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第3幕 収監令嬢は屋敷を調べたい
第1話 いよいよお屋敷の探索よ!
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初夏の日差しが旧フォンティーヌ邸の牧草の緑をより青くより生き生きと映し出している。
真っ青な空の下。パカッパカッと軽快な蹄の音を響かせ、月毛の馬が緑の中を駆け抜けてゆく。
その背には藤色のウェーブのかかった髪をなびかせ、白のフリルシャツに裾がゆったりと広がった菫色のサロペットを着た美少女が乗っていた。斜めにかけた茶色い肩掛け鞄が少女の腰で踊っている。
「このブラジャー、サイコー!」
すっかり血色のよくなった頬が日光を反射している。
少女のエメラルドグリーンの瞳がくいっと三日月になり、ぽてっとした愛らしい唇が大きく三角に開いた。
「ザイラ様にこれ完成形でいいよって言わなきゃ! おっぱいをがっちりガードしてくれてるもん!」
……えーと。
「あー、気持ちいいー! 巨乳ブラジャー、サイコー!」
オイコラ。待てコラ、マユ。
3章では真面目に魔法編をやろうとしてるんだ、こっちは。
そもそも2章では胸が痛い胸が痛いとうるさいからあんなことに……。
「んー、こればっかりは巨乳になってみないと分からないよねぇ」
なにぃ……。
「わかる、わかる。私もかつてはそうだったわー」
ナニちょっと勝ち誇った感じで言ってるんだ、お前は!
と、に、か、く!
3章は今までとは違いますよ、と気合を入れてナレーションを……っ。
「向いてないからヤメた方がいいと思うけど」
やかましいわ!
じゃあもう、勝手にしろ!
◆ ◆ ◆
「とうちゃーく!」
ぐいっと手綱を引き、ラグナを止まらせる。
思う存分駆けることができたラグナは、満足そうに「ブルルルル……」と嘶いた。
はい、と言う訳で通常運転に戻りました。パルシアンに閉じ込められている公爵令嬢、マリアンセイユ・フォンティーヌことマユです。
3章もよろしくね! いぇい!
「よくぞここまで上達されましたね」
緑の屋根の旧フォンティーヌ邸。そのお屋敷を見上げながら、弾みをつけてラグナから飛び降りる。
私の後ろから栗毛の馬・オリハルコンで一緒に来ていたアイーダ女史が、少し息を切らしながら続けて降りた。
「やっぱり、ザイラ様のブラジャーと、このヘレン特製のサロペットかな」
胸元を直しながら、自分の足元を見回す。
腰から下はワイドパンツのようになっていて、丈はくるぶしまである。こっちの世界では下半身の地肌を見せるのはエチケットに反するらしいので、しっかり隠さないとね。
最初はあのピチピチの乗馬服を着てたんだけど、どうにも堅苦しくてあまり好きになれなかった。ニコルさんとかはもっと楽な服装で乗ってるし、アイーダ女史もヘレンも普段の服装のまま馬に跨っている。
だけど私の普段着はというと、公爵から贈られたお高い布で作られてるから、さすがに乗馬練習で着ようとは思えなくて。いろいろ気になっちゃうじゃない。
だからヘレンに頼んで、乗馬用のラフな服を作ってもらったの。
「令嬢が乗馬服以外でズボンを穿くなんて!」
とアイーダ女史には猛反対を食らったんだけど、どうせ誰も見てないんだしさ。
品位を損なわない可愛らしい感じのデザインなら許してもらえるかと、ヘレンと二人でウンウン唸りながら作り上げたのが、この『フリルシャツに裾の幅が広いサロペット』という組み合わせだったのです。
「ラグナ、お疲れ。ちょっと待っててね」
右腕で額の汗を拭う。腕についた汗の玉を見ながら、呼吸を整えて。
『――万物の命の源』
両掌を前に出し、空に向ける。
『我に集いて力となれ! “マ=ゼップ=セィア=ネィロ!”』
呪文を放つと、手の平から噴水のように水が立ち昇った。放物線を描き、ラグナの前にダバダバと流れ落ちていく。
ラグナがカカッと前足で地面を掻き、落ちてくる水に顔ごと突っ込んだ。少し離れた場所にいたハルコもタカタカッとやってきて、ピチャピチャと嬉しそうに水を舐め始める。
「美味しい? 山奥の湧水をイメージしたからすごく冷たくて綺麗だと思うよ」
「ヒヒーン!」
「水浴び? しょうがないなぁ!」
両掌を少し上に上げ、胸から手の平に力を送り込む。
立ち昇っていた水がシャワーのような細かい水の粒になり、さらに3メートルぐらいまで上がってラグナとハルコに降り注ぐ。
「ひゃーっ、ブルブルしないで、こっちにも飛沫が飛んじゃう!」
「ヒン、ヒヒーン!」
「はいはい、気持ちいいのね! 分かったから!」
笑いながらラグナ達と戯れていると、アイーダ女史が満足そうに頷いた。
「模精魔法の方も、よくできていますね。簡易詠唱でこれだけの水を再現させられるのはさすがです」
「まぁねー」
そう、私が唱えたのは水を呼ぶ簡易詠唱で、本当はもう少し長いのよ。
『万物の命の源、どこまでも清くどこまでも透き通る水の流れ。その導きたるは清廉なる女神の涙。たゆたう魔の精なる力よ、盟約の言の葉により我の下に現れよ。我に集いて力となれ! “マ=ゼップ=セィア=ネィロ!”』
……って感じで『詩』+『発動呪文』という構成になってるの。修練を積むと、最後の呪文だけでもいいみたいなんだけどね。
「しかし」
アイーダ女史の眉間に2本ほど皺が寄る。
「これほど大量の魔精力がありながら、どうして複合はできないのか」
「うーん」
「そろそろ次の段階に進んでもいいはずなのですが……」
そうなのよねー。
土、風、水、火。
実物に触れれば、それらを再現することは完璧にできる。その量や勢いも思いのままだし、今やったみたいに形状だって変えられる。
だけど、どうしても複合魔法ができないの。
例えば、水と風を出して空に舞い上がらせ、雨を降らせるとか。水と火と風から水蒸気にするとか。
より高度な技になると、水と土と火から宝石を生成したりもできるらしいんだけどね。
私はそもそも、二つの魔法を同時に出すことができないの。
おかしいな。身体の中では確かにちゃんと体系化されてると思う。一つ一つがちゃんと確立されているんだから、合わせ技はともかく右手と左手からそれぞれ出すことぐらいはできそうなのに。一度出した属性魔法を引っ込めないと、別の属性魔法は出せない。
そんな訳で、魔法の勉強の方もちょっと行き詰まりを感じてたところなのよね。
だからだと思う。アイーダ女史が、お屋敷探検やラグナでの遠乗りを認めてくれたのは。
勉強で学べる基本的なことは一通り終わったから、あとは自然や古の遺跡との触れ合いが必要かもしれない、と。
で、今日はその『お屋敷探検』初日なのです。私は一人であちこち回りたかったんだけど、危ないから、と。
まずはアイーダ女史と一緒に回って、立ち入っても大丈夫かどうか確認したいらしい。
まぁ、前に来た時は魔精力が偏ってるところがあったからね。
「さて、ラグナ。しばらくいい子にしててね」
二頭の馬が満足したようなので水を止め声をかけると、ラグナは機嫌良さそうにヒヒーンと嘶いた。ハルコもブルルッと頭を振っている。
濡れた手を風の魔法で乾かし、ついでにラグナとハルコにもブオォと吹きかける。クリーム色と茶色のたてがみがわさわさっと流れてカッコよかった。
「それでは、お屋敷探検に行きますか!」
肩掛けカバンに入れて持ってきた紙とペンを取り出し、意気揚々と声を上げる。アイーダ女史がハルコを杭に繋ぎながら、訝し気な顔をした。
「それはいいのですが、いったい紙とペンは何に使うのです?」
「マップを書くの」
「マップ?」
「どこに何があるか忘れないように地図を書くの。迷子になったら困るでしょ?」
「なります? この程度の規模で……」
アイーダ女史がやや呆れたように目の前の屋敷を見上げる。
旧フォンティーヌ公爵邸は、初代フォンティーヌ公爵の隠遁生活のために作られたものだから、そう大きくはないらしい。
それでも私からすると十分大きいんです。三つのエリアに分かれてるし。だいたい私、方向音痴だし。
「でも、どこで何のイベントがあるか分からないからね。メモは大事よ!」
「はぁ……」
今は何もないけど後で、とかね。そういう時限性イベント、ゲームではだいたい重要な意味があったり、いいアイテムが拾えたりするんだから。
気になったことは書き留めておかないと。
「まぁ、よろしいですが」
何を言っているのかよくわからない、という顔をしながら、アイーダ女史が重たそうな深緑色の扉を開いた。
真っ青な空の下。パカッパカッと軽快な蹄の音を響かせ、月毛の馬が緑の中を駆け抜けてゆく。
その背には藤色のウェーブのかかった髪をなびかせ、白のフリルシャツに裾がゆったりと広がった菫色のサロペットを着た美少女が乗っていた。斜めにかけた茶色い肩掛け鞄が少女の腰で踊っている。
「このブラジャー、サイコー!」
すっかり血色のよくなった頬が日光を反射している。
少女のエメラルドグリーンの瞳がくいっと三日月になり、ぽてっとした愛らしい唇が大きく三角に開いた。
「ザイラ様にこれ完成形でいいよって言わなきゃ! おっぱいをがっちりガードしてくれてるもん!」
……えーと。
「あー、気持ちいいー! 巨乳ブラジャー、サイコー!」
オイコラ。待てコラ、マユ。
3章では真面目に魔法編をやろうとしてるんだ、こっちは。
そもそも2章では胸が痛い胸が痛いとうるさいからあんなことに……。
「んー、こればっかりは巨乳になってみないと分からないよねぇ」
なにぃ……。
「わかる、わかる。私もかつてはそうだったわー」
ナニちょっと勝ち誇った感じで言ってるんだ、お前は!
と、に、か、く!
3章は今までとは違いますよ、と気合を入れてナレーションを……っ。
「向いてないからヤメた方がいいと思うけど」
やかましいわ!
じゃあもう、勝手にしろ!
◆ ◆ ◆
「とうちゃーく!」
ぐいっと手綱を引き、ラグナを止まらせる。
思う存分駆けることができたラグナは、満足そうに「ブルルルル……」と嘶いた。
はい、と言う訳で通常運転に戻りました。パルシアンに閉じ込められている公爵令嬢、マリアンセイユ・フォンティーヌことマユです。
3章もよろしくね! いぇい!
「よくぞここまで上達されましたね」
緑の屋根の旧フォンティーヌ邸。そのお屋敷を見上げながら、弾みをつけてラグナから飛び降りる。
私の後ろから栗毛の馬・オリハルコンで一緒に来ていたアイーダ女史が、少し息を切らしながら続けて降りた。
「やっぱり、ザイラ様のブラジャーと、このヘレン特製のサロペットかな」
胸元を直しながら、自分の足元を見回す。
腰から下はワイドパンツのようになっていて、丈はくるぶしまである。こっちの世界では下半身の地肌を見せるのはエチケットに反するらしいので、しっかり隠さないとね。
最初はあのピチピチの乗馬服を着てたんだけど、どうにも堅苦しくてあまり好きになれなかった。ニコルさんとかはもっと楽な服装で乗ってるし、アイーダ女史もヘレンも普段の服装のまま馬に跨っている。
だけど私の普段着はというと、公爵から贈られたお高い布で作られてるから、さすがに乗馬練習で着ようとは思えなくて。いろいろ気になっちゃうじゃない。
だからヘレンに頼んで、乗馬用のラフな服を作ってもらったの。
「令嬢が乗馬服以外でズボンを穿くなんて!」
とアイーダ女史には猛反対を食らったんだけど、どうせ誰も見てないんだしさ。
品位を損なわない可愛らしい感じのデザインなら許してもらえるかと、ヘレンと二人でウンウン唸りながら作り上げたのが、この『フリルシャツに裾の幅が広いサロペット』という組み合わせだったのです。
「ラグナ、お疲れ。ちょっと待っててね」
右腕で額の汗を拭う。腕についた汗の玉を見ながら、呼吸を整えて。
『――万物の命の源』
両掌を前に出し、空に向ける。
『我に集いて力となれ! “マ=ゼップ=セィア=ネィロ!”』
呪文を放つと、手の平から噴水のように水が立ち昇った。放物線を描き、ラグナの前にダバダバと流れ落ちていく。
ラグナがカカッと前足で地面を掻き、落ちてくる水に顔ごと突っ込んだ。少し離れた場所にいたハルコもタカタカッとやってきて、ピチャピチャと嬉しそうに水を舐め始める。
「美味しい? 山奥の湧水をイメージしたからすごく冷たくて綺麗だと思うよ」
「ヒヒーン!」
「水浴び? しょうがないなぁ!」
両掌を少し上に上げ、胸から手の平に力を送り込む。
立ち昇っていた水がシャワーのような細かい水の粒になり、さらに3メートルぐらいまで上がってラグナとハルコに降り注ぐ。
「ひゃーっ、ブルブルしないで、こっちにも飛沫が飛んじゃう!」
「ヒン、ヒヒーン!」
「はいはい、気持ちいいのね! 分かったから!」
笑いながらラグナ達と戯れていると、アイーダ女史が満足そうに頷いた。
「模精魔法の方も、よくできていますね。簡易詠唱でこれだけの水を再現させられるのはさすがです」
「まぁねー」
そう、私が唱えたのは水を呼ぶ簡易詠唱で、本当はもう少し長いのよ。
『万物の命の源、どこまでも清くどこまでも透き通る水の流れ。その導きたるは清廉なる女神の涙。たゆたう魔の精なる力よ、盟約の言の葉により我の下に現れよ。我に集いて力となれ! “マ=ゼップ=セィア=ネィロ!”』
……って感じで『詩』+『発動呪文』という構成になってるの。修練を積むと、最後の呪文だけでもいいみたいなんだけどね。
「しかし」
アイーダ女史の眉間に2本ほど皺が寄る。
「これほど大量の魔精力がありながら、どうして複合はできないのか」
「うーん」
「そろそろ次の段階に進んでもいいはずなのですが……」
そうなのよねー。
土、風、水、火。
実物に触れれば、それらを再現することは完璧にできる。その量や勢いも思いのままだし、今やったみたいに形状だって変えられる。
だけど、どうしても複合魔法ができないの。
例えば、水と風を出して空に舞い上がらせ、雨を降らせるとか。水と火と風から水蒸気にするとか。
より高度な技になると、水と土と火から宝石を生成したりもできるらしいんだけどね。
私はそもそも、二つの魔法を同時に出すことができないの。
おかしいな。身体の中では確かにちゃんと体系化されてると思う。一つ一つがちゃんと確立されているんだから、合わせ技はともかく右手と左手からそれぞれ出すことぐらいはできそうなのに。一度出した属性魔法を引っ込めないと、別の属性魔法は出せない。
そんな訳で、魔法の勉強の方もちょっと行き詰まりを感じてたところなのよね。
だからだと思う。アイーダ女史が、お屋敷探検やラグナでの遠乗りを認めてくれたのは。
勉強で学べる基本的なことは一通り終わったから、あとは自然や古の遺跡との触れ合いが必要かもしれない、と。
で、今日はその『お屋敷探検』初日なのです。私は一人であちこち回りたかったんだけど、危ないから、と。
まずはアイーダ女史と一緒に回って、立ち入っても大丈夫かどうか確認したいらしい。
まぁ、前に来た時は魔精力が偏ってるところがあったからね。
「さて、ラグナ。しばらくいい子にしててね」
二頭の馬が満足したようなので水を止め声をかけると、ラグナは機嫌良さそうにヒヒーンと嘶いた。ハルコもブルルッと頭を振っている。
濡れた手を風の魔法で乾かし、ついでにラグナとハルコにもブオォと吹きかける。クリーム色と茶色のたてがみがわさわさっと流れてカッコよかった。
「それでは、お屋敷探検に行きますか!」
肩掛けカバンに入れて持ってきた紙とペンを取り出し、意気揚々と声を上げる。アイーダ女史がハルコを杭に繋ぎながら、訝し気な顔をした。
「それはいいのですが、いったい紙とペンは何に使うのです?」
「マップを書くの」
「マップ?」
「どこに何があるか忘れないように地図を書くの。迷子になったら困るでしょ?」
「なります? この程度の規模で……」
アイーダ女史がやや呆れたように目の前の屋敷を見上げる。
旧フォンティーヌ公爵邸は、初代フォンティーヌ公爵の隠遁生活のために作られたものだから、そう大きくはないらしい。
それでも私からすると十分大きいんです。三つのエリアに分かれてるし。だいたい私、方向音痴だし。
「でも、どこで何のイベントがあるか分からないからね。メモは大事よ!」
「はぁ……」
今は何もないけど後で、とかね。そういう時限性イベント、ゲームではだいたい重要な意味があったり、いいアイテムが拾えたりするんだから。
気になったことは書き留めておかないと。
「まぁ、よろしいですが」
何を言っているのかよくわからない、という顔をしながら、アイーダ女史が重たそうな深緑色の扉を開いた。
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