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第1幕 収監令嬢は外に出たい(プロローグ)
第4話 アイーダ女史を攻略しちゃうよん!
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「……異常はないようですね」
何日目かの朝。ベッドに腰かけている私の目の前には、診療用の丸い小さな椅子に座ったアイーダ女史がいる。
私の目と口の中を確認し、ふむ、と頷いた。
「魔精力はきちんと体内に収まっているようです」
「じゃあ、もう部屋の外に……」
「駄目です」
傍らに置いてあった鞄に診療道具を片付けながら、食い気味に拒絶される。
ヘレンによると、この部屋の明かりがつかないのも私がこの部屋から出られないのも、私の魔精力が『魔道具』の誤作動を起こす可能性があるから、らしい。
この部屋からはすべての魔道具が取り払われているという。天井のシャンデリアも変換させるコアの部分がない、いわゆるハリボテ状態。
バルコニーまでしか出れてないから知らなかったんだけど、厳密に言うと、ここは旧フォンティーヌ邸のさらにはずれ、離れみたいな場所なのだそうだ。
道理で辺り一帯、森しか見えなかったはずだ……。
前に本邸で暴走したとき、公爵家の魔道具は勿論、半径500メートルぐらいのエリアの魔精環境を狂わせたのだとか。
つまり私がパルシアンにいるのは、『療養』というよりは『監禁』。
島流しみたいなものよね……って、やっぱり罪人扱いじゃない!
「じゃあ、どうすれば私は自由に動けるようになるの?」
「魔精力がもう暴走しないと確証が取れたら、です」
「どうしたらその確証は取れるの?」
「わたくしが経過観察して判断します。今はまだ判断できません」
うーん、駄目だこりゃ。何回話しかけても同じ答えしか言わない街の人みたい。
イベントが進まないと、新しい情報は出てこなさそう。
しょうがない、話題を変えてみよう。
「あの、母上は創精魔法の魔導士だったって聞いたんだけど」
「……ヘレンですか」
鞄の口を閉じようとしていたアイーダ女史の手が、ピクリと止まる。苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
「ヘレンを叱らないでね。で、創精魔法って何?」
「興味を持つことは悪いことではありませんが、今はいけません」
「何で?」
「魔法に関わることでマリアンセイユ様の魔精力が刺激され、再び暴走したら困るからです」
ふうん、こっちはまともな答えが返ってきた。
なるほどなー。
でも、感心している場合じゃないんだよね。このままじゃ、何にも事態が動かないんだから。
「じゃあ、えっと……」
「お喋りはこれぐらいにしましょう。まずは刺繍の練習をしてください。これは淑女としての嗜みですが、魔精力の制御のためでもあります」
「え、そうなの?」
じゃあ、刺繍の出来具合も判断材料になってたのか。これからはもう少し真面目にやろう。
「わかった、頑張る。あの、アイーダ女史は母上に会ったことある?」
椅子から立ち上がったアイーダ女史の腕を、ひしっと掴む。
アイーダ女史が「やれやれ」といった感じで溜息をついた。
だってこのままじゃ『アイーダ女史攻略イベント』が終わっちゃう。
これならどう?とばかりにどんどん質問をぶつけていかないと。
ヘレンがフォンティーヌ家に入ったのは十年前で、そのときにはアイーダ女史はすでに屋敷に出入りしていた、と言っていた。フォンティーヌ家に関しては詳しいはずだし、これだけ私の魔精力を危惧しているのも、幼少時からマリアンセイユを診ていて確信があるからだよね、きっと。
「ええ」
「どんな人だったの?」
「なぜそんなことを聞くのです?」
「だってコレ、母上のドレスだから」
今日は濃い深緑色のドレス。ヘレンがあちこち直してくれて私のサイズにはなっているけど、肩がちょっとずり落ちそうだし丈が長い。元々はかなり骨太の、がっしりした体型だった人みたいだ。
私を産んで亡くなったという話だったから儚げな美女を勝手に想像してたんだけど、どうも違うっぽい。それにその辺に、何かありそう。
「どういう人か、気になるもん。母上は刺繍、上手だった?」
「ええ、勿論。そのドレスにあしらわれた刺繍は、すべてオルヴィア様の手によるものです」
「へぇー。公爵とはどこで出会ったの?」
「西のアッシメニアの峡谷での魔物退治です」
「魔物退治……」
わぁ、何かファンタジーっぽいわ。
やっぱり私はゲーム世界に来たんだねー。
「それってアレかな、母上が『あーれー』と襲われているところを父上が助けた、みたいな?」
「逆ですね。オルヴィア様がフォンティーヌ公爵を助けた、と」
「ぶふっ! 母上カッコいい!」
やっぱりマリアンセイユの母・オルヴィアは逞しくて優秀な魔導士だったんだ。
じゃないと上流貴族筆頭、公爵家の正妻なんて務められないよね。
「そんなオルヴィア様にフォンティーヌ公爵は一目惚れし、平民出身だからと周り中に反対されたのを押し切って、正妻として迎えたのです」
「うわ、ドラマ!」
「オルヴィア様は最初は乗り気ではなかったようですし、ご結婚されてからも苦労の連続だったようですが」
アイーダ女史は、随分と詳しいな。それに、オルヴィア様のことが好きだったんだな、と分かる。
質問してないのに進んで話してくれるし、表情がちょっと柔らかい。
うんうん、イイ感じだ。
アイーダ女史とオルヴィア様は個人的な付き合いがあったっぽい、ちょっと聞いてみよう。
……と口を開きかけたところで、アイーダ女史の様子が一変した。
ハッとしたように顔を作ると、キュッと口元を引き締める。
どうやら喋り過ぎた、と思ったようだ。ふう、と溜息をついて立ち上がろうとする。
「もうよろしいでしょう。……その言葉遣いも、どうにかしないといけませんね」
ちょっと待った! この機会は逃がさないよ!
とにかく喋ろう、考えずに感覚でいいから話を繋いで、どうにかして突破口を掴もうぜ!
私は再びアイーダ女史の腕を掴み、立ち上がろうとする女史を阻止した。
アイーダ女史が心底迷惑そうな顔をしている。
「もう、何なのですか、今日は?」
「ねぇ、言葉遣いを直さないといけないのは、大公子妃になるから?」
「勿論です。目覚めた以上、大公家とお付き合いしていくことを考えなければいけません。ひいては未来の大公妃なのですから」
「でも、それなら礼儀作法だけじゃなくて魔精力だって使いこなせるようにならないと駄目なんじゃない?」
「……!」
「眠ったままなら関係ないかもしれないけどさ。カラダがあればいいんだもんね。でも、私は目覚めたんだから。動けるようになったんだから、もう迷惑かけないようにしないと」
「……それは……」
「どうしてマリアンは魔導士じゃなかったんだろ。ちゃんとそのための訓練をしていれば、暴走なんてしなかったかもしれないのに」
「……」
「アイーダ女史は、私の魔精医師なんでしょ? 女史の教育方針?」
「違います!」
アイーダ女史はバンとテーブルに手を突くと、憤然として立ち上がった。
どうやらそれだけはどうにも我慢がならなかったらしい。
やった、ビンゴだ!
「わたくしだって何度も公爵には申し上げました。無理に抑えつけるのではなく、体系化する術を身につけた方がよい、と!」
「そうなんだ」
「しかしオルヴィア様を失った公爵はマリアンセイユ様を避けるようになりました。母を失ったガンディス様もマリアンセイユ様を憎んでいましたし……っ」
そこまで言って、アイーダ女史はハッとしたように自分の口元に手を当てた。
言ってはいけないことを言ってしまった、という感じの、バツが悪そうな表情。
「ふうん、そっか。つまりマリアンは、父と兄に疎まれてた訳だ」
「……」
「そんな顔しなくても大丈夫。マリアンならそのことを思い出して凹んだかもしれないけど、私は何にも覚えてないんだし」
そう言うと、アイーダ女史はハッとしたような顔をした。
今まで「やれやれ困った子だ」という風に私を見ていたのに、急に瞳孔が開いた。何だかマリアンの身体の奥の私を、初めて見てくれたような。
ようし、ここは畳みかけるチャンスだ。
何日目かの朝。ベッドに腰かけている私の目の前には、診療用の丸い小さな椅子に座ったアイーダ女史がいる。
私の目と口の中を確認し、ふむ、と頷いた。
「魔精力はきちんと体内に収まっているようです」
「じゃあ、もう部屋の外に……」
「駄目です」
傍らに置いてあった鞄に診療道具を片付けながら、食い気味に拒絶される。
ヘレンによると、この部屋の明かりがつかないのも私がこの部屋から出られないのも、私の魔精力が『魔道具』の誤作動を起こす可能性があるから、らしい。
この部屋からはすべての魔道具が取り払われているという。天井のシャンデリアも変換させるコアの部分がない、いわゆるハリボテ状態。
バルコニーまでしか出れてないから知らなかったんだけど、厳密に言うと、ここは旧フォンティーヌ邸のさらにはずれ、離れみたいな場所なのだそうだ。
道理で辺り一帯、森しか見えなかったはずだ……。
前に本邸で暴走したとき、公爵家の魔道具は勿論、半径500メートルぐらいのエリアの魔精環境を狂わせたのだとか。
つまり私がパルシアンにいるのは、『療養』というよりは『監禁』。
島流しみたいなものよね……って、やっぱり罪人扱いじゃない!
「じゃあ、どうすれば私は自由に動けるようになるの?」
「魔精力がもう暴走しないと確証が取れたら、です」
「どうしたらその確証は取れるの?」
「わたくしが経過観察して判断します。今はまだ判断できません」
うーん、駄目だこりゃ。何回話しかけても同じ答えしか言わない街の人みたい。
イベントが進まないと、新しい情報は出てこなさそう。
しょうがない、話題を変えてみよう。
「あの、母上は創精魔法の魔導士だったって聞いたんだけど」
「……ヘレンですか」
鞄の口を閉じようとしていたアイーダ女史の手が、ピクリと止まる。苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
「ヘレンを叱らないでね。で、創精魔法って何?」
「興味を持つことは悪いことではありませんが、今はいけません」
「何で?」
「魔法に関わることでマリアンセイユ様の魔精力が刺激され、再び暴走したら困るからです」
ふうん、こっちはまともな答えが返ってきた。
なるほどなー。
でも、感心している場合じゃないんだよね。このままじゃ、何にも事態が動かないんだから。
「じゃあ、えっと……」
「お喋りはこれぐらいにしましょう。まずは刺繍の練習をしてください。これは淑女としての嗜みですが、魔精力の制御のためでもあります」
「え、そうなの?」
じゃあ、刺繍の出来具合も判断材料になってたのか。これからはもう少し真面目にやろう。
「わかった、頑張る。あの、アイーダ女史は母上に会ったことある?」
椅子から立ち上がったアイーダ女史の腕を、ひしっと掴む。
アイーダ女史が「やれやれ」といった感じで溜息をついた。
だってこのままじゃ『アイーダ女史攻略イベント』が終わっちゃう。
これならどう?とばかりにどんどん質問をぶつけていかないと。
ヘレンがフォンティーヌ家に入ったのは十年前で、そのときにはアイーダ女史はすでに屋敷に出入りしていた、と言っていた。フォンティーヌ家に関しては詳しいはずだし、これだけ私の魔精力を危惧しているのも、幼少時からマリアンセイユを診ていて確信があるからだよね、きっと。
「ええ」
「どんな人だったの?」
「なぜそんなことを聞くのです?」
「だってコレ、母上のドレスだから」
今日は濃い深緑色のドレス。ヘレンがあちこち直してくれて私のサイズにはなっているけど、肩がちょっとずり落ちそうだし丈が長い。元々はかなり骨太の、がっしりした体型だった人みたいだ。
私を産んで亡くなったという話だったから儚げな美女を勝手に想像してたんだけど、どうも違うっぽい。それにその辺に、何かありそう。
「どういう人か、気になるもん。母上は刺繍、上手だった?」
「ええ、勿論。そのドレスにあしらわれた刺繍は、すべてオルヴィア様の手によるものです」
「へぇー。公爵とはどこで出会ったの?」
「西のアッシメニアの峡谷での魔物退治です」
「魔物退治……」
わぁ、何かファンタジーっぽいわ。
やっぱり私はゲーム世界に来たんだねー。
「それってアレかな、母上が『あーれー』と襲われているところを父上が助けた、みたいな?」
「逆ですね。オルヴィア様がフォンティーヌ公爵を助けた、と」
「ぶふっ! 母上カッコいい!」
やっぱりマリアンセイユの母・オルヴィアは逞しくて優秀な魔導士だったんだ。
じゃないと上流貴族筆頭、公爵家の正妻なんて務められないよね。
「そんなオルヴィア様にフォンティーヌ公爵は一目惚れし、平民出身だからと周り中に反対されたのを押し切って、正妻として迎えたのです」
「うわ、ドラマ!」
「オルヴィア様は最初は乗り気ではなかったようですし、ご結婚されてからも苦労の連続だったようですが」
アイーダ女史は、随分と詳しいな。それに、オルヴィア様のことが好きだったんだな、と分かる。
質問してないのに進んで話してくれるし、表情がちょっと柔らかい。
うんうん、イイ感じだ。
アイーダ女史とオルヴィア様は個人的な付き合いがあったっぽい、ちょっと聞いてみよう。
……と口を開きかけたところで、アイーダ女史の様子が一変した。
ハッとしたように顔を作ると、キュッと口元を引き締める。
どうやら喋り過ぎた、と思ったようだ。ふう、と溜息をついて立ち上がろうとする。
「もうよろしいでしょう。……その言葉遣いも、どうにかしないといけませんね」
ちょっと待った! この機会は逃がさないよ!
とにかく喋ろう、考えずに感覚でいいから話を繋いで、どうにかして突破口を掴もうぜ!
私は再びアイーダ女史の腕を掴み、立ち上がろうとする女史を阻止した。
アイーダ女史が心底迷惑そうな顔をしている。
「もう、何なのですか、今日は?」
「ねぇ、言葉遣いを直さないといけないのは、大公子妃になるから?」
「勿論です。目覚めた以上、大公家とお付き合いしていくことを考えなければいけません。ひいては未来の大公妃なのですから」
「でも、それなら礼儀作法だけじゃなくて魔精力だって使いこなせるようにならないと駄目なんじゃない?」
「……!」
「眠ったままなら関係ないかもしれないけどさ。カラダがあればいいんだもんね。でも、私は目覚めたんだから。動けるようになったんだから、もう迷惑かけないようにしないと」
「……それは……」
「どうしてマリアンは魔導士じゃなかったんだろ。ちゃんとそのための訓練をしていれば、暴走なんてしなかったかもしれないのに」
「……」
「アイーダ女史は、私の魔精医師なんでしょ? 女史の教育方針?」
「違います!」
アイーダ女史はバンとテーブルに手を突くと、憤然として立ち上がった。
どうやらそれだけはどうにも我慢がならなかったらしい。
やった、ビンゴだ!
「わたくしだって何度も公爵には申し上げました。無理に抑えつけるのではなく、体系化する術を身につけた方がよい、と!」
「そうなんだ」
「しかしオルヴィア様を失った公爵はマリアンセイユ様を避けるようになりました。母を失ったガンディス様もマリアンセイユ様を憎んでいましたし……っ」
そこまで言って、アイーダ女史はハッとしたように自分の口元に手を当てた。
言ってはいけないことを言ってしまった、という感じの、バツが悪そうな表情。
「ふうん、そっか。つまりマリアンは、父と兄に疎まれてた訳だ」
「……」
「そんな顔しなくても大丈夫。マリアンならそのことを思い出して凹んだかもしれないけど、私は何にも覚えてないんだし」
そう言うと、アイーダ女史はハッとしたような顔をした。
今まで「やれやれ困った子だ」という風に私を見ていたのに、急に瞳孔が開いた。何だかマリアンの身体の奥の私を、初めて見てくれたような。
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