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第4幕 収監令嬢は狼と仲良くなりたい

第5話 狼くんに会いたい

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 とりあえず屋敷に通っていろいろ調べてみるしかないわよね。
 やっぱりこの庭から裏側に回ってみるしかないのかな。

 そんなことを考えながら、両手を空に掲げる。小さな竜巻が庭の草を刈り、空へと巻き上げ、緑色の渦になっている。

「どうして、こんなことになっているのでしょうか……」

 ヘレンが溜息混じりに庭の草をかき集め、用意した麻袋に詰め込んでいた。私が刈った草をパンパンにつめた麻袋があちらこちらに転がっている。

「だって、私一人じゃ屋敷に来ちゃ駄目ってアイーダ女史に言われてるんだもん」
「いえ、マユ様のお供は別にいいのです。なぜ草刈りを? 読書の時間では?」
「えーっと……」

 読書はとっくに終わってて実はあの狼を待ってるんだって言ったら、ヘレンはビビっちゃうだろうなあ。
 なお、アイーダ女史は今日から三日間、外出中。
 本邸への報告のあと子爵家に行って、ザイラ様とブラジャー事業について話をすることになってるの。

 実は私、胸が小さい人用のブラジャーの案も出したのよね。
 シカの革は意外に細かい成形ができると分かってね。ブラジャーに取り外し可能なパットを入れる仕組みを作るのはどうだろう、と考えたわけ。

 前世では貧乳JKだった私。ブラジャーはワイヤーガッツリのパット付きのものが手放せなかったわ……。
 だけどね、このパッド、胸全体を覆うものじゃ駄目なのよ。フルカップブラは、ドレスのときは使えない。この世界では胸の谷間を出してナンボだから。
 ストラップレスの1/2カップブラ、これでどうにかするしかないのよね。
 実際、JKだったときも胸全部をカバーするパットは好きじゃなかった。服を着ても作り物感がラインに出ちゃうからさあ……。

 だからどういうものを身につけていたかというと、サイドをガッチリ締めて、胸の下側にビーンズ型のパットを当てるタイプのもの。つまり下チチを押し上げて上チチにボリュームを持たせる感じね。だから自分の胸の肉をより上に持っていって形作るだけで、ニセチチではないのよ。
 そう、あくまで自前! ここを強く主張したい!

 ……ふう、つい熱くなってしまったわ。
 まぁとにかく、このことを思い出して、胸の外側と下側にしっかりと革をあてて胸の肉が逃げるのを堰き止め、中央周辺に肉を集めるブラジャーはどうか、と考えたの。
 で、デザインを描いてアイーダ女史に託したってわけ。私のイメージはだいたい伝えたから、あとはザイラ様と話を詰めてもらわないといけないのよね。

 そしてザイラ様からも「アイーダ女史と直接お話がしたい」という連絡があって、じゃあ本邸に行くついでに、と急遽その機会を作ることになったの。
 そういう訳で、アイーダ女史はちょっと長めの外出となったのです。

 そして私の説明もちょっと長くなっちゃいました。昔の思い出が急に蘇ってきちゃって、ついついアツくなっちゃったわ。
 それにしても、もとの世界で思い出せたことはちっぱいの苦労だけなんて。他に悩みはなかったのかな、私。

「草がぼうぼうだとみっともないかなって。それに、ニコルさんが欲しいって言ってたし」

 アイーダ女史がいない間に草刈りをやってしまうね、と言ったんだけど、女史にはすごく反対されてしまって。だから必ずヘレンと一緒に来る、という約束でこうなりましたー。

 大量の雑草とちょっとの油粕、それと畑の土を混ぜて踏み込むといい堆肥ができるんだってニコルさんが教えてくれた。
 持ってきていただければこちらで使いますよ、と言ってくれただけで、欲しいと言われた訳ではないんだけどね。
 でもまぁ、モノは言いようよ。うんうん。

 ヘレンは
「左様でございますか……」
と半ば諦めたような溜息をついている。
 働き者のヘレンだけど、こんな日光の中の肉体労働には慣れてないから、かなり疲れているみたい。

「よーし、ちょっと休憩しようか!」

 気持ち大きめの声を出し、グッと手を握って竜巻を止める。巻き上げられた草がバラバラと落ちてきて、緑の絨毯のように辺りに広がった。

 ヘレンは「そうですね」と言い、パンパンと服の汚れを落とすと、バルコニーから中の大広間へと引っ込んだ。大広間の奥、厨房に向かっている。用意してあったお茶道具一式を取りに行ったのだ。
 その間に、私は水魔法で手を綺麗に洗った。いそいそとバルコニーへ向かい、テーブルの上のバスケットに手を伸ばす。
 パカンと開けると、ぷうんと甘い匂いが漂う。お茶うけのお菓子としてヘレンが焼いてくれたクッキーやマドレーヌ、スコーン。底の部分から皿を取り出し、バルコニーに置いてある白い木のテーブルの上に広げ始める。

「……ん?」

 庭の奥の森の木々から、かすかに覚えのある魔精力が漂ってくる。
 これは、あの元気な狼のものだ。

「えーと……」

 声をかけようとして、ハタと気づいた。
 そういえば名前を聞いてなかったわね。

「ハティの相方! そこにいるのー?」
“だっ、誰が相方だよ!”

 遠くでズッコけたような音と聞き覚えのある元気な声が聞こえてくる。
 そうか、これは思念の方だ。便利だね、遠くても届くから。

「とにかく近くにおいでよ。魔精力オーラは引っ込めてね」
“へーへー”

 ガサッと音がして、森から灰色の狼が現れる。左耳の銀の三連ピアスが太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
 トコトコとバルコニーの下までやってきて、私を見上げている。こうして見ると、やっぱり普通の狼にしか見えないけどな。

「君、魔獣なんだってね。……あ、お菓子食べる?」
『なんだ、ベンキョーしたのか? ……お菓子って何だ?』
「うん。だけど詳しい人からフェルワンドの話を聞いただけなんだけどね。お菓子は、えーと、小麦粉から作った甘い食べ物だよ」
『全然ダメだな。……あ、いい匂い』
「ヘレンは料理上手なの。はい、食べてみて」

 手招きすると、灰色の狼はヒラリとバルコニーまで上がってきた。貝殻の形をしたマドレーヌを一つ手に取り、包んであった紙を剥がして目の前に置く。狼はフンフンと匂いを嗅いだ後、パクリと一口で食べてしまった。

『……すっかすかだな。でも、美味い』
「普段は何を食べてるの?」
『そりゃ、森のウサギとかイノシシだな』

 魔獣と言えども餌付けは効果的なのかも、と思いながらマフィンの紙を剥く。
 そのとき、背後でガチャンという激しい音が聞こえてきた。
 見ると、バルコニーの扉の向こうでヘレンが真っ青な顔して立っている。足元にはポッドやカップ、それらを載せてきたと思われるトレイが散らばっていた。

 どうやら狼を見て驚いてしまったらしい。そのまま、その場にへなへなと崩れ落ちてしまった。腰が抜けたらしい。

「へ、は、ま……マユ様!」
「大丈夫、大丈夫だから!」

 慌てて立ち上がってバルコニーの扉を開け、ヘレンの肩を抱く。

「ちょっと話をしてただけだから。あ、ヘレンのマドレーヌ美味しいって!」
「……はあ?」
“オレ、帰った方がいいかー?”

 私が放り出してしまったマフィンを拾い食いしたらしく、狼はムシャムシャと口を動かしながら呑気な声を上げる。
 その様子を見たヘレンが「ひっ」と小さく叫んだ。ヘレンの耳には狼の言葉は聞こえないから、物欲しそうに口をクチャクチャさせながら
「ウー、ウォウウォウ!」
と唸ったようにしか見えなかったのだろう。

「大丈夫! あのね、ヘレン。この子はね、ただの狼じゃないスーパー狼なのよ」
「え……」
「人の言葉も解る狼でね。ずうっと昔から、フォンティーヌの森を見守ってきたんだって」
“テキトー言ってんな。間違いでもねーけど”
「人の言葉?」
「そう。ほら、ちょっと喋ってみて」
“喋った方が怖がるんじゃねーか?”
「そんなことないわよ。意思の疎通が図れるって解れば落ち着くものよ」
“そうかなー”

 狼の言葉は私にはちゃんと届いているけど、ヘレンの耳には狼が咆えているようにしか聞こえていない。そっちの方が絶対に怖いわよ。

 狼はしばらく悩んでいたようだけど、フイッと顔を上げた。

『オカシ、オイシイ』
「ひっ!」

 ヘレンの肩がビクッと跳ね上がる。私は
「ほらね、言ったでしょ? お菓子が美味しいって」
と肩をポンポンしながらヘレンを宥めた。
 それにしても、何でカタコトなのかしらね。あんな流暢に喋れるのに。

「お菓子はヘレンが作ったのよ。……ちょっと、もっと普通に喋ったら?」
『いや、普通はビビるんだぞ、オレたちが喋り出すと』
「ひええっ!!」
『ほらな』
「平気だってば」

 狼にはそう言ったものの、ヘレンの身体の震えはまだ収まっていない。
 とにかく、ヘレンにはどうにか納得してほしいのよね。この狼から聞きたいことはいろいろあるし。
 さて、どうしよう?

「ね、ヘレン。この子は……えー……」

 狼の方を振り返り、ちょっと困ってしまった。
 大丈夫だよアピールをするとしたら『スーパー狼』じゃ駄目よね。やっぱり愛称が無いと。
 そうだ、確か狼のモンスターと言えば……。

「この子、スコルって言うの」
『げっ!』
「……スコ、ル?」
「そう。前、夜に家まで会いに来てくれたのがハティ。この子がスコル」
「あ、はぁ……」
「ね、スコル! いい名前でしょ?」
『ぐ、ぐがが……』

 満面の笑みを浮かべ「ちゃんと話を合わせてよ!」という思いを込めながらスコルの方に振り返ると、当のスコルはグワッと口を開けたまま硬直している。
 もう、よりによってそんな恐ろしい顔をしないでくれる? せっかくヘレンに怖くないよアピールをしてるところなのに。

「ちょっとスコル、もう少し可愛い顔をして」
『お、お、お前、やりやがったな!』
「何がよ?」
『な、名前! 付けやがったな!』
「だって、不便じゃないの。本名は教えてくれないし」
『ぐぅ、これか……。しまった、アイツにちゃんと聞いておくんだった……』

 スコルがガックリと項垂れている。
 困ったな、全然話が進まないわね。どうしようかな?

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