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第7幕 収監令嬢はたくさん学びたい
第3話 まずは上流貴族の方々にご挨拶よ
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今日から授業開始よ!と浮かれていたのだけど、学院に着くなり
「おはようございます、マリアンセイユ様!」
という野太い声が頭上から降ってきて、飛び上がるほど驚いた。
馬車のそばで、身長2メートルはあろうかというがっしりした体つきの男の人が腰をビシッと90度に曲げている。
ああ、そう言えば近衛武官が付くって話だったっけ、と思いながら
「おはようございます」
と挨拶をする。
それにしても、まさか出迎えからだったとは……授業にだけついてくるのかと思ってたんだけど。
「それでは、特別講義室に参りましょう!」
「あの……少し待って下さる?」
さあさあさあ!と言わんばかりに左手を広げた大男さんを静かに制する。
ビキッと身体を硬直させた大男さんが、馬車から降りて辺りを見回す私に、
「あの、何か問題がありましたでしょうか?」
と小声で問いかけた。肩を縮こまらせ、不安げな顔で私を見下ろしている。
「侯爵家や伯爵家の方々にきちんと挨拶をしたいと考えておりますの。どちらにいらっしゃるのかしら?」
授業の予鈴まで、そう時間は無い。上流貴族の方々は早めに集い授業前のお茶会をされているはず、とアイーダ女史は言っていたのだけど。
だから、そこに混ざる必要はないけれど挨拶はしておきましょう、と言われていたのだ。そのタイミングを考えて、わざと遅めに登校したのに。
大男さんはあからさまに安心したような吐息を漏らすと、再びビシッと背筋を伸ばした。
「上流貴族八家専用控室にいらっしゃるはずです!」
と、とても元気なお返事だ。
うーん、もうちょっとリラックスしてもらえないかなあ。
「専用控室? それは、何ですか?」
「こ、これは失礼いたしました!」
私が微笑みながら問いかけたにも関わらず、大男さんが慌てたように再びガバッと90度に頭を下げる。
ちょっとやめてほしい……私がこの立派な武官さんを公衆の面前で叱りつけたみたいじゃないの。ますます悪の組織の女ボスみたい。私は質問しただけだからね!
大男さんはピシッと姿勢を正すと
「上流貴族専用控室とは、上流貴族八家の方々専用の控室です!」
とハキハキとした口調で答えた。
うん、答えを聞いたけどよく分からないわ。ソレ説明になってないじゃないの。
でも、それ以上でもそれ以下でもないのかもしれないわね。とにかく、上流貴族八家の子息令嬢用に、講義室とは別にお部屋がある、と。そういうことかしら。
なるほど、学院の中でお茶会?と疑問だったのだけど、そういう場が与えられているのなら納得だわ。
だけど、まさかそんな閉鎖空間だったとは。下流貴族も気楽に出入りできるような広間みたいな場所があるんだと思ってたわ。
うーん、気は進まないけどクロエ嬢だけ会えてないし、やはり予定通りご挨拶に行くべきよね。昨日の入学式ではできなかったもの。
「じゃあ、その控室に案内していただけますか?」
「承知いたしました」
大男さんは再び敬礼をすると、学院の中へと私を促した。
控室へ向かう途中、これからずっとこの人にお世話になるのかな、と思って聞いてみたけど、そうではないらしい。
毎日誰かは必ず傍に付くけれど、日替わりだそうだ。毎日違う武官が学院にいる間の私の警護を担当するという。大男さんの話によれば、一カ月ぐらいで一周する、ということだった。
どうして……と聞こうと思ったけど、不意に思い当たった。
武官さんが付き添うのは私の身辺警護、という名目だけど、実際のところは要注意人物と警戒されてのこと。一人の人間と長い間過ごしていたら、その人を懐柔して監視の目から逃れるかもしれない、と思われたのかも。
ましてや傍についているのは男性。ディオン様の婚約者である私が、当人以外の異性と長い時間を共に過ごす、というのもマズいわよね。
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「えっ!? わ、わたしの名前ですか!?」
「ええ」
いや、他に誰がいるのよ?
と心の中でツッコミながら大男さんを見上げると、赤くなったり青くなったりしながら目を泳がせている。
どうやら何かを逡巡しているらしい、と思いながらしばらく待っていると、大男さんはピシッと姿勢を正し、
「な、なぜ名前が必要なのでしょうか!?」
と真剣な眼差しで聞いてきた。
うーん、近衛武官に名前を聞くのってそんなに変なことかしらね。
「なぜって、今日一日お世話になるのですからお名前をきちんとお呼びしたいと思ったのですが」
「あ、そういうことですね!」
大男さんは目に見えて安堵の表情をすると、右手を胸に当て、深くお辞儀をした。
「わたしは、アインスと申します」
「アインスさん、ですね」
「いえ、アインスで!」
こんな立派な男の人を呼び捨てにするって、どうも慣れないわ……。だけど公爵令嬢が近衛武官に対してさん付けは、立場上おかしいか。
「……えーと、アインス。今日はよろしくお願いいたします」
「はい!」
わー、いいお返事だー。これで少しは肩の力が抜けたかしら。
……と思ったけど、会話らしい会話はこれだけだった。基本、私が質問したことに答えるだけで自ら話はしてくれないのよね。
多分、三十は過ぎているだろうし、こんな小娘と話すことなんてないのかもしれないけど。
ディオン様も一応いろいろ考えた上での配慮なんだろうけど囚人みたいな扱いね、と思いながらひと際立派な両開きの扉の前に到着する。
どうしたものか、と一瞬考えていると、アインスがゴンゴンと大きめのノックをした。拳自体が大きいから、扉の振動が凄いわ。
「マリアンセイユ・フォンティーヌ様をご案内いたしました!」
と、でっかい声を張り上げる。
だから、やめてーやめてー。もう少しさり気なくというか、自然な感じでいきましょうよ。
どうぞ、という凛とした女性の声が聞こえてきたので、アインスが扉を開ける。一礼して中を見渡すと、制服姿の四人の少女と二人の少年が部屋の中央に立っていた。
パッと見渡した限り、クロエ嬢以外の上流貴族子息令嬢勢ぞろいだわ、と気づいて、自分の中の最高の笑みを浮かべ、目礼をする。
「初めまして。マリアンセイユ・フォンティーヌです」
マリアンセイユ・フォンテイーヌはこの中では格上、唯一の公爵家の人間。しかも大公世子ディオンの婚約者。
膝を折る挨拶は不要です、とアイーダ女史が言っていたことを思い出す。
「あら……」
「まあ……」
少女たちが私と背後にいるアインスを見比べて少し戸惑っている。互いに顔を見合わせた後、髪にひと際派手な羽飾りをつけていた令嬢が一歩前に踏み出した。にっこりと微笑み、会釈をする。
「イデア・ヘイマーです。初めまして、マリアンセイユ様」
なるほど、彼女がリーダーのイデアね。さっき「どうぞ」と答えたのもこの子だわ。同じ声だもの。
そしてイデアに続き、他の三人の令嬢も次々と自分の名前を名乗る。
「驚きましたわ。まさかこちらにいらっしゃるとは思いませんから」
「あら、そうですの」
「確か、シャルル様とお二人だけの特別講義室が用意されているというお話じゃありませんでしたか?」
口調は丁寧だけど、目が笑ってない。
何しに来やがった、この場違いが、さっさと出て行け、とでも言わんばかりね。
近衛武官のアインスが傍についているせいか、あくまでにこやかに、礼儀正しく、ではあるけれど。
「魔法系の授業はそうなのですが、それ以外の授業は皆様と一緒に受けさせていただくことになっておりますの」
「えっ?」
「ですからその前にご挨拶を、と」
令嬢方が顔を見合わせて不思議そうな顔をする。すっとぼけている訳ではなく、本気で意味が解らないようだ。
あれ? 学問系とか芸術系とかあるでしょ。まさかこの人たち、受けないの?
お互いぽかんとしていると、少し離れた場所で私たちの様子を窺っていた長身の青年がついっと前に出てきた。
「妹達はある程度の教育は屋敷で済ませていますから、講義系の授業は殆ど受けないんですよ」
「まぁ、そうなんですか」
それもそうか。引きこもっていた私よりお勉強が進んでる、あるいは終わってるということね。
もしくはそれほど勉強に熱心ではない、ということか。
「あの……」
「これは失礼いたしました」
長身の青年がニヒルな笑みを浮かべて会釈をする。
「ベン・ヘイマーです。イデアの兄です」
「初めまして、マリアンセイユ・フォンティーヌです」
「こちらはクリス・エドウィン」
「は、初めまして」
ベンに促され、内気そうな青年がおずおずと近寄ってくる。
うん、何か見覚えがあるわ。きっとミーアの攻略対象なのね。それぞれ大公子たちとはまた別のイケメンさん達だし。
「解らないことがあれば、何でも僕に聞いて。僕は創精魔法科にいるから。……あ、クリスは模精魔法科なんだ」
「そうなんですの。わたくし模精魔導士ですので、模精魔法科の魔法学も受けようと思っておりますの。よろしくお願いいたしますね」
そう言ってクリスに微笑みかけると、恥ずかしそうに微笑むクリスに対し、ベンがやや意外そうな顔をする。
ははーん、創精魔法の方が上だと思っていたクチでしょう。貴族間ではそういう意識が根強い、というのは聞いていたわ。
まあ、パッと見モテそうなのはベン・ヘイマーの方よね。立ち振る舞いも堂々としているし。
それにしてもこのベンとやら、距離が近いわね。何でにじり寄ってくるのよ? 妹のイデアが嫌な顔をしているわ。
「その杖、すごいですね。ホワイトウルフの骨ですか?」
緊張が解けたのか、クリスがホッとしたような表情で私の持っている死神メイスを指差す。
「ええ。よくご存じですね」
「アルキス山の巨大ホワイトウルフ討伐の話は、父から聞いています」
「ええっ!?」
クリスの言葉に、少年たちの背後で様子を窺っていたイデアが大声を上げた。その場にいた全員がハッとしたようにイデアを見つめる。
「あれ、本当の話ですの!?」
「勿論ですわ。その骨が残っていて、兄が『お前が倒したのだからお前のものだ』と言ってこの杖を誂えてくださいましたの」
「それ、が……」
イデアが呆然としながら私の死神メイスを見つめる。
どうだ、参ったか。ナメんじゃないわよ。
「確かに、普通のホワイトウルフの骨じゃこの大きさは無理だな」
「そうですね」
ベンの問いかけにクリスが答え、青年二人は興味深げに杖を上から下まで眺めながらうんうん頷いている。
いっぽうH4はというと、驚くというより完全にドン引きだ。
おかしいわね。私、何か伝え方を間違えたかしら?
そのとき、控室にチリーンチリーンという鈴の音が響き渡った。いわゆる予鈴、もうすぐ1時間目が始まる、という合図のようだ。
確か1時間目は魔法学、シャルル様のいる特別講義室に行かないと、と思い、軽く挨拶をして上流貴族控室を出た。
このときは「挨拶もちゃんとできたし一発かませたし、我ながら上出来だわ」とホクホクしていたんだけど、どうやらこの『一発かませた』のがマズかったみたいなのよね。
まず、魔物と対峙して倒した、なんていうエピソード自体が貴族令嬢にしてみれば考えられないこと。それだけでも十分ビビる内容なのに、その戦利品を掲げてるんだもの。
まさに悪の組織の女ボス、「獲ったどー」状態といったところかしら。彼女たちにしてみれば槍の先に生首を掲げる戦国武将のように見えたのかもしれない。
あー、負けん気が出て余計なこと言っちゃったわ……。
近衛武官もついていることだし嫌がらせをされることは無さそうなんだけど、令嬢たちは怖がって近寄ってこないわね、これじゃ……。
どうやら初日でボッチ確定させちゃったみたいね。覚悟はしてたけど、これはちょっと寂しいな。
「おはようございます、マリアンセイユ様!」
という野太い声が頭上から降ってきて、飛び上がるほど驚いた。
馬車のそばで、身長2メートルはあろうかというがっしりした体つきの男の人が腰をビシッと90度に曲げている。
ああ、そう言えば近衛武官が付くって話だったっけ、と思いながら
「おはようございます」
と挨拶をする。
それにしても、まさか出迎えからだったとは……授業にだけついてくるのかと思ってたんだけど。
「それでは、特別講義室に参りましょう!」
「あの……少し待って下さる?」
さあさあさあ!と言わんばかりに左手を広げた大男さんを静かに制する。
ビキッと身体を硬直させた大男さんが、馬車から降りて辺りを見回す私に、
「あの、何か問題がありましたでしょうか?」
と小声で問いかけた。肩を縮こまらせ、不安げな顔で私を見下ろしている。
「侯爵家や伯爵家の方々にきちんと挨拶をしたいと考えておりますの。どちらにいらっしゃるのかしら?」
授業の予鈴まで、そう時間は無い。上流貴族の方々は早めに集い授業前のお茶会をされているはず、とアイーダ女史は言っていたのだけど。
だから、そこに混ざる必要はないけれど挨拶はしておきましょう、と言われていたのだ。そのタイミングを考えて、わざと遅めに登校したのに。
大男さんはあからさまに安心したような吐息を漏らすと、再びビシッと背筋を伸ばした。
「上流貴族八家専用控室にいらっしゃるはずです!」
と、とても元気なお返事だ。
うーん、もうちょっとリラックスしてもらえないかなあ。
「専用控室? それは、何ですか?」
「こ、これは失礼いたしました!」
私が微笑みながら問いかけたにも関わらず、大男さんが慌てたように再びガバッと90度に頭を下げる。
ちょっとやめてほしい……私がこの立派な武官さんを公衆の面前で叱りつけたみたいじゃないの。ますます悪の組織の女ボスみたい。私は質問しただけだからね!
大男さんはピシッと姿勢を正すと
「上流貴族専用控室とは、上流貴族八家の方々専用の控室です!」
とハキハキとした口調で答えた。
うん、答えを聞いたけどよく分からないわ。ソレ説明になってないじゃないの。
でも、それ以上でもそれ以下でもないのかもしれないわね。とにかく、上流貴族八家の子息令嬢用に、講義室とは別にお部屋がある、と。そういうことかしら。
なるほど、学院の中でお茶会?と疑問だったのだけど、そういう場が与えられているのなら納得だわ。
だけど、まさかそんな閉鎖空間だったとは。下流貴族も気楽に出入りできるような広間みたいな場所があるんだと思ってたわ。
うーん、気は進まないけどクロエ嬢だけ会えてないし、やはり予定通りご挨拶に行くべきよね。昨日の入学式ではできなかったもの。
「じゃあ、その控室に案内していただけますか?」
「承知いたしました」
大男さんは再び敬礼をすると、学院の中へと私を促した。
控室へ向かう途中、これからずっとこの人にお世話になるのかな、と思って聞いてみたけど、そうではないらしい。
毎日誰かは必ず傍に付くけれど、日替わりだそうだ。毎日違う武官が学院にいる間の私の警護を担当するという。大男さんの話によれば、一カ月ぐらいで一周する、ということだった。
どうして……と聞こうと思ったけど、不意に思い当たった。
武官さんが付き添うのは私の身辺警護、という名目だけど、実際のところは要注意人物と警戒されてのこと。一人の人間と長い間過ごしていたら、その人を懐柔して監視の目から逃れるかもしれない、と思われたのかも。
ましてや傍についているのは男性。ディオン様の婚約者である私が、当人以外の異性と長い時間を共に過ごす、というのもマズいわよね。
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「えっ!? わ、わたしの名前ですか!?」
「ええ」
いや、他に誰がいるのよ?
と心の中でツッコミながら大男さんを見上げると、赤くなったり青くなったりしながら目を泳がせている。
どうやら何かを逡巡しているらしい、と思いながらしばらく待っていると、大男さんはピシッと姿勢を正し、
「な、なぜ名前が必要なのでしょうか!?」
と真剣な眼差しで聞いてきた。
うーん、近衛武官に名前を聞くのってそんなに変なことかしらね。
「なぜって、今日一日お世話になるのですからお名前をきちんとお呼びしたいと思ったのですが」
「あ、そういうことですね!」
大男さんは目に見えて安堵の表情をすると、右手を胸に当て、深くお辞儀をした。
「わたしは、アインスと申します」
「アインスさん、ですね」
「いえ、アインスで!」
こんな立派な男の人を呼び捨てにするって、どうも慣れないわ……。だけど公爵令嬢が近衛武官に対してさん付けは、立場上おかしいか。
「……えーと、アインス。今日はよろしくお願いいたします」
「はい!」
わー、いいお返事だー。これで少しは肩の力が抜けたかしら。
……と思ったけど、会話らしい会話はこれだけだった。基本、私が質問したことに答えるだけで自ら話はしてくれないのよね。
多分、三十は過ぎているだろうし、こんな小娘と話すことなんてないのかもしれないけど。
ディオン様も一応いろいろ考えた上での配慮なんだろうけど囚人みたいな扱いね、と思いながらひと際立派な両開きの扉の前に到着する。
どうしたものか、と一瞬考えていると、アインスがゴンゴンと大きめのノックをした。拳自体が大きいから、扉の振動が凄いわ。
「マリアンセイユ・フォンティーヌ様をご案内いたしました!」
と、でっかい声を張り上げる。
だから、やめてーやめてー。もう少しさり気なくというか、自然な感じでいきましょうよ。
どうぞ、という凛とした女性の声が聞こえてきたので、アインスが扉を開ける。一礼して中を見渡すと、制服姿の四人の少女と二人の少年が部屋の中央に立っていた。
パッと見渡した限り、クロエ嬢以外の上流貴族子息令嬢勢ぞろいだわ、と気づいて、自分の中の最高の笑みを浮かべ、目礼をする。
「初めまして。マリアンセイユ・フォンティーヌです」
マリアンセイユ・フォンテイーヌはこの中では格上、唯一の公爵家の人間。しかも大公世子ディオンの婚約者。
膝を折る挨拶は不要です、とアイーダ女史が言っていたことを思い出す。
「あら……」
「まあ……」
少女たちが私と背後にいるアインスを見比べて少し戸惑っている。互いに顔を見合わせた後、髪にひと際派手な羽飾りをつけていた令嬢が一歩前に踏み出した。にっこりと微笑み、会釈をする。
「イデア・ヘイマーです。初めまして、マリアンセイユ様」
なるほど、彼女がリーダーのイデアね。さっき「どうぞ」と答えたのもこの子だわ。同じ声だもの。
そしてイデアに続き、他の三人の令嬢も次々と自分の名前を名乗る。
「驚きましたわ。まさかこちらにいらっしゃるとは思いませんから」
「あら、そうですの」
「確か、シャルル様とお二人だけの特別講義室が用意されているというお話じゃありませんでしたか?」
口調は丁寧だけど、目が笑ってない。
何しに来やがった、この場違いが、さっさと出て行け、とでも言わんばかりね。
近衛武官のアインスが傍についているせいか、あくまでにこやかに、礼儀正しく、ではあるけれど。
「魔法系の授業はそうなのですが、それ以外の授業は皆様と一緒に受けさせていただくことになっておりますの」
「えっ?」
「ですからその前にご挨拶を、と」
令嬢方が顔を見合わせて不思議そうな顔をする。すっとぼけている訳ではなく、本気で意味が解らないようだ。
あれ? 学問系とか芸術系とかあるでしょ。まさかこの人たち、受けないの?
お互いぽかんとしていると、少し離れた場所で私たちの様子を窺っていた長身の青年がついっと前に出てきた。
「妹達はある程度の教育は屋敷で済ませていますから、講義系の授業は殆ど受けないんですよ」
「まぁ、そうなんですか」
それもそうか。引きこもっていた私よりお勉強が進んでる、あるいは終わってるということね。
もしくはそれほど勉強に熱心ではない、ということか。
「あの……」
「これは失礼いたしました」
長身の青年がニヒルな笑みを浮かべて会釈をする。
「ベン・ヘイマーです。イデアの兄です」
「初めまして、マリアンセイユ・フォンティーヌです」
「こちらはクリス・エドウィン」
「は、初めまして」
ベンに促され、内気そうな青年がおずおずと近寄ってくる。
うん、何か見覚えがあるわ。きっとミーアの攻略対象なのね。それぞれ大公子たちとはまた別のイケメンさん達だし。
「解らないことがあれば、何でも僕に聞いて。僕は創精魔法科にいるから。……あ、クリスは模精魔法科なんだ」
「そうなんですの。わたくし模精魔導士ですので、模精魔法科の魔法学も受けようと思っておりますの。よろしくお願いいたしますね」
そう言ってクリスに微笑みかけると、恥ずかしそうに微笑むクリスに対し、ベンがやや意外そうな顔をする。
ははーん、創精魔法の方が上だと思っていたクチでしょう。貴族間ではそういう意識が根強い、というのは聞いていたわ。
まあ、パッと見モテそうなのはベン・ヘイマーの方よね。立ち振る舞いも堂々としているし。
それにしてもこのベンとやら、距離が近いわね。何でにじり寄ってくるのよ? 妹のイデアが嫌な顔をしているわ。
「その杖、すごいですね。ホワイトウルフの骨ですか?」
緊張が解けたのか、クリスがホッとしたような表情で私の持っている死神メイスを指差す。
「ええ。よくご存じですね」
「アルキス山の巨大ホワイトウルフ討伐の話は、父から聞いています」
「ええっ!?」
クリスの言葉に、少年たちの背後で様子を窺っていたイデアが大声を上げた。その場にいた全員がハッとしたようにイデアを見つめる。
「あれ、本当の話ですの!?」
「勿論ですわ。その骨が残っていて、兄が『お前が倒したのだからお前のものだ』と言ってこの杖を誂えてくださいましたの」
「それ、が……」
イデアが呆然としながら私の死神メイスを見つめる。
どうだ、参ったか。ナメんじゃないわよ。
「確かに、普通のホワイトウルフの骨じゃこの大きさは無理だな」
「そうですね」
ベンの問いかけにクリスが答え、青年二人は興味深げに杖を上から下まで眺めながらうんうん頷いている。
いっぽうH4はというと、驚くというより完全にドン引きだ。
おかしいわね。私、何か伝え方を間違えたかしら?
そのとき、控室にチリーンチリーンという鈴の音が響き渡った。いわゆる予鈴、もうすぐ1時間目が始まる、という合図のようだ。
確か1時間目は魔法学、シャルル様のいる特別講義室に行かないと、と思い、軽く挨拶をして上流貴族控室を出た。
このときは「挨拶もちゃんとできたし一発かませたし、我ながら上出来だわ」とホクホクしていたんだけど、どうやらこの『一発かませた』のがマズかったみたいなのよね。
まず、魔物と対峙して倒した、なんていうエピソード自体が貴族令嬢にしてみれば考えられないこと。それだけでも十分ビビる内容なのに、その戦利品を掲げてるんだもの。
まさに悪の組織の女ボス、「獲ったどー」状態といったところかしら。彼女たちにしてみれば槍の先に生首を掲げる戦国武将のように見えたのかもしれない。
あー、負けん気が出て余計なこと言っちゃったわ……。
近衛武官もついていることだし嫌がらせをされることは無さそうなんだけど、令嬢たちは怖がって近寄ってこないわね、これじゃ……。
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