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第3幕 収監令嬢は屋敷を調べたい
第3話 まさかの昼メロ風味
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おばあ様がわたしに教えてくださったことは、数多くある。
そのうちの一つで、わたしが一番驚いたのは……聖女シュルヴィアフェスは、魔界に閉じ込められ、魔王の生贄になった訳ではない、ということ。
魔王の下へくだったのち、聖女は魔界から地上へあちらこちらへと赴いた。
魔王が人間を粛正することにならないようにと、心を配り、魔精力を配り。
魔物が人間を襲わないように、森や林、海、湖、砂漠に棲み処を整え。
人間が迂闊に魔獣の領域を侵さないように、四大王獣の聖域に結界を張り。
そして魔王にも、魔物が意味もなく人を殺めるようなことがないようにと願い出たという。
魔王と聖女は主従関係を結んだのではない。
言うなれば、この世界の共同統治者なのだ。
しかしおばあ様は、これは内緒だと言った。
『人間が魔物を殺し過ぎれば、魔王が人間を蹂躙する』
魔王が人間を粛正したのは紛れもない事実。その恐怖を伝えた方が、人間はより忠実に守ろうとするだろう、と。魔王がそう言っていた、と。
「だから、わたくしは今も元気で、幸せよ。お前だけは、覚えておいてね」
わたしにそう語るおばあ様は、とうに百を超えたにも関わらずまだまだ若々しく、私と同じぐらいに見えた。
この目で見てもまだ信じられないが、おばあ様は魔王と共に過ごした年月を愛しく思っているらしい。
* * *
「うーん……」
開かずの図書室にあった本を書き写しながら、思わず唸ってしまう。だって、全然思ってたことと違うんだもん。
1冊だけあった本というのは、初代大公の次男で二代目大公の弟・初代フォンティーヌ公爵の日記だった。
隠居してこの場所に来てからの日々について書き連ねてある。
魔精力はありとあらゆるものに宿るから、当然この古い日記にだって宿っている。しかも私にしか触れない、古い魔精力がね。
この場所は私しか立ち入れないのだから、そんな場所から本を持ちだすことなんてできやしない。本に宿った魔精力が外に出て周りにどういう現象を引き起こすか分からないし。
だけど、書いてあったことを一言一句覚えていられないし、仕方なく自分で紙に書き写すことにしたの。
午前中、一日おきにこの開かずの図書室に来て、一人で黙々とね。
ただ、万が一魔精力の暴走とか起こったらマズいから、アイーダ女史が玄関ホールで待機している状態ではあるんだけど。
最初の方は良かったのよ。隠居した公爵の
「毎日本を読むことぐらいしかやることがない。暇だ」
とか、
「今日の食事は味付けがイマイチだったが、料理人は風邪でもひいたのだろうか」
とか、悠々自適な老後を過ごす老人のしょーもない愚痴、みたいな感じだったんだけど。(で、私は何を読まされてるんだろう、と思ったりしたんだけど)
それが終わり数ページになって、急にコレよ。
初代フォンティーヌ公爵がおばあ様と呼ぶ、魔王の言葉を伝える人なんて、一人しかいないよね。
――聖女シュルヴィアフェス。
どういうこと? つまり、魔界に行って魔王に隷属し、必死に魔王の暴挙を抑え込んでいたと伝えられていた聖女は、実はそうではないってこと?
しかもこの世界のあちこちに密かに訪れ、人間界を守ってたってこと?
それになぁ、何か魔王とラブラブな雰囲気が漂ってくるのよねぇ。
シュルヴィアフェスは、夫ジャスリー王子と息子リンドから引き離されて、魔王を恨んだりしなかったのかな。幸せをぶち壊されたんだもん、普通は恨むよね。
でも、ひょっとしてあれかな。最初は恨んでたけどそのうち魔王の孤独と淋しさに触れ、絆されたってやつなのかしら。
それはそれで、何かドラマよねぇ。聖女の葛藤。なかなか素直になれない魔王。すれ違う二人。
おぉ、何だかじれったいというかハラハラするというか、昼メロみたいでちょっと興奮するなぁ。
「なぜ、宙を見上げて薄ら笑いを浮かべてるんです?」
「ひゃあっ!」
急に誰かの声が耳に飛び込んできて、思わず飛び上がる。
声がした方を振り返ると、黒の両開き扉の近くにいつもの姿勢で佇むセルフィスの姿があった。
「え、何で!? 入れたの!?」
「ええ、扉の鍵が開いてましたから」
「そうじゃなくってさ」
アイーダ女史は結局この扉には近づくこともできなくて、玄関ホールで待機している。
そりゃセルフィスはいつもいつの間にか私のところに現れてたけどさ。それはあの黒の家での話で、まさかこの開かずの図書室にまで現れるとは思わないわよ。
「魔精力の相性の問題ですか? どうやら、わたしも大丈夫のようですね」
「ふうん……」
つくづく器用なんだね、セルフィスは。
そうだ、そういえば魔王や魔獣、魔物について詳しく教えてくれたのは、セルフィスだったっけ。
いい機会だから、聞いてみよう。
「聖女シュルヴィアフェスって、魔界に行った後どうしたんだろう?」
日記には内緒って書いてあるし、勝手に秘密をぶちまけちゃいけない気がする。
なので、少し遠回しに聞いてみる。
「魔王に仕え、人間を粛正することのないよう懇願した、と言われていますね」
まぁ、それは本当なんだろうけど。
「ですが各国の辺境では、いろいろと言い伝えがありますよ」
「言い伝え? どんな?」
「森の奥までうっかり入ってしまった人間が、いつの間にか森の外に追い出されていて記憶を失っていた、とか。人間を襲おうとした魔物が、急に身をひるがえして逃げて行った、とか」
「へぇ……」
「魔王の仕業にしては手ぬるい。ですからこれは、聖女の力ではないかと。聖女の姿は魔界に行ったっきり目撃されてはいませんが、人間界に何らかの力をもたらしていたのだろう、とは言われています」
ということは、初代フォンティーヌ公爵が聖女シュルヴィアフェスと会っていたというのは、極秘中の極秘情報ってことだね。
しかもセルフィスが言った「手ぬるい仕業」は、聖女が懇願したからではなく魔王の意向だというし。
もし私がうっかりこのことを誰かに喋っちゃって、魔王に
「約束を違えたな」
とか言われてズバーン!とやられたら、たまったもんじゃないしな。
仕方ない、アイーダ女史にもセルフィスにも黙ってようっと。
ここだけの話なんだけど、と言ったところで、人間界での出来事なんて魔界には筒抜けな気がするし。
「ですから、魔界に留まり魔王の力を必死に抑えていた、とするのが通説ですが、魔王に操られ、魔王の代わりに人間界に赴き、人間を踏み込ませないように力を奮っていた、とする説。魔王が乗り出さないように自らの意思で人間を退けていた、という説もあります」
うーん、聖女がした行動としては日記と大差ないけど、何かニュアンスが違う。あくまで魔王の奴隷……魔王とラブラブなんてとんでもない、って感じよね。
そりゃそうか……。
まぁ、この話をこれ以上掘り下げることができない以上、続けても仕方がない。話題を変えよう。
「セルフィスはどうやってこの部屋に来たの? 玄関ホールにはアイーダ女史がいたのに」
「使用人用の離れから二階を通り、奥の階段から来ました」
「なるほどね。ここに来るの、初めて?」
「それはそうです。ずっと入れなかったのですから」
「そうか……」
じゃあ分からないか、とガッカリしつつ、自分が描いたマップを眺める。
実際に歩き回ってみて、気づいたことがあるんだ。
この部屋の奥には、まだ何かある。
階段の奥、二階では公爵の書斎に当たる部屋の真下。その一部分が、一階には無いの。
思えば階段から降りたすぐ左手は、壁になっていた。
この開かずの図書室が広がってるからかと思ったけど、私の歩幅測量によればそれでも明らかに二十畳分ぐらい足りない。
外から見たけど、建物は一階から二階に向かって壁は真っすぐになっていた。一階の壁が凹んだりはしていない。
つまり、何らかの部屋がこの壁の向こうにあるはず。なのに、どこにもその部屋への扉が無い。
そして――偏った古の魔精力の本当の出所は、その隠し部屋なのよ。
そのうちの一つで、わたしが一番驚いたのは……聖女シュルヴィアフェスは、魔界に閉じ込められ、魔王の生贄になった訳ではない、ということ。
魔王の下へくだったのち、聖女は魔界から地上へあちらこちらへと赴いた。
魔王が人間を粛正することにならないようにと、心を配り、魔精力を配り。
魔物が人間を襲わないように、森や林、海、湖、砂漠に棲み処を整え。
人間が迂闊に魔獣の領域を侵さないように、四大王獣の聖域に結界を張り。
そして魔王にも、魔物が意味もなく人を殺めるようなことがないようにと願い出たという。
魔王と聖女は主従関係を結んだのではない。
言うなれば、この世界の共同統治者なのだ。
しかしおばあ様は、これは内緒だと言った。
『人間が魔物を殺し過ぎれば、魔王が人間を蹂躙する』
魔王が人間を粛正したのは紛れもない事実。その恐怖を伝えた方が、人間はより忠実に守ろうとするだろう、と。魔王がそう言っていた、と。
「だから、わたくしは今も元気で、幸せよ。お前だけは、覚えておいてね」
わたしにそう語るおばあ様は、とうに百を超えたにも関わらずまだまだ若々しく、私と同じぐらいに見えた。
この目で見てもまだ信じられないが、おばあ様は魔王と共に過ごした年月を愛しく思っているらしい。
* * *
「うーん……」
開かずの図書室にあった本を書き写しながら、思わず唸ってしまう。だって、全然思ってたことと違うんだもん。
1冊だけあった本というのは、初代大公の次男で二代目大公の弟・初代フォンティーヌ公爵の日記だった。
隠居してこの場所に来てからの日々について書き連ねてある。
魔精力はありとあらゆるものに宿るから、当然この古い日記にだって宿っている。しかも私にしか触れない、古い魔精力がね。
この場所は私しか立ち入れないのだから、そんな場所から本を持ちだすことなんてできやしない。本に宿った魔精力が外に出て周りにどういう現象を引き起こすか分からないし。
だけど、書いてあったことを一言一句覚えていられないし、仕方なく自分で紙に書き写すことにしたの。
午前中、一日おきにこの開かずの図書室に来て、一人で黙々とね。
ただ、万が一魔精力の暴走とか起こったらマズいから、アイーダ女史が玄関ホールで待機している状態ではあるんだけど。
最初の方は良かったのよ。隠居した公爵の
「毎日本を読むことぐらいしかやることがない。暇だ」
とか、
「今日の食事は味付けがイマイチだったが、料理人は風邪でもひいたのだろうか」
とか、悠々自適な老後を過ごす老人のしょーもない愚痴、みたいな感じだったんだけど。(で、私は何を読まされてるんだろう、と思ったりしたんだけど)
それが終わり数ページになって、急にコレよ。
初代フォンティーヌ公爵がおばあ様と呼ぶ、魔王の言葉を伝える人なんて、一人しかいないよね。
――聖女シュルヴィアフェス。
どういうこと? つまり、魔界に行って魔王に隷属し、必死に魔王の暴挙を抑え込んでいたと伝えられていた聖女は、実はそうではないってこと?
しかもこの世界のあちこちに密かに訪れ、人間界を守ってたってこと?
それになぁ、何か魔王とラブラブな雰囲気が漂ってくるのよねぇ。
シュルヴィアフェスは、夫ジャスリー王子と息子リンドから引き離されて、魔王を恨んだりしなかったのかな。幸せをぶち壊されたんだもん、普通は恨むよね。
でも、ひょっとしてあれかな。最初は恨んでたけどそのうち魔王の孤独と淋しさに触れ、絆されたってやつなのかしら。
それはそれで、何かドラマよねぇ。聖女の葛藤。なかなか素直になれない魔王。すれ違う二人。
おぉ、何だかじれったいというかハラハラするというか、昼メロみたいでちょっと興奮するなぁ。
「なぜ、宙を見上げて薄ら笑いを浮かべてるんです?」
「ひゃあっ!」
急に誰かの声が耳に飛び込んできて、思わず飛び上がる。
声がした方を振り返ると、黒の両開き扉の近くにいつもの姿勢で佇むセルフィスの姿があった。
「え、何で!? 入れたの!?」
「ええ、扉の鍵が開いてましたから」
「そうじゃなくってさ」
アイーダ女史は結局この扉には近づくこともできなくて、玄関ホールで待機している。
そりゃセルフィスはいつもいつの間にか私のところに現れてたけどさ。それはあの黒の家での話で、まさかこの開かずの図書室にまで現れるとは思わないわよ。
「魔精力の相性の問題ですか? どうやら、わたしも大丈夫のようですね」
「ふうん……」
つくづく器用なんだね、セルフィスは。
そうだ、そういえば魔王や魔獣、魔物について詳しく教えてくれたのは、セルフィスだったっけ。
いい機会だから、聞いてみよう。
「聖女シュルヴィアフェスって、魔界に行った後どうしたんだろう?」
日記には内緒って書いてあるし、勝手に秘密をぶちまけちゃいけない気がする。
なので、少し遠回しに聞いてみる。
「魔王に仕え、人間を粛正することのないよう懇願した、と言われていますね」
まぁ、それは本当なんだろうけど。
「ですが各国の辺境では、いろいろと言い伝えがありますよ」
「言い伝え? どんな?」
「森の奥までうっかり入ってしまった人間が、いつの間にか森の外に追い出されていて記憶を失っていた、とか。人間を襲おうとした魔物が、急に身をひるがえして逃げて行った、とか」
「へぇ……」
「魔王の仕業にしては手ぬるい。ですからこれは、聖女の力ではないかと。聖女の姿は魔界に行ったっきり目撃されてはいませんが、人間界に何らかの力をもたらしていたのだろう、とは言われています」
ということは、初代フォンティーヌ公爵が聖女シュルヴィアフェスと会っていたというのは、極秘中の極秘情報ってことだね。
しかもセルフィスが言った「手ぬるい仕業」は、聖女が懇願したからではなく魔王の意向だというし。
もし私がうっかりこのことを誰かに喋っちゃって、魔王に
「約束を違えたな」
とか言われてズバーン!とやられたら、たまったもんじゃないしな。
仕方ない、アイーダ女史にもセルフィスにも黙ってようっと。
ここだけの話なんだけど、と言ったところで、人間界での出来事なんて魔界には筒抜けな気がするし。
「ですから、魔界に留まり魔王の力を必死に抑えていた、とするのが通説ですが、魔王に操られ、魔王の代わりに人間界に赴き、人間を踏み込ませないように力を奮っていた、とする説。魔王が乗り出さないように自らの意思で人間を退けていた、という説もあります」
うーん、聖女がした行動としては日記と大差ないけど、何かニュアンスが違う。あくまで魔王の奴隷……魔王とラブラブなんてとんでもない、って感じよね。
そりゃそうか……。
まぁ、この話をこれ以上掘り下げることができない以上、続けても仕方がない。話題を変えよう。
「セルフィスはどうやってこの部屋に来たの? 玄関ホールにはアイーダ女史がいたのに」
「使用人用の離れから二階を通り、奥の階段から来ました」
「なるほどね。ここに来るの、初めて?」
「それはそうです。ずっと入れなかったのですから」
「そうか……」
じゃあ分からないか、とガッカリしつつ、自分が描いたマップを眺める。
実際に歩き回ってみて、気づいたことがあるんだ。
この部屋の奥には、まだ何かある。
階段の奥、二階では公爵の書斎に当たる部屋の真下。その一部分が、一階には無いの。
思えば階段から降りたすぐ左手は、壁になっていた。
この開かずの図書室が広がってるからかと思ったけど、私の歩幅測量によればそれでも明らかに二十畳分ぐらい足りない。
外から見たけど、建物は一階から二階に向かって壁は真っすぐになっていた。一階の壁が凹んだりはしていない。
つまり、何らかの部屋がこの壁の向こうにあるはず。なのに、どこにもその部屋への扉が無い。
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