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第7幕 収監令嬢はたくさん学びたい

第4話 やっぱりアウェイだわ

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 学院二日目。本日のお当番近衛武官はツヴァイという、中肉中背の目の細い青年。アインスから聞いていたせいか、馬車へのお出迎えの時点できっちりと名乗ってくれた。淡々とした物言いの、表情が読めない青年。

「本日はどうされますか?」
「……特別講義室へ参ります」

 どう考えてもあの控室に私の居場所はないし、それなら特別講義室の方がまだマシね。私用の席もあるのだし。
 厳密にはシャルル様用に作られた講義室に私がお邪魔してしまった形なんだけど。
 はぁ、どこもかしこも、私の居場所ってないなあ。


「あの、クロエ・アルバート侯爵令嬢はどちらにいらっしゃるのでしょう?」

 二限目が終わって、思い切ってツヴァイに聞いてみる。授業の移動がてらあちこち覗いてみたけれど、クロエ嬢の姿がどこにも見当たらない。
 もうこれは探すより聞いた方が早いかな、と思ったのだ。

「わたくし、まだ挨拶ができていなくて申し訳なく感じているのですが」
「クロエ様は創精魔法科に在籍しておられますが、ご公務もお忙しいので必要な授業のみ受講されているようです」
「公務……」

 そうか、彼女は『聖なる者』になるために学院に来たわけじゃない。家庭教師からは学べない、大公宮付の魔導士や博学士による講義を受けに来ただけ。
 あとは、お婿さん探しだっけ?
 どこかの講義で出会えるといいけど……まぁ、最初から焦っても仕方ないか。

「……少々、忠告をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え、はい、どうぞ!?」

 アインスは余計なことを一切言わなかったけど、ツヴァイは彼よりは場慣れしているのか、割とグイグイ来るわね。

「他の場所に用がないときは、特別講義室で過ごされるのが一番安全で確実です」
「え……」
「余計な行動は余計な憶測を呼びます」
「……」

 言葉尻だけ取ると「ウロウロして仕事を増やすな」という感じだけど、表情……はほぼ無いけど、口調と雰囲気は本人が言うように『文句』というよりは『忠告』なのよね。
 一応、私の身を案じてくれてるのかな。顔が能面でよく分からないけど。
 昨日アインスが赤くなったり青くなったりしていたのも、その『余計な憶測』とやらを呼んでしまったからなのかしら?

「あの……名前を聞きだしたことは、そんなにいけなかったでしょうか?」
「は?」

 声は少し驚いたようではあるけど、表情が変わらないので逆に怖いわ。表情筋を凍結させる特殊訓練でも積んでるのかしら。

「何だかアインスを慌てさせてしまったようで、少し気になっておりましたの」
「大公殿下や大公妃殿下、大公子殿下が武官に名前を問うときは、手柄を立てたか失態を犯したかのいずれかなのです」
「え、そうなの?」

 思わず素の声を発してしまい、慌てて口をつぐむ。
 なるほどね。だからアインスは信号機みたいに顔色を変えていたのか。

「存じませんでした。それはアインスに申し訳ないことをいたしましたわ」
「いえ、我々も遠くで貴族の方々をお守りすることはあっても、こうして身近に接することはありませんので、いささか緊張しております」

 そうは言っても、ツヴァイは本当に表情が固定されちゃってるけど。ゲームのモブキャラの静止画みたいだわ。

「勝手が分からずマリアンセイユ様に余計な気遣いをさせてしまったこと、アインスに代わりお詫びいたします」
「いえ、そんな。こちらこそ知らぬことが多く、お手数をおかけいたします。申し訳ありません」
「マリアンセイユ様が謝る必要はございません。それから、我々に丁寧な口調で話す必要もございません」
「でも……」
「我々は、近い将来の臣下でございます」

 アインスが緊張していたのも、ツヴァイが忠告してくれるのも、私がディオン様の婚約者であり、未来の大公妃だと思っているから。
 少なくとも彼らは私を認めてくれていて、真摯に仕えようとしてくれている。

「……ありがとう」

 例えゲーム世界ではモブキャラでも、この世界では一人一人ちゃんと生きている。それぞれに気持ちや考えがあるのは当たり前のこと。
 そういうの、おざなりにしちゃダメよね。だって、私だってこの世界で生きていく一人なんだから。

 やっと自分の足で立っていることが自覚できた気がして、お礼を言う。
 ツヴァイはまたもや無表情のままだったけど、どこかほんのりと柔らかい雰囲気を醸し出していた。


   * * *


 二日目はツヴァイの忠告に従い、空いた時間は特別講義室にいた。
 ……けど、やっぱり居心地は悪い。

 シャルル様は、魔法系の授業以外はカーテンの向こうのソファでのんびりくつろいでいたり不意に大公宮に戻ったり、とても自由に過ごしている。
 だけど、私はこの環境に到底馴染めそうもなかった。

 だって、後ろのスペースはシャルル様が休憩するために用意された場所で、メイドだってシャルル様のためにいる訳だし。
 かと言って前方のスペースにある自分の机で自習しようにも、後ろでずっと何人もの人が控えていると思うと落ち着かないし。
 やっぱり私は、この学院では邪魔者なのねぇ。

 だいたい、授業と授業の間に1時間も休憩があるというのはどういうことなのかしら。ゆとり教育もいいところだと思うんだけど、社交も兼ねてるからかなあ。
 はぁ、居場所がなーい。

 結局、講義室の移動はなるべくゆっくり歩き、時には遠回りをしたりなんかして時間をつぶすことになる。おかげで聖者学院のマップもだいぶん頭に入ってきたので良かったけど。
 とは言っても、授業の復習をするのに落ち着いて自習したりもしたいし。どこかにいい場所ないかなあ。

「ドライ、次は模精魔法の魔法実技の見学なので、移動します」
「わかりました。魔導士学院ですね」

 三日目のお当番近衛武官は愛嬌のある顔をした人懐っこい感じの青年、ドライ。年齢もわりと近いんじゃないかしら。近衛武官もいろいろね、と感心する。

「でも、どうしてわざわざ魔導士学院の講義室なのかしら? それに模精魔法というと自然物が必要だと思うのですが、室内で可能なんですか?」
「今日は炎の実技と聞いています。安全のため、外よりむしろ設備が整っている魔導士学院の訓練場を用いるのでしょう」
「設備?」
「魔道具が設置されており、シールドが起動するようになっております」
「なるほど」

 あの入学試験を受けた、リンドブロム大公宮の闘技場みたいな感じかしらね。
 ワクワクしながら聖者学院の敷地を出て、隣接している魔導士学院に向かう。
 確か設立当時からずっと使われている建物と聞いているけど、確かに歴史を感じるというか、ほのかに魔精力が漂っているわ。

 魔法実技が行われる講義室とやらに行くと、半円状の実技場と円弧を取り巻くような座席部分に分かれていた。座席側はやや階段状になっていて、闘技場を半分に切ったような感じ。魔法実技を行う場所だもの、見やすくなってるのね。

 実技場のすぐ傍の中央の席に陣取っていた下級貴族の令嬢たちが、一斉に私の方を見上げた。
 目礼だけし、邪魔にならないようにやや後方の高い位置にある壁際の席に腰かける。学友を探すべく話しかけることも考えたけど、私はクラスメートですらないし、あの視線だとやはりここでも好意的には受け止められていないようだから。

 授業が始まるまで時間があるので、前の授業で行われた『神学』の教本を開く。
 魔王や聖女シュルヴィアフェスとも関係がある内容で、物語みたいでちょっと面白いのよね。

「マリアンセイユ様よ」
「今日もまた別の男の人を侍らせてるわね」
「ディオン様の婚約者なのに」
「シャルル様も独り占めだし、ずるいわ」

 ちょいと、お嬢さん方。悪口は聞こえるように言っちゃ駄目よー。それに近衛武官が付いているのはディオン様の計らいだからね、一応。

 ちょうど開いたページには『神は争いを好まない』とあった。
 “魔物には魔王を、人間には聖女を、と与えたのは神であるが、それは両者を争わせる意図ではない。あくまで両者を公平に扱った結果である。対等な関係となるように”と書いてある。

 そうねー、ここで彼女たちと争ってもね、とすました顔でページをめくりながら内心ウンウンと頷く。
 あくまで公爵令嬢として、品のある振舞いを……。

「あ、ちょっ……」
「しいっ!」

 ちらりとこちらを見たらしいお嬢さん方が、急に静かになる。
 私の心の声が聞こえたのかしら、と顔を上げると、背後から不穏な空気を感じた。見上げると、私の背後に立って護衛をしてくれていたドライがチラッチラッとあちこちに冷たい視線を投げかけている。

「ドライ、そんな牽制の視線を送らなくても結構ですわ」
「無礼な発言を捨て置かれるのですか?」
「些細なことですしね。あの程度の発言なら、威丈高に黙らせるより『戯言も情報収集の一環』として聞いておいた方がいいわ」

 マリアンセイユの置かれてる立場もわかるしね。彼女達も、陰口を叩くぐらいしかできることがないのだろう、とも思うし。
 私が表情を変えず淡々としているのが意外だったのか、ドライが「え、しかし」とやや慌てたように言葉を続ける。

「ご気分の良いものではないかと思いますが……」
「わたくしの気分はわたくし一人の裁量でどうとでもなりますが、その他大勢の気分は何がどう作用するか分かりませんから」

 それならば自由に垂れ流させておいた方が得策です、と言うと、ドライは「ほおぉぉ」と感心したような声を上げた。

「カッコいいですね、マリアンセイユ様!」
「ありがとう。でも、褒めても何も出ませんよ?」
 
 ビシッと守られるのもいいけど、愛嬌のある人と軽口を叩くのも楽しいわね。
 と、まるでホストクラブにきた有閑マダムのような気分になっていると、再び令嬢達がザワッと騒ぎ出した。何事か、と彼女達の視線の先を辿る。

 実技講義室の出入り口。
 桃水晶の杖をギュッと握りしめた可憐な少女――このゲームのヒロイン、ミーア・レグナンドが姿を現した。
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