収監令嬢は◯×♥◇したいっ! ~全く知らない乙女ゲー世界で頑張ります~

加瀬優妃

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第4幕 収監令嬢は狼と仲良くなりたい

第3話 狼でも魔物でもなく?

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 風魔法の制御の練習と言った手前、しばらく庭の草刈りをしないと駄目だよね。
 ということで、あの元気な狼が去ってしばらく経ってからアイーダ女史のところに戻った。刈った草をそのまんまにしてたから、女史には叱られちゃったけど。
 明日は草を集めて燃やせばいいかな。あ、でも、堆肥にするという手もあるか。雑草の魔精力を大地に返すという意味でも、そっちの方がいいのかもしれない。明日の朝、ニコルさんに聞いてみよう。

 それはそうと。
 黒い家リーベン・ヴィラに戻り、部屋に一人きりになったところで本棚を開ける。
 まずはオルヴィア様の魔物事典。記事になっている部分は目を通したけど、灰色の狼はいなかった。だからあるとしたら、まだ記事にしてない部分。箱に入っているスケッチを一枚一枚見ていく。
 だけど残念ながら、灰色の狼は見つからなかった。黒い狼と白い狼の絵はあったけどさ。

 仕方なく、下の段の魔物事典を引っ張り出してみる。小さい字でビッシリ書いてあって読む気がせず、図と表題だけ眺めてみたんだけど。
 黒い狼は『ダークウルフ』、白い狼は『ホワイトウルフ』と言って、それぞれ温暖な地域と寒冷な地域に生息する狼の魔物のようだ。普通の狼と違うのは、瞳が赤くギラギラしていることと、尾が二股に分かれていること。

 ハティやあの子みたいに全身が光沢のある灰色なんてのはいないし、何より碧色の目をした狼の絵はどこにも見つからない。
 それにあの子たち、尾は普通に一本だったのよね。だから特殊ではあるものの、魔物ではなく野生の狼だと思ったんだけど……。

「うーん、どういうことだろ?」
「熱心に調べものですか? マユ」

 いつの間にか部屋に入って来ていたらしいセルフィスの声が正面から聞こえる。
 顔を上げると、扉の傍で両手を組み静かに微笑んでいる、いつものポーズのセルフィスがいた。さらり、と右肩から垂らしている黒い長い髪が揺れる。

 気配を感じさせずに入ってくるのはいつものことなので、そう驚かなくなったけどね。
 そういえば会うのはちょっと久しぶりかも……と思い、ちょっとだけ心臓の音が跳ねた。

 金色の瞳がちょっと丸くなって優しげなのは、久々に私に会えて嬉しい、とかなのかな。
 まさかね、そんな訳ないか。立派な魔導士になるために私が一生懸命勉強しているのが単に嬉しいのよね、きっと。

「狼の魔物を調べてるの」
「なぜです?」
「えーと……森の奥でね、それらしきものをちょっと見かけて」

 本当のことを言ったら絶対に怒られそうだしなあ、とあやふやに誤魔化す。
 セルフィスは出会いの経緯については特に突っ込んでくることはなく、
「どんな狼ですか?」
と興味ありげに聞いてきた。

「全身、綺麗な灰色の狼よ。くすんでなくて、不思議な光沢があるの。でね、碧色の瞳で……」

 そこまで言うと、セルフィスは金色の瞳を大きく見開いた。唇がわなわなと震えている。

「マユ、それは魔物ではなく魔獣です!」
「魔獣?」
「説明したでしょう? 魔物の中でも強大な魔精力を取り込むことでより高位へと進化した存在!」
「あ……」
「本能的に人間を襲う魔物とは違い、自ら思考し、人語すら操る魔王の配下。碧の瞳の灰色の狼と言えば、魔王が率いた八体の魔獣の一体、フェルワンドに間違いありません!」

 セルフィスは一気にまくし立てると、つかつかと本棚に向かって歩いていった。扉が開いたままの本棚の中を覗き込む。
 オルヴィア様の魔物事典、スケッチの箱。そして下の段の魔物事典や絵本などをザーッと眺めたあと、

「うーん、魔獣に関する書物はないですね。マユが興味を持たぬよう、アイーダ女史があらかじめ抜いたのでしょう」

と残念そうに溜息をついた。

「フェルワンド?」
「ロワーネの谷の番人の役割を果たしていると言われる、体長5メートルを超える大狼です。ダークウルフの進化種で、三つに分かれた尾を持つ屈強な……」
「じゃあ違うよ。これっぐらいの大きさだったし、尾も一本だったもん」

 両腕を60cmぐらいに広げて見せると、セルフィスが不思議そうに首を傾げた。

「そんなに小さいのですか?」
「うん。それに二体いたし。カタコトで臆病な子と、妙に元気な子と……」
「二体!?」

 小さく叫び、セルフィスの顔色がサッと変わる。顎に手にやり、何事かを真剣に考え始めた。眉間には盛大に皺が寄り、金色の瞳が暗く淀んでいる。
 セルフィスは基本、あまり表情を変えない。いつも一段上から見下ろしたように、余裕がある雰囲気で発言する。
 だからこういうセルフィスは、本当に珍しい。そんなに予想外だったのかな。

 まじまじとその様子を眺めていると、セルフィスがふいっと顔を上げた。
 眉間の皺はそのまま、ひどく不機嫌そうな表情になっている。こういう顔も珍しい。

「マユ。見かけたどころじゃありませんね。まさか対話しましたか?」
「え、あ、うん……」
「人語を解する時点で魔獣決定ですよ! なぜ不用意に……」
「だって! ラグナとも話せるし、違いがよく分かんなかったんだもん!」

 私の反論を聞いているのかいないのか、セルフィスはよろよろとよろめき、ふうぅぅと大きな溜息をつきながら本棚に手をついた。
 どうやら私は、だいぶん迂闊なことをしていたらしい。

 とにかくちゃんと説明してくださいと言われ、私はハティと出会った時のこと、そして今日会った元気な狼の話をした。
 最初はちょっと緊張した面持ちで話を聞いていたセルフィスだったけど、私達のあまりにも緊張感のないやりとりに気が抜けたようだ。やや呆れたような吐息を漏らす。

「それはまた、何という……。どうやら危険はなさそうですが」
「うん」
「新しい魔獣なのでしょうね、きっと……」
「新しい魔獣? 八体とは別の?」
「そうです。魔王の命により魔獣が人間界を蹂躙したのは千年も昔のこと。そのときに各地域に現れ、脅威を与えたのが八体の魔獣。その後新しい魔獣が増えていても不思議では……」
「え、あ、ちょっと待って、ちょっと待って!」

 何か大事な話っぽい。ちゃんとメモを取らないと、と黒い机から紙を取り出そうとすると

「駄目です! 記録しないでください」

とビシッと叱りつけられてしまった。

「どうして?」
「恐らく、アイーダ女史の教育方針と反する内容です。記録を残されると、わたしがここに来ている証拠になります」
「そうなの? でも、前は……」
「魔法に関しては本に書いてある内容を丁寧に説明したに過ぎません。魔獣関係についてはマユは聞き流していましたし、記録していないでしょう?」
「う」

 そう言われてみれば……。
 何となく絵空事というか大昔の伝承って感じで、ボケーッと聞いてたっけ。

「ですので、あくまで『真実は不明の伝承』として聞いてください」
「……うん」

 ああ、ボイスレコーダーとかこの世界にあればいいのに……。
 もし私に創精魔法の才能があればどうにかできるのにな。残念。

「八体の魔獣のうち、よく知られているのは『火のフェルワンド』と『水のサーペンダー』ですね。フェルワンドは灰色の大狼で魔王軍の特攻隊長といったところです。大地を駆け巡って火を吐き出し、あちらこちらに毒を振りまき……」
「怖っ!」
「そういう怖い存在と対峙していたんです、マユは」
「だって……可愛かったもん、子犬みたいで……」

 そうか、魔獣でも超有名なオレ達を知らねぇの?って言いたかったのかな、あの元気な狼は。

「多分、マユが会ったのはフェルワンドの子供でしょう」
「えっ!?」
「それだけ同一の特徴を有していて他の種族、ということは考えにくいです」
「でも、魔獣って子供作るの!?」
「通常はあり得ませんが。ただ、フェルワンドは元の種族――ダークウルフの特徴を比較的残したまま進化しましたからね。生殖機能が残っていたのかもしれません」

 はぁ、なるほどねぇ。
 つまり生まれながらの魔獣なのか、あの子達。そんなスゴイ存在には見えなかったけどなあ……。

「サーペンダーは龍とも見紛う紫の大蛇です。あらゆる水脈から人類の生活圏に出没します。フェルワンドが荒らした土地をそれ以上荒廃させないよう見張り、人間を痺れさせる霧を発生させて街ごと堕としていました」
「そっちも怖い……」
「ですので、この二体が有名なのです」
「ふうん……」

 名前も分かりにくいし、とってもじゃないけど覚えていられないなあ。

「まぁとにかく、この二体の魔獣を筆頭に八体の魔獣が世界を混沌に陥れた、と言われています。聖女シュルヴィアフェスは四体の王獣と謁見し、その後この八体の魔獣を抑えたとも」
「えーと、王獣って何だっけ?」
「最初に魔王に見出され魔王の力を与えられた、より高次元の存在です。それぞれ『風のブレフェデラ』『土のマデラギガンダ』『火のフィッサマイヤ』『水のアッシメニア』と呼ばれています」
「何かちょこちょこ聞いたことがあるような」
「絵本に出てきたのが最初に聖女を匿ったフィッサマイヤですね。そして、魔王の使者に立ったのがマデラギガンダ。それに、この四大王獣の名はその拠点とされる場所に地名として残されていますし」
「そうなの?」
「はい。ブレフェデラの丘。マデラギガンダの洞窟。フィッサマイヤの森。アッシメニアの峡谷。この四か所です」
「へぇ……」
「そして、ここからが重要なのですが」

 セルフィスはゴホン、と咳払いをした。

「聖女に与えられた力と現在伝わる魔獣の召喚魔法は、全く異なるものだということです」
「へっ?」
「聖女が魔獣との間で成したことと、魔獣の召喚魔法で為せることは違います」
「そうなんだ……」

 そう言えば私、召喚魔法については何も知らないな。
 アイーダ女史が与えてくれた本には何も書いてなかったし、セルフィスも「絵本を読めばわかる」と言っただけで、それ以上は教えてくれなかったっけ。
 「魔獣は召喚者を喰らう」とか脅かすもんだから、あまり深く考えないようにしてたかも。

 へぇー、と呑気な相槌を打つ私に呆れたのか、セルフィスは「はあああ」と再度深い溜息をついた。
 じとっとした目で私を見つめている。

「そしてマユと二体の魔獣の関係というのは、この両者とも――いえ恐らくは、これまで不可能とされてきたことなのです」
「――――ええっ!?」
 
 これまで不可能とされてきた? どういうこと?
 ただ、お喋りしただけなんだけど……。
 私は一体、何をやらかしたの!?
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