろうが」
「『聖なる者』をいったいどうお考えで? 魔王への盾ではないのですよ?」
「うっ……それは……まぁ……そうだな」

 少しは反省したらしい。反論しようとして、すっと目を伏せた。きまり悪そうに頭をポリポリ掻いている。

「そうだった。ちょっと他人事だったな。悪い」

 あら、意外に素直。

「ただなぁ、俺は『フィッサマイヤの詩歌』を起動できるだけの力を身につけるために、トーマスの授業を受けてるんだよ。しょーもない基本魔法のために防御魔法陣を敷いてる場合じゃないんだが」

 結局、文句か! 見直して損したわよ!

「そのうち維持するのも大変になりますよ。マリアンセイユ様が成長されれば」
「あー、そうかい。おい魔獣使い、さっさと俺を脅かすぐらい強くなれよな」
「勿論ですわ。それから、わたくしは魔獣使いではございません」

 こいつ、いつかチビらせてやるわ。替えのパンツを用意しておくことね!
 
 ……と心の奥底で毒を吐きつつ、否定するところはやんわりと否定しておく。

「ところで先生、どうして詠唱なしに水魔法を発動できたんですか?」
「水の蛇を出したあと、蓋を開けたまま維持していたのですよ」
「そんなことができるんですか!?」
「鍛錬は必要ですがね。それと、あまり複雑な造形は無理ですが」
「ですが連続魔法が可能になりますし、咄嗟に魔物の気を引くなど時間稼ぎもできます。攻撃のバリエーションが増えるのですね」
「そうです。それにしても、マリアンセイユ様の魔法センスは素晴らしいですね。初見で魔物討伐を成し遂げた理由がよくわかりました」

 ええ、だてにRPGでバトルをやり込んではいませんから。
 ……と思いながら、曖昧に微笑む。その横では、シャルル様が
「ただの魔法マニアだろ……」
とブツブツ呟いていた。


 シャルル様とは
「邪魔だ、面倒くさい」
「うるさい人、我儘だわ」
とお互い思っていて、とてもじゃないけれど良好な関係とは言えないけれど。
 実は一番気を使わずに話をすることができるので、ちょっと助かっています。

 こんな感じで、特に何も問題は起こらないまま一カ月が経ちました。
 相変わらず陰口は治まらないけど、気にしても仕方がない。一時期はミーアを苛める首謀者みたいな言われ方をされて辛かったけど、ツヴァイの忠告通り誰とも接しないようにしていたら自然と消えていたし。
 そりゃそうね。話す相手がいなければ、イジメを命令することだって出来ないんだから。

 こんな感じで、黒い本音はプルンな胸の奥にしまいつつ、第8章も引き続き『聖なる者』を目指して頑張るわよ!
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