収監令嬢は◯×♥◇したいっ! ~全く知らない乙女ゲー世界で頑張ります~

加瀬優妃

文字の大きさ
上 下
18 / 156
第2幕 収監令嬢は痛みを和らげたい

第8話 さすが二次元!

しおりを挟む
 私の黒い勉強机の隣には、首から太ももまでの女性の人型が置いてある。
 細くすっと伸びた首からやや斜め下に流れる肩。ボールを二つに割ったようなおっぱいは重力に負けずその綺麗な半球型を保っている。
 こんな大きな乳房をよく支えられるものだと驚くぐらい、アンダーから腰にかけては細い。腰から下は逆ハート形の丸みのあるお尻。大きすぎず小さすぎず、キュッと上に上がっている。

 こうしてみると、やっぱり二次元すごいわ、という感想になるわね。ヘレンがはぁはぁするのもちょっと分かるのだけど、さすがに自分の裸が飾られてるのは恥ずかしい。

 そう、これは私の型をとったトルソー。なぜこんなものが私の部屋にあるかというと。
 ザイラ様仕切りによる『革でブラジャーを作ろう』プロジェクトが始動したからなのよ。

 私の話を聞いたガンディス子爵は、思い出に浸る間もなく早々に帰っていった。だいぶん打ち解けたはずなのにやっぱり変なことを言っちゃったかな、と心配になったんだけど。
 翌日、ザイラ様に手配された人たちが五、六人、ぞろぞろとパルシアンにやってきたの。
 そして
「こちらをご覧ください」
とアイーダ女史経由であの赤い封蝋が施された白い封筒を渡された。

『日常から胸を補正する下着が作ることができれば、貴族令嬢たちも喜んで飛びつきます。聖女騎士団の女剣士や魔導士も、普段から鎧を身につけている訳ではありません。胸の動きを押さえる下着は、平民にも需要があるはずです』

 ザイラ様からの手紙にはこんな文章があり、要するに
「マリアンセイユをモデルにブラジャーの開発をさせて!」
というものだったのよ。

 つまり、胸をいかに豊かに素敵に見せるかということしか考えていなかった貴族にとっては、『押さえ込むでもなく盛り上げるでもなくおっぱいを型にはめる』というのは青天の霹靂というか、とんでもない発想だったよう。
 だからザイラ様的には、
「これは商売になるわ!」
と前のめりになったみたい。

 貴族間で話題に上れば、欲しがる人が絶対に増える。そして鎧のような全身オーダーメイドに比べ胸回りだけならいくぶん手軽だし、デザインに凝る必要もない。流れさえできてしまえば受注から発注までの期間も短く、莫大な利益を得られるだろう。しかもこれまでは「鎧には使えない」と隅に追いやられていた中途半端なサイズの革や薄くて柔らかい革が使えるのだから。

 ザイラ様はちょうどお子さんの授乳期が終わったところで、すっかり垂れてしまった自分のバストに悩んでいたらしい。その悩みを知っていたガンディス子爵は、直感的に
「すぐザイラに伝えよう!」
と思ったそうだ。

 そのガンディス子爵の直感は正しかったようで、ザイラ様の動きは早かった。そして翌日には彼女の指示のもと、私の型を取る職人たちがやってきた訳よ。
 まず私をモニターにしてブラジャーを作ってみて、それで上手くいったら本格的に事業としてやっていきたいんだって。

 粘土で私の型を取るとかでその職人たちにあれよあれよという間にひん剥かれ、クリームを塗られて粘土でガンガンに覆われて、大変だったわよ。
 脱がされたときに
「うおぉぉぉ……」
みたいなどよめきが走ったのも、本当に恥ずかしかった。

 その型は子爵家に運ばれ、今度はその型に新しい粘土を流し込み、私の裸を寸分の狂いもなく再現したトルソーの完成、って訳。

 でねー、そのトルソーをヘレンが猛烈に欲しがってねー。
 子爵側と私側、2体のトルソーが作られたのです。
「これがあれば、マユ様にいちいち着て頂かなくとも衣装をご用意できるようになります」
ともっともらしいことを言ってたけど。
 でも、何だかうっとりしながらトルソーを撫でくり回していたわよね。私の目は誤魔化せないわよ。

 さてそんなヘレンは、今夜はいません。
「マユ様のカラダについてはわたくしが正確にお伝えしなくては」
とロワネスクにあるガンディス子爵邸に行っちゃったの。
 多分、ブラジャープロジェクトも気になるのね。それに一流の仕立て屋さんと話ができるいい機会だし。
 あちらとしても、型だけじゃなくて私がどういう雰囲気の人間なのか詳しい話が聞きたかったみたい。身につけるものは、サイズさえ合っていればいいってものじゃないから。

 本当はマリアンセイユ様に会いに行きたいのだけど、そもそもガンディス子爵の訪問が内密だっただけにそういう訳にもいかない、と手紙には書いてあった。
 だから私が発案ということも伏せる形になってしまうけどいいかしら、その代わり公爵やガンディスにも言えないことがあったら何でも言ってちょうだい、力になるわ、と。

 何も見ずにモノだけ寄越してくるフォンティーヌ公爵に比べれば、ザイラ様の申し出は有難かった。
 私としても、目立つ動きをしてフォンティーヌ公爵の監視が厳しくなると困るし。

 何より、もうおっぱいを気にせずに乗馬ができるなら、こんなに嬉しいことはないわよ! しかも、私のために作られた世界で唯一のブラジャーだなんて! 贅沢すぎる!

 本当に嬉しかったから、アイーダ女史にもチェックしてもらいながら自ら手紙をしたため、ヘレンに託したの。

 そうそう。ヘレンと言えば、今日の朝、
「いいですか、マユ様。お風呂上がりには必ずお体のマッサージをなさってくださいね。脇からお胸の下、内側へと円を描くように、こう、こうですよ!」
とこのトルソーを使ってものすごく熱心に指導していったのよね。
 だから今、私の部屋にコレがあるのよ。

 いや、だけどコレ、子爵家にも同じものがあるんでしょ。つまり、無防備にも私の裸が……。
 プロジェクトには絶対に必要、というのは分かるけど、ものすごく恥ずかしいわよね。


「これは、また……」

 そんな声が背後から聞こえ、ギョッとして顔を上げる。
 いつの間に来たのか、セルフィスが珍しく非常に驚いた顔で私のトルソーを見つめていた。

「ぎ、ぎゃ――!」

 ソファから慌てて立ち上がり、バッとトルソーの前に立ちふさがる。両手を広げ、セルフィスからは見えないように。

「見た!? 見た!?」
「はい、しっかりと」
「やだ、もー!」

 泣きそう! そりゃ本物じゃないけどさ! 間違いなくこれは私のカラダだもん!
 しかしセルフィスはというと、驚きの表情はあっという間に消え、すでにいつもの意地悪そうな笑みだ。

「前は本物を見せつけてきたじゃないですか」
「た、谷間を見せるのとニセモノとはいえ全部を見せるのは全然違うのよ!」
「恥ずかしいですか?」
「あったり前でしょ!! ちょっと、後ろ向いててー!」

 セルフィスが右手を口元にあて含み笑いをしながらくるりと背中を向ける。
 私はクローゼットを開けると、普段着用のワンピースを取り出し、ズボッと頭から被せた。
 前開きのボタンを慌てて締める。
 さ、最初からこうしてればよかった……。何で自分の裸をずっと眺めてたんだろう。ものすごいナルシストみたいじゃない。

「もういいわよ」
「はい」

 セルフィスが私の方に向き直る。相変わらずイヤなニヤニヤ笑いをしてるのが腹立たしい。どうしてこう、一段上から見下ろしてくるんだか。

「だいたい、何でこんな夜に? いつも昼間に来るじゃない」
「ヘレンがいないと聞きまして」
「だから?」
「寂しがっているのではないかと」
「なっ……!」

 急に何を言うのよ! 今日のセルフィス、何かおかしい!
 ガガガッと頬が熱くなるのが分かる。

「寂しくないもん。仮に寂しいからって、セルフィスに何ができるのよ?」
「話し相手ぐらいはできますよ? 何でしたらヘレンの代わりにマッサージでも……」
「結構よ! それセクハラだから!」

 大声で言い返すと、セルフィスはまたもや「ふふふ」と余裕そうな笑い声を漏らした。
 何かムカつくので、
「セルフィスもやっぱり巨乳が好きなのね。へぇー」
と、意地悪な感じで言ってみる。
 だけどセルフィスはまたしても「ふっ」と鼻で笑い、意味ありげな視線を寄越した。

「身体など、単なる魂の器でしかありませんから」
「は?」

 また謎の返答をするわね。

「どういうこと?」
「その人を作るのはあくまで心、ということですよ」
「まぁ、それはそうだろうけどさ……」

 それって、あれかな。
 身体はマリアンセイユ・フォンティーヌだけど、入っているのはマユだから。
 だから、仕えていたマリアンセイユじゃないから全然違いますよ、と。
 外見だけ美しい淑女になったところで内面はダメダメですよ、と言いたいのかな。

「拗ねてます?」
「拗ねてないわよ!」
「乗りかかった船です。マユが立派な魔導士になるまで、ちゃんとお付き合いしますから」
「何か使命感にかられてって感じね」

 プイッと顔を横に向ける。
 今はリンドブロム大公の間諜だから、かな。嫌々って訳じゃなさそうだけどさ。

「……何か誤解しているようですが」

 イジメ過ぎた、とでも思ったのか、セルフィスの声がふっと和らいだ。
 ちらりと横目で見ると、セルフィスがビックリするぐらい熱のこもった顔をしていた。思わず息を呑む。

「わたしはわたしの意志でここに来ています。今わたしがここにいるのは……」

 右手をすっと、私の方へ差し出す。同時に右に傾けた首。右肩から流している黒髪が、サラリと音を立てた。

「他でもない、マユがいるからですよ」

 心臓がドキリと音を立てたけど、ガッと両腕を組み、平静を装う。
 だってそれって結局、私がマリアンセイユだからじゃない。

「じゃあせいぜい、役に立ってよね! 私は魔精力を完璧に使いこなして、立派な大公子妃になるんだから!」

 精一杯強がりを言う。
 するとセルフィスはちょっと目を見開いたあと
「……ええ」
と呟き、さっきとは違う人形のようなきれいな笑顔を浮かべた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。 このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。

王女、豹妃を狩る

遠野エン
ファンタジー
ベルハイム王国の王子マルセスは身分の差を超えて農家の娘ガルナと結婚を決意。王家からは驚きと反対の声が上がるが、マルセスはガルナの自由闊達な魅力に惹かれ押し切る。彼女は結婚式で大胆不敵な豹柄のドレスをまとい、周囲をあ然とさせる。 ガルナは王子の妻としての地位を得ると、侍女や家臣たちを手の平で転がすかのように振る舞い始める。王宮に新しい風を吹かせると豪語し、次第に無茶な要求をし出すようになる。 マルセスの妹・フュリア王女はガルナの存在に潜む危険を察知し、独自に調査を開始する。ガルナは常に豹柄の服を身にまとい人々の視線を引きつけ、畏怖の念を込めて“豹妃”というあだ名で囁かれるのだった。

異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます

内田ヨシキ
ファンタジー
「あの魔物の倒し方なら、30万円で売るよ!」  ――これは、現代日本にダンジョンが出現して間もない頃の物語。  カクヨムにて先行連載中です! (https://kakuyomu.jp/works/16818023211703153243)  異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。  残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。  一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。  そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。  そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。  異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。  やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。  さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。  そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。

[完]異世界銭湯

三園 七詩
ファンタジー
下町で昔ながらの薪で沸かす銭湯を経営する一家が住んでいた。 しかし近くにスーパー銭湯が出来てから客足が激減…このままでは店を畳むしかない、そう思っていた。 暗い気持ちで目覚め、いつもの習慣のように準備をしようと外に出ると…そこは見慣れた下町ではなく見たことも無い場所に銭湯は建っていた…

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。 死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。

処理中です...